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第七章
狩猟大会・三日目(一)
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「私もまだ学ぶことの多い身です。ですからどうぞ、皆さんも気負わず楽にしてくださいね」
ヘレナの言葉に、同席した令嬢たちは、ほっとしたように息を吐いた。
長方形のテーブルの上座に座るヘレナの左斜め前に座りながら、ルシアナもにこやかな笑みを令嬢たちに向ける。
狩場に出るのは一日目だけと決めていたため、二日目の昨日はユーディットと共に夫人たちの集まりに参加し、今日はヘレナと共に未婚の令嬢たちとの集まりに参加していた。
三日目の集まりはデビュタントしたばかりの令嬢たちがメインなため、ルシアナも参加することなったのだ。
秋の日差しは心地よく、風に乗って運ばれてくる草木の香りが、王都のガーデンパーティーとは違う心安らぐ時間を演出しているようだった。
ヘレナが紅茶に手を付けたのを見てルシアナも紅茶に手を伸ばし、優雅にカップに口を付ける。しかし、伝わってくるのはその熱さのみで、正直味などわからなかった。
気を抜くと手が震えそうになるのをなんとか堪えながら、澄まし顔でヘレナたちの会話に耳を傾ける。
(――……無理だわ! とても集中できない……!)
――私に言っても仕方ないだろ。
(――ベル以外に誰に言えと言うの……!?)
――それこそヘレナでもユーディットでいいだろ。二人とも番がいるんだし、なんならユーディットはレオンハルトを産んでるんだしな。
(――義理のお母様と閨事の話なんてできないわ……! ヘレナ様にもどんな顔をして話を振ったらいいのか……!)
――ほとんどの生き物が繁殖するために当たり前にやってることだろ? 別に恥ずかしがることは何もなくないか? ルシーだって繁殖行為について学んでいたときは、けろっとしてたじゃないか。
(――だって……だって、あのときはこんなに恥ずかしいことだとは思わなかったのだもの……!)
昨夜、三度も果てへと導かれたルシアナは、これまで感じたことのない気怠さと、いつまでも正常に働かない脳のせいで、寝入るまでずっとぼんやりとしたままだった。レオンハルトに体を清められている間もただぼうっとベッドに横になり、かろうじて動けたのは、レオンハルトに言いつけられた魔法石での施錠のときだけだった。
朝目覚めても夢見心地でしばらくぼんやりとし、訪ねてきたエステルたちが湯浴みの準備をしているのを見て、初めて昨夜の諸々を鮮明に思い出した。
清拭に使ったタオルや、何某かの染みが残るシーツを見て、何ともいたたまれない心地になり、それが今も尾を引いている。
――まぁ、回数を重ねれば慣れて恥ずかしくもなくなるさ。愛情表現の一種なんだから、ねだってたくさんしてもらえばいいだろ?
(――もう、ベルっ)
ベルの愉快そうな声を聞きながら、ルシアナは上がり始めた体温を下げるように、ゆっくりと深呼吸をした。
「あの、シルバキエ公爵夫人」
「はい」
ベルとのやりとりなどまるでなかったかのように、ルシアナは声を掛けた令嬢に楚々とした笑みを向ける。
(確かルメンバッハ伯爵令嬢だったかしら)
彼女はそばかすのある頬を朱色に染めると、恥ずかしそうに視線を下げた。
「あ、あの……わ、私、婚約者がいるのですが、歳の差がちょうど夫人と閣下と同じで……その、どうも妹扱いされているような気がして……ど、どうしたら年上の男性に愛してもらえる魅力的な女性になれるでしょうか……!?」
彼女の発言に、同席していた他の令嬢たちも、興味津々といった視線をルシアナに向ける。
(……尋ねる相手は本当にわたくしでいいのかしら……?)
思いがけない質問に内心動揺したルシアナだったが、それをおくびにも出さず笑みを深める。
「ルメンバッハ伯爵令嬢とご婚約者の方はご縁が長いのですか?」
「は、はいっ。親同士が友人で、幼いころから交流があります」
「確か、国軍第七騎士団で団長を務めている方ですよね?」
ヘレナの問いかけに、ルメンバッハ伯爵令嬢は慌てたように頷いた。
「はい……! フェーリンガー伯爵家の次男、ゲオルク・ヨアヒムがそうです」
(国軍第七騎士団……レオンハルト様と一緒に事前準備を任されていた方たちよね)
ルシアナの記憶の中の情報を肯定するように、ルメンバッハ伯爵令嬢が続ける。
「狩猟大会の準備で会えない間も、まめに手紙をくれたのですが……彼のくれる手紙はいつも、おてんばをしてないか、とか、食べ過ぎてお腹を壊してないか、とか、そのような内容ばかりで……」
彼女の言葉に、他の令嬢たちは「まあ……」「あら……」と眉を落とす。
(確かに妙齢の婚約者に送る手紙の内容ではないような気がするわ)
しかし、と思ったところで、脳内にやれやれといった様子の声が響く。
――一切何の連絡もして来ない奴よりましだな。
(――馴染みがないことは、まず“行う”という発想自体湧かないものよ)
ベルにフォローしつつ、ルシアナは柔和な笑みをルメンバッハ伯爵令嬢へと向ける。
「離れていても考えてくれている、と前向きに考えてみませんか?」
「え……」
「お手紙をまめに送るほど、常に令嬢のことを考えていたのだ、と。わたくしには十分、令嬢が愛されている魅力的な女性に見えますわ」
彼女は恥ずかしそうに頬を染めたものの、あまり表情は晴れない。そんな令嬢に、ルシアナはにっこりと笑いかける。
「姉たちは、駆け引きをするといい、普段と違う行動を取るのがいい、とおっしゃっていましたが、わたくし個人としては、素直に甘えて、自分の気持ちを伝えるのが一番だと考えています。嬉しい、楽しい、好きといった前向きな感情を言葉にして、にっこり笑うのです」
自らの頬に人差し指を当てながらそう言えば、彼女も手を頬に当てる。
「年齢の差はどうしようもありません。どうにもならないものなら、欠点ではなく利点にしてしまえばいいのです。無邪気に甘えられるのは今のうちだけだと、わたくしは考えますわ」
少々茶目っ気を交えて片目を閉じれば、彼女はほうっと息を漏らした。しかしすぐに、「ですが」と視線を下げる。
「私に甘えられて、ゲオルクは嫌じゃないでしょうか……」
自信なさげな彼女の表情に確かな恋情が見えて、ルシアナは目尻を下げた。
「ゲオルク卿は、ルメンバッハ伯爵令嬢が甘えたら嫌そうな態度を取る方なのですか?」
「……いえ、決してそのようなことは……」
「それでしたら、是非、甘えてみてはいかがでしょうか。ゲオルク卿を想うルメンバッハ伯爵令嬢の姿はとても愛らしいですもの。そのような姿で甘えられたら、わたくしだったら愛おしくて仕方なくなりますわ」
「えっ」
令嬢は勢いよく顔を上げると首元まで真っ赤にし、消え入りそうな声で「ありがとうございます」と呟いた。
「まあ。これはゲオルク卿に嫉妬されてしまうかもしれませんね、ルシアナ様」
ヘレナの言葉に、ルシアナはころころと笑う。
「わたくしが会えない間、ゲオルク卿はレオンハルト様とずっと一緒だったのですもの。それでおあいこにしていただきたいですわ」
同席した令嬢たちが「まあ」「ふふ」とそれぞれ顔を見合わせながら微笑み合う。
(……少し残っていた緊張感も、もうなくなったかしら)
テーブル全体を包む和やかな雰囲気に、ルシアナも楽しそうに笑む。しかし、胸元にあるものが熱を持ったのを感じて、すぐにその双眸を細めた。
(――ベル? 何かあった?)
――……気持ち悪い気配が近付いてくる。用心しろ、ルシー。
少しの間を置いて聞こえた、先ほどまでとは違う真剣なベルの声に、ルシアナは深く息を吸い込んだ。
ヘレナの言葉に、同席した令嬢たちは、ほっとしたように息を吐いた。
長方形のテーブルの上座に座るヘレナの左斜め前に座りながら、ルシアナもにこやかな笑みを令嬢たちに向ける。
狩場に出るのは一日目だけと決めていたため、二日目の昨日はユーディットと共に夫人たちの集まりに参加し、今日はヘレナと共に未婚の令嬢たちとの集まりに参加していた。
三日目の集まりはデビュタントしたばかりの令嬢たちがメインなため、ルシアナも参加することなったのだ。
秋の日差しは心地よく、風に乗って運ばれてくる草木の香りが、王都のガーデンパーティーとは違う心安らぐ時間を演出しているようだった。
ヘレナが紅茶に手を付けたのを見てルシアナも紅茶に手を伸ばし、優雅にカップに口を付ける。しかし、伝わってくるのはその熱さのみで、正直味などわからなかった。
気を抜くと手が震えそうになるのをなんとか堪えながら、澄まし顔でヘレナたちの会話に耳を傾ける。
(――……無理だわ! とても集中できない……!)
――私に言っても仕方ないだろ。
(――ベル以外に誰に言えと言うの……!?)
――それこそヘレナでもユーディットでいいだろ。二人とも番がいるんだし、なんならユーディットはレオンハルトを産んでるんだしな。
(――義理のお母様と閨事の話なんてできないわ……! ヘレナ様にもどんな顔をして話を振ったらいいのか……!)
――ほとんどの生き物が繁殖するために当たり前にやってることだろ? 別に恥ずかしがることは何もなくないか? ルシーだって繁殖行為について学んでいたときは、けろっとしてたじゃないか。
(――だって……だって、あのときはこんなに恥ずかしいことだとは思わなかったのだもの……!)
昨夜、三度も果てへと導かれたルシアナは、これまで感じたことのない気怠さと、いつまでも正常に働かない脳のせいで、寝入るまでずっとぼんやりとしたままだった。レオンハルトに体を清められている間もただぼうっとベッドに横になり、かろうじて動けたのは、レオンハルトに言いつけられた魔法石での施錠のときだけだった。
朝目覚めても夢見心地でしばらくぼんやりとし、訪ねてきたエステルたちが湯浴みの準備をしているのを見て、初めて昨夜の諸々を鮮明に思い出した。
清拭に使ったタオルや、何某かの染みが残るシーツを見て、何ともいたたまれない心地になり、それが今も尾を引いている。
――まぁ、回数を重ねれば慣れて恥ずかしくもなくなるさ。愛情表現の一種なんだから、ねだってたくさんしてもらえばいいだろ?
(――もう、ベルっ)
ベルの愉快そうな声を聞きながら、ルシアナは上がり始めた体温を下げるように、ゆっくりと深呼吸をした。
「あの、シルバキエ公爵夫人」
「はい」
ベルとのやりとりなどまるでなかったかのように、ルシアナは声を掛けた令嬢に楚々とした笑みを向ける。
(確かルメンバッハ伯爵令嬢だったかしら)
彼女はそばかすのある頬を朱色に染めると、恥ずかしそうに視線を下げた。
「あ、あの……わ、私、婚約者がいるのですが、歳の差がちょうど夫人と閣下と同じで……その、どうも妹扱いされているような気がして……ど、どうしたら年上の男性に愛してもらえる魅力的な女性になれるでしょうか……!?」
彼女の発言に、同席していた他の令嬢たちも、興味津々といった視線をルシアナに向ける。
(……尋ねる相手は本当にわたくしでいいのかしら……?)
思いがけない質問に内心動揺したルシアナだったが、それをおくびにも出さず笑みを深める。
「ルメンバッハ伯爵令嬢とご婚約者の方はご縁が長いのですか?」
「は、はいっ。親同士が友人で、幼いころから交流があります」
「確か、国軍第七騎士団で団長を務めている方ですよね?」
ヘレナの問いかけに、ルメンバッハ伯爵令嬢は慌てたように頷いた。
「はい……! フェーリンガー伯爵家の次男、ゲオルク・ヨアヒムがそうです」
(国軍第七騎士団……レオンハルト様と一緒に事前準備を任されていた方たちよね)
ルシアナの記憶の中の情報を肯定するように、ルメンバッハ伯爵令嬢が続ける。
「狩猟大会の準備で会えない間も、まめに手紙をくれたのですが……彼のくれる手紙はいつも、おてんばをしてないか、とか、食べ過ぎてお腹を壊してないか、とか、そのような内容ばかりで……」
彼女の言葉に、他の令嬢たちは「まあ……」「あら……」と眉を落とす。
(確かに妙齢の婚約者に送る手紙の内容ではないような気がするわ)
しかし、と思ったところで、脳内にやれやれといった様子の声が響く。
――一切何の連絡もして来ない奴よりましだな。
(――馴染みがないことは、まず“行う”という発想自体湧かないものよ)
ベルにフォローしつつ、ルシアナは柔和な笑みをルメンバッハ伯爵令嬢へと向ける。
「離れていても考えてくれている、と前向きに考えてみませんか?」
「え……」
「お手紙をまめに送るほど、常に令嬢のことを考えていたのだ、と。わたくしには十分、令嬢が愛されている魅力的な女性に見えますわ」
彼女は恥ずかしそうに頬を染めたものの、あまり表情は晴れない。そんな令嬢に、ルシアナはにっこりと笑いかける。
「姉たちは、駆け引きをするといい、普段と違う行動を取るのがいい、とおっしゃっていましたが、わたくし個人としては、素直に甘えて、自分の気持ちを伝えるのが一番だと考えています。嬉しい、楽しい、好きといった前向きな感情を言葉にして、にっこり笑うのです」
自らの頬に人差し指を当てながらそう言えば、彼女も手を頬に当てる。
「年齢の差はどうしようもありません。どうにもならないものなら、欠点ではなく利点にしてしまえばいいのです。無邪気に甘えられるのは今のうちだけだと、わたくしは考えますわ」
少々茶目っ気を交えて片目を閉じれば、彼女はほうっと息を漏らした。しかしすぐに、「ですが」と視線を下げる。
「私に甘えられて、ゲオルクは嫌じゃないでしょうか……」
自信なさげな彼女の表情に確かな恋情が見えて、ルシアナは目尻を下げた。
「ゲオルク卿は、ルメンバッハ伯爵令嬢が甘えたら嫌そうな態度を取る方なのですか?」
「……いえ、決してそのようなことは……」
「それでしたら、是非、甘えてみてはいかがでしょうか。ゲオルク卿を想うルメンバッハ伯爵令嬢の姿はとても愛らしいですもの。そのような姿で甘えられたら、わたくしだったら愛おしくて仕方なくなりますわ」
「えっ」
令嬢は勢いよく顔を上げると首元まで真っ赤にし、消え入りそうな声で「ありがとうございます」と呟いた。
「まあ。これはゲオルク卿に嫉妬されてしまうかもしれませんね、ルシアナ様」
ヘレナの言葉に、ルシアナはころころと笑う。
「わたくしが会えない間、ゲオルク卿はレオンハルト様とずっと一緒だったのですもの。それでおあいこにしていただきたいですわ」
同席した令嬢たちが「まあ」「ふふ」とそれぞれ顔を見合わせながら微笑み合う。
(……少し残っていた緊張感も、もうなくなったかしら)
テーブル全体を包む和やかな雰囲気に、ルシアナも楽しそうに笑む。しかし、胸元にあるものが熱を持ったのを感じて、すぐにその双眸を細めた。
(――ベル? 何かあった?)
――……気持ち悪い気配が近付いてくる。用心しろ、ルシー。
少しの間を置いて聞こえた、先ほどまでとは違う真剣なベルの声に、ルシアナは深く息を吸い込んだ。
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