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第七章

狩猟大会・三日目(三)

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「ミゲラ、カリサ、あなたたちはここで、みなさまの警護を。安全の確保ができたら、他の騎士たちと協力して避難誘導をしなさい」

 熊のような生き物のほうへ進みながら、テーブルのすぐ近くで剣を構える二人にそう声を掛ければ、彼女たちは前を見据えたまま「はっ」と短く返事をした。

(あの人工魔獣以外には何の気配もないなら、こっちは心配ないわね。だから――)

「ぐわぁっ!」

 人工魔獣に斬りかかった騎士の一人が、巨大な腕に払われ吹っ飛ぶ。その胸部には刃物で斬られたような傷が並び、騎士服は赤く染まっていた。
 他にも数名、負傷した騎士たちが離れたところにいるのが見えるが、人工魔獣が彼らを狙っている様子はなく、どちらかと言えば自分を囲んでいる他の騎士たちのほうに興味があるようだった。

(血肉に反応しないのは人工魔獣だからかしら)

 人工的に魔獣を生み出すことは禁忌であり、また個体によってその生態には大きな差が生じるため、人工魔獣の詳細については不明なことが多かった。
 ルシアナは、ふむ、と一度足を止めると、剣の切っ先を地面につける。
 人工魔獣も取り囲む騎士たちも睨み合いの状態が続いており、双方動く気配がないことを確認すると、ベルに声を掛ける。

(――ベル、燃やせるかしら)
 ――試してみよう。

 返答があるや否や、地面についた切っ先から炎の線が伸び、素早く人工魔獣へと向かう。人工魔獣を囲むように炎の円ができると、そこから噴水のように噴き出した火炎の幕が人工魔獣を包んだ。

「グァア、アアッ!」

 人工魔獣は大きく叫び、騎士たちは驚いたようにルシアナを振り返る。
 騎士たちからの視線を受けながら、地面から剣を離したルシアナはそのまま他の騎士たちが立っている地点まで移動し、一歩、前に出た。

 ――……だめだな、ルシー。あいつの体、普通じゃない。もっと温度を上げれば燃やせるだろうが、そうするとここら一体焼け野原になる。
(――それはいけないわ。なら、燃やすのはやめましょう)

「ァアアッ!」

 ふっと炎の幕が消えると、中にいた人工魔獣の体が露わになる。黒茶色だったその体は、燃やされた鉄のように赤く発光していた。

「グゥ、ヴヴ……ッ」

 低く唸る人工魔獣は、その真っ黒な瞳で真っ直ぐルシアナを捉えている。

(――体自体が鋼鉄か何かなのかしら)
 ――だろうね。だが、体がなんであれ、“生物”である以上、弱点は心の臓か頭だ。剣を突き刺してくれたら、そのまま私が体内を焼こう。
(――わかったわ)

 作戦が決まったルシアナが改めて剣を構えると、すぐ近くにいた騎士が「ふ、夫人」と小さく声を掛ける。しかし、ルシアナがそれに返答するより早く、人工魔獣がルシアナ目掛けて突進してきた。
 スカートを掴み、大きく振り下ろされた腕を飛んで避けたルシアナは、そのまま視線を声を掛けた騎士に向ける。

「この場はお任せを。他の方にも手出し無用とお伝えください」

 ――ルシー!

 ベルの呼びかけに視線を人工魔獣へ戻せば、反対の腕が振り下ろされているところだった。地面に足を付けたルシアナは、腰を落とし、振り下ろされた爪を剣で受ける。

(さすがに、重いわ)

 相手は、ルシアナの三、四倍はあろうかという体躯だ。ぐっと押されると、ヒールが地面に沈み込む。
 どんどん剣を押し返され、ルシアナの眼前に爪が迫ろうかというところで、刃がすっと人工魔獣の爪に沈む。剣と接する爪は白く、その周りは橙に光り、そのまま剣を振り上げると、ナイフのような爪がボトボトと地面に転がった。
 勢いのまま下ろされた手を体を反らして避けると、地面に突き刺さったヒールを剣で素早く切り離し、人工魔獣から少しばかり距離を取る。
 人工魔獣は、ルシアナと自身の手を交互に見ると、再び距離を詰め、爪が無事のもう一方を振り上げる。

(知能があるのか、ないのか……)

「……」

 武器である爪が落とされたことを理解しながらも、通用しなかった攻撃を繰り返そうとするその姿に違和感を覚えたルシアナは、先ほどのように剣で爪を受けることなく、後退してそれを避ける。

「――!」

 しかし、人工魔獣は振り下ろした爪をそのまま地面に突き刺すと、勢いよく体を伸ばし、大口を開けてルシアナに噛みつこうとする。

「っ……」

 間一髪それを避けたルシアナは、避けるついでに口の中に剣を突き立てる。
 歯も鋼鉄製なのか、人工魔獣が口を閉じた瞬間、甲高い音が響いたが、砕けたのは歯のほうだった。

「ギャアッグアァアア!」

 歯が砕けただけではない悲痛な叫び声をあげ、人工魔獣は剣から口を離し、頭をぶんぶん振っている。
 辺りに漂う、肉の焦げたような匂いに、ルシアナは剣を見下ろした。剣には透明な液が纏わりついている。

(――中は普通なようね)
 ――だな。

 突き刺さった爪が抜けないのか、皮膚が焼ける痛みでそれどころではないのか、頭と体を振るだけになった目の前の生き物に、ルシアナは駆け寄る。その勢いのまま地面から伸びた腕を駆け上がると肩に乗り、振り下ろされそうになるのを堪えながら、頭に剣を振り下ろす。

「グァァアアア! アアアア!」

 地面から爪を抜き、ルシアナを落とそうと必死に体を振るう人工魔獣の動きに耐えるように、ルシアナは両手で剣の柄を掴む。

「……っ」

 ルシアナを叩き落そうとしたのか、人工魔獣の爪がスカートを裂き、ルシアナのふくらはぎを掠める。ぴりっとしたわずかな痛み小さく息を吞んだルシアナだったが、剣を手放すことなくそのまま耐える。
 すると、肉の焼ける嫌な匂いとともに、人工魔獣の動きが次第に鈍くなり、どろり、と目玉が外に飛び出した。口からは赤黒い血がボタボタと溢れ出し、ルシアナは剣を引き抜くと、そのまま人工魔獣の肩を蹴って飛び退く。人工魔獣の体はその反動で前傾し、そのまま地面に倒れた。
 一瞬の静けさののち、辺りには騎士たちの歓喜の雄たけびが響き渡った。
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