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第二章
きっかけ・一
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テオバルドと呼ばれた男性に連れられ、レオンハルトとルシアナは謁見の間から退出する。扉が閉められると、すかさず先頭を歩いていたテオバルドが振り返った。
「いやぁ、悪かったな、ルシアナ嬢。父上も悪気はないんだ。しかし、さっきのには驚いた。俺もレオンハルト以外の精霊剣もとい魔精石のついたものを見るのは初めてでな。父上もおっしゃっていたが、本当に美しい剣だ。魔精石の透明度も素晴らしいな」
一気にまくし立てるテオバルドに、ルシアナは口元に笑みを浮かべたまま固まる。
(まあ……)
ルシアナに抱えられた精霊剣を見ながら、テオバルドはにこにこと続ける。
「剣にしては細身だが、ルシアナ嬢に合わせて打たれたのか? 精霊剣の持ち主は剣の重さを感じないと聞いたが、その細さを見る限りそうではないのか? いや、あまりべらべら精霊剣について語るのはよくないかな? もし可能であればその ――」
足を止め一歩近付いたテオバルドにルシアナは後ずさりしそうになるが、それより早くレオンハルトが間に立つ。
「テオ」
呆れたような、諫めるような呼びかけに、テオバルドは数度瞬きをすると、歯を見せて笑う。
「ははは、悪い、悪い。ルシアナ嬢も申し訳なかったな」
上体を倒し、レオンハルトの横から顔を覗かせたテオバルドに、ルシアナはにこりと笑みを向けると頭を下げる。
「とんでもございません。王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「あー、いい、いい。堅苦しいのは嫌いなんだ。と言ってもこんな王城の、しかも謁見の間の近くで気楽に接してくれと言っても無理だよな。今度、我が妃も呼んで四人でお茶でもしよう。私的な場にするからそのときは気楽に接してくれ。それで ――」
「テオ」
「なんだ、レオンハルト――ってこの会話、数日前にもしたなぁ」
からっと笑いながら姿勢を戻したテオバルドは、レオンハルトへと視線を向けた。
話を続けながら再び歩き始めた二人の様子を窺いつつ、ルシアナは小さく安堵の息を漏らす。
(王太子殿下はお喋りがお好きなのかしら。驚いてしまったわ)
レオンハルトとは従兄弟の間柄になるが、性格はだいぶ違うようだ。表情もころころと変わり、止めなければ永遠に話し続けるのではないだろうかという気さえする。
(けれど、応える閣下の声が柔らかいわ。王太子殿下との仲は良好なのね)
ルシアナ側からはレオンハルトの背中しか見えないが、謁見する直前まで殺気を漏らしていた彼の纏う空気が穏やかで落ち着いていることが雰囲気でわかる。
「なあ、ルシアナ嬢?」
突然話を振られ、ルシアナは大きく目を見開く。
「絡むな。――申し訳ありません、王女殿下」
わずかに振り向いたレオンハルトに「いいえ」と答えようとしたものの、それより早く、テオバルドが大きな声を上げた。
「王女殿下!? 王女殿下って呼んでるのか!?」
「声がでかい……その通りなんだからそうお呼びして何が悪い」
「いっや、お前……はぁー」
盛大な溜息を漏らし顔を押さえたテオバルドは、横目でルシアナを見る。
「……ちなみにルシアナ嬢は、レオンハルトのことを……」
「シルバキエ公爵閣下とお呼びしておりますわ」
微笑を浮かべながらそう返せば、テオバルドは嘆くように「あぁ……」と小さく漏らした。
(おっしゃりたいことはわかりますわ。お互い他人行儀ですものね)
声に出すことなく同意しながら、くすり、と小さく笑みを漏らしたルシアナだったが、レオンハルトが自分を見ていることに気付き小首を傾げる。しかし、何も言うことなく彼は素早く視線を逸らした。
(……まだ勝手にお名前をお呼びしたことを謝罪していなかったわ)
口元を隠すように手を当てながら、いつ謝ろうかと考えていると、出口がもう目の前に迫ってきていることに気付く。
「……なあ、あんまりこういうことは他人が口出しするべきじゃないと思うんだが、これから教会で婚約式やって、結婚式までルシアナ嬢はレオンハルトの邸に身を寄せるんだよな?」
「ああ」
(そういうお約束でしたわ)
共に来た騎士や侍女は一足先にレオンハルトのタウンハウスへと向かっている。ルシアナが着くころには、すでに部屋の準備など終わっているだろう。
外に出ると、テオバルドは深い溜息を漏らしながら足を止めた。
「出会ったばかりで親しくしろというのも難しいだろうが、これからの人生を共に歩むパートナーに他人行儀すぎるのもどうかと思うぞ。結婚するまでルシアナ嬢はトゥルエノ王国の王族という身分だが、ルシアナ嬢はレオンハルトに名前を呼ばれるのは嫌か?」
「テオバルド」
制するように鋭い声で名前を呼んだレオンハルトだが、呼ばれたテオバルドは気にした様子もなくルシアナを真っ直ぐ見る。
「いいえ、決して」
軽く首を振りながらそう言えば、レオンハルトはテオバルドを見たまま小さく息を吞んだ。
「だよなぁ!」
満面の笑みを浮かべたテオバルドは「じゃあ」と続ける。
「レオンハルトを名前で呼ぶのは嫌か?」
「いえ……嫌ではありませんわ」
少々ドキリとしたもののレオンハルトを窺い見ながらそう答えれば、テオバルドはにやりと口角を上げレオンハルトを見る。
「彼女はこう言っているが、お前はどうだ? 彼女の名前を呼ぶのも呼ばれるのも嫌なのか?」
「……いいえ」
彼がそう小さく呟くと、テオバルドはさらに笑みを深めた。
「二人とも嫌じゃないなら名前で呼んだからいいんじゃないか? いやいや、今すぐとは言わないが」
テオバルドはレオンハルトとルシアナを交互に見ると親指を立てる。
「お茶会開いたとき、なんて呼んでるか確認するからな。じゃ、用事ついでに馬車頼んどくからここで待ってろ」
力いっぱいレオンハルトの肩を叩いたテオバルドは、ルシアナに向け手を差し出す。
「では、ルシアナ嬢。またお会いしましょう」
「……ええ、楽しみにしえておりますわ。王太子殿下」
差し出された手の上に自身のそれを乗せれば、彼は流れるように手の甲に軽く口付け「じゃあな」その場を後にする。
「……お元気な方ですね」
「……ええ」
(嵐のようだったわ)
微妙な空気の中残された二人は、お互いわずかに顔を逸らしながら、馬車が来るのを黙って待ち続けた。
「いやぁ、悪かったな、ルシアナ嬢。父上も悪気はないんだ。しかし、さっきのには驚いた。俺もレオンハルト以外の精霊剣もとい魔精石のついたものを見るのは初めてでな。父上もおっしゃっていたが、本当に美しい剣だ。魔精石の透明度も素晴らしいな」
一気にまくし立てるテオバルドに、ルシアナは口元に笑みを浮かべたまま固まる。
(まあ……)
ルシアナに抱えられた精霊剣を見ながら、テオバルドはにこにこと続ける。
「剣にしては細身だが、ルシアナ嬢に合わせて打たれたのか? 精霊剣の持ち主は剣の重さを感じないと聞いたが、その細さを見る限りそうではないのか? いや、あまりべらべら精霊剣について語るのはよくないかな? もし可能であればその ――」
足を止め一歩近付いたテオバルドにルシアナは後ずさりしそうになるが、それより早くレオンハルトが間に立つ。
「テオ」
呆れたような、諫めるような呼びかけに、テオバルドは数度瞬きをすると、歯を見せて笑う。
「ははは、悪い、悪い。ルシアナ嬢も申し訳なかったな」
上体を倒し、レオンハルトの横から顔を覗かせたテオバルドに、ルシアナはにこりと笑みを向けると頭を下げる。
「とんでもございません。王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「あー、いい、いい。堅苦しいのは嫌いなんだ。と言ってもこんな王城の、しかも謁見の間の近くで気楽に接してくれと言っても無理だよな。今度、我が妃も呼んで四人でお茶でもしよう。私的な場にするからそのときは気楽に接してくれ。それで ――」
「テオ」
「なんだ、レオンハルト――ってこの会話、数日前にもしたなぁ」
からっと笑いながら姿勢を戻したテオバルドは、レオンハルトへと視線を向けた。
話を続けながら再び歩き始めた二人の様子を窺いつつ、ルシアナは小さく安堵の息を漏らす。
(王太子殿下はお喋りがお好きなのかしら。驚いてしまったわ)
レオンハルトとは従兄弟の間柄になるが、性格はだいぶ違うようだ。表情もころころと変わり、止めなければ永遠に話し続けるのではないだろうかという気さえする。
(けれど、応える閣下の声が柔らかいわ。王太子殿下との仲は良好なのね)
ルシアナ側からはレオンハルトの背中しか見えないが、謁見する直前まで殺気を漏らしていた彼の纏う空気が穏やかで落ち着いていることが雰囲気でわかる。
「なあ、ルシアナ嬢?」
突然話を振られ、ルシアナは大きく目を見開く。
「絡むな。――申し訳ありません、王女殿下」
わずかに振り向いたレオンハルトに「いいえ」と答えようとしたものの、それより早く、テオバルドが大きな声を上げた。
「王女殿下!? 王女殿下って呼んでるのか!?」
「声がでかい……その通りなんだからそうお呼びして何が悪い」
「いっや、お前……はぁー」
盛大な溜息を漏らし顔を押さえたテオバルドは、横目でルシアナを見る。
「……ちなみにルシアナ嬢は、レオンハルトのことを……」
「シルバキエ公爵閣下とお呼びしておりますわ」
微笑を浮かべながらそう返せば、テオバルドは嘆くように「あぁ……」と小さく漏らした。
(おっしゃりたいことはわかりますわ。お互い他人行儀ですものね)
声に出すことなく同意しながら、くすり、と小さく笑みを漏らしたルシアナだったが、レオンハルトが自分を見ていることに気付き小首を傾げる。しかし、何も言うことなく彼は素早く視線を逸らした。
(……まだ勝手にお名前をお呼びしたことを謝罪していなかったわ)
口元を隠すように手を当てながら、いつ謝ろうかと考えていると、出口がもう目の前に迫ってきていることに気付く。
「……なあ、あんまりこういうことは他人が口出しするべきじゃないと思うんだが、これから教会で婚約式やって、結婚式までルシアナ嬢はレオンハルトの邸に身を寄せるんだよな?」
「ああ」
(そういうお約束でしたわ)
共に来た騎士や侍女は一足先にレオンハルトのタウンハウスへと向かっている。ルシアナが着くころには、すでに部屋の準備など終わっているだろう。
外に出ると、テオバルドは深い溜息を漏らしながら足を止めた。
「出会ったばかりで親しくしろというのも難しいだろうが、これからの人生を共に歩むパートナーに他人行儀すぎるのもどうかと思うぞ。結婚するまでルシアナ嬢はトゥルエノ王国の王族という身分だが、ルシアナ嬢はレオンハルトに名前を呼ばれるのは嫌か?」
「テオバルド」
制するように鋭い声で名前を呼んだレオンハルトだが、呼ばれたテオバルドは気にした様子もなくルシアナを真っ直ぐ見る。
「いいえ、決して」
軽く首を振りながらそう言えば、レオンハルトはテオバルドを見たまま小さく息を吞んだ。
「だよなぁ!」
満面の笑みを浮かべたテオバルドは「じゃあ」と続ける。
「レオンハルトを名前で呼ぶのは嫌か?」
「いえ……嫌ではありませんわ」
少々ドキリとしたもののレオンハルトを窺い見ながらそう答えれば、テオバルドはにやりと口角を上げレオンハルトを見る。
「彼女はこう言っているが、お前はどうだ? 彼女の名前を呼ぶのも呼ばれるのも嫌なのか?」
「……いいえ」
彼がそう小さく呟くと、テオバルドはさらに笑みを深めた。
「二人とも嫌じゃないなら名前で呼んだからいいんじゃないか? いやいや、今すぐとは言わないが」
テオバルドはレオンハルトとルシアナを交互に見ると親指を立てる。
「お茶会開いたとき、なんて呼んでるか確認するからな。じゃ、用事ついでに馬車頼んどくからここで待ってろ」
力いっぱいレオンハルトの肩を叩いたテオバルドは、ルシアナに向け手を差し出す。
「では、ルシアナ嬢。またお会いしましょう」
「……ええ、楽しみにしえておりますわ。王太子殿下」
差し出された手の上に自身のそれを乗せれば、彼は流れるように手の甲に軽く口付け「じゃあな」その場を後にする。
「……お元気な方ですね」
「……ええ」
(嵐のようだったわ)
微妙な空気の中残された二人は、お互いわずかに顔を逸らしながら、馬車が来るのを黙って待ち続けた。
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