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第一章

穏やかな時間、のそのころ

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 アリアン共和国、そしてシルスキの森と国境を接するケルル領地へやって来たレオンハルトは、ケルル辺境伯へ挨拶を済ませたあと、部下たちが宿泊しているホテルへと向かった。
 前乗りし、事前に手続きを済ませてくれていた部下に案内されて入った部屋は、西日がよく差し込む場所だった。
 佩いていた剣を置くと窓に近付き、赤橙の夕日を浴びながら、東西に広がる森へと目を向ける。

(シルスキの森が通行可能であれば、わざわざアリアン共和国を経ることなく、迎え入れられたんだが)

 重いマントとコートを脱ぎ椅子の背もたれに掛けると、空いているもう一脚に腰掛け、遥か彼方まで続く空を見遣る。シルスキの森とアリアン共和国に隔てられているため、ここからトゥルエノ王国を見ることはできないが、この空の先にの大国があるのかと思うと、レオンハルトは少々不思議な気持ちになった。

(……もうすぐ対面だというのに、いまだに実感がわかない。何故トゥルエノがこの縁談を受け入れたのかも理解できない)

 背もたれに寄りかかりながら、深く息を吐き出す。

(それも差し出されたのは、成人したばかりの第五王女……。受け入れるとしても、面識があり歳も近い第二王女が選ばれると思っていたが)

 レオンハルトは後ろへ視線を送り、立てかけてある剣を見る。黒い鞘にしまわれている剣の柄には、青く輝く宝石のような石――魔石が埋め込まれている。

「……ヴァクアルド」

 レオンハルトは小さく剣の名前を呟くが、それに応えるものはない。
 わずかに魔石が煌めいたような気もするが、レオンハルトはそれ以上何かを言うことなく、再び外を見る。

(まぁ、誰が来ようとそれがトゥルエノの王族であれば問題ない。あそこの王族は全員が精霊剣せいれいけんの使い手だと言われているからな。……にわかには信じがたいが)

 精霊剣。
 精霊が宿る魔石、魔精石ましょうせきが嵌められた剣のことで、武器によっては精霊弓せいれいきゅう精霊槍せいれいそうとも呼ばれる。剣を扱う者が多いため他の武器より知名度は高いが、その所有者は他の武器同様、非常に少ない。

(一族の中に一人でも使い手が現れれば、子々孫々、末代まで称えられ、崇められるような代物だ。それを例外なくすべての王族が所持しているなど、まるで夢物語だ)

 レオンハルトは目を閉じると、ゆっくり深呼吸をした。
 思い出されるのは、ひと月以上前のことだ。



 その日、シュネーヴェ王国の国王であるライムンドに呼ばれたレオンハルトは、「トゥルエノとの交渉にレオンハルトとの縁談を入れたい」と告げられた。
 トゥルエノ王国の王族が家族を大切にしていることは周知の事実であり、特に親しくもない国からの縁談など断るだろう、と当時は誰しもがそう考えた。シュネーヴェ王国は、特に非のないレオンハルトとの縁談を断ることを理由に、貿易や商会建設に関して自国が有利になるよう交渉するつもりだった。

 しかし、そんなシュネーヴェ王国の思惑は、了承の返事と共に消え去ることになる。
 トゥルエノ王国から了承の返事が届いた日は、王城に動揺と緊張が走り、しばらくその騒がしさが消えることはなかった。思惑が潰えたことに対する怒りなどは微塵もなく、ただただ全員が困惑した。クリーマ大陸で最も歴史があるであろうトゥルエノ王国と縁戚になれるというのは、シュネーヴェ王国側にあまりにも利がありすぎたからだ。

 終戦から四年、やっと落ち着いて生活できると思っていたシュネーヴェ王国の人々は、大国であるトゥルエノの思惑がわからず頭を抱えたが、この話を進めるしかなかった。
 トゥルエノ王国に押される形で話は素早く進み、そのひと月後には件の王女がシュネーヴェ王国に来ることになった。



(こちらから提案した以上、断るという選択肢はないが、もしあったとしても、これほどこちらに利のある話を断る理由はない)

 レオンハルトは目を開けると、紫色に変わり始めた空を見る。

(……そういえば、四年前の建国式典に来たトゥルエノの第一王女と第二王女の瞳は、どちらも紫色だったな)

『女っ気なし堅物真面目なレオンハルトも自分の婚約者のことはやっぱり気になるのか?』

 王都を旅立つ前、テオバルドに言われた言葉がふとよみがえる。

「…………。………………気にならない……わけないだろ」

 レオンハルトはそう小さく呟くと、調べても名前と年齢以外何もわからなかった八つ下の結婚相手について頭を悩ませた。
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