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第六章
テレーゼとのお茶会(一)
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最初に課したテレーゼの謹慎はとっくに解け、週に一回シルバキエ公爵邸を訪れルシアナの相手をする義務もなくなってはいたが、二人の交流は変わらず続いていた。
「ようこそお越しくださいました、テレーゼ様」
「お招き感謝いたします、ルシアナ様」
丁寧に礼をしたテレーゼに小さく笑うと、ルシアナはテレーゼの手を取る。
「だんだんと秋めいて来ましたね。なので今日はかぼちゃを使ったお菓子をご用意しました」
「ふふっ……それは楽しみです」
楽しそうに笑うテレーゼに同じように笑い返しながら、彼女の手を引きサロンの前まで連れて来る。
サロンの入り口にはエーリクが待機しており、ルシアナは彼ににこやかな笑みを向ける。
「準備ありがとう、エーリク」
「いえ。ごゆっくりお過ごしください」
そのままサロンに入ろうとしたルシアナだったが、手を繋いでいたテレーゼが足を止めたため、それに釣られるように立ち止まる。
どうしたのだろうか、と振り返れば、ルシアナの手中からテレーゼの手が引かれ、彼女はエーリクに対し深く頭を下げた。
(まあ……)
立ち止まったことを不審に思ったのか、わずかに頭を上げたエーリクが驚いたように目を見開く。
二人の邪魔にならないよう端に移動すると、少しして、テレーゼが大きく息を吸った。
「……これまで、本当に……本当に、申し訳ございませんでした」
はっとしたように短く息を吐いたエーリクは、硬直したまま白い睫毛を揺らす。
(……あのときとは違う、心からの謝罪だわ)
わずかに震えた声からは、後悔や懺悔が感じられ、かつてルシアナが無理に言わせた謝罪とは違うことがわかる。
「あなたの尊厳を傷付けるような言動を何度もしたこと、到底許されるものではないと理解しています。この謝罪はただの自己満足で、自分が楽になりたいがためのもです。ですから、この謝罪を受け入れる必要は一切ございません。謝罪が遅くなってしまったことも含め、どこまでも自分勝手でごめんなさい。……本当に、申し訳ございませんでした」
震えを抑え、最後は芯のある力強い声となったテレーゼに、ルシアナは、ふっと目を伏せる。
(……テレーゼ様は、とても真っ直ぐな方なのよね)
その真っ直ぐさが、よくない形で表に現れ、よくない形で他者に向けられてしまった。それはいけないことだが、こうして自省し素直に謝れるところは、やはり好ましいと思った。
(エーリクには申し訳ないけれど、わたくしはやっぱりテレーゼ様が好きだし、彼女とお友だちになれてよかったわ)
そっと息を吐いたルシアナは、ちらりとエーリクを見る。
エーリクはいまだ混乱した様子で、頭を下げ続けるテレーゼを見続けている。
(……ええと)
さすがに口を出すのは、と思っていたルシアナだが、いつまでもテレーゼに頭を下げさせるわけにはいかないため、エーリクに近付き、彼の背に軽く触れる。
その感覚に我に返ったのか、エーリクは、はっとしたようにルシアナを見ると、次いで勢いよくテレーゼに顔を戻した。
「え、と……」
言い淀み、一度視線を下げたエーリクだったが、大きく深呼吸すると背筋を伸ばす。
「頭を……お上げください」
エーリクに促され、テレーゼがゆっくり上体を起こす。胡桃色の髪をさらりと揺らしながら頭を上げたテレーゼは、澄んだミントグリーンの瞳で、真っ直ぐエーリクを見つめた。
どのようなことを言われようと、すべてを受け入れると覚悟したような瞳は力強く、彼女自身の気高さや矜持が感じられる。彼女が本当に心からエーリクと向き合おうとしていることを感じたのか、その瞳を見つめ返していたエーリクは、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「ありがとうございます。リーバグナー公爵令嬢」
「……え」
今度はテレーゼが、驚いたように目を見開く。エーリクから目を逸らさないテレーゼに、彼はさらに笑みを深めた。
「こうして謝罪していただけただけで、もう十分です。これまでのことについて何も思うところがなかったか、と言われれば嘘になりますが、だからと言って貴女様を責めるつもりもございません。馴染みのないものに対する忌避感は、私も理解できますから」
「それは……でも、あなたを軽んじていい理由にはならないわ。前にルシアナ様も言っていたけど、あなた自身のことをちゃんと見ていれば、あなたを侮蔑するような言動は出てこなかったはずだもの。本当に不誠実だったと――」
「っふふ――あ、いえ、申し訳ございません」
テレーゼの言葉に被せるように笑ってしまったエーリクは、眉尻を下げて微笑む。
「たった数ヵ月でずいぶんと大人になられたな、と。人間の成長は本当に早いと、思わず笑みが漏れてしまいました」
(あら、やっぱりエーリクも“エルフ”ね)
エーリクが何を言っているのか、何故笑ったのか理解できないのか、テレーゼはぽかんとした表情を浮かべている。そんな彼女を一瞥したルシアナは、横にいるエーリクの顔をそっと見上げた。
どこか達観した、遠くを見据えたような表情。
慈愛にも似たその視線は、彼らは姿かたちが似ているだけの、まったく別の生物なのだと現しているような、そんな雰囲気があった。
(わたくしたち人間は百年も生きられないけれど、彼らエルフは千年近く生きる長命種。わたくしもテレーゼ様も、人間の基準で言えば成人した大人だけれど、エーリクからしたら産まれたての赤ん坊のようなものよね)
彼らにとって、一人の人間と関わる時間というのは、長い人生の中のほんの一部でしかない。決して、見下したり、侮っているわけではないが、人間は彼らにとって“対等な生き物”ではなかった。
(彼らのわたくしたちに対する感情は、わたくしたちが鳥や犬などに向けるのと似たようなものなのよね。エーリクは人間社会にとても馴染んだ行動をとるから、こうしたエルフらしい姿を見るのは新鮮だわ)
釣られてルシアナも笑うと、テレーゼはますますわけがわからないという表情になる。
ルシアナが笑った理由がわかったのか、エーリクは少し困ったように笑いながら「申し訳ありません」と漏らすと咳払いし、テレーゼに対し使用人らしく軽く頭を下げた。
「謝罪は喜んで受け入れさせていただきます。ですからどうか、もうご自身を責めるのはおやめください。気兼ねなく奥様とのティータイムを楽しんでいただければ、私は十分でございます」
「え、ああ……そう、なの? えと……ありがとう、でいいのかしら……?」
状況が飲み込めないのか、テレーゼは眉間に皺を寄せながら、困惑した様子で軽く頭を下げる。そんなテレーゼに、エーリクが再び慈愛の微笑みを浮かべたのを見ながら、ルシアナも小さく安堵の息を漏らした。
「ようこそお越しくださいました、テレーゼ様」
「お招き感謝いたします、ルシアナ様」
丁寧に礼をしたテレーゼに小さく笑うと、ルシアナはテレーゼの手を取る。
「だんだんと秋めいて来ましたね。なので今日はかぼちゃを使ったお菓子をご用意しました」
「ふふっ……それは楽しみです」
楽しそうに笑うテレーゼに同じように笑い返しながら、彼女の手を引きサロンの前まで連れて来る。
サロンの入り口にはエーリクが待機しており、ルシアナは彼ににこやかな笑みを向ける。
「準備ありがとう、エーリク」
「いえ。ごゆっくりお過ごしください」
そのままサロンに入ろうとしたルシアナだったが、手を繋いでいたテレーゼが足を止めたため、それに釣られるように立ち止まる。
どうしたのだろうか、と振り返れば、ルシアナの手中からテレーゼの手が引かれ、彼女はエーリクに対し深く頭を下げた。
(まあ……)
立ち止まったことを不審に思ったのか、わずかに頭を上げたエーリクが驚いたように目を見開く。
二人の邪魔にならないよう端に移動すると、少しして、テレーゼが大きく息を吸った。
「……これまで、本当に……本当に、申し訳ございませんでした」
はっとしたように短く息を吐いたエーリクは、硬直したまま白い睫毛を揺らす。
(……あのときとは違う、心からの謝罪だわ)
わずかに震えた声からは、後悔や懺悔が感じられ、かつてルシアナが無理に言わせた謝罪とは違うことがわかる。
「あなたの尊厳を傷付けるような言動を何度もしたこと、到底許されるものではないと理解しています。この謝罪はただの自己満足で、自分が楽になりたいがためのもです。ですから、この謝罪を受け入れる必要は一切ございません。謝罪が遅くなってしまったことも含め、どこまでも自分勝手でごめんなさい。……本当に、申し訳ございませんでした」
震えを抑え、最後は芯のある力強い声となったテレーゼに、ルシアナは、ふっと目を伏せる。
(……テレーゼ様は、とても真っ直ぐな方なのよね)
その真っ直ぐさが、よくない形で表に現れ、よくない形で他者に向けられてしまった。それはいけないことだが、こうして自省し素直に謝れるところは、やはり好ましいと思った。
(エーリクには申し訳ないけれど、わたくしはやっぱりテレーゼ様が好きだし、彼女とお友だちになれてよかったわ)
そっと息を吐いたルシアナは、ちらりとエーリクを見る。
エーリクはいまだ混乱した様子で、頭を下げ続けるテレーゼを見続けている。
(……ええと)
さすがに口を出すのは、と思っていたルシアナだが、いつまでもテレーゼに頭を下げさせるわけにはいかないため、エーリクに近付き、彼の背に軽く触れる。
その感覚に我に返ったのか、エーリクは、はっとしたようにルシアナを見ると、次いで勢いよくテレーゼに顔を戻した。
「え、と……」
言い淀み、一度視線を下げたエーリクだったが、大きく深呼吸すると背筋を伸ばす。
「頭を……お上げください」
エーリクに促され、テレーゼがゆっくり上体を起こす。胡桃色の髪をさらりと揺らしながら頭を上げたテレーゼは、澄んだミントグリーンの瞳で、真っ直ぐエーリクを見つめた。
どのようなことを言われようと、すべてを受け入れると覚悟したような瞳は力強く、彼女自身の気高さや矜持が感じられる。彼女が本当に心からエーリクと向き合おうとしていることを感じたのか、その瞳を見つめ返していたエーリクは、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「ありがとうございます。リーバグナー公爵令嬢」
「……え」
今度はテレーゼが、驚いたように目を見開く。エーリクから目を逸らさないテレーゼに、彼はさらに笑みを深めた。
「こうして謝罪していただけただけで、もう十分です。これまでのことについて何も思うところがなかったか、と言われれば嘘になりますが、だからと言って貴女様を責めるつもりもございません。馴染みのないものに対する忌避感は、私も理解できますから」
「それは……でも、あなたを軽んじていい理由にはならないわ。前にルシアナ様も言っていたけど、あなた自身のことをちゃんと見ていれば、あなたを侮蔑するような言動は出てこなかったはずだもの。本当に不誠実だったと――」
「っふふ――あ、いえ、申し訳ございません」
テレーゼの言葉に被せるように笑ってしまったエーリクは、眉尻を下げて微笑む。
「たった数ヵ月でずいぶんと大人になられたな、と。人間の成長は本当に早いと、思わず笑みが漏れてしまいました」
(あら、やっぱりエーリクも“エルフ”ね)
エーリクが何を言っているのか、何故笑ったのか理解できないのか、テレーゼはぽかんとした表情を浮かべている。そんな彼女を一瞥したルシアナは、横にいるエーリクの顔をそっと見上げた。
どこか達観した、遠くを見据えたような表情。
慈愛にも似たその視線は、彼らは姿かたちが似ているだけの、まったく別の生物なのだと現しているような、そんな雰囲気があった。
(わたくしたち人間は百年も生きられないけれど、彼らエルフは千年近く生きる長命種。わたくしもテレーゼ様も、人間の基準で言えば成人した大人だけれど、エーリクからしたら産まれたての赤ん坊のようなものよね)
彼らにとって、一人の人間と関わる時間というのは、長い人生の中のほんの一部でしかない。決して、見下したり、侮っているわけではないが、人間は彼らにとって“対等な生き物”ではなかった。
(彼らのわたくしたちに対する感情は、わたくしたちが鳥や犬などに向けるのと似たようなものなのよね。エーリクは人間社会にとても馴染んだ行動をとるから、こうしたエルフらしい姿を見るのは新鮮だわ)
釣られてルシアナも笑うと、テレーゼはますますわけがわからないという表情になる。
ルシアナが笑った理由がわかったのか、エーリクは少し困ったように笑いながら「申し訳ありません」と漏らすと咳払いし、テレーゼに対し使用人らしく軽く頭を下げた。
「謝罪は喜んで受け入れさせていただきます。ですからどうか、もうご自身を責めるのはおやめください。気兼ねなく奥様とのティータイムを楽しんでいただければ、私は十分でございます」
「え、ああ……そう、なの? えと……ありがとう、でいいのかしら……?」
状況が飲み込めないのか、テレーゼは眉間に皺を寄せながら、困惑した様子で軽く頭を下げる。そんなテレーゼに、エーリクが再び慈愛の微笑みを浮かべたのを見ながら、ルシアナも小さく安堵の息を漏らした。
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