野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第一章

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 ほのかな灯りが揺れる寝室で、シーラは目を瞑ってベッドに座っていた。
 辺りは静寂に包まれ、自分が漏らすかすかな吐息しか聞こえない。
 シーラは肺いっぱいまで息を吸い込むと、ゆっくりとそれを吐き出す。
 吐き出して――ベッドに転げまわった。

(無理無理無理! 恥ずかしい……! いろいろ恥ずかしい……!)

 せっかく綺麗に整えられたシーツが皺になるのも、ナイトガウンがはだけるのも気にせず、シーラは縦横無尽に体を転がす。

(直前まで顔を合わせなくて済んだのはよかったかもしれないけど……! ――ううんっ、逆に顔を合わせなかったから余計に恥ずかしいのかも……! そういう雰囲気のジルしか今のところ見てないし……!)

 ジルヴィウスと別れたあとシーラは部屋へと案内されたのだが、思っていたより気が張っていたのか、部屋に入るなりぐっすり寝入ってしまった。本来であれば夕食で顔を合わせたのだろうが、シーラが起きたのは数刻前だ。
 初夜のため、下着の他に香油や高級な化粧品などを用意していたシーラは、慌てて浴室へと向かい、先ほど湯浴みを終えたばかりだった。
 入浴の手伝いをしてくれた一号、二号を見送り、ほっとひと息ついたところで、シーラは突如羞恥に襲われた。いや、一人の時間ができたことで、冷静にジルヴィウスとのことを思い返せただけだと言ったほうが正しいかもしれない。

(というか、“硬いもの”……! “硬いもの”って男性のア、アレだったんじゃない……!? アレだったんじゃないの……!? そりゃあジルも呆れた顔するよ……! 初夜に何をするのか知ってるかって聞きたくなるよ……!)

 己の愚かさに対する羞恥もさることながら、シーラはジルヴィウスが自分に興奮してくれたことが嬉しく、恥ずかしかった。

(ジルってやっぱり、せ……性欲が強いのかな!? 一度に複数の女性とって噂あったもんね……!? 毎夜違う女性とって……! 毎夜……)

 かつて聞いた噂を思い出し、シーラはぴたりと動きを止める。

(妖艶で、豊満な美女ばっかりって……ジルは、本当はそういう人が好みなのかな……わたしに反応してくれたんじゃなくて、ただ欲求不満だっただけ……? 女性なら誰でも……何でもいいのかな……)

 心が沈んでいくのを感じ、シーラは慌てて首を横に振る。

(だめだめ! こんな考えジルに失礼だもん! でも、じゃあ、やっぱりわたしに反応してくれたってことで……)

 嬉しさと恥ずかしさで、シーラは再びゴロゴロとベッドの上を転がる。

「……何を――」
「ひぁああっ」

 突然聞こえた声に、シーラの体が大きく跳ねた。
 慌てて上半身を起こすと、きょろきょろと辺りを見回す。

「誰!? ジル!?」
「……俺以外、誰がいる」

 呆れたような声とともに、灯りの届かない暗闇から、薄手のナイトガウンを羽織ったジルヴィウスが姿を現す。
 シーラは乱れた衣服を整え、居住まいを正しながら、扉とジルヴィウスに交互に目を向けた。

「ど、どうやって中に!?」
「城内ならどこでも自由に移動できる。それともお行儀よく扉をノックしたほうがよかったか?」

 手に持っていた、銀のクロッシュが載ったトレイをサイドテーブルに置きながら、ジルヴィウスはシーラを見つめた。
 灯りに照らされているせいか、ジルヴィウスの金の瞳が淡く煌めく。
 その美しさに思わず見惚れたシーラは、そのままゆるゆると首を横に振った。

「ううん、大丈夫……わたしが慣れるから……」

 先ほどまでの元気の良さはどこへ行ったのか、シーラは消え入りそうな声で呟く。
 ジルヴィウスはそれに小さく鼻を鳴らすと、ベッドの縁に腰掛けた。

「来い」

 短い命令に、シーラはそろそろとジルヴィウスに近付く。隣まで行けば、ジルヴィウスはすぐにシーラの腰を抱いた。

「それで、何を一人で暴れまわってたんだ、お前は」
「あ、えと……何か恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「その……いろいろ? ジルに会ってから……の、こと……とか……」

 言いながら、じわじわと頬が熱くなっていくのを感じる。
 執務室での出来事を思い出し、シーラは思わず俯いた。
 ジルヴィウスは、そんなシーラの行動を咎めるように、顎を押し上げる。
 鼻が触れそうなほど近い距離で、ジルヴィウスはただ静かにシーラを見下ろしていた。
 お互い無言で見つめ合う中、先に動き出したのはシーラだった。

「……ジルに触ってもいい……?」

 手を伸ばしながらおずおずと問えば、ジルヴィウスは了承も拒絶もなく、ただ目を閉じた。
 シーラは伸ばした手を一度宙で止めたものの、意を決し、彼の頬に触れる。手触りのいい、さらりとした感触が指先から伝わってきた。
 シーラはそのまま両手でジルヴィウスの顔を包み込むと、存在を確かめるかのように指先を滑らせる。
 艶のある薄い唇。高い鼻梁。長い睫毛。凛とした眉。
 どこを触っても、ジルヴィウスは大人しくされるがままだ。

(……他の人にも、同じように許してた……?)

 胸の奥に、もやもやとした、言いようのない思いが燻る。
 過去、ジルヴィウスが自分とは似ても似つかない美しい女性とこうして触れ合ったのかと思うと、心が澱んでいくようだった。

(こんな気持ちになったこと、今まではなかったんだけどな)

 シーラは芽生えた気持ちを胸の中にしまい込み、昔と変わらない少し癖のある黒い髪に指を通す。さらさらとした髪を梳きながら、彼の唇に触れるだけのキスを贈った。
 そっと顔を離せば、ジルヴィウスは黒い睫毛を揺らし、目を開けた。
 彼の金の瞳にはシーラだけが映っている。
 これまでどれだけの人がこの瞳に映って来たのだろうか、と頭の片隅で考えながら、シーラはもう一度口付けようと顔を近付ける。しかし、唇同士が触れ合うことはなかった。

 ジルヴィウスが、口付けを拒むようにシーラの口元に手を当てたからだ。
 シーラは視線だけで、どうして、と問う。
 昼間、あれほどいろいろなことをして来たジルヴィウスに拒まれるなど、思ってもみなかったのだ。
 ジルヴィウスは、シーラの口元を押さえながら短く息を吐き出すと、先ほどサイドテーブルに置いたトレイへと目を向けた。
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