ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第四章

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「ようこそいらっしゃいました、ルシアナ様」
「本日は場所をご提供いただきありがとうございます、ヘレナ様」

 出迎えてくれたヘレナに柔和な笑みを向ければ、彼女も嬉しそうに顔を綻ばせた。

(以前お会いしたときより顔色がいいわ。決まったときは戸惑ったけれど、こちらに来てよかった)

 王室専属裁縫師に結婚式のドレスを頼むため、ルシアナは王城の敷地内にある王太子妃宮を訪れていた。
 当初はシルバキエ公爵邸に裁縫師を招くつもりだったが、話を聞いたディートリヒが「王城の一室を貸してもらえばいい」と言って王城に手紙を送り、ライムンドがそれを快諾。その後、ヘレナから申し出があり、王太子妃宮の一室を貸してもらえることになった。
 ヘレナに案内された王太子妃宮は、純白の床とアイボリーの壁、随所に飾られた色とりどりの花が温かい雰囲気を醸し出している、ヘレナらしい宮だ。

「飾られているのはチューリップですか? こんなにたくさんの色があるのですね」

(本物は初めて見たわ。綺麗)

 オレンジや白、紫などの単色のものから、黄色にピンクのグラデーション、オレンジに赤い筋が入ったものなど、その種類は無限にも見える。

「はい。今がちょうど見頃なんです」

 愛おしそうにチューリップへ視線を送るヘレナに、ルシアナはくすりと小さく笑う。

「王太子殿下からの贈り物のようですね」
「……か、顔に出てましたか?」
「はい」

 真っ赤な頬を両手で押さえるヘレナににこやかな笑みを向ければ、彼女は恥ずかしそうに眉尻を下げた。
 素直に感情を表すヘレナに自然と顔が綻ぶのを感じながら、ルシアナはちらりと後ろを窺う。後ろからついて来ている王太子妃宮の侍女たちは、そんな彼女の様子を微笑ましそうに見つめていた。

(彼女たちはヘレナ様を大切にしているのね。……よかったわ)

 ふと、公爵邸から共に来た、エステルと護衛のミゲラと目が合う。彼女たちは揃って嬉しそうな微笑をルシアナに向けた。

(わたくしも、考えていることが漏れてしまったみたいね)

「と、ところで、ルシアナ様は公爵邸ではどのようにお過ごしなのですか?」
「わたくしは――」

 エステルたちに笑みを返したルシアナは前へ向き直ると、ただ楽しく、ヘレナとの話に花を咲かせた。



「お会いできて光栄に存じます。シュネーヴェ王国にて王室専属裁縫師を務めております、クラーラ・ゴルツと申します。どうぞクラーラとお呼びください」
「ルシアナ・ベリト・トゥルエノと申します。本日はよろしくお願いいたします、クラーラさん」

 クラーラは、くるくるとした栗色の毛を揺らしながら頭を上げた。

「王女殿下の婚礼衣装を手掛ける栄誉を賜れたこと、この上ない幸甚でございます。是非! なんなりと! お申し付けください!」
「ありがとうございます。お世話になりますわ」

 大きな丸眼鏡の奥で爛々と目を輝かせるクラーラに押され気味になっていると、後ろからそっと肩に手を置かれた。

「お茶をご用意していますので、続きは座ってからにしましょう。ね? ルシアナ様」

 柔らかなヘレナの声に、ほっと息を吐き出すと、ルシアナは「はい」と頷く。

「大変失礼いたしました! つい興奮してしまい……」
「構いませんわ。それだけ楽しみにしてくださっていたのでしょうか」
「それはもう! 王太子妃殿下のみならず、シルバキエ公爵夫人となられる方の衣装も担当できるなど、裁縫師としてこれ以上の誉れはございません!」

 昂ぶり心躍る様子のクラーラに、くすりと笑みを漏らしながら、ヘレナに促されるようにソファに腰を落とす。
 出されたカップを手に取ったルシアナとヘレナに対し、クラーラは手帖を取り出し万年筆を走らせる。

(クラーラさんが作業をしているときの話し相手として、ヘレナ様にはご同席いただいたけれど、クラーラさんにはもうあんなに書き記すことがあるのね)

 何を書いているのか不思議に思っていると、ヘレナに声を掛けられる。

「ルシアナ様、シルバキエ公爵はどのような服をお召しになるのですか?」
「ラズルド騎士団の正装を着られるそうですわ」
「黒ですか! いいですね! それであれば王女殿下は何色をお召しになってもよろしいかと!」

 鼻息の荒いクラーラに続いて、ヘレナも瞳を輝かせる。

「ルシアナ様なら濃いお色でも淡いお色でも、赤や緑、黄色や青、どのようなお色でもお似合いになりますわ」
「ありがとうございます、クラークさん、ヘレナ様。実は、ドレスの色はもう決めてきていて……」
「まあ。何色になさるのですか?」

 期待するような視線を受けながら、ルシアナはにっこりと笑う。

「白ですわ」
「……白ですか!?」

 一拍置いて、クラーラが驚いたように身を乗り出し、声を上げた。ヘレナも、隣で大きく目を瞬かせている。

(ふふ、そうよね。婚礼のドレスに白を選ぶ方はいないもの)

 ルシアナは小さく笑みを漏らしながら、背筋を伸ばしてクラーラを見つめる。

「はい。白です。他の色はいりません。ドレスも、ベールも、グローブも、シューズも……すべて純白でお願いいたします」

 にこりと笑うルシアナに、クラーラは呆然と口を開けていたが、次第にその口の端を上げていき、最後は大きく口を開けると勢いよく立ち上がった。

「っお任せください、王女殿下! 白! 純白! 何色にも染められない黒と、何色にも染められる白! なんと素晴らしい組み合わせでしょう! 白一色にする代わりに、レースをふんだんに使いましょう! ダイヤの小石を散りばめて華やかに! 宝石はパール、ムーンストーン……ホワイトサファイアも素敵ですね!」

 クラーラは、はっとしたように椅子の横に置いてあった鞄を手に取ると、中からドレスや小物のデザインが載った目録を取り出した。

「ドレスにも様々な型がございますが、何かご希望はございますか?」

 差し出された目録に目を通していると、とあるデザインで手が止まる。

「ああ、ロングトレーン! 王太子妃殿下もお召しになりましたよね。白のロングトレーン……きっと美しいでしょうね」

 ドレスの裾が長く後ろに広がるロングトレーン。母であるベアトリスも、このタイプのドレスを着たと聞いている。

(華やかでとても綺麗だわ。レースとの相性もよさそう。けれど……)

「おっしゃる通り、美しいドレスになると思いますわ。けれど、わたくしはあまり背が高くありませんから」

(お母様はもちろん、ヘレナ様よりも)

 眉尻を下げ、次のページへと進めようとしたところで、ヘレナがルシアナの両手を取る。驚き彼女へ顔を向ければ、ヘレナは真剣な表情でルシアナを見つめていた。

「ルシアナ様。式は一生に一度のものです。ルシアナ様がお召しになりたいものを、自由に選んでよろしいんですよ」

 それに続くように、クラーラも声を上げた。

「王太子妃殿下のおっしゃる通りです! どのようなデザインでも、必ずルシアナ様にお似合いになる最高の一着に仕立ててみせます。どうか私の腕を信じて、なんなりとご要望をお聞かせください」

 決意と熱意に満ちたクラーラの視線を受け、閉じる口にわずかに力が入る。しかし、すぐに力を緩めると、ルシアナはどこか照れたようにはにかんだ。

「……ありがとうございます。ヘレナ様、クラーラさん」
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