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第三章

初めてのお茶会、のそのとき

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 テオバルドと席を交換し、楽しそうにヘレナと談笑するルシアナを見ながら、レオンハルトは先ほどルシアナが言った言葉を思い出していた。

『ふふ、本当に、剣を扱えるとはとても思えない手をしていると思いませんか?』

 そう笑った彼女の姿が、ずっと頭の中に残っている。

「……悪かったな、レオンハルト」

 隣から聞こえた静かな声に、視線をそちらへ向ければ、カップに視線を落としたテオバルドが困ったように笑っていた。

「珍しく静かだと思ったら……」

 短く息を吐くと、ルシアナたちと少し距離を取るように椅子を引き、深く腰掛ける。それに倣うように、テオバルドも同じように椅子に座り直した。

「謝る相手が違うんじゃないか?」
「彼女にもあとで謝るさ。けど……お前にはヘレナのことを黙っててくれと頼んでしまったからな」

 レオンハルトは、再び視線を前に向けた。
 顔を寄せ合い、ときに内緒話でもするかのように声を潜めながら、明るく笑っているルシアナを見て、「いや」と漏らす。

「この半年、どんな噂が流れていたか、テオがそれにどれほど気を揉んでいたか、多少なりとも理解しているつもりだ。愛情深いテオが、気を遣って神経を尖らせていても仕方がない状況だったと思う。もし俺が同じ立場だったら……同じようにしていたかもしれない」

 もしルシアナがヘレナと同じような立場、同じような状況だったら。

(テオバルド同様、彼女が気を病む要因を増やすようなことはしないだろうな)

 目下の気がかりはテレーゼと会うことだな、と思いながら、紅茶を飲もうと腕を伸ばしたレオンハルトだが、テオバルドが大きく目を見開いていることに気付き、一度持ち上げたカップをソーサーに戻す。

「……なんだ」
「いや……」

 数度瞬きを繰り返すと、テオバルドは心底嬉しそうに、ふっと表情を緩めた。

「なんでもないさ」

 そう言っていつも通りの人懐こい笑みを浮かべたかと思うと、椅子をテーブルに近付け、テーブルに片肘をついてルシアナたちへ顔を向けた。

「そろそろ俺たちも混ぜてくれないか、お嬢様方」

(……なんなんだ)

 テオバルドの言動を不可解に思いつつも、それ以上言及せず、椅子を元の位置に戻す。改めて紅茶に口をつけると、三人の会話に耳を澄ませた。

「それでね、ルシアナ様のドレスの刺繍糸は、黄金の獅子族の毛を加工したものなんだって」
「へえ。獣人――特に獅子族は気難しい種族だと聞いていたが……トゥルエノ王国の外交力は本当に素晴らしいな」
「たまたま、獅子族とトゥルエノの相性がよかっただけですわ。獅子族の女性は、とてもお強いですから」
「ああ! 獅子族は女性が狩りをするんだったか。弓の名手揃いだと聞いている。いつか交流してみたいものだ」

 テオバルドの言葉に、ルシアナはただ、にこり、と笑みだけを返した。

(……賢明だな)

 このお茶会は、極々私的な、ただの雑談の場ではあるが、テオバルドがシュネーヴェ王国の王太子であり、ルシアナがトゥルエノ王国の王女であるという事実は変わらない。
 ルシアナとレオンハルトの結婚の条件に、トゥルエノ王国の商業都市・ネブリナでの自由貿易権も含まれていることを考えると、貿易や外交に関して、ルシアナが何か答えるのは得策とは言えなかった。

(口八丁手八丁のこの男の言葉に乗ってこないとは、本当にしっかりしている)

 テオバルドもどこか感心したような、嬉しそうな笑みを浮かべると、背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。

「これからはシュネーヴェにも多くの人や物が入って来るだろう。他国や他種族との交流はもとより、ヘレナに似合う宝飾品を見繕うのが今から楽しみだ。それに合わせてドレスも作らなければな」

(……。……!)

 大人しく静聴していたレオンハルトだが、テオバルドのある言葉に、はっと目を見開く。思わず咽そうになるのを堪えながら、流れ続ける会話に耳を傾けた。

「もう、テオったら。この間、何着もドレスをくれたじゃない。それなのに、今日のためにって、このドレスも新しく贈ってくれて」
「俺と共に出席する場に、俺と揃いのドレスをプレゼントするのは当然だろ? それに、もうすぐ本格的に社交界が始まる。そのためにも新しいドレスは必要だろう」
「それはそうだけど……結局一緒に参加することが多いし、そうなったら、いつもお揃いのドレスを贈るじゃない」
「……それはそれ! これはこれ! だ! だいたい俺たちが貯め込んでたら経済は回らないしな。なあ、ルシアナ嬢?」
「ふふ、そうですわね」

 楽しそうな三人の会話の聞きながら、レオンハルトは内心、大きな溜息をついた。

(一週間あれば、一着くらいドレスを作ることはできたはずだ)

 この一週間の謹慎は、「この機会にルシアナとの仲を深めてこい」というテオバルドの思い付きから決まったもので、謹慎とは名ばかりの休暇に近いものだった。
 テレーゼの一件は自身に非があると思っていたレオンハルトは、テオバルドの言葉を聞き流し、領地からの報告書や帳簿の確認などをして過ごしていた。邸宅にいる以上、食事はルシアナと共にしたが、それ以外でルシアナと顔を合わせることも、言葉を交わすこともなかった。

(何も言われないからと……最も気遣わなければいけない人を……)

「――い、おい、レオンハルト」
「!」

 軽く肩を叩かれ、レオンハルトは我に返る。テオバルドは特に気にしていないようだったが、ヘレナとルシアナはどこか心配そうな表情を浮かべていた。

(だめだな、切り替えなければ)

「悪い、なんだ」

 肩を叩いた張本人であるテオバルドに目を向ければ、彼はレオンハルトの額を指先で軽く弾いた。

「お前たちの結婚式の話だよ。ルシアナ嬢のドレスは王室専属の裁縫師に任せてはどうか、と陛下から提案があった。これは本当に提案で、強制するものじゃないから不要なら断ってくれていい。ちなみに言うと、俺は賛成だ」

(ロイヤルワラントではなく専属か……)

 額を擦りながら、レオンハルトは考えるように一度視線を逸らす。少しして、額から手を退かすとルシアナを見た。

「ルシアナ様さえよろしければ、お願いしたいと思います。いかがでしょうか」

 ルシアナは、長い睫毛を揺らしながら数回瞬きをすると、にこやかな微笑を見せた。

「過分なご配慮ではありますが、お言葉に甘えさせていただきますわ」

(何かあれば俺が風除けになればいい)

 彼女に小さな笑みを返し頷くと、隣のテオバルドへ視線を向ける。

「……」

 了承の言葉を伝えようとしたレオンハルトだが、テオバルドがあまりにも締まりのない顔でにやついていたため、思わず言葉を飲み込む。

「…………どうした」

 ようやく、そう絞り出してみたものの、テオバルドは「別に」と肩を竦めた。

「なんでもないさ。なあ、ヘレナ?」

 話題を振られたヘレナを見れば、彼女も瞳を輝かせながら頷いていた。

(……なんなんだ、本当に)

 何故か共感しあっているテオバルドとヘレナを見ながら、レオンハルトは半年後にある結婚式に思いを馳せた。
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