43 / 223
第三章
テレーゼとの再会(二)
しおりを挟む
渋い表情を浮かべてはいるものの、テレーゼは言われた通り向かいの席に座る。それを見て、エステルはガラスのティーポットとティーカップを置いた。ティーポットには赤紫色の花が浮いており、テレーゼの瞳がわずかに輝く。
「わぁ……」
小さくそう呟いたテレーゼだったが、すぐに我に返ったのか、決まりが悪そうに視線を逸らした。
(北部ではその気温と気候からガラス製品がほとんど流通していないのよね。魔法で強化することもできるけれど……今はまだそういう段階ではないでしょうね)
シュネーヴェ王国が生まれてからまだ四年という歳月しか経っていないことを思い出しながら、ルシアナは目の前の人物に穏やかな笑みを向ける。
「ハーブティーがお好きだと伺ったので、薔薇のハーブティーをご用意しました。お口に合えばいいのですが」
エステルに対し小さく頷くと、彼女は赤く透き通ったローズティーをそれぞれのカップに注ぐ。テレーゼはその様子を横目で眺めていたものの、淹れ終わったあとも、彼女はカップに手を付けなかった。
「どうぞお飲みください」
そう言って、ルシアナが先にカップに口を付ける。それを見届けて、彼女もカップを持った。
(わたくしのことを疎ましくは思っているのでしょうけれど、以前と違って軽んじてはいないわ。エーリクへ謝罪をさせたことでより憎まれる可能性も考えたけれど……外部との連絡を禁止させた甲斐があったかしら)
恐るおそるカップを口元に運んだテレーゼだったが、一口飲むと、二口、三口、とどんどん口を付けていき、どこか呆けたような表情でカップを見下ろした。
テレーゼの様子を窺いながら、ルシアナは静かにカップを戻すと、ケーキスタンドにあるフィナンシェを手に取る。
「よければお菓子も召し上がってください。トゥルエノから共に来てくれたメイドが作ってくれたんです」
はっとしたように顔を上げた彼女に、にこりと笑いかければ、彼女はわずかに眉根を寄せたものの、小さく頷いた。
「……いただきます」
「……!」
ルシアナはテレーゼに悟られないよう、ちらりと窓の外へと視線を向ける。窓の外では、傍らにふわふわとした光の球体を伴ったベルが、宙に浮かびながら大きな丸を描いた。それに瞬きで答えると、ルシアナは斜め後ろに顔を向ける。
「エーリク」
「はい」
ルシアナの隣まで来たエーリクを見てテレーゼが微かに顔を歪めたのがわかったが、ルシアナは気にせずエーリクに笑いかけた。
「窓を開けてもらえるかしら」
窓を一瞥したエーリクは、頭を下げて了承する。
(あの状態のベルとコミュニケーションが取れる人が他にいるというのは本当に助かるわ)
霊体の状態の精霊を視認できるのは、精霊剣などの使い手である精霊術師、魔法術師、エルフ、ドラゴン、妖精などの限られた者たちだけだ。その中で、思念でのみ会話ができるのは、エルフ、ドラゴン、妖精の三種族で、精霊術師は加護を与えてくれた精霊に限り可能となる。
(あとはもう向こうのタイミングね)
ルシアナは意識をテレーゼに戻すと、美味しそうにお菓子を食べている彼女ににこやかに微笑みかける。
「ブラウニーがお好きなんですか?」
二つ目に手を伸ばしていた彼女は、一瞬動きを止めたものの、そのままブラウニーを手に取った。
「その……なんだか懐かしい味がして……」
どこかぼんやりとした様子でブラウニーを食べている彼女を見ていると、ふわりと膝の上に何かが乗る。そっと視線を下に向ければ、そこには一輪の花があった。テレーゼの首飾りに使われているものとまったく同じ、紫色の花だ。
ルシアナはその花を手に取ると、一つ深呼吸をする。
「リーバグナー公爵令嬢、こちらの花を見ていただけますか?」
「……それは――っきゃあ!」
顔の高さにまで持ち上げた花を彼女が視界に収めた瞬間、外から突風とも言える風が吹き込んできた。叫び声を上げたテレーゼとは対照的に、ルシアナは落ち着いた様子で風の動きを見る。
部屋の中に吹き込んできた冷たい風は、意思を持っているかのようにルシアナの持っていた花を巻き上げ、そのままハーフツインにされたテレーゼの髪に纏わりつく。
「いやっ……なによ!」
テレーゼが首を振ったのに合わせ、髪をまとめていた二本のリボンがするりと解けると、バラバラになった花びらと合わさりながら外へと消えていく。
耳の奥に残るような風の音が止み、室内は静寂に包まれた。
(こ、これは少々乱暴だったのではないかしら……?)
「……」
「……」
俯いたままのテレーゼの様子を窺っていると、彼女は何かを確認するように自身の両手を見つめた。
「……これって現実?」
「ええ、ええっと……そうですわね。少々、妖精さんたちの戯れが激しかったようで……」
『ちがう』『ちがうよ』
『これはおしおき』『たわむれじゃないよ』
突如どこからか声が聞こえてきたかと思うと、ルシアナの周りに光る球体が次々と現れる。
「まあ……屋敷内には入って来れないとベルから聞いていたけれど……」
『ルシアナのおかげ』『ルシアナがいるから』
『レオンハルトがきたらかえるよ』『でていくよ』
光球は二対の翅が生えた手のひらサイズの人型へと姿を変えると、呆然と彼らを見るテレーゼへ顔を向ける。
『テレーゼだよ』『テレーゼがいるよ』
『いじわるテレーゼ』『わがままテレーゼ』
「……。……!」
一拍遅れて、彼女は顔中を赤くする。しかし、その表情は先ほどまでと違い、恥ずかしさが全面に見て取れる。どんどん目を潤ませていく彼女を庇うように、一体の妖精が彼女の前に姿を現した。小さな体を限界まで大きく見せるように、両腕両足を大きく開いた妖精に、他の妖精たちが近付く。
『いつものこだ』『いつものこ』
『テレーゼといっしょの』『いつものこ』
わちゃわちゃと戯れる妖精たちの様子を窺いながら、ルシアナはテレーゼに小さな笑みを向ける。
「ご気分はいかがですか、リーバグナー公爵令嬢」
ぴたり、と妖精たちの声が止まり、そのすべての視線がテレーゼへと向く。少し間を開けて、ずっと鼻を啜った彼女が顔を上げた。
「……最悪。――と、いいたいところだけ……ですが、頭は妙にすっきりしています」
テレーゼは目元を乱暴に拭い、カップの紅茶を飲み干すと、姿勢を正してルシアナを見た。
「……どういうことか、ご説明いただけますよね? 王女殿下」
「わぁ……」
小さくそう呟いたテレーゼだったが、すぐに我に返ったのか、決まりが悪そうに視線を逸らした。
(北部ではその気温と気候からガラス製品がほとんど流通していないのよね。魔法で強化することもできるけれど……今はまだそういう段階ではないでしょうね)
シュネーヴェ王国が生まれてからまだ四年という歳月しか経っていないことを思い出しながら、ルシアナは目の前の人物に穏やかな笑みを向ける。
「ハーブティーがお好きだと伺ったので、薔薇のハーブティーをご用意しました。お口に合えばいいのですが」
エステルに対し小さく頷くと、彼女は赤く透き通ったローズティーをそれぞれのカップに注ぐ。テレーゼはその様子を横目で眺めていたものの、淹れ終わったあとも、彼女はカップに手を付けなかった。
「どうぞお飲みください」
そう言って、ルシアナが先にカップに口を付ける。それを見届けて、彼女もカップを持った。
(わたくしのことを疎ましくは思っているのでしょうけれど、以前と違って軽んじてはいないわ。エーリクへ謝罪をさせたことでより憎まれる可能性も考えたけれど……外部との連絡を禁止させた甲斐があったかしら)
恐るおそるカップを口元に運んだテレーゼだったが、一口飲むと、二口、三口、とどんどん口を付けていき、どこか呆けたような表情でカップを見下ろした。
テレーゼの様子を窺いながら、ルシアナは静かにカップを戻すと、ケーキスタンドにあるフィナンシェを手に取る。
「よければお菓子も召し上がってください。トゥルエノから共に来てくれたメイドが作ってくれたんです」
はっとしたように顔を上げた彼女に、にこりと笑いかければ、彼女はわずかに眉根を寄せたものの、小さく頷いた。
「……いただきます」
「……!」
ルシアナはテレーゼに悟られないよう、ちらりと窓の外へと視線を向ける。窓の外では、傍らにふわふわとした光の球体を伴ったベルが、宙に浮かびながら大きな丸を描いた。それに瞬きで答えると、ルシアナは斜め後ろに顔を向ける。
「エーリク」
「はい」
ルシアナの隣まで来たエーリクを見てテレーゼが微かに顔を歪めたのがわかったが、ルシアナは気にせずエーリクに笑いかけた。
「窓を開けてもらえるかしら」
窓を一瞥したエーリクは、頭を下げて了承する。
(あの状態のベルとコミュニケーションが取れる人が他にいるというのは本当に助かるわ)
霊体の状態の精霊を視認できるのは、精霊剣などの使い手である精霊術師、魔法術師、エルフ、ドラゴン、妖精などの限られた者たちだけだ。その中で、思念でのみ会話ができるのは、エルフ、ドラゴン、妖精の三種族で、精霊術師は加護を与えてくれた精霊に限り可能となる。
(あとはもう向こうのタイミングね)
ルシアナは意識をテレーゼに戻すと、美味しそうにお菓子を食べている彼女ににこやかに微笑みかける。
「ブラウニーがお好きなんですか?」
二つ目に手を伸ばしていた彼女は、一瞬動きを止めたものの、そのままブラウニーを手に取った。
「その……なんだか懐かしい味がして……」
どこかぼんやりとした様子でブラウニーを食べている彼女を見ていると、ふわりと膝の上に何かが乗る。そっと視線を下に向ければ、そこには一輪の花があった。テレーゼの首飾りに使われているものとまったく同じ、紫色の花だ。
ルシアナはその花を手に取ると、一つ深呼吸をする。
「リーバグナー公爵令嬢、こちらの花を見ていただけますか?」
「……それは――っきゃあ!」
顔の高さにまで持ち上げた花を彼女が視界に収めた瞬間、外から突風とも言える風が吹き込んできた。叫び声を上げたテレーゼとは対照的に、ルシアナは落ち着いた様子で風の動きを見る。
部屋の中に吹き込んできた冷たい風は、意思を持っているかのようにルシアナの持っていた花を巻き上げ、そのままハーフツインにされたテレーゼの髪に纏わりつく。
「いやっ……なによ!」
テレーゼが首を振ったのに合わせ、髪をまとめていた二本のリボンがするりと解けると、バラバラになった花びらと合わさりながら外へと消えていく。
耳の奥に残るような風の音が止み、室内は静寂に包まれた。
(こ、これは少々乱暴だったのではないかしら……?)
「……」
「……」
俯いたままのテレーゼの様子を窺っていると、彼女は何かを確認するように自身の両手を見つめた。
「……これって現実?」
「ええ、ええっと……そうですわね。少々、妖精さんたちの戯れが激しかったようで……」
『ちがう』『ちがうよ』
『これはおしおき』『たわむれじゃないよ』
突如どこからか声が聞こえてきたかと思うと、ルシアナの周りに光る球体が次々と現れる。
「まあ……屋敷内には入って来れないとベルから聞いていたけれど……」
『ルシアナのおかげ』『ルシアナがいるから』
『レオンハルトがきたらかえるよ』『でていくよ』
光球は二対の翅が生えた手のひらサイズの人型へと姿を変えると、呆然と彼らを見るテレーゼへ顔を向ける。
『テレーゼだよ』『テレーゼがいるよ』
『いじわるテレーゼ』『わがままテレーゼ』
「……。……!」
一拍遅れて、彼女は顔中を赤くする。しかし、その表情は先ほどまでと違い、恥ずかしさが全面に見て取れる。どんどん目を潤ませていく彼女を庇うように、一体の妖精が彼女の前に姿を現した。小さな体を限界まで大きく見せるように、両腕両足を大きく開いた妖精に、他の妖精たちが近付く。
『いつものこだ』『いつものこ』
『テレーゼといっしょの』『いつものこ』
わちゃわちゃと戯れる妖精たちの様子を窺いながら、ルシアナはテレーゼに小さな笑みを向ける。
「ご気分はいかがですか、リーバグナー公爵令嬢」
ぴたり、と妖精たちの声が止まり、そのすべての視線がテレーゼへと向く。少し間を開けて、ずっと鼻を啜った彼女が顔を上げた。
「……最悪。――と、いいたいところだけ……ですが、頭は妙にすっきりしています」
テレーゼは目元を乱暴に拭い、カップの紅茶を飲み干すと、姿勢を正してルシアナを見た。
「……どういうことか、ご説明いただけますよね? 王女殿下」
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる