ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第二章

シュネーヴェ王国国王との謁見(二)

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 ライムンドとルシアナの間に無言の時間が流れるが、それを先に破ったのは、ライムンドだった。

「はは、そうか。そう言ってもらえたら安心だ。なあ、レオンハルト」
「はい」

 静かに頷いたレオンハルトに、今度はライムンドが無邪気な笑みを向ける。

「国境沿いからずっと一緒に来たのだろう? 彼女の精霊剣は見せてもらったか? 私では見せてやることができないからなぁ!」

 明るく笑うライムンドとは裏腹に、他の人々は驚きに目を見開き、ざわり、と空気が揺れる。

(……素晴らしいわ。とても剣を持ちそうにないわたくしに対する探りとしても、精霊剣を見せて欲しいという願いとしても。何も気付いていないふりをしているわたくしは、この言葉に応えるしかないもの)

 ルシアナは小さく息を吸うと、レオンハルトが言葉を発するより早く、朗々とした声を出す。

「まあ。わたくしったらうっかりしておりましたわ。閣下と共通のお話ができる話題ですのに」

 頬に手を当て、深く息を漏らしたルシアナは、続けて「そうだわ」と両手を合わせる。

「せっかくですからこの場に出してもよろしいでしょうか? わたくしを家族として迎えてくださる国王陛下にも、わたくしの剣を見ていただきたいですわ」

 にこにこと笑うルシアナに対し、周りの人々は言葉を失ったように、ルシアナを凝視した。レオンハルトも驚いたような視線をルシアナに向けている。
 一国の王の前に他国の人間が武器を持ってくるというのは、献上でない限り、挑発的であり得ない行動だ。しかし、向こうから明確に言葉に出されてから剣を見せるのは、ルシアナにとっては悪手だった。

(警戒されすぎるのもいけないけれど、だからといって言われないと何もわからない、言われたからとその通りに行動するような者だと思われるわけにはいかないわ)

 ルシアナの無邪気な振る舞いが、素の行いというわけではない、と知らしめなければいけない。そして、目の前の人物なら、あえて知らしめた、ということを理解するだろうとルシアナは考えていた。
 そんなルシアナの思惑通り、ライムンドは愉快そうに口角を上げると、すぐに企みも何もないような笑みへと表情を変える。

「私の心を読まれてしまったかな? 実は私もレオンハルト以外の精霊剣を見たことがなくてな。是非見たいと思っていたんだ」
「まあ、それならよかったですわ」
「ははは!」
「ふふふ」

 お互い笑みを交わしていると、「ところで」とライムンドが首を傾げる。

「先ほどこの場に出す、と言っていたが……王女は今精霊剣を持っているのか?」

(やっぱり精霊剣について詳しいことは知らないのね)

 探るような視線を受けながら、ルシアナは両手を胸元に手を当て目尻を下げる。

「はい。精霊剣は常にわたくしと共にありますわ」

 ルシアナは視線を下げると大きく息を吸う。

「――ルベルージュ」

 そう呟くや否や、胸元に真っ赤な炎が現れる。そっと体から両手を浮かせれば、胸元の炎から柄頭が顔を覗かせていた。両手を体から離していくのに合わせ、炎からは柄頭、グリップ、鍔、剣身が順番に姿を見せていく。
 まるで体内から剣を取り出しているかのような光景に、シュネーヴェ王国の人々が息を吞むのがわかった。

(少々大袈裟な演出になってしまったわね)

 ふっと小さく笑みを漏らしながら両手を大きく開けば、赤い炎を纏った剣がその場に姿を現した。
 宙に浮かび、剣先が天へと向いたそれの柄を持てば、とぐろのように剣を覆っていた炎が消え、柄から剣身のすべてが白銀に輝く美しい剣が顕現する。
 鍔には、透明度が高く、それでいて燃えているように真っ赤な魔石が煌めいていた。

(こうして対面するのは、わたくしも久しぶりだわ)

 ルシアナは、剣を横に倒すと、剣先から鍔に向け、剣身をなぞるように手を動かす。すると、それに合わせ、剣身には白地に金の装飾が施された鞘が被せられていった。
 いまだ呆然とルシアナを見つめるレオンハルトたちを一瞥すると、同じように目を見張るライムンドへ向け、ルシアナは穏やかな笑みを向ける。

「こちらがわたくしの精霊剣、ルベルージュでございます。ご覧いただきました通り、わたくしに加護を与えてくれているのは火の精霊ですわ」

 ルシアナの呼びかけに我に返ったのか、ライムンドはルベルージュを見ながら、感嘆の溜息を漏らす。

「いや……素晴らしい。それにとても美しい剣だ」

 しみじみとそう呟くと、ライムンドはふっと眉尻を下げて笑った。
 その表情はとても優しく、これまでの作られたものとは違い、心からのものだとわかる。

「……すまない、ルシアナ嬢。貴殿が本当に精霊剣の使い手なのかわからず、試すようなことをしてしまった。まぁ、その思惑に気付いたうえで乗ってくれたのだろうが」

 ルシアナは肯定も否定もせず、ただ笑みを返す。その姿に、ライムンドは愉快そうな笑みを漏らした。

「はは、我々は求めていた以上のものを受け取ったようだな。トゥルエノ王国には誠心誠意報いよう。もちろん、ルシアナ嬢にもな」

 そう言っていたずらっ子のように目を細めたライムンドに、ルシアナもふふっと笑みが漏れる。

「『家族になる』というお言葉をいただけただけで、わたくしは十分ですわ。シュネーヴェ王国の国民となった暁には、国王陛下の臣下として、全身全霊をもってお仕えいたします」
「ああ。感謝する、ルシアナ嬢」

 ライムンドは温かな表情を浮かべたまま、ルシアナを見続けるレオンハルトへ目を向ける。

「レオンハルト」

 呼びかけられたレオンハルトは、素早くライムンドに向き直り、頭を下げた。

「頼んだぞ」
「は。かしこまりました」

 ライムンドは大きく頷くと、にこやかな表情で再びルシアナを見る。

「後日改めて王城へ招待する。一緒に食事でもしよう」
「ありがとうございます、国王陛下。楽しみにしておりますわ」
「ああ。今日は会えてよかった。――テオバルド」
「はい、陛下」

 ライムンドの呼びかけに、カーペットの側にいたライムンドと同じ髪と瞳の色を持つ男性が頭を下げる。

「レオンハルトとルシアナ嬢を入口まで送りなさい。害虫駆除も忘れずにな」
「かしこまりました。お任せください」

 男性――テオバルドは、ルシアナと目が合うと、にっと人懐こい笑みを浮かべた。
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