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第四章
平穏な社交界
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「まあ……今シーズンの社交界への参加禁止、ですか?」
「ええ。今朝、王家から正式に通達が行ったそうですよ」
二日目のパーティーに参加すべく馬車で王城へと向かうなか、目の前に座るカルロスが肩を竦めた。
「シルバキエ公爵とヴァルヘルター公爵が上申し、私も正式に抗議をしたので。王都へもしばらくは立ち入らないのでは?」
「まあ……」
ルシアナは口元に手を当て、目を瞬かせた。
(だからレオンハルト様は昨夜お戻りにならなかったのかしら)
他国の王女をありもしない噂で貶めようとした、として、カルラには今シーズンの社交界への参加禁止が通達された。
今年は王太子妃がいる初めての社交界で、社交界の勢力図が変化するのでは、とどの家門も神経を尖らせていた。シーズンが開幕すれば毎年社交界は大きな盛り上がりを見せるが、今年は特にそれが顕著で、「今年の社交界に顔を出さない家門は今後立場を失う」とまで言われている。
「社交界ではそれなりのお立場だと伺っていますわ。今シーズンの参加が禁止となると、アシュレン伯爵夫人には痛手でしょう」
「だからこその処置でしょう。一家の夫人として王家から正式に社交界参加を禁じられるのは、相当な瑕疵となりますから」
(彼女があまり自由に動き回れないのはありがたいけれど……)
思わず眉が下がってしまったのを見て、カルロスがふっと小さく笑った。
「夫人と違い、アシュレン伯爵は社交界や権力といったものに興味がないそうなので、気にされる必要はございませんよ」
その言葉に、ルシアナも小さな笑みを返す。
それを見たカルロスは空気を変えるように明るく笑った。
「さ! 今日は私がしっかりエスコートするので楽しみましょうね!」
「ふふ、ええ。よろしくお願いいたします、お義兄様」
一日目のパーティーは夜の開催だったが、二日目は昼と夜両方行われ、カルロスが昼のパーティーに同行してくれることとなった。朝、レオンハルトの帰りを待っているときにカルロスが来訪し、「夜は私がエスコートします」というレオンハルトの伝言と共に、昼は自分が同行すると言ってくれたのだ。
(だからお言葉に甘えたけれど、視線が痛いくらいに集まっているわ)
澄ました顔でグラスを傾けながら、ルシアナは周りの反応を窺う。
皆表立ってこちらを窺うようなことはないが、時折視線を向けては何かを囁き合っていた。
「皆さん楽しそうですねー」
「ええ、本当に。式までにどなたがどのようなことを吹聴するのか……」
小さく息を漏らせば、カルロスはからっとした笑みを浮かべた。
「気になった人物がいれば脳内にメモしているので、いつでもお尋ねくださいね」
「まあ。ふふ」
カルロスと笑い合っていると、入口のほうが騒がしくなる。
「テオバルド・レネ・サバス・ヴォルケンシュタイン王太子殿下、ヘレナ・ヴォルケンシュタイン王太子妃殿下、ご入場です!」
コールマンの声と共に扉が開き、テオバルドとヘレナが姿を現す。
その場にいた全員が頭を下げると、テオバルドは素早く手を挙げた。
「皆楽にして、宴の続きを楽しんでくれ」
下げた頭をもう一段深く下げ、人々は姿勢を正す。
ルシアナも同じようにして顔を上げると、ヘレナと目が合った。ヘレナがテオバルドに何かを伝えたな、と思ったのも束の間、二人は揃ってルシアナのほうにやって来る。
ルシアナの前で立ち止まると、テオバルドは人好きのする笑みを向けた。
「やあ、ルシアナ嬢。昨日はレオンハルトを返せなくて悪かったな」
「いえ。レオンハルト様は王太子殿下の最側近でいらっしゃいますから」
「はは、そう言ってもらえると助かる」
にっと白い歯を見せたテオバルドは、隣で頭を下げるカルロスをちらりと見遣った。
(レオンハルト様は王太子殿下にお義兄様のことをお伝えしていないのね)
にこやかでありながら、どこか探るような視線を向けるテオバルドに、ルシアナは表情を崩さずいつも通りの微笑を湛える。
「やあ、ルマデル伯爵。我が従兄弟の婚約者殿のエスコート、従兄弟に代わり感謝しよう」
「とんでもございません。ルシアナ様は我々トゥルエノ王国にとってもとても大切なお方ですので、トゥルエノ王国の国民として当然のことをしたまでです」
明るい口調でそう伝えるカルロスに、テオバルドもにっこりと笑ったが、それはいつもの自然な笑みではなく、顔面に貼り付けた作り物のような表情だった。
「……そうか。我が従兄弟の婚約者殿がトゥルエノ王国の者にこれほど愛されているとは、何とも喜ばしいことだ。だが、我が愛しき妃が、ルシアナ嬢と話したいようでな。申し訳ないが、また俺と共に話してくれるか」
「王太子殿下がお望みとあれば、喜んで」
カルロスは下げていた頭を上げるとルシアナに顔を向ける。
「それでは、ルシアナ様。少々御前を失礼いたします。ダンスの時間になりましたら、是非また私の元に」
ルシアナの手を取り、手の甲に口付けたカルロスは、にっと口角を上げると姿勢を正す。
「お待たせいたしました、王太子殿下」
「……ああ、気にするな。ではまたあとで、ヘレナ。ヘレナのこと、よろしく頼むな、ルシアナ嬢」
「もちろんでございます、王太子殿下」
軽く頭を下げたルシアナに、テオバルドは片手を挙げると、カルロスと共に他の男性たちの元へと行く。
それを見送ると、様子を窺っていたヘレナがルシアナに近付いた。
「せっかくパーティーを楽しんでいたところ、申し訳ございません。ルシアナ様」
「いいえ、どうかお気になさらないでくださいませ。わたくしもヘレナ様と一緒に過ごしたいと思っていましたわ」
そう微笑めば、ヘレナもふっと表情を崩す。しかし、すぐにはっとしたように顔を引き締めると、きょろきょろと辺りを窺ったあと、ルシアナの耳元に顔を寄せた。
「シルバキエ公爵からルマデル伯爵のことを伺いました。テオには内緒だと言われたので伝えていません」
(あら)
小さな声で囁かれた言葉に、ルシアナはわずかに目を見開く。ヘレナを窺えば、彼女は眉を上げてしっかり頷いた。その姿に思わず笑みを漏らすと、ルシアナもヘレナの耳元に顔を寄せる。
「お教えいただきありがとうございます。式までの戯れですが、しばらくお付き合いくださいませ」
「はい。私でお力になれることがあれば、何でもお申し付けくださいね」
「ありがとうございます、ヘレナ様」
顔を寄せ合い笑い合うと、ヘレナは顔を離し周りへ視線を向けた。
「今日この場には私の友人も来ているのです。是非ご紹介させてください」
「まあ。ありがとうございます。楽しみですわ」
変わらずある突き刺さるような視線を感じながら、ルシアナは何も知らないかのように、ただただ無垢な笑みを浮かべ、パーティーを楽しんだ。
「ええ。今朝、王家から正式に通達が行ったそうですよ」
二日目のパーティーに参加すべく馬車で王城へと向かうなか、目の前に座るカルロスが肩を竦めた。
「シルバキエ公爵とヴァルヘルター公爵が上申し、私も正式に抗議をしたので。王都へもしばらくは立ち入らないのでは?」
「まあ……」
ルシアナは口元に手を当て、目を瞬かせた。
(だからレオンハルト様は昨夜お戻りにならなかったのかしら)
他国の王女をありもしない噂で貶めようとした、として、カルラには今シーズンの社交界への参加禁止が通達された。
今年は王太子妃がいる初めての社交界で、社交界の勢力図が変化するのでは、とどの家門も神経を尖らせていた。シーズンが開幕すれば毎年社交界は大きな盛り上がりを見せるが、今年は特にそれが顕著で、「今年の社交界に顔を出さない家門は今後立場を失う」とまで言われている。
「社交界ではそれなりのお立場だと伺っていますわ。今シーズンの参加が禁止となると、アシュレン伯爵夫人には痛手でしょう」
「だからこその処置でしょう。一家の夫人として王家から正式に社交界参加を禁じられるのは、相当な瑕疵となりますから」
(彼女があまり自由に動き回れないのはありがたいけれど……)
思わず眉が下がってしまったのを見て、カルロスがふっと小さく笑った。
「夫人と違い、アシュレン伯爵は社交界や権力といったものに興味がないそうなので、気にされる必要はございませんよ」
その言葉に、ルシアナも小さな笑みを返す。
それを見たカルロスは空気を変えるように明るく笑った。
「さ! 今日は私がしっかりエスコートするので楽しみましょうね!」
「ふふ、ええ。よろしくお願いいたします、お義兄様」
一日目のパーティーは夜の開催だったが、二日目は昼と夜両方行われ、カルロスが昼のパーティーに同行してくれることとなった。朝、レオンハルトの帰りを待っているときにカルロスが来訪し、「夜は私がエスコートします」というレオンハルトの伝言と共に、昼は自分が同行すると言ってくれたのだ。
(だからお言葉に甘えたけれど、視線が痛いくらいに集まっているわ)
澄ました顔でグラスを傾けながら、ルシアナは周りの反応を窺う。
皆表立ってこちらを窺うようなことはないが、時折視線を向けては何かを囁き合っていた。
「皆さん楽しそうですねー」
「ええ、本当に。式までにどなたがどのようなことを吹聴するのか……」
小さく息を漏らせば、カルロスはからっとした笑みを浮かべた。
「気になった人物がいれば脳内にメモしているので、いつでもお尋ねくださいね」
「まあ。ふふ」
カルロスと笑い合っていると、入口のほうが騒がしくなる。
「テオバルド・レネ・サバス・ヴォルケンシュタイン王太子殿下、ヘレナ・ヴォルケンシュタイン王太子妃殿下、ご入場です!」
コールマンの声と共に扉が開き、テオバルドとヘレナが姿を現す。
その場にいた全員が頭を下げると、テオバルドは素早く手を挙げた。
「皆楽にして、宴の続きを楽しんでくれ」
下げた頭をもう一段深く下げ、人々は姿勢を正す。
ルシアナも同じようにして顔を上げると、ヘレナと目が合った。ヘレナがテオバルドに何かを伝えたな、と思ったのも束の間、二人は揃ってルシアナのほうにやって来る。
ルシアナの前で立ち止まると、テオバルドは人好きのする笑みを向けた。
「やあ、ルシアナ嬢。昨日はレオンハルトを返せなくて悪かったな」
「いえ。レオンハルト様は王太子殿下の最側近でいらっしゃいますから」
「はは、そう言ってもらえると助かる」
にっと白い歯を見せたテオバルドは、隣で頭を下げるカルロスをちらりと見遣った。
(レオンハルト様は王太子殿下にお義兄様のことをお伝えしていないのね)
にこやかでありながら、どこか探るような視線を向けるテオバルドに、ルシアナは表情を崩さずいつも通りの微笑を湛える。
「やあ、ルマデル伯爵。我が従兄弟の婚約者殿のエスコート、従兄弟に代わり感謝しよう」
「とんでもございません。ルシアナ様は我々トゥルエノ王国にとってもとても大切なお方ですので、トゥルエノ王国の国民として当然のことをしたまでです」
明るい口調でそう伝えるカルロスに、テオバルドもにっこりと笑ったが、それはいつもの自然な笑みではなく、顔面に貼り付けた作り物のような表情だった。
「……そうか。我が従兄弟の婚約者殿がトゥルエノ王国の者にこれほど愛されているとは、何とも喜ばしいことだ。だが、我が愛しき妃が、ルシアナ嬢と話したいようでな。申し訳ないが、また俺と共に話してくれるか」
「王太子殿下がお望みとあれば、喜んで」
カルロスは下げていた頭を上げるとルシアナに顔を向ける。
「それでは、ルシアナ様。少々御前を失礼いたします。ダンスの時間になりましたら、是非また私の元に」
ルシアナの手を取り、手の甲に口付けたカルロスは、にっと口角を上げると姿勢を正す。
「お待たせいたしました、王太子殿下」
「……ああ、気にするな。ではまたあとで、ヘレナ。ヘレナのこと、よろしく頼むな、ルシアナ嬢」
「もちろんでございます、王太子殿下」
軽く頭を下げたルシアナに、テオバルドは片手を挙げると、カルロスと共に他の男性たちの元へと行く。
それを見送ると、様子を窺っていたヘレナがルシアナに近付いた。
「せっかくパーティーを楽しんでいたところ、申し訳ございません。ルシアナ様」
「いいえ、どうかお気になさらないでくださいませ。わたくしもヘレナ様と一緒に過ごしたいと思っていましたわ」
そう微笑めば、ヘレナもふっと表情を崩す。しかし、すぐにはっとしたように顔を引き締めると、きょろきょろと辺りを窺ったあと、ルシアナの耳元に顔を寄せた。
「シルバキエ公爵からルマデル伯爵のことを伺いました。テオには内緒だと言われたので伝えていません」
(あら)
小さな声で囁かれた言葉に、ルシアナはわずかに目を見開く。ヘレナを窺えば、彼女は眉を上げてしっかり頷いた。その姿に思わず笑みを漏らすと、ルシアナもヘレナの耳元に顔を寄せる。
「お教えいただきありがとうございます。式までの戯れですが、しばらくお付き合いくださいませ」
「はい。私でお力になれることがあれば、何でもお申し付けくださいね」
「ありがとうございます、ヘレナ様」
顔を寄せ合い笑い合うと、ヘレナは顔を離し周りへ視線を向けた。
「今日この場には私の友人も来ているのです。是非ご紹介させてください」
「まあ。ありがとうございます。楽しみですわ」
変わらずある突き刺さるような視線を感じながら、ルシアナは何も知らないかのように、ただただ無垢な笑みを浮かべ、パーティーを楽しんだ。
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