ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第一章

旅立ち、のそのころ

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 ルシアナがトゥルエノ王国の宮殿を出たころ、シュネーヴェ王国の城門前にも、今まさに出発しようとする一人の騎士がいた。

「もう出るのか? レオンハルト」

 黒い騎士服の上に黒いコートを着用し、さらにその上から黒い毛皮の付いた黒いマントを羽織るレオンハルト・パウル・ヴァステンブルクが、後ろを振り返る。

「お風邪を召されますよ。王太子殿下」

 鼻を赤くし、白い息を吐き出す王太子・テオバルドは、レオンハルトの言葉に、金の髪を揺らし愉快そうに笑った。

「雪もやんでるし、陽も出てるし、結構あったかいぞ」

 テオバルドは、レオンハルトの隣に並ぶと「それにしても」と続ける。

「そういうお前は重装備だな。というか、あまりにも黒一色でまとめすぎじゃないか? 黒い騎士服はラズルド騎士団の証だが、コートやマントも黒で統一する必要はないだろ。まあ、お前にはよく似合っているが。だが、お前を象徴する色には瑠璃色もあるんだし、もう少しワンポイントで入れてみたらどうだ? こういうのは第一印象が大事だろ。いや、お前のこだわりを否定する気はないんだが。そうだな、コートの留め具に宝石でも使ったらどうだ? 俺が今すぐいい物を見繕って――」
「結構です」

 テオバルドの言葉を遮るように、レオンハルトはきっぱりと断りを入れる。しかし、テオバルドは構わず続けた。

「この間、ラピスラズリが使われたいいブローチを見つけたんだ。周りの金装飾が非常に細やかで、まさにお前向きってやつでさ。ああ、でも、珊瑚で作られたものもよかったな。青と黒じゃあんまり代わり映えしないから、アクセントとして暖色系の装飾品もいいかもしれないな。いや、しかし、珊瑚だと――」
「テオ」
「なんだ、レオンハルト」

 永遠に話し続けそうなテオバルドを止めるように愛称を呼べば、彼は不思議そうに小首を傾げた。

「話が長い」

 馬の背を撫でながら、レオンハルトはじとっとした目でテオバルドを見つめる。

「別に長話したところで、向こうがこっちに来るのはまだ先だろ? そもそもアリアンとの国境まで迎えに行く必要はないと思うけどな。結構な人数引き連れて来るんだろ?」
「一国の王女なんだから同行者が多いのは当然だ。それに、なにも護衛のために国境まで行くわけじゃない」

 レオンハルトの言葉に、テオバルドは、はっと目を見開き、にやりと口角を上げた。

「はーん? 女っ気なし堅物真面目なレオンハルトも自分の婚約者のことはやっぱり気になるのか?」
「まだ婚約の手続きをしていないから婚約者じゃない」
「細かいことはいいんだよ!」

 テオバルドは、レオンハルトの肩に腕を回すと、内緒話をするように顔を近付け、声を潜める。

「いいか、兄弟。お前はかっこいい。鍛え上げられた肉体、整った容姿、真面目な性格で女の影もない。この国……いや、この大陸きっての最優良独身男だ。そんなお前に微笑まれてみろ。誰だって一発で惚れるぞ? 俺のヘレナ以外。いいな、さっきも言ったがこういうのは第一印象が大事だ。その黒装束でお前の洗練されたかっこよさを表面的に見せるなら、言動で親しみやすさを出すんだ。心配するな。もし最初が上手くいなくても、次から上手くできるように、いくらでも俺が手助けする」

 頼もしげな笑みを浮かべ、大きく頷くテオバルドのターコイズグリーンの瞳を、レオンハルトは真っ直ぐ見つめる。

「テオ……俺たちは兄弟じゃない」
「そこかよ! まったく、お前は……」

 テオバルドは盛大な溜息をつくと、レオンハルトの背中を叩く。

「ま、冗談はさておき、この縁談がお前にとっていいものとなることを願ってるのは本当だ。本音を言えば、お前にも愛する人と一緒になって欲しかったが」

 どこか申し訳なさそうに眉尻を下げるテオバルドに、レオンハルトは首を横に振る。

「トゥルエノから了承の返事が来たときにも言ったが、そんな現れるかわからない不確定なものを待つくらいなら、こうして相手を決められたほうがいい」

 表情を変えることなくそう言い放ち馬に乗ったレオンハルトに、テオバルドは眉尻を下げたまま、小さな笑みを向けた。

「……そうだったな。……ま、何かあったら遠慮なく俺に言えよ」
「心に留めておく」

 レオンハルトは短くそう告げ、姿勢を整えると、わずかに頭を下げる。

「それでは、行って参ります。王太子殿下」
「ああ」

 軽く手を挙げたテオバルドにもう一度頭を下げると、レオンハルトは南東部へ向けて馬を走らせた。
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