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第五章
披露宴(二)
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「ご成婚おめでとうございます。ルシアナ様」
ライムンドたちが退場し、ホールへと降りたルシアナに最初に声をかけたのは、ヘレナだった。
「ありがとうございます、ヘレナ様。ヘレナ様に多くの助言をいただいたことで、無事に本日を迎えることができましたわ」
手を取りそう伝えれば、ヘレナは優しく目尻を下げる。
「これからは縁者として、さらに親交を深めていければと思います」
「もちろんですわ。わたくしにとってヘレナ様は姉のような方ですもの」
「まあ……! 嬉しいです」
心底嬉しそうに顔を綻ばせるヘレナに、ルシアナも柔和な笑みを返すと、ヘレナの後方にいたテオバルドも満面の笑みを浮かべた。
「いやはや、俺たちの妻は愛らしいな。仲睦まじい様子はいつまでも見ていたい! ――が」
そこで言葉を区切ると、テオバルドは呆れたような表情でルシアナの後ろへと目を向ける。
「こんなめでたい日になんて顔をしてるんだ、レオンハルトは。こんなに可愛らしい花嫁の隣で何故そんな硬い表情をする」
「……なんでもない」
ヘレナと共に顔をレオンハルトのほうに向ければ、彼は若干、眉間に皺を寄せていた。
(王妃殿下が去る直前からこのような表情をされているのよね)
クラウディアが「夫婦生活のことで」と話し始めたときに、短く息を吸うような音が聞こえたが、あのときの言葉に何か思うところがあったのだろうか。
「母上が何か話していたようだが、また母上にからかわれたのか? あの人はお前の澄ました顔が崩れるのを見るのが好きなんだから、とりあえず笑顔でも見せておけっていつも言ってるだろ」
その言葉に、レオンハルトの眉間の皺が深くなる。
(からかう? からかうようなお言葉だったかしら? いえ、それよりも……レオンハルト様の、笑顔……?)
あまりにも馴染みのない言葉の組み合わせに、ルシアナは首を捻る。その姿を想像しようとしても、引き攣ったようなぎこちない表情を浮かべるものしか頭に浮かばなかった。
同じような想像をしているのか、ヘレナも未知のものに遭遇したような表情を浮かべている。
「想像できませんね、ヘレナ様」
内緒話をするようにヘレナの耳元でそう囁けば、彼女は目を瞬かせたあと、おかしそうに笑った。
「そうですね」
そのままくすくすと顔を寄せ合い笑っていると、テオバルドがぐっとヘレナの腰を抱き寄せた。
「二人で内緒話か? 俺も混ぜてくれ」
そう言いながらヘレナの頭に口付けるテオバルドに、ルシアナはくすりと小さく笑う。
「申し訳ございません、わたくしが王太子殿下の大切な方を独占してしまいました」
「いやいや、今日はめでたい日だ。ルシアナ嬢になら許そう――っと、もうレオンハルトの妻になったんだから、この呼び方はよくないな。では、改めて」
テオバルドは一つ咳払いをすると、人好きのする笑みをルシアナに向けた。
「ルシアナ殿。結婚おめでとう。頼もしく、なかなか面白いところもある、自慢の従兄弟だ。少々真面目すぎるきらいもあるが、だからこそ信用もできる。なんて、わざわざ言わなくても、ルシアナ殿はもう知っているか」
「はい」
大きくしっかりと頷いたルシアナに、テオバルドも満足そうに口角を上げた。
「よかったな、レオンハルト」
「……そうだな」
小さく呟かれた声に、視線をレオンハルトへと向ければ、彼の眉間の皺はすでに取れていた。
「さて、もう少し話していたいが、主役の二人をいつまでも俺たちのところに留めてしまうわけにはいかないからな。時間があったらまたあとで話そう」
「あ、そうね。シルバキエ公爵閣下、ルシアナ様、本日は本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、ヘレナ様」
(狙っていたわけではないけれど、良い印象付けができたわね)
王太子妃と公爵夫人は仲が良さそうだ、という囁きを聞きながら、去って行く二人を見送っていると、レオンハルトが耳元に顔を寄せた。
「もう……」
その呟きに、そっと周りへ視線を向ければ、カルロスがこちらに向かって来ているのが見えた。
(こちらは狙っているけれど、どうなるかしら)
ルシアナが瞬きで了解を示すと、レオンハルトも小さな首肯を返した。
「悪いが少し傍を離れる」
「わかりましたわ」
顔を上げ、はっきりとそう告げたレオンハルトに、ルシアナも大きく頷く。
目配せし去って行くレオンハルトの背中を見つめていると、間もなく、ルシアナの肩に誰かが手を置いた。
「ごきげんよう、ルシアナ様」
「ごきげんよう、カルロス様。本日はお越しくださりありがとうございます」
紫のポケットチーフを挿したカルロスににこやかに笑いかければ、辺りのざわめきは一層大きくなった。
ライムンドたちが退場し、ホールへと降りたルシアナに最初に声をかけたのは、ヘレナだった。
「ありがとうございます、ヘレナ様。ヘレナ様に多くの助言をいただいたことで、無事に本日を迎えることができましたわ」
手を取りそう伝えれば、ヘレナは優しく目尻を下げる。
「これからは縁者として、さらに親交を深めていければと思います」
「もちろんですわ。わたくしにとってヘレナ様は姉のような方ですもの」
「まあ……! 嬉しいです」
心底嬉しそうに顔を綻ばせるヘレナに、ルシアナも柔和な笑みを返すと、ヘレナの後方にいたテオバルドも満面の笑みを浮かべた。
「いやはや、俺たちの妻は愛らしいな。仲睦まじい様子はいつまでも見ていたい! ――が」
そこで言葉を区切ると、テオバルドは呆れたような表情でルシアナの後ろへと目を向ける。
「こんなめでたい日になんて顔をしてるんだ、レオンハルトは。こんなに可愛らしい花嫁の隣で何故そんな硬い表情をする」
「……なんでもない」
ヘレナと共に顔をレオンハルトのほうに向ければ、彼は若干、眉間に皺を寄せていた。
(王妃殿下が去る直前からこのような表情をされているのよね)
クラウディアが「夫婦生活のことで」と話し始めたときに、短く息を吸うような音が聞こえたが、あのときの言葉に何か思うところがあったのだろうか。
「母上が何か話していたようだが、また母上にからかわれたのか? あの人はお前の澄ました顔が崩れるのを見るのが好きなんだから、とりあえず笑顔でも見せておけっていつも言ってるだろ」
その言葉に、レオンハルトの眉間の皺が深くなる。
(からかう? からかうようなお言葉だったかしら? いえ、それよりも……レオンハルト様の、笑顔……?)
あまりにも馴染みのない言葉の組み合わせに、ルシアナは首を捻る。その姿を想像しようとしても、引き攣ったようなぎこちない表情を浮かべるものしか頭に浮かばなかった。
同じような想像をしているのか、ヘレナも未知のものに遭遇したような表情を浮かべている。
「想像できませんね、ヘレナ様」
内緒話をするようにヘレナの耳元でそう囁けば、彼女は目を瞬かせたあと、おかしそうに笑った。
「そうですね」
そのままくすくすと顔を寄せ合い笑っていると、テオバルドがぐっとヘレナの腰を抱き寄せた。
「二人で内緒話か? 俺も混ぜてくれ」
そう言いながらヘレナの頭に口付けるテオバルドに、ルシアナはくすりと小さく笑う。
「申し訳ございません、わたくしが王太子殿下の大切な方を独占してしまいました」
「いやいや、今日はめでたい日だ。ルシアナ嬢になら許そう――っと、もうレオンハルトの妻になったんだから、この呼び方はよくないな。では、改めて」
テオバルドは一つ咳払いをすると、人好きのする笑みをルシアナに向けた。
「ルシアナ殿。結婚おめでとう。頼もしく、なかなか面白いところもある、自慢の従兄弟だ。少々真面目すぎるきらいもあるが、だからこそ信用もできる。なんて、わざわざ言わなくても、ルシアナ殿はもう知っているか」
「はい」
大きくしっかりと頷いたルシアナに、テオバルドも満足そうに口角を上げた。
「よかったな、レオンハルト」
「……そうだな」
小さく呟かれた声に、視線をレオンハルトへと向ければ、彼の眉間の皺はすでに取れていた。
「さて、もう少し話していたいが、主役の二人をいつまでも俺たちのところに留めてしまうわけにはいかないからな。時間があったらまたあとで話そう」
「あ、そうね。シルバキエ公爵閣下、ルシアナ様、本日は本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、ヘレナ様」
(狙っていたわけではないけれど、良い印象付けができたわね)
王太子妃と公爵夫人は仲が良さそうだ、という囁きを聞きながら、去って行く二人を見送っていると、レオンハルトが耳元に顔を寄せた。
「もう……」
その呟きに、そっと周りへ視線を向ければ、カルロスがこちらに向かって来ているのが見えた。
(こちらは狙っているけれど、どうなるかしら)
ルシアナが瞬きで了解を示すと、レオンハルトも小さな首肯を返した。
「悪いが少し傍を離れる」
「わかりましたわ」
顔を上げ、はっきりとそう告げたレオンハルトに、ルシアナも大きく頷く。
目配せし去って行くレオンハルトの背中を見つめていると、間もなく、ルシアナの肩に誰かが手を置いた。
「ごきげんよう、ルシアナ様」
「ごきげんよう、カルロス様。本日はお越しくださりありがとうございます」
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