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第一章
四
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驚き目を見開けば、至近距離で金の瞳と視線が絡む。
「……な、んで……」
「なんだ、誓いのキスを知らないのか?」
「ちっ……」
(それは知ってるけど……!)
慌てるシーラとは違い、ジルヴィウスはたいしたことはしていないとでもいように、ただ静かにシーラを見つめていた。数々の女性と一夜を明かしていたジルヴィウスにとってみれば、触れるだけのキスなど、確かにたいしたことではないのだろう。
しかし、長年ジルヴィウスを想い、こうした接触が人生初だったシーラにとっては、とんでもない大事件だった。
(さっ、さっきまで、全然会話もなかったのに、突然なんで……! っそもそも、ここは教会じゃないから誓いのキスでもなんでもない――というか、ジルってわたしとそっ、そういうことできるの……!?)
まず何から指摘すればいいのか、今言うべきことは何か、まったく思考がまとまらない。ただぱくぱくと口を開閉させていると、ジルヴィウスが片眉を上げた。
「……斬新なおねだりだな。だが、まあ、悪くはない」
「は――んっ!?」
言葉の意味を問う暇もなく、再び口を塞がれる。しかも、今度は口を合わせるだけではなく、あろうことか、半端に開いたシーラの口内に舌を侵入させたてきた。
「っふ、ン……っ」
隙間なく口を塞ぎ、ねっとりと舌を絡ませながら、ジルヴィウスはのしかかるようにシーラを押し倒した。口を塞がれているのと、上から押し潰されているのとで、うまく呼吸ができず頭がぼうっとしてくれる。
「ふぅっ、っ、は……!」
(く、るし……息が……!)
酸欠か、鈍く頭が痛み始め、ジルヴィウスの胸板を叩く。しかし、ジルヴィウスは離れる様子もなく、さらに体を密着させ、シーラの舌を扱いた。
「っう、ぅ、ンっ……」
少し強めに叩いても、ジルヴィウスは離してくれない。
(もっ、むり――!)
耐えられなくなったシーラは、ついに拳を叩きつけた。
それでようやくジルヴィウスは口を離し、わずかに体を浮かせた。
やっと満足に息が吸えるようになり、シーラは肺いっぱいに酸素を取り込む。
そんなシーラを横目に、ジルヴィウスは小さく息を吐いた。
「まさか誓いのキスの最中に新婦に殴られるとはな。この国ではいつからそんな野蛮な文化を取り入れるようになったんだ?」
「苦しかったの! そもそも誓いのキスは軽く唇を合わせるだけで、こんなっ……こんな……」
言いながら、今ジルヴィウスとしたことが鮮明に思い出され、顔中が赤くなる。
(わたし、ジルとキスしちゃった……それも、大人の……)
恋人など深い関係にある者たちが舌を絡ませ合うような口付けをすることは知っていた。
そういった想像をまったくしてこなかったわけではないが、まさか本当にジルヴィウスとこんなことができるとは思わず、胸の奥に喜びが広がっていく。
結局捨てきれなかった“もしかして”を心の奥底に抱きながら、ちらりとジルヴィウスを窺えば、彼はわずかに目を細めた。
澄んだ金の瞳が、橙色に揺らめく。
気が付けば、シーラはジルヴィウスの目元に指先を伸ばしていた。
(ジルの、琥珀みたいな瞳……昔から大好きだった)
ジルヴィウスには、言いたいことも尋ねたいことも山ほどある。けれど、結局口をついて出たのは、長年心の内に抱えていた想いだけだった。
「……好き。ジル、わたし、ずっとジルのことが好きだった。今でも……今も、好き。大好き。ジルが、ずっと好きなの」
少し前までは、一生告げられないと思っていた想い。
長年抱えて、隠して、心の内に秘めていた気持ち。
今、やっとそれを口に出すことが許されたのだと、安堵から視界が滲んだ。
「わたし、ずっとジルに好きって言いたかった」
「……ああ」
ジルヴィウスはわずかに瞳を揺らすと、目元に触れるシーラの手を取った。
長い睫毛を伏せ、ほっそりとした指一本一本に口付けていく。それが終わると、今度は胸元で握り締めたままだったシーラの左手を取った。
「……誓いのキスよりこっちが先だったな」
そう呟くと、彼は左手の薬指の付け根に少々長い口付けを贈った。
唇が離れた瞬間、薬指が光り、金と黄緑の宝石が並んだ指輪が現れる。
「これ……」
(結婚指輪……? ジルとわたしの瞳の色……)
金のアームが煌めく指輪を呆然と見つめていると、ジルヴィウスが手のひらに軽く吸い付いた。
「今頃、証明書も発行されていることだろう。あとは初夜さえ済ませば、名実ともにお前は俺の妻だ」
「しょや……」
ジルヴィウスの発言に、夢心地だった思考が現実に戻される。
怒涛の展開について行けず、脳内で彼の言葉を反芻していたシーラは、ジルヴィウスの手がスカートの中に潜り込んで来たことに気付き、慌ててその手を掴んだ。
「ま、待って! 待って、ジル……! しょ、初夜って、今!?」
「初夜を昼に行ってはいけないという決まりはない」
「そっ、そうだけどそうじゃなくて……! じゅ、順番が違うと思う!」
固く足を閉じ、必死にジルヴィウスの手首を掴むシーラに、ジルヴィウスは少々面倒そうに動きを止めた。
「……順番? 誓約書に名前を書いて、誓いのキスをして、指輪も交換したというのに、他に何があると言うんだ」
「交換っ? あっ、本当だ、ジルも同じ指輪してる――じゃなくて! わ、わたしたち、八年くらい会ってなかったんだよ!? 久しぶりー、とか。何してたのー、とか。いつから俺のこと好きだったんだよー、とか! いろいろ話すこと……あるでしょ……?」
「ない」
冷たく言い切ったジルヴィウスは、シーラの制止などものともせず、靴下越しに足を撫でた。
「待っ、お、お風呂! お風呂入ってない……! 冬で厚着してるから汗かいて――」
「気にしない」
「わたしは気にするの! 嗅がないで!」
首元に顔を寄せ、大きく息を吸うジルヴィウスに、シーラは顔を真っ赤にする。
「俺に抱かれるのは嫌か?」
「ちがっ……嫌なんじゃなくてっ……」
首筋に吸い付いたジルヴィウスの大きな手が太腿に到達する。骨張った指先が、あと少しで足の付け根に辿り着く、というところで、シーラはジルヴィウスの広い背中に腕を回し、力いっぱい彼を抱き締めた。
「……な、んで……」
「なんだ、誓いのキスを知らないのか?」
「ちっ……」
(それは知ってるけど……!)
慌てるシーラとは違い、ジルヴィウスはたいしたことはしていないとでもいように、ただ静かにシーラを見つめていた。数々の女性と一夜を明かしていたジルヴィウスにとってみれば、触れるだけのキスなど、確かにたいしたことではないのだろう。
しかし、長年ジルヴィウスを想い、こうした接触が人生初だったシーラにとっては、とんでもない大事件だった。
(さっ、さっきまで、全然会話もなかったのに、突然なんで……! っそもそも、ここは教会じゃないから誓いのキスでもなんでもない――というか、ジルってわたしとそっ、そういうことできるの……!?)
まず何から指摘すればいいのか、今言うべきことは何か、まったく思考がまとまらない。ただぱくぱくと口を開閉させていると、ジルヴィウスが片眉を上げた。
「……斬新なおねだりだな。だが、まあ、悪くはない」
「は――んっ!?」
言葉の意味を問う暇もなく、再び口を塞がれる。しかも、今度は口を合わせるだけではなく、あろうことか、半端に開いたシーラの口内に舌を侵入させたてきた。
「っふ、ン……っ」
隙間なく口を塞ぎ、ねっとりと舌を絡ませながら、ジルヴィウスはのしかかるようにシーラを押し倒した。口を塞がれているのと、上から押し潰されているのとで、うまく呼吸ができず頭がぼうっとしてくれる。
「ふぅっ、っ、は……!」
(く、るし……息が……!)
酸欠か、鈍く頭が痛み始め、ジルヴィウスの胸板を叩く。しかし、ジルヴィウスは離れる様子もなく、さらに体を密着させ、シーラの舌を扱いた。
「っう、ぅ、ンっ……」
少し強めに叩いても、ジルヴィウスは離してくれない。
(もっ、むり――!)
耐えられなくなったシーラは、ついに拳を叩きつけた。
それでようやくジルヴィウスは口を離し、わずかに体を浮かせた。
やっと満足に息が吸えるようになり、シーラは肺いっぱいに酸素を取り込む。
そんなシーラを横目に、ジルヴィウスは小さく息を吐いた。
「まさか誓いのキスの最中に新婦に殴られるとはな。この国ではいつからそんな野蛮な文化を取り入れるようになったんだ?」
「苦しかったの! そもそも誓いのキスは軽く唇を合わせるだけで、こんなっ……こんな……」
言いながら、今ジルヴィウスとしたことが鮮明に思い出され、顔中が赤くなる。
(わたし、ジルとキスしちゃった……それも、大人の……)
恋人など深い関係にある者たちが舌を絡ませ合うような口付けをすることは知っていた。
そういった想像をまったくしてこなかったわけではないが、まさか本当にジルヴィウスとこんなことができるとは思わず、胸の奥に喜びが広がっていく。
結局捨てきれなかった“もしかして”を心の奥底に抱きながら、ちらりとジルヴィウスを窺えば、彼はわずかに目を細めた。
澄んだ金の瞳が、橙色に揺らめく。
気が付けば、シーラはジルヴィウスの目元に指先を伸ばしていた。
(ジルの、琥珀みたいな瞳……昔から大好きだった)
ジルヴィウスには、言いたいことも尋ねたいことも山ほどある。けれど、結局口をついて出たのは、長年心の内に抱えていた想いだけだった。
「……好き。ジル、わたし、ずっとジルのことが好きだった。今でも……今も、好き。大好き。ジルが、ずっと好きなの」
少し前までは、一生告げられないと思っていた想い。
長年抱えて、隠して、心の内に秘めていた気持ち。
今、やっとそれを口に出すことが許されたのだと、安堵から視界が滲んだ。
「わたし、ずっとジルに好きって言いたかった」
「……ああ」
ジルヴィウスはわずかに瞳を揺らすと、目元に触れるシーラの手を取った。
長い睫毛を伏せ、ほっそりとした指一本一本に口付けていく。それが終わると、今度は胸元で握り締めたままだったシーラの左手を取った。
「……誓いのキスよりこっちが先だったな」
そう呟くと、彼は左手の薬指の付け根に少々長い口付けを贈った。
唇が離れた瞬間、薬指が光り、金と黄緑の宝石が並んだ指輪が現れる。
「これ……」
(結婚指輪……? ジルとわたしの瞳の色……)
金のアームが煌めく指輪を呆然と見つめていると、ジルヴィウスが手のひらに軽く吸い付いた。
「今頃、証明書も発行されていることだろう。あとは初夜さえ済ませば、名実ともにお前は俺の妻だ」
「しょや……」
ジルヴィウスの発言に、夢心地だった思考が現実に戻される。
怒涛の展開について行けず、脳内で彼の言葉を反芻していたシーラは、ジルヴィウスの手がスカートの中に潜り込んで来たことに気付き、慌ててその手を掴んだ。
「ま、待って! 待って、ジル……! しょ、初夜って、今!?」
「初夜を昼に行ってはいけないという決まりはない」
「そっ、そうだけどそうじゃなくて……! じゅ、順番が違うと思う!」
固く足を閉じ、必死にジルヴィウスの手首を掴むシーラに、ジルヴィウスは少々面倒そうに動きを止めた。
「……順番? 誓約書に名前を書いて、誓いのキスをして、指輪も交換したというのに、他に何があると言うんだ」
「交換っ? あっ、本当だ、ジルも同じ指輪してる――じゃなくて! わ、わたしたち、八年くらい会ってなかったんだよ!? 久しぶりー、とか。何してたのー、とか。いつから俺のこと好きだったんだよー、とか! いろいろ話すこと……あるでしょ……?」
「ない」
冷たく言い切ったジルヴィウスは、シーラの制止などものともせず、靴下越しに足を撫でた。
「待っ、お、お風呂! お風呂入ってない……! 冬で厚着してるから汗かいて――」
「気にしない」
「わたしは気にするの! 嗅がないで!」
首元に顔を寄せ、大きく息を吸うジルヴィウスに、シーラは顔を真っ赤にする。
「俺に抱かれるのは嫌か?」
「ちがっ……嫌なんじゃなくてっ……」
首筋に吸い付いたジルヴィウスの大きな手が太腿に到達する。骨張った指先が、あと少しで足の付け根に辿り着く、というところで、シーラはジルヴィウスの広い背中に腕を回し、力いっぱい彼を抱き締めた。
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