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第三章

テレーゼとの再会(三)

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 新しく用意されたペパーミントティーを飲みながら、ルシアナとテレーゼは息をつく。
 ルシアナの指示により、室内にはルシアナとテレーゼ、妖精たちだけが残された。妖精たちは部屋を見て回ったり、お菓子を食べたりするなど、思いおもいに過ごしている。
 そんな妖精たちに微笑を向けながら、ルシアナはテレーゼを見遣る。目元は変わらず赤いが、ずいぶんと落ち着いた様子だ。
 大人しく話し出すのを待っているテレーゼを、ルシアナは真っ直ぐ見つめる。

「――なにか、ご自身で感じられる変化などありますか?」

 カップへ落としていた視線をルシアナへと向けたテレーゼは、じっとルシアナを見つめると、少しして口を開く。

「感じたことをそのまま素直に話してもいい……でしょうか」
「もちろんですわ。この場にはわたくしたちしかいませんもの。話し方も、楽にしていただいて構いませんわ」

 そう笑みを向ければ、彼女は「わかりました」と小さく頷き、一口ペパーミントティーを飲んでから、改めて背筋を伸ばした。

「……あなたを見てむかつく気持ちは変わらないけど、訳も分からず腹が立ったり、あなたの何もかもが鼻につくようなことはなくなったかしら」
「あら……」

 開き直ったかのように遠慮なく言いきったテレーゼに、ルシアナは目を瞬かせる。

『テレーゼだ』『テレーゼだ』
『いつものテレーゼ』『わがままテレーゼ』

 部屋を見て回っていた妖精たちが、再びルシアナたちの周りに集まってくる。彼らの言葉に、テレーゼはわずかに口の端を下げた。

「……そんなに何回も言わなくたってわかってるわよ。わたしはわがままで、世間知らずで……どうしようもない子どもだわ」

『そっそんなことっないよっ』

 体と変わらない大きさの焼き菓子を抱えながら、テレーゼについてきた妖精が抗議するように翅を震わせる。

『テレーゼはいいこだよっ』

 ブブブッと激しく翅を鳴らす妖精に、他の妖精たちは顔を見合わせながら首を傾げた。

『そんなことない?』『そんなことないかな?』
『テレーゼはいいこ?』『いいこかな?』

 ひそひそと囁き合いながら、妖精たちはテレーゼを見る。

『レオンハルトがこまることばかり』『レオンハルトがつかれることばかり』
『エーリクにもひどいことする』『エーリクにもひどいこという』

『いつもかって』『じぶんかって』
『そんなことあるよね』『いいこじゃないよね』

 テレーゼについてきた妖精は、他の妖精たちの言葉に反論できないのか、翅をぴたりと止め、顔を俯かせた。そんな妖精の姿を見て、テレーゼの表情もどんどん暗くなっていく。

「……人は、未熟で不完全な生き物よ」

 しん、と部屋に静寂が訪れる。水を打ったように妖精たちの囁き声は止み、全員の視線が声の主であるルシアナへと集まった。

(あまり妖精さんの言葉を否定するようなことは言ってはいけないのだけれど……共存していく以上、ある程度は妥協してもらわなければいけないわ。もちろん、彼らだってそれを理解しているから、これまで何もしてこなかったのでしょうけど)

 シルバキエ公爵邸に住み着いている妖精たちのテレーゼに対する心証は最悪だった。本当は敷地内に入れることすら許したくなかったが、彼女についている妖精や、彼女の言動を堪忍しているエーリクに免じて、妨害行為などは控えていたらしい。

(妖精さんたちはこの邸に住む人々を――レオンハルト様やエーリクたちを愛しているだけなのよね)

 ルシアナは短く息を吐き出すと、妖精たちへ柔らかな笑みを向けた。

「わたくしたち人間は、この世界で最も劣った種族だわ。精霊や妖精はもちろんのこと、ドラゴン、エルフ、ドワーフ、巨人たちとは比べようもないし、獣人のように高い身体能力を持っているわけでも、鱗人のように刃を通さない硬い鱗を持っているわけでもない。魔物は……生物として違いすぎて比較しにくいけれど、騎士や魔法術師など、特定の人以外は到底敵うことのない相手だわ」

『たしかにそうだ』『たしかにそうだね』
『もっともよわい』『もっともはかない』

 うんうんと頷き合う妖精たちに、ルシアナも首肯する。

「お母様がよくおっしゃっていたわ。“人間は弱く劣った種族だ。だからこそ、とても欲深く、自分勝手で、傲慢で、それゆえに、間違いを犯してしまうのだ”と」

 ルシアナは大きく息を吸うと、首を傾げ合う妖精たちに微笑を向ける。

「人は、間違いを犯す生き物よ。許すことのできない間違いもあるけれど……これまでのことを知らないわたくしが口を出していいことではないでしょうけど、令嬢の行いは、今後の行動で挽回できる範囲内のものだと思うわ。彼女自身、それができる方でしょうし」

 そう言ってテレーゼへ目を向ければ、陰っていた彼女のミントグリーンの瞳がきらりと光った。

「過去は変えられません。けれど、わたくしたちは過去に生きるわけではありませんわ。令嬢が過去のご自身の振る舞いについて後悔されているのであれば、以前とは違うのだという姿を、是非これから見せてくださいませ」

 ふっと微笑を浮かべれば、彼女はわずかに口元を震わせたあと、そっと視線を逸らした。

「……でも、人はそんなすぐに変わらないわ。今だって……何でも知ってるように振る舞って、当たり前のように妖精たちと接するあなたを見て……悔しいって嫉妬してる」
「気持ちを整理する時間は当然必要ですわ。それに、わたくしたちはまだお互いのこと何も知りませんもの。知らないものには忌避感を抱いたり、反発してしまうものですわ。……わたくしの場合は、立場も問題なのでしょうけれど」

(こればかりは仕方がないわ。レオンハルト様との結婚を止めるつもりはないもの)

 眉尻を下げて笑えば、横目でこちらを窺ったテレーゼが、わずかに顔を顰めた。

「……あなた、どうしてここまで優しくできるの? この間だって……すごく失礼なことしたし、今日も……謝りに来たとは思えない態度だったし……。……今だって、いくら許可されたからといって、一国の王女に対してしていい言動ではないわ」
「優しいつもりはありませんが……そうですね、令嬢に対しては下心があるからでしょうか」
「……下心?」

 怪訝そうな表情を浮かべるテレーゼに、ルシアナは満面の笑みを返す。

「はい。前回お会いしたときもお伝えしましたが、わたくしは令嬢と仲良くなりたいのです。同じ年代の方とお茶を飲んで、他愛のない話をすることが夢だったので」
「…………ずいぶんと庶民的な夢だこと。まぁ……王女という立場だったら仕方ないのかもしれないけど」

 テレーゼは大きく深呼吸をすると、一度姿勢を正してから深く頭を下げた。

「妖精の皆さん。今すぐわたしを信じて欲しいとは言わないわ。だけど、どうか、挽回のチャンスを頂戴。すぐは……無理だけど、この邸の客人として、恥ずかしくない人になってみせるから」

 テレーゼの言葉に、妖精たちはひそひそと顔を寄せ合うと、彼女と、成り行きを見守る彼女の妖精を囲んだ。

『わかった』『いいよ』
『みとどける』『みまもってる』

「……ありがとう」

 テレーゼは、頭を上げると安堵したような表情を浮かべた。彼女についてきた妖精も嬉しそうに満面の笑みを見せている。

(これで一つは解決ね)

 穏やかな彼女たちの雰囲気にほっと息を吐きつつ、ルシアナは表情を引き締めた。

「では、落ち着かれたところで……そろそろ本題に参りましょうか。リーバグナー公爵令嬢」

 ルシアナの言葉に、テレーゼは笑みを消すと、大きく頷いた。

「ええ。何を言われても受け入れるわ。――あなたの言葉なら」
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