ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第七章

狩猟大会・三日目(二)

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 恋の話に花を咲かせる令嬢たちの声を聞きながら、ルシアナは意識を周囲へと向ける。
 ルシアナたちが座っている長方形のテーブルの周りには円形のテーブルが並び、同じく今年デビュタントを迎えた令嬢たちが談笑していた。

(――方角は?)

 ――北のほうだ。今来てる……あの集団だな。

 北側へちらりと視線を向ければ、給仕係の集団がワゴンを押したり、トレイを手に持ってこちらに向かってくるところだった。

(――全員?)
 ――いや、二列目右から二番目の人間だ。あいつから妙な気配がする。なんだ……何かが混じり合ったような気持ち悪い感じだ。

 ベルが差した人物の外見を確認すると、ルシアナは視線をテーブルに戻す。

(――レオンハルト様の元に知らせに行ける?)
 ――あいつは今狩場の中にいるから無理だ。私が入ったら狩場を分けているあの結界が破れる。

 ルシアナはカップに口を付けながら、ふむ、と思考を巡らす。
 大会最終日となる三日目は高得点を狙える希少な動物が放たれるため、期間中最も多くの参加者が狩場の中に入る。一番人気の狩場は西地区で、レオンハルトは見回りも兼ね今日は西地区にいる予定だった。

(東地区や南地区ならまだしも、肉食獣や猛獣がいる西地区の結界を破るわけにはいかないわ)

 ルシアナはもう一度当該人物へと目を向ける。先ほどはまとまって移動していた給仕人たちはそれぞればらばらに広がり始めていた。

(――……ベル、もう少し周りとの距離が開いたら、あの人の服だけ燃やせる?)
 ――できるぞ。合図してくれ。

「ルシアナ様、どうかなさいましたか?」

 意識をヘレナへと戻せば、彼女は心配そうに眉尻を下げていた。他の令嬢たちもどうしたのかとルシアナを見ている。
 ルシアナは少し間を置くと、真っ直ぐヘレナを見つめ「王太子妃殿下」と呼びかける。初めて会ったとき以来の呼び方に彼女は大きく目を見開いたが、ルシアナはそのまま静かに続ける。

「友人でも、公爵夫人でもない、騎士としてのわたくしを、信じていただけますか?」

 あまりにも突拍子のない発言をしていることは、ルシアナ自身自覚していた。同じ席に着く令嬢たちも、戸惑いや怪訝の表情を浮かべている。しかし、ルシアナの視線を一身に浴びるヘレナだけは、すぐに力強く頷いて見せた。

「もちろんです。私は、あの日手を差し伸べてくれた“ルシアナ様”を信じています」

 ルシアナがルシアナである限り、どんな立場で、どんな肩書を持っていようと信じる。そう一心に伝えてくれるヘレナに、ルシアナは嬉しそうな笑みを向ける。

「ありがとうございます、ヘレナ様」

(――……ベル。袖口に火を)
 ――ああ。

 ベルに合図をするとヘレナから視線を外し、近くまで来ている給仕人の男に目を向ける。
 彼が何かをすると確信しているわけではない。しかし、ベルが注意を促すほどの存在であることは無視できない。だから、何もない可能性もあるが、もし何か企みがあった場合、それを実行できないよう、警告も兼ねて驚かせばいい。
 そう思い、彼も気付きやすい袖口に火を付けるようベルに頼んだ。
 しかし、彼の袖口は燃えることなく、代わりに何かが割れるような音が辺りに響いた。

(……!)
 ――ルシー、あいつ、無効化能力がある何かを持ってる。気付かれた!

 足を止めた男と、視線がかち合う。

「リベルサ!」

 ルシアナが立ち上がり叫ぶのと、男が懐に手を入れるのはほぼ同時だった。
 開いたルシアナの左手が光り、赤い魔石が嵌められた金色に輝く弓が姿を現す。自身の髪を一本引き抜けば、それはたちまち矢に姿を変えた。
 ルシアナが弓を構えるより早く、懐から透明な球体を取り出した男が、それを遠くに投げ飛ばす。一瞬、その球体に目を向けたルシアナだったが、すぐに男に視線を戻すと、弓を構えた。
 男は背を向け、元来た道を走り去ろうとしているところだった。

「きゃーー!!」
「いやぁ!」

 何かが割れる音と同時に、人々の悲鳴が辺り一帯を包む。他のテーブルにいた令嬢たちや、他の給仕人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、幸か不幸か、男とルシアナを隔てる壁になった。
 近くに控えていた騎士たちも、件の男を取り押さえようと動き出していたものの、人々の波に隔たれ近付けないようだった。
 それでも、ルシアナは走る男から視線を逸らさず、弓を構え続ける。

 ――ルシー、転移魔法だ!

 男の体が光に包まれる。
 この場から完全に逃亡できることを確信したのか、男が後ろを振り返ろうとした、その瞬間。
 ルシアナは、待っていたかのように矢を放った。
 ルシアナの放った矢が振り返った男の目に刺さるか、というところで、放った矢ごと男の姿が消える。

(――外したかしら)
 ――いや、当たった。あまり長くは持たないが矢に私のマナを纏わせた。それでどこに逃げたかはすぐにわかる。から、とりあえず、先にあっちを処理しよう。
(――そうね)

 ルシアナが心の中で、ルベルージュ、と唱えると、黄金の弓は消え、代わりに白銀に煌めく細身の剣が現れた。
 右手で柄を掴むと、ルシアナは後ろを振り返る。
 後方では、臙脂の騎士服に身を包んだ騎士と、テールグリーンの騎士服に身を包んだ騎士が、巨岩や巨木を思わせる巨大な熊のような生き物と対峙していた。
 見た目は確かに熊なのだが、その頭には三本の角が生え、手足が異様に肥大化している。爪も太く長く、まるで小型のナイフのようだ。

(――人工魔獣かしら)
 ――ああ……あの消えた奴自身も気持ち悪い気配だったが、こっちはもっと気持ち悪い。

 悍ましそうなベルの声を聞きながら、ルシアナは内心頷く。
 精霊はこの世の摂理、自然そのものだ。人工的に生み出された自然に逆らうようなものには、相当の拒絶反応が出るのだろう。
 熊のようなものを見つめたまま、ルシアナはヘレナに声を掛ける。

「王太子妃殿下、ご命令を」
「――っえ、あっ……ル、ルシアナ卿。の災厄を打ち払ってください……!」

 ルシアナは横目でヘレナを見下ろすと、その身を震わせながらも真っ直ぐ自身を見つめ返す彼女に、にっこりと笑みを返す。

「拝命いたします」

 視線を熊のようなものへと戻したルシアナは、深く息を吸い込んだ。
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