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第三章

テレーゼとの再会(二)

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 渋い表情を浮かべてはいるものの、テレーゼは言われた通り向かいの席に座る。それを見て、エステルはガラスのティーポットとティーカップを置いた。ティーポットには赤紫色の花が浮いており、テレーゼの瞳がわずかに輝く。

「わぁ……」

 小さくそう呟いたテレーゼだったが、すぐに我に返ったのか、決まりが悪そうに視線を逸らした。

(北部ではその気温と気候からガラス製品がほとんど流通していないのよね。魔法で強化することもできるけれど……今はまだそういう段階ではないでしょうね)

 シュネーヴェ王国が生まれてからまだ四年という歳月しか経っていないことを思い出しながら、ルシアナは目の前の人物に穏やかな笑みを向ける。

「ハーブティーがお好きだと伺ったので、薔薇のハーブティーをご用意しました。お口に合えばいいのですが」

 エステルに対し小さく頷くと、彼女は赤く透き通ったローズティーをそれぞれのカップに注ぐ。テレーゼはその様子を横目で眺めていたものの、淹れ終わったあとも、彼女はカップに手を付けなかった。

「どうぞお飲みください」

 そう言って、ルシアナが先にカップに口を付ける。それを見届けて、彼女もカップを持った。

(わたくしのことを疎ましくは思っているのでしょうけれど、以前と違って軽んじてはいないわ。エーリクへ謝罪をさせたことでより憎まれる可能性も考えたけれど……外部との連絡を禁止させた甲斐があったかしら)

 恐るおそるカップを口元に運んだテレーゼだったが、一口飲むと、二口、三口、とどんどん口を付けていき、どこか呆けたような表情でカップを見下ろした。
 テレーゼの様子を窺いながら、ルシアナは静かにカップを戻すと、ケーキスタンドにあるフィナンシェを手に取る。

「よければお菓子も召し上がってください。トゥルエノから共に来てくれたメイドが作ってくれたんです」

 はっとしたように顔を上げた彼女に、にこりと笑いかければ、彼女はわずかに眉根を寄せたものの、小さく頷いた。

「……いただきます」
「……!」

 ルシアナはテレーゼに悟られないよう、ちらりと窓の外へと視線を向ける。窓の外では、傍らにふわふわとした光の球体を伴ったベルが、宙に浮かびながら大きな丸を描いた。それに瞬きで答えると、ルシアナは斜め後ろに顔を向ける。

「エーリク」
「はい」

 ルシアナの隣まで来たエーリクを見てテレーゼが微かに顔を歪めたのがわかったが、ルシアナは気にせずエーリクに笑いかけた。

「窓を開けてもらえるかしら」

 窓を一瞥したエーリクは、頭を下げて了承する。

(あの状態のベルとコミュニケーションが取れる人が他にいるというのは本当に助かるわ)

 霊体の状態の精霊を視認できるのは、精霊剣などの使い手である精霊術師、魔法術師、エルフ、ドラゴン、妖精などの限られた者たちだけだ。その中で、思念でのみ会話ができるのは、エルフ、ドラゴン、妖精の三種族で、精霊術師は加護を与えてくれた精霊に限り可能となる。

(あとはもう向こうのタイミングね)

 ルシアナは意識をテレーゼに戻すと、美味しそうにお菓子を食べている彼女ににこやかに微笑みかける。

「ブラウニーがお好きなんですか?」

 二つ目に手を伸ばしていた彼女は、一瞬動きを止めたものの、そのままブラウニーを手に取った。

「その……なんだか懐かしい味がして……」

 どこかぼんやりとした様子でブラウニーを食べている彼女を見ていると、ふわりと膝の上に何かが乗る。そっと視線を下に向ければ、そこには一輪の花があった。テレーゼの首飾りに使われているものとまったく同じ、紫色の花だ。
 ルシアナはその花を手に取ると、一つ深呼吸をする。

「リーバグナー公爵令嬢、こちらの花を見ていただけますか?」
「……それは――っきゃあ!」

 顔の高さにまで持ち上げた花を彼女が視界に収めた瞬間、外から突風とも言える風が吹き込んできた。叫び声を上げたテレーゼとは対照的に、ルシアナは落ち着いた様子で風の動きを見る。
 部屋の中に吹き込んできた冷たい風は、意思を持っているかのようにルシアナの持っていた花を巻き上げ、そのままハーフツインにされたテレーゼの髪に纏わりつく。

「いやっ……なによ!」

 テレーゼが首を振ったのに合わせ、髪をまとめていた二本のリボンがするりと解けると、バラバラになった花びらと合わさりながら外へと消えていく。
 耳の奥に残るような風の音が止み、室内は静寂に包まれた。

(こ、これは少々乱暴だったのではないかしら……?)

「……」
「……」

 俯いたままのテレーゼの様子を窺っていると、彼女は何かを確認するように自身の両手を見つめた。

「……これって現実?」
「ええ、ええっと……そうですわね。少々、妖精さんたちの戯れが激しかったようで……」

『ちがう』『ちがうよ』
『これはおしおき』『たわむれじゃないよ』

 突如どこからか声が聞こえてきたかと思うと、ルシアナの周りに光る球体が次々と現れる。

「まあ……屋敷内には入って来れないとベルから聞いていたけれど……」

『ルシアナのおかげ』『ルシアナがいるから』
『レオンハルトがきたらかえるよ』『でていくよ』

 光球は二対の翅が生えた手のひらサイズの人型へと姿を変えると、呆然と彼らを見るテレーゼへ顔を向ける。

『テレーゼだよ』『テレーゼがいるよ』
『いじわるテレーゼ』『わがままテレーゼ』

「……。……!」

 一拍遅れて、彼女は顔中を赤くする。しかし、その表情は先ほどまでと違い、恥ずかしさが全面に見て取れる。どんどん目を潤ませていく彼女を庇うように、一体の妖精が彼女の前に姿を現した。小さな体を限界まで大きく見せるように、両腕両足を大きく開いた妖精に、他の妖精たちが近付く。

『いつものこだ』『いつものこ』
『テレーゼといっしょの』『いつものこ』

 わちゃわちゃと戯れる妖精たちの様子を窺いながら、ルシアナはテレーゼに小さな笑みを向ける。

「ご気分はいかがですか、リーバグナー公爵令嬢」

 ぴたり、と妖精たちの声が止まり、そのすべての視線がテレーゼへと向く。少し間を開けて、ずっと鼻を啜った彼女が顔を上げた。

「……最悪。――と、いいたいところだけ……ですが、頭は妙にすっきりしています」

 テレーゼは目元を乱暴に拭い、カップの紅茶を飲み干すと、姿勢を正してルシアナを見た。

「……どういうことか、ご説明いただけますよね? 王女殿下」
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