野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第一章

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 抱き締めた彼の体は、幼いころの記憶に比べると、ずいぶんと硬質で肉厚に感じる。
 シャツ越しに伝わる彼の温もりに心臓が高鳴っているのを感じながら、シーラは絞り出すように囁いた。

「下着……用意してるの……」
「……下着?」

 足を撫でるのを止め、耳元で低く囁いたジルヴィウスに、シーラは小さく頷く。

「初夜用に……可愛い下着、用意してるの……。だから、夜まで待って……?」

 お願い、と大きな背中をひと撫ですれば、しばらくしてジルヴィウスが盛大な溜息を漏らした。

「……俺に命令しそれが許されるのも、俺が大人しくそれに従うのも、余程の特例だということをよく覚えておけ」
「……命令じゃなくてお願いだもん」
「俺にとっては同じことだ」

 ジルヴィウスはもう一度息を吐くと、手を引っ込めて体を起こした。
 彼が離れてしまうのが寂しくてシャツを掴めば、ジルヴィウスはそこで動きを止めてくれる。
 なんだかんだ、ジルヴィウスはシーラに甘い。
 彼の変わらない優しさが嬉しい反面、気がかりもあった。
 今こうしていても、彼はほとんど表情を変えないのだ。自分を見下ろす金の瞳からも、何の感情も読み取れない。
 昔から、彼はあまり感情や思考を読み取らせない人物ではあった。けれど、シーラの前ではいつも愉しそうに笑っており、シーラはそんな彼の笑った顔が大好きだった。

(……再会してから、ジルの笑った顔全然見てない)

 目が合えば、いつも得意げな笑みを浮かべていたのに、と彼の頬を撫でれば、ジルヴィウスは目を閉じて頬をすり寄せた。

(ジルは、どうして――)

「シーラ」
「……!」

 思わず考え込みそうになったシーラは、低い声に名前を呼ばれ、意識をジルへと戻す。
 再会してから彼に名前を呼ばれるのは、これが初めてだ。
 その声は優しく、甘やかで、どこか切羽詰まっているようにも感じた。

「……シーラ」

 ジルヴィウスはもう一度名前を呼ぶと、頬を撫でるシーラの手を取り、手のひらに唇を押し当てた。

「シーラ……」
「……うん」

 ジルヴィウスは、はあと息を吐くと目を開け、シーラへ目を遣った。

「キスは?」
「えっ……?」
「キスもだめか?」

 乞うような眼差しに、シーラは一拍置いて、緩く首を横に振る。

「……ううん、だめじゃない」

 受け入れるように少しだけ顎を上げれば、ジルヴィウスは体を倒し、シーラに触れるだけのキスをした。
 体重をかけることもなく、ただ唇を触れ合わせるだけの口付けを何度か繰り返すと、彼は鼻の頭に軽く噛みつく。

「!?」
「息は鼻で吸え」
「えっ――っん」

 言われたことを理解するよりも早く、口を塞がれた。
 ジルヴィウスの熱い舌が、今度は優しく口腔内を撫でる。
 戸惑うシーラの舌の表面を、ジルヴィウスの舌先がそっとなぞった。
 たったそれだけのことが気持ちよくて、ぞわりとした疼きが全身に広がる。

「は、ぁ……っん……」

 ジルヴィウスの言った通り、鼻で呼吸することを意識したら、先ほどよりずいぶんと楽になった。
 時折、彼の熱い息が吹き込まれるのに倣い、鼻で吸った息は口から吐き出す。
 訳もわからずパニックになっていた先ほどとは違い、今はジルヴィウスにもたらされるものを素直に甘受できた。
 ゆったりと、何度も、何度も、離れがたいとでもいうように舌を絡めとってくるジルヴィウスに、シーラも拙いながら応えていく。

「っんぅ……んくっ」

 喉奥に溜まってきた唾液を飲み込んだところで、ジルヴィウスが顔を離した。
 ジルヴィウスは、濡れた自らの唇を舐めながら、同じように濡れたシーラの唇を指で撫でる。その手つきがあまりにも優しくて、シーラはほっと息を吐き出した。

「ん……ジル……」

 安堵した心地のまま、荒い呼吸を整えながら名を呼べば、ジルヴィウスはひどく不愉快そうに眉を寄せた。

「……お前はとんでもなく酷い女だな、シーラ」
「? なんで……?」

 上気した頬を撫でるジルヴィウスの手に顔をすり寄せながら問えば、彼は体を密着させるようにシーラを抱き締めた。

「そうやって俺の理性を試して弄んでいるからだ」

(ええ……?)

 ジルヴィウスの言葉の意味が本当にわからず、シーラも眉を寄せる。

「わたしは、弄んでなんか……」
「無意識か。恐ろしいことだ」

 ジルヴィウスは、摘まむように頬をいじりながら、より体を密着させる。

(……どちらかと言うと、弄ばれてるのはわたしのような……というか、さっきから何か……)

「ねえ、ジル。ベルトのバックル? か何か、硬いものがさっきから当たってるんだけど……」

 痛くはないが、先ほどがごりごりと太腿を抉っているものが気になり、シーラは視線を下げる。ただ、重なり合った体と自分の服が邪魔で、肝心のジルヴィウスの腰回りは見えなかった。

「少しだけ、体勢変えてもいい?」

 そうすれば当たらないだろう、と顔を上げれば、ジルヴィウスは呆れたような、何とも言えない顔でシーラを見下ろしていた。
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