ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第六章

姉妹の時間、のそのころ(五)

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 突然の問いに一瞬固まったレオンハルトだが、すぐに我に返ると短く息を吐いた。

「それは、俺たちに子ができたら、その子たちを婚約させたいという話か? それとも、跡継ぎをどうするかという話か?」
「そういうのももろもろ含めたうえで、子どものことはどうする? って話だな」

 体を引き背もたれに寄りかかったテオバルドに、レオンハルトは少し逡巡したのち、ゆっくりと口を開く。

「……その質問は、逆にこちらがしてもいいのか?」
「はは、お前、この話題避けてくれてたもんな。悪かったな、気を遣わせて」
「いや……」

 テオバルドは大きく息を吐くと、天を仰ぐ。

「ルシアナ殿のおかげで、ヘレナもずいぶん元気になった。とは言っても、出会ったころほどではないが……。だから、もう少し様子を見るつもりだ。それに、王太子妃として参加した社交界が今年一年で、来年は不在となるのは、な」

 視線を下げレオンハルトを見たテオバルドは、軽く肩を竦める。

「誤解しないで聞いてほしいんだが……もし来年ヘレナがいなかったら、社交界の主はルシアナ殿になるだろ?」
「だろうな」

(もともと積極的に社交活動していたうえに、昨日の出来事があるからな。昨日呼ばれなかった下級貴族も彼女の顔色を窺うようになるだろう)

 特に否定せず頷いたレオンハルトに、テオバルドも頷き返す。

「社交界の派閥がいくつかに分かれるのは構わない。ルシアナ殿がヘレナと敵対することはないだろうしな。問題は、の派閥が明確に生まれることだ」
「継承権は放棄すると再三言ってるだろう」
「それはそれで困るんだよなぁ」

 深く息を吐き出しながら困ったように笑うテオバルドに、レオンハルトも溜息を漏らす。
 すでにテオバルドが立太子しているため、次代の国王はテオバルドに決まっているが、“万が一”の場合も想定して、レオンハルトはテオバルドに次ぐ王位継承権を保有していた。

「そもそもコンスタンツェがいるのに俺が継承権第二位なのがおかしいんだ」
「いやぁ、それもそうなんだが、もともと継承権は男にしかないからなぁ。それに、例えコニーが男だとしても、子どものころからブルタにいる以上、認められはしないだろ」

 コンスタンツェは三つ下のテオバルドの妹で、シュネーヴェ王国の王女にあたる人物だ。魔法の才能があり、まだ北方がいくつかの国なら成り立っていたころからブルタ連合共和国に身を寄せ、魔法の修練に励んでいる。

「終戦からまだたったの四年だ。お前を盾に使うようで申し訳ないが、俺の首一つ取ればこのシュネーヴェを物にできると思われるのは困る」
「テオの言い分は十二分に理解できる。だが、お前が懸念している通り、俺がルシアナという妻を娶った以上、俺が継承権を持っているのは余計な反乱分子を生む可能性が高い。そっちのほうが問題だ」
「それは本当にそうなんだけどさぁ」

 テオバルドは力なくテーブルに突っ伏すと、大きな溜息を漏らした。

「……やっぱり俺に跡継ぎがいないのが問題か」

 そう小さく呟いたかと思うと、テオバルドはすぐに「でもなぁ!」と声を上げた。

「俺が一番大事にしたいのはヘレナ! 一番愛してるのもヘレナ! だから現状を変更することは無理だ!」

(……これは、ここに来る前に陛下に何か言われたな)

 アレクサンドラが懐妊していることを知ったからだろうか、と考えつつ、レオンハルトは「テオ」と声を掛ける。

「俺もしばらくは子をもうけるつもりはない。来年王太子妃殿下が社交界に出るなら、現状でも大した問題はないだろう。俺の主はお前で、俺の剣はお前のためにある。それを俺とテオがわかっていれば、何も問題はない」
「俺の剣のままでいいのか? 結婚したのに?」

 体勢はそのまま、顔だけをこちらへ向けたテオバルドに、レオンハルトは、ふっと目を伏せて笑う。

「彼女に俺の剣が必要だと思うか? 俺が守る必要があると?」
「まぁ……確かに。それもそうだな」

 テオバルドは上体を起こし頬杖をつくと、指先でテーブルを叩く。動く指先を見ていたテオバルドは、ひときわ強く机を叩くと動きを止め、目線をレオンハルトに戻す。

「……しばらく子をもうけないというのは、俺に子どもがいないから?」
「違う」
「じゃあ、トゥルエノが“呪われた一族”と呼ばれているからか?」
「それも違う」

 レオンハルトは一つ息を吐くと、「ただ」と続ける。

「……彼女に、多くのことを経験してほしいと思っているだけだ。子がいてもできること、子がいなければできないこともあるだろうが、身軽に、一人で自由に動けたほうがしやすいことも多いだろ。彼女は……まだ若いからな」

 シュネーヴェ王国に来る直前まで塔にいた、ということを念頭に置きつつ、その事実を隠すように理由を後付けする。年齢を言い訳にするのは少々無理があったか、と思ったが、意外と説得力があったのか、これまでの生真面目な表情を崩したテオバルドが、いつも通りの明るい笑みを浮かべた。

「はは、確かにそうだ。お前も存外、愛妻家気質だったんだな。まぁ、俺の従兄弟だし、伯母上と結婚したいからと継承権を捨ててヴァステンブルク家に婿入りした伯父上の子だし、当然と言えば当然か」

 にやりと口角を上げたテオバルドに、レオンハルトはわずかに眉根を寄せる。

「……ただ、彼女を尊重し大切にしたいと思っているだけだ。お前や父とは根本的に違うだろ」
「そうか? 俺から見れば――っ」

 テオバルドの言葉をかき消すように、ドーンッ、という大きくて重たい、雷鳴のような音が辺り一帯に鳴り響く。レオンハルトが素早く立ち上がるのと同時に、戸口の幕が慌ただしく捲れ、ラズルド騎士団の騎士が駆け込んできた。

「緊急事態により許可なく御前に姿を晒す無礼、どうかお許しください! ――閣下! 一角雷獣です!」
「すぐに行く」
「俺も行くぞ」

 一歩歩き出そうとしたレオンハルトは、思い切り眉間に皺を寄せながら、テオバルドを振り返る。
 テオバルドは書類を封筒にしまうと、それを手に持ち、身に着けているブレスレットを見せるようにその手を挙げた。

「もともと視察も予定してたからな。いやぁ、よかったよかった。隠密魔法が込められた魔法石持ってて」

(……置いて行ってあとでこっそりついて来られるよりはいいか)

「……護衛からはあまり離れないように」
「わかってる」

 レオンハルトは気持ちを入れ替えるように小さく息を吐き出すと、腰に佩いた剣を強く握りしめた。
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