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第五章
スタートライン(一)
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『ルシアナ、うれしい?』『きにいった?』
『きらきら、いっぱい』『おはなも、いっぱい』
会場から姿が見えないところまでやってくると、先ほど会場を煌びやかに飾った妖精たちが声を掛けてくる。
「とても素敵だったわ。ありがとう、妖精さん」
笑顔で彼らにお礼を伝えれば、妖精たちは満足そうにくすくすと笑う。すると、斜め前を歩いていたレオンハルトが足を止め、こちらを振り返った。それに合わせ、ルシアナも足を止める。
妖精たちは顔を見合わせると、レオンハルトの近くに寄っていく。
『レオンハルトもうれしい?』『いっぱいきらきら』
『おはなもたくさん』『さかせたよ』
「……ああ。綺麗だった」
少しして首肯したレオンハルトに、妖精たちは嬉しそうに笑い合うと、光球へと姿を変えそのままどこかへ姿を消す。彼らが消えたあとを興味深そうに眺めるレオンハルトの姿に、くすりと小さな笑みが漏れた。
「あ、申し訳ありません、つい」
こちらを見たレオンハルトと目が合い、笑みを隠すように口元に手を当てる。
「いえ。……ルシアナ様は、妖精たちにも好かれていらっしゃるのですね」
レオンハルトは特に気にした様子もなく、再び辺りへと視線を向けた。
妖精の気配を探すようなその姿はどこか少年のようで、ルシアナの表情は自然と緩んだ。
(明確にその姿を見たことはないと以前おっしゃっていたものね)
笑みを深めながら、ルシアナはレオンハルトのすぐ傍まで行く。
「好かれているのはレオンハルト様も一緒ですわ。公爵家のタウンハウスにはたくさんの妖精がいますもの」
「……そうでしたか」
納得しているのかしていないのか、レオンハルトは話半分に小さく頷く。
(レオンハルト様が好かれているのは事実だけれど、レオンハルト様が帰って来られると、妖精さんたちはみんな姿を消してしまうのよね。ベルが言っていた通り精霊の気が強いことが理由らしいけれど)
原因は考えるまでもなく、彼の精霊剣が未覚醒なことだろう。もう少し落ち着いたらレオンハルトの精霊剣の状態を確認しなければな、と思っていると、レオンハルトがこちらに視線を戻す。
小首を傾げ言葉を待ったものの、その視線はルシアナの後ろへと移動した。
「ドレスの裾を持ってここまで来てくれ」
え、と思ったのも束の間、レオンハルトは「失礼します」と一言言うと、ルシアナの体を持ち上げ横抱きした。
突然の浮遊感に声が出そうになったものの、すんでのところでそれを我慢すると、目を瞬かせながらレオンハルトを凝視する。
(どうしたのかしら……? どうしたのかしら……!?)
戸惑うルシアナとは裏腹に、レオンハルトはいつも通りの落ち着いた表情で、裾を運ぶ人物――今回介添人をお願いしたエステルを見ていた。
突然の出来事と伝わる体温に心臓が早鐘を打つのを感じながら、ルシアナは黙って二人の動向を見守る。
「左……ルシアナ様の左側から回して、膝裏にある私の左手に裾の一部を持たせてくれ」
(すごいわ、エステル……動揺せずにてきぱきと指示に従って……)
状況を観察しながら冷静になろうとしたものの、いくら待ってみてもルシアナの心臓は落ち着かず、むしろどんどん音が大きくなっていく。
(……これほど近いと、レオンハルト様に聞こえてしまいそうだわ……)
頬に熱が集まるのを感じながら大人しくしていると、うまく裾がまとめられたのか、レオンハルトの抱きかかえる腕に力が入った。
「このまま馬車まで行く。マトス夫人は先に行っていてくれ」
「かしこまりました」
エステルはこの状況に何も言うことなく、ただ淑やかに微笑み下がっていった。
ぼうっとそれを見送っていると、レオンハルトはおもむろに体の向きを変え歩き始める。
しばしの無言のすえ、ルシアナは視線を上げて、おずおずと口を開く。
「……あの」
「はい」
前を見据えたまま返答するレオンハルトに、ルシアナは恥ずかしげに視線を下げた。
「その……どうして、このような……」
「お嫌でしたか?」
「え、いいえ! 決してそのような、ことは……」
足を止めたレオンハルトに、慌てて顔を上げる。いつの間にかこちらを見下ろしていたシアンの瞳と目が合い、思わず息を吞んだ。いつもより近い距離でじっと見つめられ、喉の奥が詰まる。
「では、このまま移動してもよろしいですか?」
いつもと変わらず落ち着いた様子のレオンハルトに、ルシアナは軽く握った手を口元にあてると、目を伏せて小さく頷く。再び歩き始めたレオンハルトから伝わるかすかな振動を感じながら、窺うようにもう一度視線を上げた。
(きっと、移動が大変だろうと気遣って抱えてくださったのだわ。それなのに、このように動揺してはだめよね)
ルシアナは自分の気持ちを落ち着けるように、大きく深呼吸をする。
(レオンハルト様はお優しくて真面目な方だから、このあとの進行のこととか……そう、いろいろ考えていらっしゃるのよ。いろいろ……)
そう冷静に考えてみても、鼓動は速いままだ。
さらに顔を上げ、先ほどと同じように、真っ直ぐ前を見つめているレオンハルトの顔を見上げる。
(……今、お願いをしてみてもいいかしら)
レオンハルトと正式に家族になったら、まずはこれをお願いしよう、とずっと心に決めていたことが一つある。
結婚をしたら、なるべく早く伝えようと思っていたこと。今がその機会なのではないか、とルシアナは手を握り込む。
肌を撫でる優しい風に後押しされるように、ルシアナはそっと口を開いた。
『きらきら、いっぱい』『おはなも、いっぱい』
会場から姿が見えないところまでやってくると、先ほど会場を煌びやかに飾った妖精たちが声を掛けてくる。
「とても素敵だったわ。ありがとう、妖精さん」
笑顔で彼らにお礼を伝えれば、妖精たちは満足そうにくすくすと笑う。すると、斜め前を歩いていたレオンハルトが足を止め、こちらを振り返った。それに合わせ、ルシアナも足を止める。
妖精たちは顔を見合わせると、レオンハルトの近くに寄っていく。
『レオンハルトもうれしい?』『いっぱいきらきら』
『おはなもたくさん』『さかせたよ』
「……ああ。綺麗だった」
少しして首肯したレオンハルトに、妖精たちは嬉しそうに笑い合うと、光球へと姿を変えそのままどこかへ姿を消す。彼らが消えたあとを興味深そうに眺めるレオンハルトの姿に、くすりと小さな笑みが漏れた。
「あ、申し訳ありません、つい」
こちらを見たレオンハルトと目が合い、笑みを隠すように口元に手を当てる。
「いえ。……ルシアナ様は、妖精たちにも好かれていらっしゃるのですね」
レオンハルトは特に気にした様子もなく、再び辺りへと視線を向けた。
妖精の気配を探すようなその姿はどこか少年のようで、ルシアナの表情は自然と緩んだ。
(明確にその姿を見たことはないと以前おっしゃっていたものね)
笑みを深めながら、ルシアナはレオンハルトのすぐ傍まで行く。
「好かれているのはレオンハルト様も一緒ですわ。公爵家のタウンハウスにはたくさんの妖精がいますもの」
「……そうでしたか」
納得しているのかしていないのか、レオンハルトは話半分に小さく頷く。
(レオンハルト様が好かれているのは事実だけれど、レオンハルト様が帰って来られると、妖精さんたちはみんな姿を消してしまうのよね。ベルが言っていた通り精霊の気が強いことが理由らしいけれど)
原因は考えるまでもなく、彼の精霊剣が未覚醒なことだろう。もう少し落ち着いたらレオンハルトの精霊剣の状態を確認しなければな、と思っていると、レオンハルトがこちらに視線を戻す。
小首を傾げ言葉を待ったものの、その視線はルシアナの後ろへと移動した。
「ドレスの裾を持ってここまで来てくれ」
え、と思ったのも束の間、レオンハルトは「失礼します」と一言言うと、ルシアナの体を持ち上げ横抱きした。
突然の浮遊感に声が出そうになったものの、すんでのところでそれを我慢すると、目を瞬かせながらレオンハルトを凝視する。
(どうしたのかしら……? どうしたのかしら……!?)
戸惑うルシアナとは裏腹に、レオンハルトはいつも通りの落ち着いた表情で、裾を運ぶ人物――今回介添人をお願いしたエステルを見ていた。
突然の出来事と伝わる体温に心臓が早鐘を打つのを感じながら、ルシアナは黙って二人の動向を見守る。
「左……ルシアナ様の左側から回して、膝裏にある私の左手に裾の一部を持たせてくれ」
(すごいわ、エステル……動揺せずにてきぱきと指示に従って……)
状況を観察しながら冷静になろうとしたものの、いくら待ってみてもルシアナの心臓は落ち着かず、むしろどんどん音が大きくなっていく。
(……これほど近いと、レオンハルト様に聞こえてしまいそうだわ……)
頬に熱が集まるのを感じながら大人しくしていると、うまく裾がまとめられたのか、レオンハルトの抱きかかえる腕に力が入った。
「このまま馬車まで行く。マトス夫人は先に行っていてくれ」
「かしこまりました」
エステルはこの状況に何も言うことなく、ただ淑やかに微笑み下がっていった。
ぼうっとそれを見送っていると、レオンハルトはおもむろに体の向きを変え歩き始める。
しばしの無言のすえ、ルシアナは視線を上げて、おずおずと口を開く。
「……あの」
「はい」
前を見据えたまま返答するレオンハルトに、ルシアナは恥ずかしげに視線を下げた。
「その……どうして、このような……」
「お嫌でしたか?」
「え、いいえ! 決してそのような、ことは……」
足を止めたレオンハルトに、慌てて顔を上げる。いつの間にかこちらを見下ろしていたシアンの瞳と目が合い、思わず息を吞んだ。いつもより近い距離でじっと見つめられ、喉の奥が詰まる。
「では、このまま移動してもよろしいですか?」
いつもと変わらず落ち着いた様子のレオンハルトに、ルシアナは軽く握った手を口元にあてると、目を伏せて小さく頷く。再び歩き始めたレオンハルトから伝わるかすかな振動を感じながら、窺うようにもう一度視線を上げた。
(きっと、移動が大変だろうと気遣って抱えてくださったのだわ。それなのに、このように動揺してはだめよね)
ルシアナは自分の気持ちを落ち着けるように、大きく深呼吸をする。
(レオンハルト様はお優しくて真面目な方だから、このあとの進行のこととか……そう、いろいろ考えていらっしゃるのよ。いろいろ……)
そう冷静に考えてみても、鼓動は速いままだ。
さらに顔を上げ、先ほどと同じように、真っ直ぐ前を見つめているレオンハルトの顔を見上げる。
(……今、お願いをしてみてもいいかしら)
レオンハルトと正式に家族になったら、まずはこれをお願いしよう、とずっと心に決めていたことが一つある。
結婚をしたら、なるべく早く伝えようと思っていたこと。今がその機会なのではないか、とルシアナは手を握り込む。
肌を撫でる優しい風に後押しされるように、ルシアナはそっと口を開いた。
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