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第五章
確信
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パレード終了後、披露宴へ向けドレスを着替えたルシアナは、鏡に映る自身の姿を改めて確認する。首周りが覆われていて袖がないのはウェディングドレスと変わらないが、背中に大きなスリットがあることが少々心許なかった。
(イブニングドレスもあまり露出が多くないものにしていたから……なんだか少し変な感じだわ)
夜会では胸元や背中が大きく開いたドレスが好ましいことは理解しつつ、出しても腕や鎖骨より上の部分だけにしていた。肌を見せられない理由が何かあったわけではなく、肌を露出するということにただ慣れていなかっただけだ。
(今思えば気恥ずかしかったの知れないわね。エスコートしてくださるのはレオンハルト様だし、レオンハルト様は背が高くていらっしゃるから……いろいろと見えてしまうもの)
自然と視線が自身の胸元に降り、誤魔化すように小さく咳払いをする。すると、三段ほど重ねられたスカートのフリルを整えていたクラーラが、鏡越しにルシアナを見つめた。
「何か気になる点などございますか?」
「あ、いいえ。問題ありませんわ、クラーラさん」
にこりと微笑めば、クラーラも人懐こい笑みを返した。
再び作業に戻ったクラーラにほっと息を吐くと、再びドレスへ目を向ける。腰回りに花があしらわれた、レオンハルトの瞳を思わせる淡い空色のドレスだ。
(レオンハルト様は白のフロックコートだったかしら。……きっと素敵でしょうね)
鏡に映った自分の瞳が甘く蕩け、頬に赤みが増す。
それをはっきりと知覚してしまい、首周りにまで熱が集まった。
(だめ、だめよ……自然に、自然に……)
ルシアナは自分を落ち着かせるように、深く息を吸い込む。
レオンハルトを意識していると自覚したことで妙な緊張感に苛まれ、王城に戻った際、彼から逃げるようにこの化粧室に駆け込んでしまっていた。レオンハルトからしてみれば、さぞ不可解な行動だっただろう。
(披露宴は式に列席いただいた方以外にも、シュネーヴェ王国の高位貴族や有力貴族を招待しているもの。気を引き締めなければいけないわ)
目を閉じ数度深呼吸を繰り返したルシアナは、ゆっくりと瞼を上げると、後ろに控えるクラーラとメイドたちを見る。
「イェニー、カーヤ、今日は朝早くから準備を手伝ってくれてありがとう。クラーラさんも、今日はもちろんのこと、この数ヵ月本当にお世話になりました。今日この日を迎えられたのはみなさまのおかげです。本当にありがとうございました」
ルシアナは柔らかな微笑をクラーラたちに向けると、扉の近くで待機するエステルへ視線を送る。
「そろそろ控えの間へ行くわ」
(大丈夫。これまで通りに、落ち着いて振る舞うのよ)
ルシアナはもう一度深呼吸をすると、気合いを入れるように軽く拳を握った。
エステルたちに連れられ控えの間の前まで来ると、待機していた護衛が素早く扉をノックする。
(もうレオンハルト様は到着されているのね)
少しそわそわしだす心を落ち着かせていると、中から「どうぞ」という落ち着いた声が聞こえてくる。
こちらを窺う護衛に目配せし、ゆっくりと開く扉の先へと目を向ける。
(まあ……)
扉の向こう、窓の近くで直立するレオンハルトを見て、つい、息が漏れる。
(……まるでわたくしの色に染まったよう)
レオンハルトは、全身白一色の衣装に身を包んでいた。その左胸には、ルシアナの髪色に近い金刺繍が施されたポケットチーフと、瞳の色によく似た紫の薔薇のブートニアが飾られている。
おもむろに歩き出したルシアナは、そのままゆったりとした足取りでレオンハルトの傍まで行く。レオンハルトを前にした緊張よりも、自分の色を身に纏っていることへの歓心が勝り、食い入るようにその姿を見つめた。
(少しだけ、変な感じだわ……)
ルシアナのパートナーであることを主張するようなコーディネートに、照れとは違う、妙な感覚が心に湧いて出た。どこかくすぐったい気持ちを抱えながら、黙って見上げていると、同じように黙っていたレオンハルトが、そっとルシアナの頬に手を伸ばした。
「……疲れてないか」
「はい……問題ありませんわ」
(もう、触れないようにするのはやめたのかしら)
そんなことをぼんやりと考えながら、思いの外温かいレオンハルトの手に頬をすり寄せる。その瞬間、レオンハルトはわずかに指先を震わせ、眉間に皺を寄せた。
ほぼ無意識的にそれを行っていたルシアナも、思わず体を跳ねさせ、窺うようにレオンハルトを見る。
(……赤い)
見上げた先で、シルバーグレイの髪がかかる耳が、ほんのり色づいていた。
それに気付いた瞬間、きゅう、と胸が甘く締め付けられた。
(……もう弟のようだとは思わないけれど……やっぱり可愛らしくは感じるわ)
ルシアナは自身の中に芽生えた衝動を抑えきれず、背伸びをしてレオンハルトの耳に触れる。
「……っ」
耳を摘ままれたレオンハルトは、驚いたように目を見開くと、ルシアナの手首を掴んだ。
「……ルシアナ様」
レオンハルトは、眉間の皺を深め、絞り出すように声を出す。
戸惑いが見て取れるその様子に、自然と笑みが漏れた。
「ふふ、“様”ですか?」
にこにこと笑いながら小首を傾げれば、レオンハルトは言葉に詰まったように体を硬直させた。
「――……ルシアナ」
数度、言葉なく唇を動かしたかと思うと、彼は深い溜息とともに名前を呼び直す。その耳は、先ほどよりも赤みを増していた。
(やっぱり、自惚れではない気がするわ)
わずかに口をへの字に曲げるレオンハルトを見ながら、ルシアナは目尻を下げる。
胸の奥にあった妙な緊張感は、いつの間にか消えていた。
(大丈夫。この方となら、きっとうまくいくわ)
確信にも似た想いを抱きながら、ルシアナは愛おしそうに顔を綻ばせた。
(イブニングドレスもあまり露出が多くないものにしていたから……なんだか少し変な感じだわ)
夜会では胸元や背中が大きく開いたドレスが好ましいことは理解しつつ、出しても腕や鎖骨より上の部分だけにしていた。肌を見せられない理由が何かあったわけではなく、肌を露出するということにただ慣れていなかっただけだ。
(今思えば気恥ずかしかったの知れないわね。エスコートしてくださるのはレオンハルト様だし、レオンハルト様は背が高くていらっしゃるから……いろいろと見えてしまうもの)
自然と視線が自身の胸元に降り、誤魔化すように小さく咳払いをする。すると、三段ほど重ねられたスカートのフリルを整えていたクラーラが、鏡越しにルシアナを見つめた。
「何か気になる点などございますか?」
「あ、いいえ。問題ありませんわ、クラーラさん」
にこりと微笑めば、クラーラも人懐こい笑みを返した。
再び作業に戻ったクラーラにほっと息を吐くと、再びドレスへ目を向ける。腰回りに花があしらわれた、レオンハルトの瞳を思わせる淡い空色のドレスだ。
(レオンハルト様は白のフロックコートだったかしら。……きっと素敵でしょうね)
鏡に映った自分の瞳が甘く蕩け、頬に赤みが増す。
それをはっきりと知覚してしまい、首周りにまで熱が集まった。
(だめ、だめよ……自然に、自然に……)
ルシアナは自分を落ち着かせるように、深く息を吸い込む。
レオンハルトを意識していると自覚したことで妙な緊張感に苛まれ、王城に戻った際、彼から逃げるようにこの化粧室に駆け込んでしまっていた。レオンハルトからしてみれば、さぞ不可解な行動だっただろう。
(披露宴は式に列席いただいた方以外にも、シュネーヴェ王国の高位貴族や有力貴族を招待しているもの。気を引き締めなければいけないわ)
目を閉じ数度深呼吸を繰り返したルシアナは、ゆっくりと瞼を上げると、後ろに控えるクラーラとメイドたちを見る。
「イェニー、カーヤ、今日は朝早くから準備を手伝ってくれてありがとう。クラーラさんも、今日はもちろんのこと、この数ヵ月本当にお世話になりました。今日この日を迎えられたのはみなさまのおかげです。本当にありがとうございました」
ルシアナは柔らかな微笑をクラーラたちに向けると、扉の近くで待機するエステルへ視線を送る。
「そろそろ控えの間へ行くわ」
(大丈夫。これまで通りに、落ち着いて振る舞うのよ)
ルシアナはもう一度深呼吸をすると、気合いを入れるように軽く拳を握った。
エステルたちに連れられ控えの間の前まで来ると、待機していた護衛が素早く扉をノックする。
(もうレオンハルト様は到着されているのね)
少しそわそわしだす心を落ち着かせていると、中から「どうぞ」という落ち着いた声が聞こえてくる。
こちらを窺う護衛に目配せし、ゆっくりと開く扉の先へと目を向ける。
(まあ……)
扉の向こう、窓の近くで直立するレオンハルトを見て、つい、息が漏れる。
(……まるでわたくしの色に染まったよう)
レオンハルトは、全身白一色の衣装に身を包んでいた。その左胸には、ルシアナの髪色に近い金刺繍が施されたポケットチーフと、瞳の色によく似た紫の薔薇のブートニアが飾られている。
おもむろに歩き出したルシアナは、そのままゆったりとした足取りでレオンハルトの傍まで行く。レオンハルトを前にした緊張よりも、自分の色を身に纏っていることへの歓心が勝り、食い入るようにその姿を見つめた。
(少しだけ、変な感じだわ……)
ルシアナのパートナーであることを主張するようなコーディネートに、照れとは違う、妙な感覚が心に湧いて出た。どこかくすぐったい気持ちを抱えながら、黙って見上げていると、同じように黙っていたレオンハルトが、そっとルシアナの頬に手を伸ばした。
「……疲れてないか」
「はい……問題ありませんわ」
(もう、触れないようにするのはやめたのかしら)
そんなことをぼんやりと考えながら、思いの外温かいレオンハルトの手に頬をすり寄せる。その瞬間、レオンハルトはわずかに指先を震わせ、眉間に皺を寄せた。
ほぼ無意識的にそれを行っていたルシアナも、思わず体を跳ねさせ、窺うようにレオンハルトを見る。
(……赤い)
見上げた先で、シルバーグレイの髪がかかる耳が、ほんのり色づいていた。
それに気付いた瞬間、きゅう、と胸が甘く締め付けられた。
(……もう弟のようだとは思わないけれど……やっぱり可愛らしくは感じるわ)
ルシアナは自身の中に芽生えた衝動を抑えきれず、背伸びをしてレオンハルトの耳に触れる。
「……っ」
耳を摘ままれたレオンハルトは、驚いたように目を見開くと、ルシアナの手首を掴んだ。
「……ルシアナ様」
レオンハルトは、眉間の皺を深め、絞り出すように声を出す。
戸惑いが見て取れるその様子に、自然と笑みが漏れた。
「ふふ、“様”ですか?」
にこにこと笑いながら小首を傾げれば、レオンハルトは言葉に詰まったように体を硬直させた。
「――……ルシアナ」
数度、言葉なく唇を動かしたかと思うと、彼は深い溜息とともに名前を呼び直す。その耳は、先ほどよりも赤みを増していた。
(やっぱり、自惚れではない気がするわ)
わずかに口をへの字に曲げるレオンハルトを見ながら、ルシアナは目尻を下げる。
胸の奥にあった妙な緊張感は、いつの間にか消えていた。
(大丈夫。この方となら、きっとうまくいくわ)
確信にも似た想いを抱きながら、ルシアナは愛おしそうに顔を綻ばせた。
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