ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第一章

ルシアナの矜持(一)

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「こちらが王女殿下とベル様にお使いいただくお部屋でございます」

 彼女が開けた扉の先は、広い談話スペースとベッドがある一般的な寝室だった。元貴族の邸宅なだけあり、宿泊施設にしては内装が豪華なようにも思える。

(知識でしか知らないから、何が本当に普通なのかはわからないけれど、おそらくこの部屋は貴族の居室としては普通のはずだわ)

 中に入り室内を確認すれば、もともとある調度品のほかに、見慣れたものも多く揃えられ、まるで以前から使っている私室のように整えられていた。

「この短時間でよく準備したな」
「職人技よね」

 長期滞在するわけではないにもかかわらず、あの大量の荷物の中から必要なものを出し準備したメイドの手腕に感動しながら、ルシアナはロイダへ視線を向ける。

「ロイダ卿も案内ありがとうございます。こういったことは本来、近衛騎士団副団長である卿の仕事ではないでしょうに」

 ルシアナの言葉に、ロイダは温かな笑みを向ける。

「いえ、こうして王女殿下のお役に立てたこと、大変光栄に存じます。お許しくださるのでしたら、どのようなことでもさせていただきますので、何なりとお申し付けください」

 胸に手を当て、恭しく頭を下げるロイダに、ルシアナはふふっと笑みをこぼす。

「ロイダ卿にあれこれ指示を出してはお母様に叱られてしまいますわ」
「ご指示いただけなければ、何をしていたのだと私が叱責されるでしょう」

 口角を上げ片目を瞑る彼女に一瞬呆気にとられたものの、ルシアナはすぐに両手で口元を覆うとおかしそうにころころと笑った。

「ロイダ卿には敵いませんわ。それでは、あとでお願いを聞いていただこうかしら」
「かしこまりました。部屋の外で待機しておりますので、いつでもお声掛けください」

 深く腰を折り部屋を出て行くロイダを見送ると、いつの間にか窓辺に移動していたベルが「さすがだな」とこぼす。

「ルシーのことよくわかってる」
「あら、さすがのわたくしだって他国で勝手はしないわ」

 窓辺に近付き、その手前にある椅子に座りながらそう言えば、ベルは首を横に振る。

「それもだけど、そうじゃなくて。ルシーはあまり人を頼らないだろ。構いたがりの姉たちが、ルシーが何か言う前に色々手を回したのが原因だとは思うが、この先あの騎士……あの金の装飾が付いた紅の騎士服を着た人間を使うのは大事だと思うぞ」

 向かいの席に座り、真剣に、師のように、その真っ赤な瞳を真っ直ぐ向けるベルに、ルシアナは穏やかな笑みを浮かべる。

(紅に金のラインは女王直属の近衛騎士団の証。国王の甥であり、騎士でもあるシルバキエ公爵が知らないはずないものね)

 トゥルエノ王国では、女王配下の近衛騎士団のほか、各王女が直属の騎士団を持っており、それは制服の色で簡単に識別ができた。
 今回、ルシアナの移動に帯同したのは、白地に金の装飾があるルシアナ直属の第五騎士団と、紅に金の装飾がある女王直属の近衛騎士団、紫紺に銀の装飾がある第一王女直属の第一騎士団、濃藍に銀の装飾がある第二王女直属の第二騎士団の四つだ。
 第五騎士団以外は各騎士団数名ずつの選出だが、母や姉たちの意向もあり、副団長など騎士団の中でも指折りの人物が護衛としてシュネーヴェ王国まで送ってくれることとなった。

(わたくしが塔から出たばかりで、第五騎士団の人数が少ないことも理由でしょうけど、それ以上に――)

「……そうね。お母様直属の騎士にわたくしが命令をしたら、きっとシュネーヴェの方々はわたくしを丁重に扱うわ。特にロイダ卿はお母様のご友人であり、他国にも名の知れた騎士だから……そのような方がわたくしの指示に従ってくれたら、牽制になるでしょうね」

 トゥルエノ王国は王女を差し出したのではなく送り出したのだ。
 これほど厳重に守られ大事にされている王女に万が一のことがあったら、戦争が起こるのではないか。
 そう思わせられることは、ルシアナも理解していた。

「でもね、ベル。わたくしはわたくしよ。王女然とするのは必要があるときだけだわ。今まで通り、ね」

 にこり、と屈託のない笑みを向ければ、ベルは眉を寄せながらも諦めたように息を吐いた。

「……ま、何かあれば私が守るし、ルシーのしたいようにすればいいけど」
「ふふ、ありがとう、ベル。頼りにしているわ」

 ベルは、仕方ない、とでもいうように眉を下げて笑うと、背もたれに体を預ける。

「そういえば、さっき何を言いかけたんだ?」
「さっき?」
「ほら、あの騎士が呼びに来たとき」

(ああ)

 ルシアナは思い出したように両手を合わせると、わずかに眉を下げた。

「あれは――」

 言葉に被せるように、コンコンコンコン、とノックの音が響く。
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