向日葵とみつばち

桜井ケイ

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 右側が暑い。

 寝苦しい暑さはまだまだ先、むしろ今なら朝方寒いときがあるくらいの季節。なのに暑い。

 冷たさを求めて寝返りをうつと壁にあたる。そんなに端っこで寝てたっけ、と寝ぼけた頭でぼんやりしながら右側を見ると隣にうつ伏せでこちらに顔向けて眠っている人がいる。

 一度目を閉じてもう一度開けるとそこには亮の寝顔があった。ビックリして固まる。
 えーっと、昨日ベッドに寝かされて頭撫でられて寝落ちした、んだよね?実和は一生懸命記憶を辿る。

 ひとりでベッドに横になったはずなのに、なぜ今隣に亮が眠ってるのかさっぱりわからない。
 来客用の布団は実和が出したときのまま、畳まれたままローテーブルの横に置かれている。

 そっと隣の亮を見ると昨日着ていたパーカーではなく、スポーツブランドのセットのジャージを着ている。たぶん持ってきた着替えだ。

 はっと実和は布団の中を覗いて自分の服を確認する。うん、部屋着ちゃんと着てる。

 亮は宣言通りなにもせず実和を寝かしつけてくれただけのようだ。…同じベッドで寝てるけど。
 目だけ動かして時計を見ると朝の9時前だった。

 亮を起こさないよう壁づたいにそっとベッドを降りる。静かに部屋のドアを閉めて脱衣室で身仕度を済ませ部屋に戻っても亮は起きる気配はなかった。

 ひとまず朝食を作ろう。昨夜サンドイッチ作っちゃったし、おにぎりとお味噌汁でいいかな。
 なるべく音をたてないように作りながら昨夜のことを思い出す。付き合ってって言われたよね……なんでだろう。思い出したはいいが、恥ずかしくて顔が赤くなる。

「…おはよ」

 亮がまだ半分寝てるような顔でベッドから身体を起こした。背の高い亮がいるといつものベッドも小さく見える。

「おはよう。狭いところで寝てたから身体痛くない?」
「…うー?」

 ボーッとしまま動かない亮は寝起きはあまりよくないらしい。しかしこの会話にこの状態、どうみても恋人同士の朝の場面にしか見えない。そう考えるとまた顔が赤くなってきた気がして、実和は意識しないよう、それ以上亮にはなにも言わずにそっとしておいた。

 数分経って、よいしょとベッドを降りた亮は洗面所借りるなと眠たげな顔で部屋を後にした。

 どうしよう、なにも考えてなかったけど、なにから話せばいい!?朝食を皿に盛り付けながら頭の中で考えるが答えが出ない。

「いい匂いがする」

 部屋に戻ってきた亮が嬉しそうにこちらを見る。

「朝ご飯、また有り合わせで申し訳ないんだけど」
「味噌汁の匂いってなんでこんなに幸せな気持ちになるんだろうな」
「そう?」
「普段朝に味噌汁ってないからなぁ」
「朝ご飯っていつもなに食べてるの?」
「食パンとかコンビニの惣菜パンだな。でもギリギリまで寝てるから食べない方が多い」

 いただきますと2人で手を合わせて朝食を食べる。亮は味噌汁が美味しいとおかわりをしてくれた。

「…ところで、昨日俺が言ったこと覚えてる?」
「っつ!げほっげほっ」

 ビックリしてお味噌汁を吹きそうになった。まぁその話になりますよね、だってよくよく思い出したら返事してないもん。

「返事もらってないよな?」
「…本気なの?今までそんな素振り全然なかったのに…」

 そう、今まで同期でみんなと同じ扱いで特別なにってことはなかった。実和には好きだと言われる心当たりがないのだ。

「まぁあれだ。ここ最近で覚醒したっていうか、やっと気が付いたっていうか。前から気にはなってはいたんだ」

 照れ隠しのように亮は顎をさすさすと触る。照れてる亮を見るとこちらまで恥ずかしくなってくる。

「返事ももらってないのにキスしたのは悪かったと思ってる。でも嬉しいって言ってくれたよな?」
「うん、嬉しい。それは本当」
「じゃ山下はなにを気にしてるの?自信がないとか?それとも他のこと?」

 どちらも当たっている。
自分に自信がないから亮の隣に自分がいてもいいのか不安なこと。

 もうひとつはここ最近の嫌がらせの犯人が澪が言っていたように亮や秦のファンだった場合、付き合うことを知ったらさらになにかしてくるんじゃないかという不安。

 箸を止めてうつむき考え込んでいると、いつの間にか目の前に亮の顔があり実和を覗きこんでいる。

「どっちも当たってるって感じだな。山下はわかりやすいんだよ。自信のなさは俺がどうにかするとして、その他ってなんだ?」
「あ、いや、なんにもないよ…」
「嘘。さっきも言っただろ、わかりやすいって。そんなに俺には言いにくいこと?俺ってそんなに信用出来ない?」

 どうしよう、上手く誤魔化せる自信がない。可能性の話だけどこうなったら正直に話すしかない。

 実和は深刻にならないよう話を切り出した。実は視線を感じるようになったのは社食で4人一緒にいたときからということ、可能性のひとつとして澪が言う亮と秦のファンかもしれないということ。

 話を聞くうちに亮の箸も止まり眉間にシワを寄せ額に手を置いて考え込んでいる。

「高崎の言う可能性は高いかもしれない」
「え?」
「たまにいるんだ。会社の女の子から誘われたり告白されたりして、断った後も言い寄ってくる子が」
「すごい。断られてもあきらめないって、すごい」

 肉食女子なんて言葉が流行ったけれど、その勇気と自信を少しでいいから分けていただけないだろうか。実和にはとても出来ない。

「感心するところじゃない。で、そういえば最近秦と帰りが一緒になったとき、秘書課だって子たちに誘われた。即断ったけどな。その後も社内で同じ子たちが何度か声掛けてきた」

 さすが、うちの会社のモテ男たちは違う。とくに綺麗どころが揃いに揃っていると言われる秘書課を袖にするなんて。

「その中でも特に何度も言ってくる2人組がいるんだよ。確か入社2年目だったかな?まさかとは思うけど、こうなってくると可能性はなくはないな」

 好き過ぎて相手の周りにいる女を敵視する女の子はいる。しかし実際攻撃までしてくるだろうか?だけど可能性がある限り実和と亮が付き合うことは相手を刺激することになる。

「でしょ?だからね、今は付き合うとか考えられないっていうか」
「うーん、正直俺は他のやつなんかどうでもいいし、こんなことに俺たちのこと邪魔されたくない。でも山下の安全の方が大事だしなぁ」

 箸を持ち直して亮は再び食べ出した。

「ま、今ここで可能性の話をしても仕方ないから開き直るのもアリかもな。とりあえず今日の予定は?」
「今日?冷蔵庫空っぽだから、食材と日用品の買い物に行こうかなって」
「んじゃこれ食ったら行くか、デート」
「デート!?…になるの?ただの買い物だよ?」
「2人で出掛けるんならデートだろ。まぁ護衛係だけどな」
「なんか昨日からずっと平野くんを拘束してるみたいで申し訳ないんだけど…買い物くらいひとりで大丈夫だよ?」
「俺が山下と一緒にいたいの。察しろよ」

亮はニッと口端を上げて、また嬉しそうにご飯を食べた。


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