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第五章

長い宴の終わり

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 宣言通り誰の途中退場も認めず、声を掛けられた者、掛けられなかった者、全員を同じ空間に閉じ込めたまま、披露宴は終了した。

(あれだけの時間があれば、どの家門に声を掛けなかったのか、みなさま確認できたでしょうね)

 シルバキエ公爵家とどのような距離感でどう付き合うかは、それぞれの家門の自由だ。
 シルバキエ公爵家側に寄って、声を掛けられなかった家門を遠ざけるのか。
 反対にシルバキエ公爵家と距離を置くのか。
 どちらに寄ることなく中立でいるのか。
 声を掛けた家門が今後どのような行動を見せるのか、その確認をするための下地を作る、という意味合いもあの披露宴にはあった。

(……本当に、わたくしのためだけ、なのかしら)

 以前、ユーディットがこっそりと教えてくれたことが脳裏に蘇る。
 レオンハルトに想いを寄せている女性たちに何かされる前に、こちらから仕掛けて一網打尽にする。
 そんな姉たちの計画を何故レオンハルトが推し進めたのか、理由がわからなかったルシアナに、ユーディットが「内緒ですよ」と耳打ちしてくれた。

『息子は、これから先、社交界でルシアナ様の害になりそうなものは先んじて潰してしまいたいみたいです。交流を持たなくて済む、公的な理由を与えられたらいい、と』
『男のかっこつけは気付かないふりをするのが淑女の嗜みですので、私が言ったことは胸の内に秘めておいてくださいね』

 ユーディットにそう伝えられたときは、「やはり過保護なのね」と深くは考えなかった。しかし、冷静に考えてみれば、果たしてルシアナ一人のためだけにこれほど大掛かりなことをするのか、という疑問が出てくる。
 もし本当にルシアナのためだけなのだとしたら、レオンハルトにとってはだいぶ損になる行いではないだろうか。

(レオンハルト様は政界に興味はなさそうだけれど……血筋が血筋だもの。わたくしのための行いでレオンハルト様が不利になっては申し訳ないわ。レオンハルト様にも利があるのならいいのだけれど)

「ルシアナ様、終わりました」

 一人考え込んでいたルシアナは、はっと我に返ると、後ろを振り返る。

「ありがとう、エステル」

 デイドレスへ着替えさせてくれたエステルにお礼を伝えれば、彼女は柔らかく微笑み、頭を下げた。

「それでは私は先に公爵邸へと帰らせていただきますね」
「ええ。今日は朝からありがとう。先に休んでいていいからね」
「いえ、そんな。ルシアナ様がお帰りになるまで絶対に待っていますから」
「そう……? けれど無理はしないでね」
「無理だなんてとんでもございません。今から腕が鳴っているくらいです」

(……もう式も終わったのに?)

 意気揚々と退出していくエステルに首を傾げつつ、ルシアナはエステルが出て行った廊下へ続く扉ではなく隣室へ続く扉へと向かう。

「お待たせいたしました、お姉様」
「全然待ってないよー!」

 扉を開けると、すかさずクリスティナが飛びついて来た。座っていたデイフィリアとロベルティナも立ち上がり、ルシアナの元までやって来る。

「……お疲れ、ルシー」
「事前に知らされてはいたけれど、大変だったわねぇ」

 気遣わしげな視線を向ける二人に、ルシアナの表情は自然と綻ぶ。

「いえ。本日はご列席いただき本当にありがとうございます、フィリアお姉様、ルティアお姉様。スティナお姉様も」

 クリスティナの背に腕を回し抱き締め返せば、彼女はさらに体を密着させた。

「当然だよー! すっごいすっごい綺麗だったよ!」
「ありがとうございます」

(この感じ、懐かしいわ)

 ふふっと小さく笑みを漏らすと、クリスティナが素早く体を離し、両手でルシアナの頬を包んで手のひらでむにむにとその頬を揉んだ。

「でもすっごいむかついた! ルシーも嫌なことがあったらちゃんと怒らなくちゃだめだからね!?」
「もう、スティナったら。そんなにしたらルシーが喋れないでしょう? でも、スティナの言う通りだからね? ちゃんと嫌なことは嫌って言わなくちゃだめよぉ?」
「……自分の気持ちを誤魔化したり……我慢する必要はないよ」

 真剣な表情で、真っ直ぐ自分を見つめる三人の姉の姿に、喜びとともに申し訳なさが胸の奥に広がっていく。

(お姉様方には、たくさん心配をおかけしてしまったわね)

 ルシアナは眉尻を下げると、頬にあるクリスティナの手に手を添える。彼女がぴたりと動きを止めたのを確認すると、ルシアナはそっと口を開いた。

「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません。そのようなときが来たら、きっとそうすると約束いたしますわ。ですからどうか、今日は笑って見送ってくださいませ。わたくしは、今日この日を迎えられたことを、心より嬉しく思っておりますもの」

(これは本当に、本心だわ)

 周りから見れば披露宴を台無しにされたように見えるかもしれないが、ルシアナにとってあの騒動は気に留めるようなことではなかった。あの騒動が、計画ではなく偶発的に起こったとしても、些事であると受け流しただろう。

(むしろ、あの程度で済んでよかったわ。ほぼ可能性はないに等しいけれど、一服盛られる可能性も考えていたもの)

 色恋沙汰が重大事件に発展する可能性も少なくはない、というのは、世間の猥雑な噂だけでなく、歴史を振り返ってみても明らかだ。

(後宮があるとある国では、王妃が側室とその子を全員毒殺した、とか、とある国の令嬢が想い人と結ばれるためにその人の妻を毒殺した、とか……その手の話はたくさんあったものね)

 心身ともに健康な状態でレオンハルトとこの日を迎えられ、四人の姉がお祝いに駆けつけてくれただけで、ルシアナにとっては十分幸福な一日だった。
 今日一日のことを思い出すだけで、自然と頬が緩む。
 本当にまったく気にしていない様子のルシアナに、三人の姉は顔を見合わせると、優しげな笑みをルシアナに向けた。

「そうだよねー、ごめん! 本当におめでとう、ルシー」
「どうか幸せにねぇ」
「……変わらず、貴女を愛しているよ」

 半年前と変わらず温かな視線を向けてくれる三人の姉に、ルシアナは心からの満面の笑みを返した。
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