37 / 225
第三章
ルシアナの思惑(二)
しおりを挟む
「……妖精、ですか?」
「ああ、妖精だ」
レオンハルトは少し考えるように口元に手を当てると、少しして口を開く。
「明確にそれらしいものを見たことはありません。が、ただ、昔……それらしいものを見たような気は……します」
「ふむ……そのとき、あの小娘も一緒だったか?」
ベルの言葉に、はっとしたように、彼はわずかに目を見開いた。
(心当たりがありそうだわ)
ベルも同じように考えたのか、小さく「なるほどな」と漏らすと、背もたれに寄りかかる。
「じゃ、そのときの妖精だろうな。あの娘の傍にいるのは」
「……妖精がいたのですか? テレーゼの傍に?」
驚いたように呟くレオンハルトに、ベルは肩を竦める。
「この邸の中には入って来なかったがな」
「あら、近くにいたの?」
「ああ、窓の外にね。心配そうに二人の様子を見てたよ。ルシーが気付いたのは、あの娘の首飾りだよな」
自身の首筋を指先で軽く叩いたベルに、ルシアナはしっかりと頷く。
「あれがいわゆる妖精の贈り物と呼ばれるものなのよね?」
「ああ。一匹の妖精が特定の人間に肩入れするのは珍しいから、私も見るのは初めてだ。中には入らないのに来てたってことは、相当気にかけてるんじゃないか?」
「まあ! それならやっぱり、彼女は悪い方ではないわね」
「いや、妖精だけを判断材料にするのはどうかと思うが……」
嬉しそうに顔を輝かせるルシアナと、苦笑を浮かべるベルの姿を窺いながら、レオンハルトは遠慮がちに声を掛ける。
「お話を中断させてしまい申し訳ありません。ただ、あの……話が見えないのですが……」
申し訳なさそうなレオンハルトに、ルシアナとベルは改めて顔を見合わせると、ふっと互いに眉尻を下げた。
「いけないなぁ。互いに癖が抜けてない」
「抜けさせる暇もなかったものね」
ルシアナはもう一度、ふふっと笑みを漏らすと、姿勢を正してレオンハルトを見た。
「わたくしがリーバグナー公爵令嬢に罰を与えなかった理由ですわ」
まだ判然としていない様子のレオンハルトに、ベルは軽くルシアナを小突く。
「ルシー、人との会話には……っていうのはさっきも言ったな」
ベルは仕方ないという風に息を吐くと、レオンハルトへ視線を移した。
「あー、ルシーが言いたいのは、あの娘が妖精に懐かれてるから本当は悪い奴じゃなくて、話せば仲良くなれると思った、ということだ」
「要約するとそうね」
うんうんと頷くルシアナに、レオンハルトは首を傾げる。
「それは……」
「安直だよな」
頷いていいものか、と顔を顰めるレオンハルトに、ルシアナはおかしそうに笑う。
「おっしゃりたいことは遠慮せずおっしゃってくださいませ。けれど、まあ……彼女に関しては、少し思うところがあるので、あのような申し出をしました」
レオンハルトはいまだ要領を得ない様子だったが、ベルはどこか納得したように深く息を吐き出した。
「ま、ルシーの言いたいことはわかるよ。私も、あの妖精の様子からして、あの娘自身に元から悪意があったとは思えない。性格は問題ありだと思うが」
「それも環境の――関わってきた方々の影響があると思うわ。だからこその、外部との連絡禁止と定期的な面会なのよ」
「――なるほど」
レオンハルトは何か思い当たることがあったのか、一人納得した様子で頷くと、真っ直ぐルシアナを見た。
「ルシアナ様のお考えはわかりました。必要があれば彼女の周りの人間について資料をまとめますが、いかがなさいますか」
「まあ。ありがとうございます、助かりますわ」
「では、後日エーリクからお受け取りください」
「ありがとうございます、レオンハルト様」
柔和な笑みを浮かべながらお礼を言えば、レオンハルトもわずかに目尻を下げた。
「まあ。謹慎、ですか?」
「……はい」
翌日、邸を出てほどなくして帰ってきたレオンハルトは、眉間に皺を寄せながら重く息を吐き出した。
(リーバグナー公爵令嬢の訪問がそれほど問題視されたのかしら? けれど、そういった罰ならレオンハルト様はきっと粛々と受けられるわ。これほど苦々しいお顔はされないと思うのだけれど……)
ルシアナが頭を捻っていると、もう一度息を吐き出したレオンハルトが胸元から封書を取り出し、テーブルの上に置いた。
「……王太子殿下からの茶会の誘いです。一週間後行われるこの茶会にルシアナ様と参加すれば謹慎は解く、と」
(そういえば、王太子妃殿下と共にお茶をしようとおっしゃっていたわ。そのお誘いということかしら)
「わたくしは構いませんわ。特別用事もございませんので」
「……ありがとうございます」
レオンハルトは顔を顰めたまま頭を下げると、手を挙げる。それを受け、ギュンターは返信に必要なもの一式を用意し、テーブルに並べた。
無言でペンを走らせるレオンハルトを見ながら、ルシアナは出された紅茶を飲む。
(もしかして、わたくしのことで王太子殿下に何か言われたのかしら? わたくしとの仲を取り持とうとしているようにも見えたし、謹慎も建前だったり……?)
「ギュンター、これを出しておいてくれ」
「かしこまりました」
いつの間に書き終えたのか、すでに封蝋で閉じられた手紙を受け取ったギュンターが部屋から出て行く。
思考を止め意識をレオンハルトへと向ければ、彼はいまだに渋い表情を浮かべていた。
(ふふ、レオンハルト様には申し訳ないけれど楽しみだわ)
若干口をへの字に曲げるレオンハルトに微笑を向けながら、ルシアナは初めてのお茶会に胸を躍らせた。
「ああ、妖精だ」
レオンハルトは少し考えるように口元に手を当てると、少しして口を開く。
「明確にそれらしいものを見たことはありません。が、ただ、昔……それらしいものを見たような気は……します」
「ふむ……そのとき、あの小娘も一緒だったか?」
ベルの言葉に、はっとしたように、彼はわずかに目を見開いた。
(心当たりがありそうだわ)
ベルも同じように考えたのか、小さく「なるほどな」と漏らすと、背もたれに寄りかかる。
「じゃ、そのときの妖精だろうな。あの娘の傍にいるのは」
「……妖精がいたのですか? テレーゼの傍に?」
驚いたように呟くレオンハルトに、ベルは肩を竦める。
「この邸の中には入って来なかったがな」
「あら、近くにいたの?」
「ああ、窓の外にね。心配そうに二人の様子を見てたよ。ルシーが気付いたのは、あの娘の首飾りだよな」
自身の首筋を指先で軽く叩いたベルに、ルシアナはしっかりと頷く。
「あれがいわゆる妖精の贈り物と呼ばれるものなのよね?」
「ああ。一匹の妖精が特定の人間に肩入れするのは珍しいから、私も見るのは初めてだ。中には入らないのに来てたってことは、相当気にかけてるんじゃないか?」
「まあ! それならやっぱり、彼女は悪い方ではないわね」
「いや、妖精だけを判断材料にするのはどうかと思うが……」
嬉しそうに顔を輝かせるルシアナと、苦笑を浮かべるベルの姿を窺いながら、レオンハルトは遠慮がちに声を掛ける。
「お話を中断させてしまい申し訳ありません。ただ、あの……話が見えないのですが……」
申し訳なさそうなレオンハルトに、ルシアナとベルは改めて顔を見合わせると、ふっと互いに眉尻を下げた。
「いけないなぁ。互いに癖が抜けてない」
「抜けさせる暇もなかったものね」
ルシアナはもう一度、ふふっと笑みを漏らすと、姿勢を正してレオンハルトを見た。
「わたくしがリーバグナー公爵令嬢に罰を与えなかった理由ですわ」
まだ判然としていない様子のレオンハルトに、ベルは軽くルシアナを小突く。
「ルシー、人との会話には……っていうのはさっきも言ったな」
ベルは仕方ないという風に息を吐くと、レオンハルトへ視線を移した。
「あー、ルシーが言いたいのは、あの娘が妖精に懐かれてるから本当は悪い奴じゃなくて、話せば仲良くなれると思った、ということだ」
「要約するとそうね」
うんうんと頷くルシアナに、レオンハルトは首を傾げる。
「それは……」
「安直だよな」
頷いていいものか、と顔を顰めるレオンハルトに、ルシアナはおかしそうに笑う。
「おっしゃりたいことは遠慮せずおっしゃってくださいませ。けれど、まあ……彼女に関しては、少し思うところがあるので、あのような申し出をしました」
レオンハルトはいまだ要領を得ない様子だったが、ベルはどこか納得したように深く息を吐き出した。
「ま、ルシーの言いたいことはわかるよ。私も、あの妖精の様子からして、あの娘自身に元から悪意があったとは思えない。性格は問題ありだと思うが」
「それも環境の――関わってきた方々の影響があると思うわ。だからこその、外部との連絡禁止と定期的な面会なのよ」
「――なるほど」
レオンハルトは何か思い当たることがあったのか、一人納得した様子で頷くと、真っ直ぐルシアナを見た。
「ルシアナ様のお考えはわかりました。必要があれば彼女の周りの人間について資料をまとめますが、いかがなさいますか」
「まあ。ありがとうございます、助かりますわ」
「では、後日エーリクからお受け取りください」
「ありがとうございます、レオンハルト様」
柔和な笑みを浮かべながらお礼を言えば、レオンハルトもわずかに目尻を下げた。
「まあ。謹慎、ですか?」
「……はい」
翌日、邸を出てほどなくして帰ってきたレオンハルトは、眉間に皺を寄せながら重く息を吐き出した。
(リーバグナー公爵令嬢の訪問がそれほど問題視されたのかしら? けれど、そういった罰ならレオンハルト様はきっと粛々と受けられるわ。これほど苦々しいお顔はされないと思うのだけれど……)
ルシアナが頭を捻っていると、もう一度息を吐き出したレオンハルトが胸元から封書を取り出し、テーブルの上に置いた。
「……王太子殿下からの茶会の誘いです。一週間後行われるこの茶会にルシアナ様と参加すれば謹慎は解く、と」
(そういえば、王太子妃殿下と共にお茶をしようとおっしゃっていたわ。そのお誘いということかしら)
「わたくしは構いませんわ。特別用事もございませんので」
「……ありがとうございます」
レオンハルトは顔を顰めたまま頭を下げると、手を挙げる。それを受け、ギュンターは返信に必要なもの一式を用意し、テーブルに並べた。
無言でペンを走らせるレオンハルトを見ながら、ルシアナは出された紅茶を飲む。
(もしかして、わたくしのことで王太子殿下に何か言われたのかしら? わたくしとの仲を取り持とうとしているようにも見えたし、謹慎も建前だったり……?)
「ギュンター、これを出しておいてくれ」
「かしこまりました」
いつの間に書き終えたのか、すでに封蝋で閉じられた手紙を受け取ったギュンターが部屋から出て行く。
思考を止め意識をレオンハルトへと向ければ、彼はいまだに渋い表情を浮かべていた。
(ふふ、レオンハルト様には申し訳ないけれど楽しみだわ)
若干口をへの字に曲げるレオンハルトに微笑を向けながら、ルシアナは初めてのお茶会に胸を躍らせた。
1
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる