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第六章
テレーゼとのお茶会(二)
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改めてサロンの中にテレーゼを案内し、それぞれの前に紅茶が用意されても、テレーゼの眉間の皺がとれることはなかった。
「……かぼちゃのクッキー、美味しいですね? テレーゼ様」
気難しげな顔をしながらクッキーを齧ったテレーゼにそう声を掛ければ、彼女はじとっとした目つきでルシアナを見た。
「……あなたも彼も簡単に人を許しすぎよ。許してもらったわたしが言うことではないけど、優しすぎるわ」
(あら)
予想もしていなかった言葉に目を瞬かせると、テレーゼは軽く唇を尖らせた。
「……なによぅ」
「いえ、エーリクとわたくしが笑ってしまったことを気にされているのかと」
「ああ……何で笑ったのかはわからないけど、彼のああいう表情は初めて見たから、それは、別に……」
(あらあら?)
もごもごと言葉尻を濁すテレーゼをじっと見つめると、彼女は、はっとしたように顔を赤らめ、カップに注がれた紅茶を一気に飲み干した。
「そ、それより! おにい様のことよ!」
空のカップをソーサーに戻したテレーゼは、腕を組み眉を吊り上げた。
「新婚の妻を置いてすぐお仕事に行くってどういうことなのかしら!? お務めを果たされるのは素晴らしいことだけど、お手紙の一通も送らないなんてどうかしてるわ!」
(テレーゼ様、お手紙でも怒っていらっしゃったものね)
是非遊びに来てほしいと手紙を出した際、結婚したばかりの二人のところにお邪魔するのは、とテレーゼが遠慮したため、レオンハルトが不在だということを伝えた。それへの返答は封筒がぱんぱんになるほどの量で、ルシアナは思わず笑ってしまった。
(それで元気が出て……思っているよりずっと気落ちしていたことに気付いたのよね)
あのときの何枚にも及ぶレオンハルトへの怒りの言葉を思い出し、ふふっと笑うと、テレーゼは「何笑ってるの!」と声を上げた。
「おにい様に会ったらビシッと言わなくてはだめよ! おにい様に言い寄る人は本当に本当にほんっとーうに! 多かったけど! おにい様はそれを全部袖にして来たんだから! おにい様は乙女心とか、そういうのがまっっったくわからないのよっ! ……まぁ、そういう意味では、あなたは安心かもしれないけど」
はぁ、と息を吐くと、テレーゼはナッツがたっぷり入ったブラウニーへ手を伸ばす。それを口に入れた瞬間、呆れたような彼女の表情が一気に華やぎ、ルシアナは思わず口元に手を当てた。
自分でも表情が変化したのを感じたのか、テレーゼは恥ずかしそうにルシアナを一瞥すると、こほんと咳払いをする。
「と、とにかく、おにい様はこれまで女性と親しく接したことがないから、あなたがちゃんと自分の気持ちを伝えなければだめよ。おにい様のこと……嫌いなわけではないんでしょう?」
これをテレーゼに伝えてもいいのだろうか、と一瞬悩んだルシアナだったが、すぐにその考えを消すと、その口元に緩やかな笑みを浮かべ小さく頷く。それを見て、テレーゼは安堵したようにほっと息を吐き、再び紅茶が注がれたカップへ視線を落とした。
「あのね、これはいつか……言わなくちゃって思ってたんだけど……わたしに対して、何かを思う必要はないからね。あなたは優しいから、そうしようと思わなくても、わたしのこと気にかけちゃうのかもしれないけど、絶対にわたしに気兼ねなんてしないで。わたし、おにい様と結婚したのがあなたでよかったって、本当に、心からそう思ってるから」
上げられた視線は、先ほどエーリクに向けられたものと同じくらい力強く、ルシアナの心をぐんと惹きつけた。
(……そうよね。レオンハルト様のことでテレーゼ様に対し気を遣うのは、傲慢で、とても失礼な行いだわ)
ルシアナは一度深呼吸をすると、柔らかな笑みをテレーゼに向けた。
「わたくし、テレーゼ様のことが大好きですわ」
「なっ――!」
一気に顔を赤くしたテレーゼは、大きく開けた口を言葉なく動かすと、徐々に頭を下げいき、体を小刻みに震わせた。
「わ、わたしだって……あなたのこと、好っ……う……」
きつく口を閉じ、それ以上言葉にできないテレーゼに、ルシアナはにこにこと笑みを浮かべる。
それを見たテレーゼはさらに顔を赤くすると眉を上げた。
「あなたのそういうところはむかつくわ……!」
「ありがとうございます、大好きです」
「あっ、うぅ……っ」
ふるふると口元を震わせたテレーゼは、きょろきょろと視線を彷徨わせたあと「そ、そうだ!」と声を上げた。
「だ、第一王女殿下がご懐妊されたそうね!? とてもおめでたいことだわ!」
明らかな話題変換だったが、赤さの引かない耳を見て、ルシアナはそれ以上追及せず頷いた。
「ふふ、ありがとうございます。産まれたら切り絵を送ってくれるそうで……まだ先ですが、すでに姪の誕生が楽しみですわ」
「え? どうして姪だって――」
言いかけて、テレーゼは言葉を飲み込む。
先ほどまでは赤かった顔が、一瞬で青ざめた。
「あ、いえ、そうよね。姪……きっととても可愛らしいでしょうね」
取り繕うように笑みを浮かべているものの、その瞳には、しまった、という動揺が見て取れる。
(そういえばお姉様が『王家の奇異さばかり目を引く』とおっしゃっていたわね)
ふむ、と一度目を逸らしたルシアナは、窺うようにこちらを見ているテレーゼに視線を戻すと小首を傾げる。
「純粋な興味からの質問なのですが、トゥルエノの血筋については、どのように伝わっているのでしょうか?」
「……かぼちゃのクッキー、美味しいですね? テレーゼ様」
気難しげな顔をしながらクッキーを齧ったテレーゼにそう声を掛ければ、彼女はじとっとした目つきでルシアナを見た。
「……あなたも彼も簡単に人を許しすぎよ。許してもらったわたしが言うことではないけど、優しすぎるわ」
(あら)
予想もしていなかった言葉に目を瞬かせると、テレーゼは軽く唇を尖らせた。
「……なによぅ」
「いえ、エーリクとわたくしが笑ってしまったことを気にされているのかと」
「ああ……何で笑ったのかはわからないけど、彼のああいう表情は初めて見たから、それは、別に……」
(あらあら?)
もごもごと言葉尻を濁すテレーゼをじっと見つめると、彼女は、はっとしたように顔を赤らめ、カップに注がれた紅茶を一気に飲み干した。
「そ、それより! おにい様のことよ!」
空のカップをソーサーに戻したテレーゼは、腕を組み眉を吊り上げた。
「新婚の妻を置いてすぐお仕事に行くってどういうことなのかしら!? お務めを果たされるのは素晴らしいことだけど、お手紙の一通も送らないなんてどうかしてるわ!」
(テレーゼ様、お手紙でも怒っていらっしゃったものね)
是非遊びに来てほしいと手紙を出した際、結婚したばかりの二人のところにお邪魔するのは、とテレーゼが遠慮したため、レオンハルトが不在だということを伝えた。それへの返答は封筒がぱんぱんになるほどの量で、ルシアナは思わず笑ってしまった。
(それで元気が出て……思っているよりずっと気落ちしていたことに気付いたのよね)
あのときの何枚にも及ぶレオンハルトへの怒りの言葉を思い出し、ふふっと笑うと、テレーゼは「何笑ってるの!」と声を上げた。
「おにい様に会ったらビシッと言わなくてはだめよ! おにい様に言い寄る人は本当に本当にほんっとーうに! 多かったけど! おにい様はそれを全部袖にして来たんだから! おにい様は乙女心とか、そういうのがまっっったくわからないのよっ! ……まぁ、そういう意味では、あなたは安心かもしれないけど」
はぁ、と息を吐くと、テレーゼはナッツがたっぷり入ったブラウニーへ手を伸ばす。それを口に入れた瞬間、呆れたような彼女の表情が一気に華やぎ、ルシアナは思わず口元に手を当てた。
自分でも表情が変化したのを感じたのか、テレーゼは恥ずかしそうにルシアナを一瞥すると、こほんと咳払いをする。
「と、とにかく、おにい様はこれまで女性と親しく接したことがないから、あなたがちゃんと自分の気持ちを伝えなければだめよ。おにい様のこと……嫌いなわけではないんでしょう?」
これをテレーゼに伝えてもいいのだろうか、と一瞬悩んだルシアナだったが、すぐにその考えを消すと、その口元に緩やかな笑みを浮かべ小さく頷く。それを見て、テレーゼは安堵したようにほっと息を吐き、再び紅茶が注がれたカップへ視線を落とした。
「あのね、これはいつか……言わなくちゃって思ってたんだけど……わたしに対して、何かを思う必要はないからね。あなたは優しいから、そうしようと思わなくても、わたしのこと気にかけちゃうのかもしれないけど、絶対にわたしに気兼ねなんてしないで。わたし、おにい様と結婚したのがあなたでよかったって、本当に、心からそう思ってるから」
上げられた視線は、先ほどエーリクに向けられたものと同じくらい力強く、ルシアナの心をぐんと惹きつけた。
(……そうよね。レオンハルト様のことでテレーゼ様に対し気を遣うのは、傲慢で、とても失礼な行いだわ)
ルシアナは一度深呼吸をすると、柔らかな笑みをテレーゼに向けた。
「わたくし、テレーゼ様のことが大好きですわ」
「なっ――!」
一気に顔を赤くしたテレーゼは、大きく開けた口を言葉なく動かすと、徐々に頭を下げいき、体を小刻みに震わせた。
「わ、わたしだって……あなたのこと、好っ……う……」
きつく口を閉じ、それ以上言葉にできないテレーゼに、ルシアナはにこにこと笑みを浮かべる。
それを見たテレーゼはさらに顔を赤くすると眉を上げた。
「あなたのそういうところはむかつくわ……!」
「ありがとうございます、大好きです」
「あっ、うぅ……っ」
ふるふると口元を震わせたテレーゼは、きょろきょろと視線を彷徨わせたあと「そ、そうだ!」と声を上げた。
「だ、第一王女殿下がご懐妊されたそうね!? とてもおめでたいことだわ!」
明らかな話題変換だったが、赤さの引かない耳を見て、ルシアナはそれ以上追及せず頷いた。
「ふふ、ありがとうございます。産まれたら切り絵を送ってくれるそうで……まだ先ですが、すでに姪の誕生が楽しみですわ」
「え? どうして姪だって――」
言いかけて、テレーゼは言葉を飲み込む。
先ほどまでは赤かった顔が、一瞬で青ざめた。
「あ、いえ、そうよね。姪……きっととても可愛らしいでしょうね」
取り繕うように笑みを浮かべているものの、その瞳には、しまった、という動揺が見て取れる。
(そういえばお姉様が『王家の奇異さばかり目を引く』とおっしゃっていたわね)
ふむ、と一度目を逸らしたルシアナは、窺うようにこちらを見ているテレーゼに視線を戻すと小首を傾げる。
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