ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第三章

初めてのお茶会(一)

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 ルシアナは鏡に映った自身を見つめる。
 白地に金の刺繍が施されたドレスは、光の加減によって刺繍が浮かび上がる仕様になっており、シンプルすぎず、決して派手でもない。上半身はぴたりと体のラインに沿っているが、スカート部分はふわりと広がったオーバースカートになっており、上側の隙間から覗く内側のスカートは段々のフリルになっている。

(派手ではないし子どもっぽくもないわよね)

 ハーフアップされた後頭部には、白いレースの髪飾りが揺れている。

「もう少し色があったほうがいいかしら」

 鏡越しにエステルを見れば、彼女はミルクホワイトのロングのケープコートを手に持ち、眉を八の字にした。

「そうですね……お召し物をお作りする時間が十分あればよかったのですが」

 今ルシアナが持っている服は、十八の誕生日に家族からもらったものだけだ。普段着のワンピースも併せれば数は十分あるが、どれもトゥルエノ王国で着ることを前提として作られたため、ルシアナ個人を象徴するインディビジュアルカラーである白や、太陽に照らされて映える色の明るいものが非常に多かった。

(ベルの魔精石を持ち歩いているから、薄手でもそれほど寒くはないけれど……やっぱりこの国で新調する必要があるわよね。けれど……)

「エーリク様にご相談されてはいかがでしょうか」
「んー……いいえ、いいわ。社交界に顔を出すのはまだ先でしょうし、夏はトゥルエノから持ってきたドレスがちょうど合うんじゃないかしら」
「……そうですね」

 目尻を下げたエステルに笑みを返せば、彼女はケープコートをルシアナの肩にかける。

「ドレスやワンピースは仕立て直しという方法もございますよ。私のほうで調べておきますので、必要があればおっしゃってください」
「ありがとう、エステル。あ、ハンカチは二枚入れておいてね」

 ハンドバッグを用意し始めたエステルにそう声を掛ければ、彼女はにこりと笑い軽く頭を下げた。
 彼女の準備が終わるのを待ちながら、ルシアナは部屋をぼんやりと眺める。
 白と瑠璃色と銀の三色でまとめられた部屋は、ルシアナが使うには少々大人びていてシックな印象を受ける。ルシアナが使うには少々大きいものも多く、レオンハルトたちがどのような人物を想定してこの部屋を用意したのかが、とてもよくわかる。

(インテリアを替えるか、それとなくエーリクに訊かれたけれど、このお邸らしい色合いと調度品でとても素敵よね。このお部屋を見ていると、必然的にレオンハルト様を思い出すわ。静かで、よく気遣ってくださって――)

 コンコンコンコン、と扉がノックされる。ルシアナがエステルに向かって小さく頷くと、彼女は一礼して扉を開けた。

「エーリク様」
「こんにちは、マトス夫人」

 エーリクは人懐こい笑みを浮かべると、視線をそのままルシアナへと向けた。

「そろそろお時間でございます、ルシアナ様」
「ありがとう、今行くわ」

(わたくしもエーリクたちも、この一週間でずいぶん慣れたわね。レオンハルト様とは食事のとき以外お会いすることがなかったから、最初のころとまだあまり変わっていないけれど……)

 ホールでギュンターと何か話しているレオンハルトを見ながら、ルシアナは小さく微笑む。

(けれど、構わないわ。時間はこれからたくさんあるもの)

 階段を降りている途中で、顔を上げたレオンハルトと目が合う。にこっと笑みを向ければ、彼はギュンターとの話を切り上げ、階段の下へとやって来ると手を差し出した。

「まあ、ありがとうございます」
「いえ」

 重ねた手が思ったよりもしっかり握られ、ルシアナは思わず笑みを漏らす。

「どうかされましたか」
「いいえ、なんでもありませんわ」

(もしかしたら、レオンハルト様は過保護なのかもしれないわ)

 おかしそうに笑うルシアナに対し、レオンハルトは、不思議そうな、戸惑ったような表情を浮かべてはいたものの、握られた手は馬車に乗るまで離されることはなかった。



 お茶会は、以前訪れた王城からさらに奥に進んだところにある離宮の温室で行われることになっていた。

(書物で見たものはこれほど広く大きくなかったけれど……こんな温室もあるのね)

 案内された温室は非常に広く、ドーム状の天井がなければ室内だということを忘れてしまいそうなほどだった。温室内には、色とりどりの花が咲き誇り、葉が生い茂る木々、果物がなっている樹などが植えられ、小川や滝、小さな湖などもある。
 小さな広場のようになっている温室の中心まで行くと、すでにテオバルドともう一人、アッシュローズの髪に金の瞳を持つ女性が待っていた。

「よう、よく来たな」
「本日はお招きいただきありがとうございます、王太子殿下」

 斜め前で頭を下げたレオンハルトに倣うように、ルシアナも頭を下げる。

「あー、いい、いい。身内しかいない私的な場なんだ。かしこまるのはやめてくれ、レオンハルト」
「……では、そうさせてもらう」

 明るく笑ったテオバルドの言葉に頭を上げたレオンハルトは、テオバルドの隣に立つ女性へ目を向ける。

「お久しぶりです、王太子妃殿下」
「あっ……はい」

 どこか遠慮がちな、ぎこちない笑みを浮かべる女性を庇うように、テオバルドは彼女の肩に手を乗せて自身のほうへ引き寄せた。

「我が妃は少々緊張しいでな」

 ターコイズグリーンの瞳が、微笑を浮かべて佇むルシアナへと向けられる。

「紹介しよう、ルシアナ嬢。俺にとってこの世で最も美しく愛らしい、俺だけの花。我が愛しの妃、ヘレナだ」

 恥ずかしそうな、気まずそうな表情を浮かべながら、おずおずとこちらへ視線を向けたヘレナに、ルシアナはにこりと笑いかけると、頭を下げる。

「お目にかかれて光栄に存じます。トゥルエノ王国から参りました、ルシアナ・ベリト・トゥルエノでございます」
「あ……ヘレナ・ヴォルケンシュタインと申します、お会いできて光栄に存じます、王女殿下」

 体を折りたたむように深く頭を下げたヘレナに、ルシアナは大きく目を見開いたものの、すぐに柔和に微笑む。

「どうぞルシアナとお呼びくださいませ、王太子妃殿下」
「あ、そ……ええと、では、ルシアナ様と呼ばせていただきます、ね」

 ヘレナは、レオンハルトに向けたものと同じようなぎこちない笑みを見せたが、その隣に立つテオバルドは、変わらず屈託のない笑み浮かべている。

「縁者になるからというのもあるが、それとは関係なく、ヘレナとルシアナ嬢が良き友になれればいいと思っている。まぁ、ルシアナ嬢にとっては姉というほうが近いかもしれないがな。シュネーヴェに頼れる者があったほうが――そういえば、第二王女殿下がヘレナと同い年だったか? それだったら――」

 ごほん、とレオンハルトがこれ見よがしに咳払いをする。数度瞬きを繰り返したテオバルドは、大きく口を開けて笑った。

「いけないいけない! せっかく用意した菓子と茶を差し置いて立ち話するところだった! すまなかったな、ルシアナ嬢。さあ、二人とも席に座ってくれ。ヘレナの椅子は俺が引こう」

(王太子殿下は話し出すと止まらないようね。それに王太子妃殿下をとても愛していらっしゃるようだわ)

 楽しいお茶会になりそうだと心躍らせながら、目の前の様子を見ていたルシアナだが、ヘレナは座る様子もなく、小刻みに震え出したかと思うと、勢いよくテオバルドを見た。

「――やっぱり無理です!」
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