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第二章

もう一つの反応

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 シュネーヴェ王国の王城へ到着し、案内があるのを馬車の中で待っていると、盛大な溜息が聞こえた。

 ――すごかったな、あいつの視線。
(――許可もないのに勝手にお名前を呼んで謝罪もしていないもの。当然だわ)

 淡い灰色の壁にテラコッタの屋根、銀の装飾が施された王城を見上げながら、ルシアナも内心で深い溜息を漏らす。

(――本当にとんでもないことをしてしまったわ。咄嗟のことだったとはいえ……)
 ――あそこで何度も呼びかけるよりはいいでしょ。あの男に何かあったんじゃないかと騒がれるほうが面倒だしね。
(――それはそうだけれど……。……ねぇ、ベル。やっぱり閣下の精霊は……)

 そこで言葉を区切るが、言いたいことを察したのかベルは少し間を開けてから、小さく息を吐いた。

 ――……ああ。アレクサンドラたちの読み通り、未覚醒だ。それどころか意思疎通すらできていないみたいだな。さっきは私の気に当てられて暴走したようだし。
(――意思疎通が……。そんなこともあるのね)

 幼いころから精霊という存在が身近にあったルシアナにとって、意思疎通ができないといのは理解しがたいことではあった。

(シュネーヴェ王国には他に精霊剣の使い手はいないと聞いているし、きっと閣下にとっては未知のことばかりなのね。……だからこそ、トゥルエノの王族だったのでしょうけど)

 レオンハルトの腰にあった剣を思い浮かべていると、王城からレオンハルトが姿を現す。
 彼の姿を確認したルシアナは居住まいを正し、一つ深呼吸をする。脳内に聞こえていたベルの声は聞こえなくなり、先ほどのこともあってか、その気配はルシアナでも感じ取るのがやっとなほど深く、遠く、奥まで引いていく。
 彼の登場に合わせ、王城の前庭に人が増え始めるのが確認できる。

(街中とは違って完全に品定めという感じね)

 ルシアナが帽子を外し、それを座席に置いたタイミングで、馬車の扉がノックされる。

「どうぞ」
「失礼します」

 落ち着いた声のあと扉が開けられる。陽に照らされることでキラキラと煌めくシルバーグレイの髪を揺らし、レオンハルトが頭を下げた。

「お待たせいたしました。ご案内いたします」
「ありがとうございます」

 差し出された彼の手を取り、ステップに足を乗せ馬車から姿を出すと、わっと見物人たちが声を上げた。
 しかし、ルシアナが地面に足を下ろすと、盛り上がりを見せた声は困惑のざわめきへと変わる。

「あれがトゥルエノの?」
「公爵の肩ほどしかないぞ」
「剣なぞ振るえるのか?」
「ただの小娘ではないか」
「しかしあの髪色と瞳は第二王女と……」

 シュネーヴェ王国の人々、特に貴族など、母や姉を見たことがある人々がこのような反応をすることは予想の範囲内だった。だからこそ、これほどの大所帯となり、護衛に近衛騎士団と第一騎士団、第二騎士団の数名が選ばれたのだ。

 ルシアナが侮られることがないように。

(お母様たちはもっと酷いことを想像していたようだけれど、このくらいならトゥルエノでも言われていたことだし問題ないわ)

 顔を上げ、もう一度レオンハルトにお礼を言おうとしたルシアナだが、ひときわ重く深い溜息とともに聞こえた声に動きを止める。

「これでは出来損ないを押し付けられたようなものではないか」

 その瞬間、辺りに殺気めいたものが漂い、一瞬にして空気が張り詰める。
 力が入ったのか、乗せていたルシアナの手を強く握りながら殺気のようなものを放った目の前の人物を、ルシアナは見上げる。彼は、声のしたほうへ凍てつくような鋭い視線を送っていた。

「っ……」

 レオンハルトに睨まれた声の主は、まるで首でも絞められたかのように小さく喉を鳴らすと、そのまま押し黙る。彼だけでなく、先ほどまでざわついていた他の人々も口を閉じ、辺りは一気に静まり返った。
 レオンハルトは鋭い視線のまま周囲を見渡すと、ルシアナの手を離し、その場に膝をついた。

「我が国の者が大変失礼いたしました。謝罪して許されるようなことではありませんが、あの者には後ほど厳しい処罰を与えますので、それでこの場は収めていただけませんでしょうか」
「……」

 目の前で頭を下げる人物に、ルシアナは少し間をおいて「あら」と声を出す。

「一体何のことだか……わたくし、緊張していて何も聞こえませんでしたわ。ですからどうかお立ちくださいませ、閣下」

 ルシアナはにっこりと笑うと、レオンハルトに手を差し出す。顔を上げ、目の合った彼は、わずかに顔を歪めていた 。

(わたくしの真意がわからないのでしょうね)

 ルシアナとしては、到着早々余計な火種は生みたくない、という思いから、先ほどの発言をなかったことにしようとしただけだった。しかし、「許す」という選択も、「許さない」という選択もしなかったことは、先ほどの発言に「決着をつけない」ということでもある。彼らにとっては争いの種を握られたようなものでもあった。

(先ほどの発言は、このあとトゥルエノに帰る人間も聞いているわ。ここで決着をつけなければ、報告を受けたトゥルエノ側が抗議をしてくる……最悪、戦にまで発展すると考えても仕方ないわね)

 トゥルエノ王国王家の家族愛は大陸中に知れ渡っていた。
 普段、戦争とは縁のない国だが、身内に害があった場合はその限りではない。これはトゥルエノ王国の歴史を見ても明らかで、それも他国から見れば「呪い」の一部のように見えていた。

(お怒りにはなるでしょうけど、わたくしが直接連絡するまで、きっと何もされないわ。お母様たちは、わたくしを信じてくださっているもの)

 ルシアナは、若干眉間に皺を寄せるレオンハルトに、ただにこやかに笑みを向け続ける。少しして、レオンハルトは短く息を吐くと、ルシアナの指先に軽く触れながら立ち上がった。
 手を差し出されたため、建前上手を取った、とわかるレオンハルトの行動に、ルシアナは自然と顔を綻ばせる。
 ルシアナの表情を見たレオンハルトは一瞬動きを止めたものの、すぐに手を離し、道を開けるように横にずれた。

「私が何か勘違いをしたようです。お時間を取らせました。それではご案内いたします」
「よろしくお願いいたします、閣下」

 右斜め前に移動したレオンハルトにもう一度笑いかけると、彼は軽く頭を下げ、王城に向け進んでいく。
 ルシアナたちが扉を通るころには、外は再びざわめき始めていた。
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