7 / 11
第一章
五
しおりを挟む
抱き締めた彼の体は、幼いころの記憶に比べると、ずいぶんと硬質で肉厚に感じる。
シャツ越しに伝わる彼の温もりに心臓が高鳴っているのを感じながら、シーラは絞り出すように囁いた。
「下着……用意してるの……」
「……下着?」
足を撫でるのを止め、耳元で低く囁いたジルヴィウスに、シーラは小さく頷く。
「初夜用に……可愛い下着、用意してるの……。だから、夜まで待って……?」
お願い、と大きな背中をひと撫ですれば、しばらくしてジルヴィウスが盛大な溜息を漏らした。
「……俺に命令しそれが許されるのも、俺が大人しくそれに従うのも、余程の特例だということをよく覚えておけ」
「……命令じゃなくてお願いだもん」
「俺にとっては同じことだ」
ジルヴィウスはもう一度息を吐くと、手を引っ込めて体を起こした。
彼が離れてしまうのが寂しくてシャツを掴めば、ジルヴィウスはそこで動きを止めてくれる。
なんだかんだ、ジルヴィウスはシーラに甘い。
彼の変わらない優しさが嬉しい反面、気がかりもあった。
今こうしていても、彼はほとんど表情を変えないのだ。自分を見下ろす金の瞳からも、何の感情も読み取れない。
昔から、彼はあまり感情や思考を読み取らせない人物ではあった。けれど、シーラの前ではいつも愉しそうに笑っており、シーラはそんな彼の笑った顔が大好きだった。
(……再会してから、ジルの笑った顔全然見てない)
目が合えば、いつも得意げな笑みを浮かべていたのに、と彼の頬を撫でれば、ジルヴィウスは目を閉じて頬をすり寄せた。
(ジルは、どうして――)
「シーラ」
「……!」
思わず考え込みそうになったシーラは、低い声に名前を呼ばれ、意識をジルへと戻す。
再会してから彼に名前を呼ばれるのは、これが初めてだ。
その声は優しく、甘やかで、どこか切羽詰まっているようにも感じた。
「……シーラ」
ジルヴィウスはもう一度名前を呼ぶと、頬を撫でるシーラの手を取り、手のひらに唇を押し当てた。
「シーラ……」
「……うん」
ジルヴィウスは、はあと息を吐くと目を開け、シーラへ目を遣った。
「キスは?」
「えっ……?」
「キスもだめか?」
乞うような眼差しに、シーラは一拍置いて、緩く首を横に振る。
「……ううん、だめじゃない」
受け入れるように少しだけ顎を上げれば、ジルヴィウスは体を倒し、シーラに触れるだけのキスをした。
体重をかけることもなく、ただ唇を触れ合わせるだけの口付けを何度か繰り返すと、彼は鼻の頭に軽く噛みつく。
「!?」
「息は鼻で吸え」
「えっ――っん」
言われたことを理解するよりも早く、口を塞がれた。
ジルヴィウスの熱い舌が、今度は優しく口腔内を撫でる。
戸惑うシーラの舌の表面を、ジルヴィウスの舌先がそっとなぞった。
たったそれだけのことが気持ちよくて、ぞわりとした疼きが全身に広がる。
「は、ぁ……っん……」
ジルヴィウスの言った通り、鼻で呼吸することを意識したら、先ほどよりずいぶんと楽になった。
時折、彼の熱い息が吹き込まれるのに倣い、鼻で吸った息は口から吐き出す。
訳もわからずパニックになっていた先ほどとは違い、今はジルヴィウスにもたらされるものを素直に甘受できた。
ゆったりと、何度も、何度も、離れがたいとでもいうように舌を絡めとってくるジルヴィウスに、シーラも拙いながら応えていく。
「っんぅ……んくっ」
喉奥に溜まってきた唾液を飲み込んだところで、ジルヴィウスが顔を離した。
ジルヴィウスは、濡れた自らの唇を舐めながら、同じように濡れたシーラの唇を指で撫でる。その手つきがあまりにも優しくて、シーラはほっと息を吐き出した。
「ん……ジル……」
安堵した心地のまま、荒い呼吸を整えながら名を呼べば、ジルヴィウスはひどく不愉快そうに眉を寄せた。
「……お前はとんでもなく酷い女だな、シーラ」
「? なんで……?」
上気した頬を撫でるジルヴィウスの手に顔をすり寄せながら問えば、彼は体を密着させるようにシーラを抱き締めた。
「そうやって俺の理性を試して弄んでいるからだ」
(ええ……?)
ジルヴィウスの言葉の意味が本当にわからず、シーラも眉を寄せる。
「わたしは、弄んでなんか……」
「無意識か。恐ろしいことだ」
ジルヴィウスは、摘まむように頬をいじりながら、より体を密着させる。
(……どちらかと言うと、弄ばれてるのはわたしのような……というか、さっきから何か……)
「ねえ、ジル。ベルトのバックル? か何か、硬いものがさっきから当たってるんだけど……」
痛くはないが、先ほどがごりごりと太腿を抉っているものが気になり、シーラは視線を下げる。ただ、重なり合った体と自分の服が邪魔で、肝心のジルヴィウスの腰回りは見えなかった。
「少しだけ、体勢変えてもいい?」
そうすれば当たらないだろう、と顔を上げれば、ジルヴィウスは呆れたような、何とも言えない顔でシーラを見下ろしていた。
シャツ越しに伝わる彼の温もりに心臓が高鳴っているのを感じながら、シーラは絞り出すように囁いた。
「下着……用意してるの……」
「……下着?」
足を撫でるのを止め、耳元で低く囁いたジルヴィウスに、シーラは小さく頷く。
「初夜用に……可愛い下着、用意してるの……。だから、夜まで待って……?」
お願い、と大きな背中をひと撫ですれば、しばらくしてジルヴィウスが盛大な溜息を漏らした。
「……俺に命令しそれが許されるのも、俺が大人しくそれに従うのも、余程の特例だということをよく覚えておけ」
「……命令じゃなくてお願いだもん」
「俺にとっては同じことだ」
ジルヴィウスはもう一度息を吐くと、手を引っ込めて体を起こした。
彼が離れてしまうのが寂しくてシャツを掴めば、ジルヴィウスはそこで動きを止めてくれる。
なんだかんだ、ジルヴィウスはシーラに甘い。
彼の変わらない優しさが嬉しい反面、気がかりもあった。
今こうしていても、彼はほとんど表情を変えないのだ。自分を見下ろす金の瞳からも、何の感情も読み取れない。
昔から、彼はあまり感情や思考を読み取らせない人物ではあった。けれど、シーラの前ではいつも愉しそうに笑っており、シーラはそんな彼の笑った顔が大好きだった。
(……再会してから、ジルの笑った顔全然見てない)
目が合えば、いつも得意げな笑みを浮かべていたのに、と彼の頬を撫でれば、ジルヴィウスは目を閉じて頬をすり寄せた。
(ジルは、どうして――)
「シーラ」
「……!」
思わず考え込みそうになったシーラは、低い声に名前を呼ばれ、意識をジルへと戻す。
再会してから彼に名前を呼ばれるのは、これが初めてだ。
その声は優しく、甘やかで、どこか切羽詰まっているようにも感じた。
「……シーラ」
ジルヴィウスはもう一度名前を呼ぶと、頬を撫でるシーラの手を取り、手のひらに唇を押し当てた。
「シーラ……」
「……うん」
ジルヴィウスは、はあと息を吐くと目を開け、シーラへ目を遣った。
「キスは?」
「えっ……?」
「キスもだめか?」
乞うような眼差しに、シーラは一拍置いて、緩く首を横に振る。
「……ううん、だめじゃない」
受け入れるように少しだけ顎を上げれば、ジルヴィウスは体を倒し、シーラに触れるだけのキスをした。
体重をかけることもなく、ただ唇を触れ合わせるだけの口付けを何度か繰り返すと、彼は鼻の頭に軽く噛みつく。
「!?」
「息は鼻で吸え」
「えっ――っん」
言われたことを理解するよりも早く、口を塞がれた。
ジルヴィウスの熱い舌が、今度は優しく口腔内を撫でる。
戸惑うシーラの舌の表面を、ジルヴィウスの舌先がそっとなぞった。
たったそれだけのことが気持ちよくて、ぞわりとした疼きが全身に広がる。
「は、ぁ……っん……」
ジルヴィウスの言った通り、鼻で呼吸することを意識したら、先ほどよりずいぶんと楽になった。
時折、彼の熱い息が吹き込まれるのに倣い、鼻で吸った息は口から吐き出す。
訳もわからずパニックになっていた先ほどとは違い、今はジルヴィウスにもたらされるものを素直に甘受できた。
ゆったりと、何度も、何度も、離れがたいとでもいうように舌を絡めとってくるジルヴィウスに、シーラも拙いながら応えていく。
「っんぅ……んくっ」
喉奥に溜まってきた唾液を飲み込んだところで、ジルヴィウスが顔を離した。
ジルヴィウスは、濡れた自らの唇を舐めながら、同じように濡れたシーラの唇を指で撫でる。その手つきがあまりにも優しくて、シーラはほっと息を吐き出した。
「ん……ジル……」
安堵した心地のまま、荒い呼吸を整えながら名を呼べば、ジルヴィウスはひどく不愉快そうに眉を寄せた。
「……お前はとんでもなく酷い女だな、シーラ」
「? なんで……?」
上気した頬を撫でるジルヴィウスの手に顔をすり寄せながら問えば、彼は体を密着させるようにシーラを抱き締めた。
「そうやって俺の理性を試して弄んでいるからだ」
(ええ……?)
ジルヴィウスの言葉の意味が本当にわからず、シーラも眉を寄せる。
「わたしは、弄んでなんか……」
「無意識か。恐ろしいことだ」
ジルヴィウスは、摘まむように頬をいじりながら、より体を密着させる。
(……どちらかと言うと、弄ばれてるのはわたしのような……というか、さっきから何か……)
「ねえ、ジル。ベルトのバックル? か何か、硬いものがさっきから当たってるんだけど……」
痛くはないが、先ほどがごりごりと太腿を抉っているものが気になり、シーラは視線を下げる。ただ、重なり合った体と自分の服が邪魔で、肝心のジルヴィウスの腰回りは見えなかった。
「少しだけ、体勢変えてもいい?」
そうすれば当たらないだろう、と顔を上げれば、ジルヴィウスは呆れたような、何とも言えない顔でシーラを見下ろしていた。
11
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる