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第一章

初めての国外

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 アリアン共和国。
 数百年前、王政から共和政へと政治体制を移行した、クリーマ大陸に二つしかない共和国の一つだ。共和政へ移行した当初はまだ貴族が存在し、彼らが政治の実権を握る貴族共和政の国だったが、徐々に主権を国民へと移し、身分制度も撤廃。現在では国民全員が政治に関わる民主共和政の国となり、その存在は大陸内で唯一無二のものとなっている。

(身分を気にせず過ごせるから、他国の貴族がよくお忍びで遊びに来ているとスティナお姉様がおっしゃっていたけれど、むしろお忍びでないと過ごしにくいのかもしれないわ)

 敷地の外から物珍しげにこちらを観察している人々の視線を浴びながら、ルシアナは内心小さな笑みを漏らした。

「なんか、宿っていうより邸みたいだな」

 白く輝いている目の前の建物を見上げながらそう呟くベルに、ルシアナは左下へ視線を向け頷く。

「ここはもともとジャンベール辺境伯のカントリーハウスだったものを改築してホテルにしたのよ」

 かつて貴族たちが住んでいた邸宅は、その多くが宿泊施設や公共施設として利用され、その中でもジャンベール辺境伯のカントリーハウスは非常に人気の高い建物の一つだった。

(建物自体がきらきらと輝いていて、人気があるのもわかるわ。一番の理由は違うでしょうけど)

 建物が輝いて見えるのは、外壁に白ベースの御影石が使われているというのはもちろんのこと、石の中の結晶が太陽光を反射しているからだろう。場所によっては淡い紫や灰色になっており、その多彩さが建物の美しさを引き立てているようだ。

「へー……クリスティナだろ?」
「あら、正解」
「だろうね。ルシーにそういうこと教えるのはだいたいクリスティナだから」

 大袈裟に肩を竦めるベルに、ルシアナは腰を屈める。

「うふふ、じゃあもう一つお姉様から教わったことを披露しましょうか」
「これは魔法で造られた、とかか?」
「まあ。その通りよ。どうしてわかったの?」

 驚き口元に手を当てながら尋ねれば、ベルはルシアナを一瞥したあと改めて目の前の邸宅を見つめた。

「この手のことで私たちにわからないことはない。悟らせないような魔法を使っていても、それが“魔法”である時点で、私たちのような存在に対しては無意味なものだ。魔法の痕跡は消せるものじゃないからな」
「まあ、そうなのね……それってとても長い時間が経っていてもわかるものなの?」
「そうだね。その魔法に携わった個人のことは特定できなくなるけど、魔法の気配というものはずっとわかるよ。魔法がかけられたもの、魔法で作られたもの自体が朽ち果てない限りはね」

 ベルの説明に頷きながら、ルシアナも再び建物を見上げる。

(わたくしには普通のカントリーハウスに見えるけれど、ベルには何か違って見えているのかしら)

 よくよく目を凝らしてみるものの、普通の貴族の邸宅にしか見えない。

「……魔法って本当に不思議だわ」

 思わずそう呟くと、ベルがおかしそうに笑う。

「魔法より珍しい存在が近くにいるのに、ルシーには魔法のほうが珍しいみたいだな」
「塔には魔法石以外の魔法由来のものがないもの。慣れていないものは、やっぱり不思議に思うわ」

 わずかに頬を膨らませながらそう言えば、ベルはふっと口角を上げた。

「ルシーが嫁ぐ国には魔法術師がたくさんいるんだろ? 色々見せてもらったらいいじゃないか」
「……でも――」

 言いかけて、言葉を飲み込む。足音のしたほうへ視線を向ければ、紅に金のラインが入った騎士服に身を包む中年女性が頭を下げた。

「ご歓談中失礼いたします。王女殿下、ベル様、お部屋の準備が整いましたのでご案内いたします」
「あら、ありがとうございます、ロイダ卿」
「いえ」

 目尻のシワを深めたロイダは、軽く頭を下げると「こちらです」と先導する。
 頭を下げ出迎えてくれるホテリエに会釈を返しながら、ルシアナは建物内に足を踏み入れる。中は白い大理石が床や壁、柱などあらゆる場所に使われ、非常に明るく清潔感のある印象を受けた。窓がどれも大きく、日中は太陽光だけで十分なほど屋内が明るいことも、そう思う要因だろう。
 カーペットやタペストリーがネイビーブルーで統一されているおかげで、白い室内は霞むことなく引き締まり、華やかでありながら落ち着きも感じられた。

(トゥルエノで宿泊したところはフィリアお姉様の別荘だったから宮殿と雰囲気が似ていたけれど、ここはまるで違うわ。カーペットなどの色合いがフィリアお姉様の個人を表す色インディビジュアルカラーと似ているから、余計にその違いを感じるのかしら)

 あまり辺りを見回さないよう努めてはいるものの、初めての場所に好奇心が掻き立てられ、つい視線を動かしてしまう。

(だめだわ。ここはトゥルエノではないのだから、しっかりしなくては)

 己を律するように前を見据えれば、タイミングよくロイダも足を止めた。
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