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第六章
姉妹の時間、のそのころ(六)
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部下に案内された場所には、血を流して倒れているラズルド騎士団の団員数名と、彼らを守るように周りを固めている第七騎士団、辺りに散らばり、ある一点を警戒している他のラズルド騎士団の団員がいた。
レオンハルトが来たのを見て、散らばっていたラズルド騎士団の一人が静かに駆け寄って来る。
「状況は」
「雷鳴と雷光がともに現れましたが、雷鳴は先ほどの一回以降なく、雷光はあれから二度ほど目視できました」
「魔物の姿は?」
「確認できていません」
「光との距離は――」
レオンハルトの言葉と、眩しい閃光が重なる。光は数メートル先で止まり、レオンハルトは静かに腰の剣に触れる。
光が落ちた場所には、一本角の生えた、やせ細ったヤギのような狼のような生き物が立っていた。
「せっ――」
報告に来ていた騎士が急いで声を上げた、その瞬間。
光とともに姿を消した魔物がレオンハルトたちの目前まで迫ったかと思うと、素早く引き抜かれた剣と角が合わさって甲高い音が鳴り、角を弾かれた魔物が光を伴って再び数メートル離れたところに移動した。
「んとう、じゅん、び」
声を上げた騎士は、魔物が完全に離れてから、視線をレオンハルト、魔物へと順に動かした。この場にいた他の騎士も同じように視線を動かすことしかできず、剣を抜くこともなく体を硬直させていた。
(さすがに速いな)
体毛と同じ白い睫毛を揺らし、魔物は蹄で地面を叩く。
レオンハルトは深く息を吐き出すと、腰を落とし剣を高く構える。
魔物が細長い耳を数度震わせた瞬間、再びまばゆい光の柱が現れ、光が消えたときにはレオンハルトの足元に首の落ちた魔物が転がっていた。
一拍置いて、後ろのほうから口笛が鳴る。
「さすがだなぁ。正直、何が起こったのかさっぱりだが」
臙脂の騎士服を着た近衛隊が円を描くように並ぶその中心から、輪郭を揺らしながら現したテオバルドは、拍手をしながら円の中心から抜ける。
(護衛から離れるなと言ったのに)
剣を鞘に戻しながら、レオンハルトは軽く頭を下げる。
「お騒がせいたしました」
「いや、いい。怪我人は大丈夫か?」
ちらりと目を向ければ、怪我をしていないラズルド騎士団の団員が、動けない者たちを運ぼうとしていた。話が聞こえていたらしい団員が軽く頷いたのを見てレオンハルトも頷き返すと、テオバルドへ視線を戻す。
「お気遣いありがとうございます。問題ありません」
「そうか。さすが国一番の騎士団だな。っと……近衛隊や第七騎士団のいる前で言うことではなかったか?」
テオバルドに視線を向けられた近衛隊の面々は思い切り首を横に振る。それに肩を竦めたテオバルドだったが、レオンハルトへと戻されたその表情は満足げだ。
(相変わらず身内贔屓というか、俺に甘いというか……)
レオンハルトは小さく息を吐くと目を足元へと向ける。
「アルメン子爵から事前に渡されていた資料に、懸念事項として一角雷獣らしき魔物の存在が記されていました。開催前に対処することができてよかったです」
「一角雷獣って人を襲うんだったか? その速さを活かして逃げるから、その角や毛皮は貴重だったはずだが」
「植物食なので基本的には非敵対種です。ただ、ある一定の条件が重なった場合、メスのみですが、動物食に変貌し人を襲うこともあります」
しゃがんで、開いたままだった魔物の瞼を下ろしたテオバルドは、顔を上げ首を傾げた。
「一定の条件?」
「妊娠したあと、食糧を十分に得られなかったときです」
テオバルドは目を瞬かせると、辺りへ目を向ける。
「こんな自然豊かな場所でか? こう見るだけでも草は生い茂ってるし、木の実だって見て取れる」
「餌となるものに害になるようなものが混ざっているか、自分たちを捕食する可能性のある大型の魔物がいる場合、満足に食事ができていなかったと考えられます」
(この地に一角雷獣より大型の魔物はいない。となれば……)
レオンハルトは一度辺りへ目を向けると、魔物の腹を撫でるテオバルドの近くに膝をつき、声を潜めた。
「仕事を増やして悪いが、準備を手伝っている魔法術師全員の身元を調べ直してくれるか」
テオバルドは、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに表情を引き締め頷く。
「わかった。なるべく早く結果を届けるようにする」
それに頷き返すと、テオバルドはいつも通りの明るい笑みを浮かべ、声を上げた。
「いやしかし、買おうと思うと非常に高価な素材だ。これはどうするんだ? 加工して夫人にプレゼントでも作るか?」
「土地を所有しているアルメン子爵に渡します。譲渡されたら王家へ献上しましょう」
「相変わらず真面目だなぁ、公爵は」
息を吐くテオバルドを尻目に立ち上がると、レオンハルトは待機しているラズルド騎士団の騎士を呼ぶ。
「どこかにこのメスが食い殺したオスの死骸があるはずだ。それを見つけて回収し、場所を地図に記しておいてくれ」
「はっ」
「うわぁ……オスも食うのか」
立ち上がり、やれやれと首を横に振るテオバルドに、小さく首肯する。
「一角雷獣のメスは、最初に必ずオスを襲います。オスの肉を食べないと動物食になれないのではないか、と言われていますが、詳しいことはわかっていません。先ほど聞いた雷鳴は、おそらくオスがメスから逃げようとしたときの音でしょう」
「オスが雷鳴とともに、で、メスが雷光とともに、だったか?」
「はい。その特徴との因果関係はわかりませんが、メスのほうが移動速度が速いので、オスが逃げ切れることはほぼないと言われています」
「カマキリもメスがオスを食べるというが、自然界というのは恐ろしいな。公爵の活躍も見れたし、こんな恐ろしいところからはさっさと退散するか。あ、見送りはここでいいぞ。公爵は魔物の処理にあたってくれ」
大きく体を伸ばしたテオバルドに、レオンハルトは軽く頭を下げる。
「お気遣い感謝いたします。無事に大会が開催されるよう、万全を期して取り組んでまいります」
「ああ。必要なものがあればいつでも連絡してくれ。俺もまた近いうちに顔を出そう」
「ありがとうございます」
もう一段深く頭を下げながら、手を振り去って行くテオバルドを見送る。
(ただの杞憂で終わればいいが……)
視線の先にある魔物の死骸を見ながら、レオンハルトはきつく口を結んだ。
レオンハルトが来たのを見て、散らばっていたラズルド騎士団の一人が静かに駆け寄って来る。
「状況は」
「雷鳴と雷光がともに現れましたが、雷鳴は先ほどの一回以降なく、雷光はあれから二度ほど目視できました」
「魔物の姿は?」
「確認できていません」
「光との距離は――」
レオンハルトの言葉と、眩しい閃光が重なる。光は数メートル先で止まり、レオンハルトは静かに腰の剣に触れる。
光が落ちた場所には、一本角の生えた、やせ細ったヤギのような狼のような生き物が立っていた。
「せっ――」
報告に来ていた騎士が急いで声を上げた、その瞬間。
光とともに姿を消した魔物がレオンハルトたちの目前まで迫ったかと思うと、素早く引き抜かれた剣と角が合わさって甲高い音が鳴り、角を弾かれた魔物が光を伴って再び数メートル離れたところに移動した。
「んとう、じゅん、び」
声を上げた騎士は、魔物が完全に離れてから、視線をレオンハルト、魔物へと順に動かした。この場にいた他の騎士も同じように視線を動かすことしかできず、剣を抜くこともなく体を硬直させていた。
(さすがに速いな)
体毛と同じ白い睫毛を揺らし、魔物は蹄で地面を叩く。
レオンハルトは深く息を吐き出すと、腰を落とし剣を高く構える。
魔物が細長い耳を数度震わせた瞬間、再びまばゆい光の柱が現れ、光が消えたときにはレオンハルトの足元に首の落ちた魔物が転がっていた。
一拍置いて、後ろのほうから口笛が鳴る。
「さすがだなぁ。正直、何が起こったのかさっぱりだが」
臙脂の騎士服を着た近衛隊が円を描くように並ぶその中心から、輪郭を揺らしながら現したテオバルドは、拍手をしながら円の中心から抜ける。
(護衛から離れるなと言ったのに)
剣を鞘に戻しながら、レオンハルトは軽く頭を下げる。
「お騒がせいたしました」
「いや、いい。怪我人は大丈夫か?」
ちらりと目を向ければ、怪我をしていないラズルド騎士団の団員が、動けない者たちを運ぼうとしていた。話が聞こえていたらしい団員が軽く頷いたのを見てレオンハルトも頷き返すと、テオバルドへ視線を戻す。
「お気遣いありがとうございます。問題ありません」
「そうか。さすが国一番の騎士団だな。っと……近衛隊や第七騎士団のいる前で言うことではなかったか?」
テオバルドに視線を向けられた近衛隊の面々は思い切り首を横に振る。それに肩を竦めたテオバルドだったが、レオンハルトへと戻されたその表情は満足げだ。
(相変わらず身内贔屓というか、俺に甘いというか……)
レオンハルトは小さく息を吐くと目を足元へと向ける。
「アルメン子爵から事前に渡されていた資料に、懸念事項として一角雷獣らしき魔物の存在が記されていました。開催前に対処することができてよかったです」
「一角雷獣って人を襲うんだったか? その速さを活かして逃げるから、その角や毛皮は貴重だったはずだが」
「植物食なので基本的には非敵対種です。ただ、ある一定の条件が重なった場合、メスのみですが、動物食に変貌し人を襲うこともあります」
しゃがんで、開いたままだった魔物の瞼を下ろしたテオバルドは、顔を上げ首を傾げた。
「一定の条件?」
「妊娠したあと、食糧を十分に得られなかったときです」
テオバルドは目を瞬かせると、辺りへ目を向ける。
「こんな自然豊かな場所でか? こう見るだけでも草は生い茂ってるし、木の実だって見て取れる」
「餌となるものに害になるようなものが混ざっているか、自分たちを捕食する可能性のある大型の魔物がいる場合、満足に食事ができていなかったと考えられます」
(この地に一角雷獣より大型の魔物はいない。となれば……)
レオンハルトは一度辺りへ目を向けると、魔物の腹を撫でるテオバルドの近くに膝をつき、声を潜めた。
「仕事を増やして悪いが、準備を手伝っている魔法術師全員の身元を調べ直してくれるか」
テオバルドは、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに表情を引き締め頷く。
「わかった。なるべく早く結果を届けるようにする」
それに頷き返すと、テオバルドはいつも通りの明るい笑みを浮かべ、声を上げた。
「いやしかし、買おうと思うと非常に高価な素材だ。これはどうするんだ? 加工して夫人にプレゼントでも作るか?」
「土地を所有しているアルメン子爵に渡します。譲渡されたら王家へ献上しましょう」
「相変わらず真面目だなぁ、公爵は」
息を吐くテオバルドを尻目に立ち上がると、レオンハルトは待機しているラズルド騎士団の騎士を呼ぶ。
「どこかにこのメスが食い殺したオスの死骸があるはずだ。それを見つけて回収し、場所を地図に記しておいてくれ」
「はっ」
「うわぁ……オスも食うのか」
立ち上がり、やれやれと首を横に振るテオバルドに、小さく首肯する。
「一角雷獣のメスは、最初に必ずオスを襲います。オスの肉を食べないと動物食になれないのではないか、と言われていますが、詳しいことはわかっていません。先ほど聞いた雷鳴は、おそらくオスがメスから逃げようとしたときの音でしょう」
「オスが雷鳴とともに、で、メスが雷光とともに、だったか?」
「はい。その特徴との因果関係はわかりませんが、メスのほうが移動速度が速いので、オスが逃げ切れることはほぼないと言われています」
「カマキリもメスがオスを食べるというが、自然界というのは恐ろしいな。公爵の活躍も見れたし、こんな恐ろしいところからはさっさと退散するか。あ、見送りはここでいいぞ。公爵は魔物の処理にあたってくれ」
大きく体を伸ばしたテオバルドに、レオンハルトは軽く頭を下げる。
「お気遣い感謝いたします。無事に大会が開催されるよう、万全を期して取り組んでまいります」
「ああ。必要なものがあればいつでも連絡してくれ。俺もまた近いうちに顔を出そう」
「ありがとうございます」
もう一段深く頭を下げながら、手を振り去って行くテオバルドを見送る。
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