上 下
7 / 209
第一章

同乗者・ベル

しおりを挟む
(今はどの辺りを走っているのかしら)

 宮殿を出て二日。揺れや長時間の乗車で体を痛めないよう整えられた、ふわふわと柔らかな座席に体を預けながら、ルシアナはわずかにカーテンを捲り外を見る。
 大きく横に枝葉を広げる木々が生い茂っているところを見ると、もうそろそろ国境付近だろうか。

「あんまり顔を見せると怒られるぞ」
「あら、ふふ、そうね」

 ルシアナはカーテンを元に戻し、前の座席に座る、六、七歳くらいの女の子へ顔を向ける。赤で統一された車内に、赤い髪、赤い瞳を持つ彼女がよく馴染み、赤赤尽くしの光景に、ルシアナの表情は自然と綻んだ。しかし、そんなルシアナとは反対に、赤い少女は眉根を寄せ、深い溜息をつく。

「なんで国境付近まで一回でワープできないんだ? できれば移動だって楽でいいのに」
「あら、道中の旅は楽しくなかった? ベル」
「楽しい楽しくないは別に関係ない。けど、楽しい要素も別になかっただろ」

 片手を挙げ首を横に振る少女――ベルの言葉に、確かに、と顎に手を添える。

(道中はワープを使っていたから外の景色を楽しむ感じでもなかったし、途中の宿泊地も食事をして寝て、翌朝にはすぐ出発だったものね)

 足をプラプラさせながら口を尖らせるベルに、ルシアナはくすりと笑みを漏らした。

「アリアンに入ったら、街を見て回れないかお願いしてみましょうか。今日泊まる場所は国境を越えてすぐだと言っていたから、時間は十分あるわ」
「それはやめたほうがいいんじゃないか。アリアンは平和で友好的な国だけど、たこ……」
「? たこ?」

 途中で言葉を区切ったベルを不思議に思い首を傾げれば、彼女は深く息を吐き出し、悩ましげに目元を押さえた。

「ベル?」
「……ううん、なんでもない。街を見て回れないか、私からもお願いしてみるよ」
「? うん」

(ふふ、そんなに観光がしたかったのね)

 笑いながら頷けば、ベルはやれやれとでもいうように首を横に振り再び息を吐いた。

「――ん、着いたか?」
「そうね……」

 進む速度がどんどん遅くなり、完全に停止すると、すかさず窓がノックされる。カーテンを開ければ、長い茶色の髪を一つにまとめた、白地に金のラインが入った騎士服を着用した女性騎士が頭を下げた。

「もうアリアンに入るのかしら? ミゲラ」

 窓を下げてそう尋ねれば、彼女はしっかりと首肯する。

「はい。現在ルマデル伯爵が手続きを行っております。宿泊施設に着きましたら、改めてお声掛けさせていただきますので、もう少々お待ちください」
「ありがとう、ミゲラ。宿泊場所に着いたあと、落ち着いたらでいいからわたくしの元まで来てくれるよう、お義兄様に言伝をお願いできるかしら」
「お任せください」

 ミゲラは胸を叩くと深く頭を下げ、馬を先へ進ませた。
 彼女の進んだ先へ視線を向ければ、石が積まれてできた関所が見える。

「もうアリアンが見えるのか?」

 座席から降りたベルは、ルシアナの膝の上へと乗り、同じように窓の外を見る。

(相変わらず不思議な感覚だわ)

 重さを感じない彼女をしっかりと抱き締めながら、ルシアナは窓に頭を付ける。

「関所が大きくて空しか見えないわ」
「本当だ。……ルシー、もしかして緊張してるのか?」
「少しだけね」

 宝石のようなベルの瞳に、眉を下げて笑う自分が映る。

(知らなかったわ。わたくしも緊張するのね)

 早鐘を打つように脈打つ、今まで感じたことのないような鼓動を感じながらそんなことを考えていると、ベルが物珍しげに「へぇ」と声を漏らした。

「ルシーも緊張とかするんだな」
「!」

 思っていたこととまったく同じことを口にしたベルに目を見開く。数度瞬きをしたのち、ふっと思わず笑い声が漏れた。

「ふふっ、ベルにはなんでもお見通しね。わたくしのことを一番わかっているのはベルではないかしら」

 さらりとした彼女の長い髪に指を通しながらそう言えば、ベルは得意げに鼻を鳴らし口の両端を上げた。

「ルシーと一番長く一緒にいたのは私なんだから当然だな」
「ふふふ、そうね」

(わたくしを一番近くで見守ってきてくれたのはベルだもの。きっとこの子に隠し事はできないわ)

 柔らかな彼女の頬を撫でながら、額と額を合わせる。

「シュネーヴェに行くのはとても楽しみよ。不安もないの。寂しさよりも楽しみが勝っていて……みんなには申し訳ないくらい」

 微笑を漏らし、短く息を吐いてから、再び口を開く。

「それでも、やっぱり少し……ほんの少しだけ、本当に大丈夫かしらって、思うこともあるの。わたくしはまだ、優しく温かな世界しか知らないから」

 ベルの瞳が心配そうに揺れる。そっと手に手を重ね寄り添ってくれるベルに、ルシアナは明るい笑みを返した。

「けれど、大丈夫。大丈夫だと思えるわ。だって、ベルが傍にいてくれるのだから」

 そうでしょう、と問いかけるように首を傾げれば、ベルは、にっと口角を上げた。

「うん、傍にいるよ。ルシーの命が尽きるその時まで」

 強い決意に満ちた真っ赤な瞳が、真っ直ぐルシアナを捉える。燃えるような彼女の目を見返しながら、ルシアナは目尻を下げる。

「これからどんなことが待っているのか、とても楽しみだわ」

(本当に、心から)

 再び動き出した馬車に揺られながら、ルシアナは再び窓の外へと目を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新再開
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

【完結】アダルトビデオの様な真実の愛

ガネーシャ
恋愛
春から大阪の大学に進学が決まった主人公が住み出したマンションは、色んな状況で一人暮らしをしている女性たちが住むワンルームマンションだった。 そんな主人公がそれぞれの女性たちの事情と性癖に巻き込まれて、様々な経験をする中で本当の愛を見つける。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

【完結】都合のいい妻ですから

キムラましゅろう
恋愛
私の夫は魔術師だ。 夫はものぐさで魔術と魔術機械人形(オートマタ)以外はどうでもいいと、できることなら自分の代わりに呼吸をして自分の代わりに二本の足を交互に動かして歩いてほしいとまで思っている。 そんな夫が唯一足繁く通うもう一つの家。 夫名義のその家には美しい庭があり、美しい女性が住んでいた。 そして平凡な庭の一応は本宅であるらしいこの家には、都合のいい妻である私が住んでいる。 本宅と別宅を行き来する夫を世話するだけの毎日を送る私、マユラの物語。 ⚠️\_(・ω・`)ココ重要! イライラ必至のストーリーですが、作者は元サヤ主義です。 この旦那との元サヤハピエンなんてないわ〜( ・᷄ὢ・᷅)となる可能性が大ですので、無理だと思われた方は速やかにご退場を願います。 でも、世界はヒロシ。 元サヤハピエンを願う読者様も存在する事をご承知おきください。 その上でどうか言葉を選んで感想をお書きくださいませ。 (*・ω・)*_ _))ペコリン 小説家になろうにも時差投稿します。 基本、アルファポリスが先行投稿です。

処理中です...