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第三章

ルシアナの思惑(二)

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「……妖精、ですか?」
「ああ、妖精だ」

 レオンハルトは少し考えるように口元に手を当てると、少しして口を開く。

「明確にそれらしいものを見たことはありません。が、ただ、昔……それらしいものを見たような気は……します」
「ふむ……そのとき、あの小娘も一緒だったか?」

 ベルの言葉に、はっとしたように、彼はわずかに目を見開いた。

(心当たりがありそうだわ)

 ベルも同じように考えたのか、小さく「なるほどな」と漏らすと、背もたれに寄りかかる。

「じゃ、そのときの妖精だろうな。あの娘の傍にいるのは」
「……妖精がいたのですか? テレーゼの傍に?」

 驚いたように呟くレオンハルトに、ベルは肩を竦める。

「この邸の中には入って来なかったがな」
「あら、近くにいたの?」
「ああ、窓の外にね。心配そうに二人の様子を見てたよ。ルシーが気付いたのは、あの娘の首飾りだよな」

 自身の首筋を指先で軽く叩いたベルに、ルシアナはしっかりと頷く。

「あれがいわゆる妖精の贈り物と呼ばれるものなのよね?」
「ああ。一匹の妖精が特定の人間に肩入れするのは珍しいから、私も見るのは初めてだ。中には入らないのに来てたってことは、相当気にかけてるんじゃないか?」
「まあ! それならやっぱり、彼女は悪い方ではないわね」
「いや、妖精だけを判断材料にするのはどうかと思うが……」

 嬉しそうに顔を輝かせるルシアナと、苦笑を浮かべるベルの姿を窺いながら、レオンハルトは遠慮がちに声を掛ける。

「お話を中断させてしまい申し訳ありません。ただ、あの……話が見えないのですが……」

 申し訳なさそうなレオンハルトに、ルシアナとベルは改めて顔を見合わせると、ふっと互いに眉尻を下げた。

「いけないなぁ。互いに癖が抜けてない」
「抜けさせる暇もなかったものね」

 ルシアナはもう一度、ふふっと笑みを漏らすと、姿勢を正してレオンハルトを見た。

「わたくしがリーバグナー公爵令嬢に罰を与えなかった理由ですわ」

 まだ判然としていない様子のレオンハルトに、ベルは軽くルシアナを小突く。

「ルシー、人との会話には……っていうのはさっきも言ったな」

 ベルは仕方ないという風に息を吐くと、レオンハルトへ視線を移した。

「あー、ルシーが言いたいのは、あの娘が妖精に懐かれてるから本当は悪い奴じゃなくて、話せば仲良くなれると思った、ということだ」
「要約するとそうね」

 うんうんと頷くルシアナに、レオンハルトは首を傾げる。

「それは……」
「安直だよな」

 頷いていいものか、と顔を顰めるレオンハルトに、ルシアナはおかしそうに笑う。

「おっしゃりたいことは遠慮せずおっしゃってくださいませ。けれど、まあ……彼女に関しては、少し思うところがあるので、あのような申し出をしました」

 レオンハルトはいまだ要領を得ない様子だったが、ベルはどこか納得したように深く息を吐き出した。

「ま、ルシーの言いたいことはわかるよ。私も、あの妖精の様子からして、あの娘自身に元から悪意があったとは思えない。性格は問題ありだと思うが」
「それも環境の――関わってきた方々の影響があると思うわ。だからこその、外部との連絡禁止と定期的な面会なのよ」
「――なるほど」

 レオンハルトは何か思い当たることがあったのか、一人納得した様子で頷くと、真っ直ぐルシアナを見た。

「ルシアナ様のお考えはわかりました。必要があれば彼女の周りの人間について資料をまとめますが、いかがなさいますか」
「まあ。ありがとうございます、助かりますわ」
「では、後日エーリクからお受け取りください」
「ありがとうございます、レオンハルト様」

 柔和な笑みを浮かべながらお礼を言えば、レオンハルトもわずかに目尻を下げた。



「まあ。謹慎、ですか?」
「……はい」

 翌日、邸を出てほどなくして帰ってきたレオンハルトは、眉間に皺を寄せながら重く息を吐き出した。

(リーバグナー公爵令嬢の訪問がそれほど問題視されたのかしら? けれど、そういった罰ならレオンハルト様はきっと粛々と受けられるわ。これほど苦々しいお顔はされないと思うのだけれど……)

 ルシアナが頭を捻っていると、もう一度息を吐き出したレオンハルトが胸元から封書を取り出し、テーブルの上に置いた。

「……王太子殿下からの茶会の誘いです。一週間後行われるこの茶会にルシアナ様と参加すれば謹慎は解く、と」

(そういえば、王太子妃殿下と共にお茶をしようとおっしゃっていたわ。そのお誘いということかしら)

「わたくしは構いませんわ。特別用事もございませんので」
「……ありがとうございます」

 レオンハルトは顔を顰めたまま頭を下げると、手を挙げる。それを受け、ギュンターは返信に必要なもの一式を用意し、テーブルに並べた。
 無言でペンを走らせるレオンハルトを見ながら、ルシアナは出された紅茶を飲む。

(もしかして、わたくしのことで王太子殿下に何か言われたのかしら? わたくしとの仲を取り持とうとしているようにも見えたし、謹慎も建前だったり……?)

「ギュンター、これを出しておいてくれ」
「かしこまりました」

 いつの間に書き終えたのか、すでに封蝋で閉じられた手紙を受け取ったギュンターが部屋から出て行く。
 思考を止め意識をレオンハルトへと向ければ、彼はいまだに渋い表情を浮かべていた。

(ふふ、レオンハルト様には申し訳ないけれど楽しみだわ)

 若干口をへの字に曲げるレオンハルトに微笑を向けながら、ルシアナは初めてのお茶会に胸を躍らせた。
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