盗賊団の下っ端C

ゲルゲル

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先生は私を叱ってはくれませんでした。

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レグナスは前世も含めて行動範囲が狭い人間だ。
ゲームのプログラマーであった時は職場から自宅は駅三つまでの距離と決めていて、旅行と言えば学生の頃行った修学旅行か社会人になってからの慰安旅行のみ。
誘われても国外旅行なんて以ての外で、国内を全て回った訳でもないのに外国に手を出すほど節操無しではないなんて冗談で煙に巻いていた。
典型的なインドア派とは自分の事だと豪語し、社会でテレワークが取り入られ始めた頃、真っ先に社長に自宅で仕事がしたいですと某バスケ漫画ばりに申し出て、即座に却下されて本当に泣いた。
そんな前世の名残があったからなのか、レグナスは5歳から15歳の10年間、屋敷の決まった所しか行動を許されなくても気にしなかった。
貴族としての見栄のみで存在していた、書庫の出入りが禁止されていなかった事もある。
半分同じ血が混じっていても、レグナスと長男次男は全く別の生き物だったようで、レグナスが好む書庫に二人が一切近寄らなかった事も幸いして、書庫はクロードが教師として訪問するようになるまでレグナスの城だった。
までと言うのはその後クロードの教えを学ぶ事に必死で足が遠のいてしまったからだが、ようはレグナスは、外の世界を夢見て、鳥のように羽ばたいて行きたいと考えるような、そんな人間ではなかったと言う事である。
たとえそれが子供特有の狭い世界の中ゆえであったとしても、逆に子供らしからぬ夢も希望もない考えだとしても、レグナスが気にしていないのだから何も問題はなかった。
冒険心が全くないレグナスは、実に主人公に向いてないタイプだ。
逆になろうものなら苦悩の毎日だったろう。
今世がモブで良かったと、レグナスは心底思いながら生きている。
そんなレグナスだったので、ウルスの屋敷にいること自体は苦痛ではなかった。
時折外に出たくなるのは盗賊団にいた時の名残のようなものだ。
攻略対象だとか、ゲームのシナリオだとか、盗賊団の仲間達の事だとか、色々な事情がレグナスにはありすぎて、選択肢が逃げる一択だったことは否めない。
けれど極端な話、何の憂いもないならば、レグナスはウルスの屋敷から逃げようなどとは思わなかっただろう。
前世の記憶を思い出す前のレグナスは、それこそ深窓の令息だった。
閉鎖的な空間と、クロードの無駄のない教育で形作られたレグナスは、アレギースが初めに感じた通り、盗賊団に入ってやっていけるような人間ではなかった。
それが何とかやっていけたのは、それこそ前世の記憶を思い出したからである。
社会人経験のある前世の記憶は、主に人間関係で役立った。
役割が盗品管理と言う、鑑定スキルが必要で信用第一なものだったことも幸いして、レグナスは盗賊団の一員としてやっていけていた。
それが、騎士団の襲撃によって盗賊団がなくなって、レグナスの居場所はなくなった。
盗賊団がなくなっても学を生かして仕事を探す事も出来たかもしれない。
けれどその前に、ウルスによってレグナスは囲われた。
前世の記憶が蘇ってもそれは知識が増えただけで、レグナスはレグナスだった。
ウルスの屋敷での生活は、5歳から15歳まで屋敷の中で生きてきたレグナスに、昔を思い出させるには十分だった。
勿論扱いに大きな違いはあったが、自然と身を任せてしまう自分をレグナスは自覚していた。
良くない傾向だと知りつつ、銀のリングと体調不良にかこつけて動こうとしなかったレグナスがウルスから逃げられたのは他人のおかげだ。
自分の足では到底逃げられなかったのに、他人に任せればこうも簡単にいくのはやはりレグナスの意思が関係していたのだろう。
その後もセルベルとの奴隷契約を思い出したレグナスは、欠片も逃げようとはしなかった。
取り立てが怖いと言えば、それもまた建前だ。
レグナスは逃げる事が下手で、甘んじる事に長けた、そんな人間でしかない。
そんな自分の何処がいいのだと、好意を向けてくる攻略対象達に呆れながらも、レグナスは彼らに決定的な言葉を言う事はなかった。
装おうとしたのは無関心だ。
後で何があってもいい様にと決め込んだ知らぬふりは、きっと中途半端に違いなかったが、レグナスにとって精一杯の防衛手段だった。
それが、最善ではないことは知っていた。
けれど最悪であるとは夢にも思わなかったのだ。
レグナスは何かを忘れていると思った事がある。
思い出さないのは大切な事ではないからだなんて、誰が言ったのか。
情事のあとに避妊薬を飲んでいない事を、レグナスは最後まで思い出さなかった。
答を知ってからの気づきには何の意味もない。
無関心を装って、可能性を欠片も考えずにいたレグナスへの、これはきっと罰だ。
元から薄っぺらい身体だったが、今はそれがより一層空っぽなものに思えてしょうがなかった。
狭い世界でよかった。
そこにいる事を許してくれるなら、レグナスはそれだけで生きていける。
―――がいてくれたら、もうそれだけで幸せになれただろう。
しかしレグナスは失った。
何もかも、自分が蒔いた種だった。

「前に貴方が泣いているのを見たのは何時でしたか」

きっとずっと昔の事だと言いながら、その声の主はレグナスの涙をぬぐった。
感じる温かさは治癒魔法の光だろうかと、期待する気持ちが沸き上がりそうになるのをレグナスは必死に抑えた。
近くで聞こえる泣き声はきっとレアだろうと思い、レグナスは腹部への治癒はやめて欲しいと言おうとしたが、声が出なかった。
出るのは汚い嗚咽だけだ。
治せばそれこそ跡形もなく消えてしまうように思えて嫌だったのに、それさえレグナスはできない、してやれない。

「大丈夫」

言葉と共にやってくる眠気に、レグナスは首を振って抗おうとしたが先生はそれを許してはくれなかった。

「今は眠りなさい。ゆっくり休んで目が覚めたら、先生が全て貴方の望むようにしてあげますから」

子供の頃にだってかけられなかった優しい声が、今のレグナスには毒のように感じられた。
優しくされる資格などありはしないのに、目元を手で覆われればもう、レグナスは意識を保っていられなかった。




現実の悪夢は夢の中までレグナスを追いかけて行ったのか、寝入ってなお涙を流し続ける姿は哀れで仕方がなかった。
現状は悲惨だ、そうなるのも仕方のない事かもしれないが、好意を持つ相手が泣く姿を見たい人間は稀有である。
泣かないで欲しいと思うのはきっと我儘でしかないのだろう。
それでもクロードは願わずにはいられなかった。
何度拭っても拭いきれない涙に布を目元に当て、クロードは旅先で出会った事のある少年――レアを見た。
レアとクロードの出会いは少し前の事、街に行く途中で薬草を採取していたレアにクロードが声をかけた事が切っ掛けである。
それもレアが毒にも薬にもならないまさに雑草を取っていたからだったが、聞けばただ食べる為だけに取っていたらしく、そんな雑草を食べるなんてよほど貧しいのかと思えば有名な商会の次男だった。
食への探求心が強いのか、雑草を嗅ぎながらこれはチーズとトマトにあうはずだと力説するレアに、食への興味があまりないクロードは「ほどほどに」とその場を去った。
後になって双子で片割れが女性だったと思い出したがそれだけだ。
クロードとレアはそんな顔見知り程度の繋がりしかない。
そんなレアがクロードと別れてすぐにレグナスと出会う事になったのはただの偶然だったのか。
発信機と同時に仕掛けた盗聴器で様子をじっと聞きながら、最初はレアを訝しんでいたクロードだったが、レアの行動に一切悪意は無く、あったのはただの善意だった。
だからクロードもレグナスの状態に気づき、医師まで連れてきたレアに感謝こそすれ、殺意など抱かなかったのに、今は黒い考えが頭に巡ってしょうがなかった。
レアに悪意はなくこんな事態になったのは故意ではない。
だがこんな事態を引き起こした要因だ。
今レアは泣きながらレグナスに治癒魔法をかけている。
レアが治癒魔法師であったのは彼にとっても幸運だった。
クロードには病気への対処は出来ても怪我をすぐに治すことはできない。
能力者が絶対に使う事の出来ない治癒魔法を使えるレアは、今のレグナスには必要な存在である。
所々にある暴行の跡に、レアもまた被害者なのだと己に言い聞かせながら、クロードは立ち上がった。
レグナスを巻き込んだ罪の意識のあるレアは、惜しみなくレグナスに治癒魔法をかけてくれることだろう。
レグナスを眠らせればもう己にできる事はないと、クロードはレアにあとは任せるとそう言って部屋を出た。
向かう先はレアを発見した部屋だ。
レグナスが今いる場所から何部屋か離れているその部屋には、レグナスとレアを誘拐した破落戸が四人いる。
いや、人を攫って隔離した様子を見るに、人身売買に手を染めた犯罪者と呼ぶべきだろう。
攫った人間を一時的に隠して引き渡す場所なのか、部屋が数個並んでいるだけのこの地下にはあと数人仲間いたが、それらは既に処理済みだ。
人がどんなに高く積み上がろうとも、相手が犯罪者であれば差し支えない。
残された四人の処理も、もう終わっているだろうと当たりをつけていたクロードは、部屋に入ってまだ二人生きていた事に首を傾げた。
ここ最近多発しているらしい誘拐魔なのか確認したいという騎士団長の為に、クロードがしたお膳立てはどうやら役に立たなかったらしいが、此処から生きて出さない事は決定事項だ。
役職は上の立場になるほど責任があり、騎士団長ともなれば今は自由の身の上である学者の比ではないだろう。
だがクロードは地位が責任と同じぐらい融通を利かせられるものだという事を知っている。
レグナスの為に、騎士団長との地位を生かして見せる事など訳は無いだろうに、ウルスは一体何をしているのか。
クロードの責めるような視線に気づいたのは背を向けたウルスではなく、壁側に立って様子を見ていたセルベルだった。
誘拐されたレグナスを追って辿り着いた民家の中で、赤く染まっていく契約書を手に立ち尽くしていたセルベルもきっと同じ気持ちだろうと、そう思って視線を向けたがセルベルは壁から動く様子はなかった。
どうやら少し前まで満場一致で殺す事が決定していた破落戸の処遇に、変化が起こるような事があったらしい。
よく見れば、あれほど怒り狂っていたアレギースも息を荒らげながらも黙って破落戸を見ていた。
レグナスを見つけて、今のアレギースは一時的にナリカケから理性を取り戻している。
破落戸達に対した姿は怒りの為に獣の様だったが、ナリカケの時に比べればまだ紳士的に見えるのだからナリカケは恐ろしい。
先に見つけた破落戸達を、ナリカケだったアレギースは数人殴り殺した。
壁に打ち付けられた破落戸の惨状は、叩きつけられた果物のようだった。
それを誰も責めはしないのは、アレギースがやらなければ他三人のいずれかが、レグナスの元へ行く最中に現れた障害物を、方法は違えど殺していたからだ。
憎い相手は自分の手で殺したいというこだわりはないが、できる限り早くこの世界から消えて欲しいと思うクロードにとって、アレギースの容赦のなさこそ望むものだ。
レグナスの位置情報をもとに向かった先、幾ら探ろうとも民家の中に人影一つ見つけられずに足止めを食らった時、ナリカケの嗅覚が働いたのか、急に目覚めたアレギースが民家の床を殴りつけた事で地下室を発見できた事もある。
恐らくアレギースがいなければ、聞こえてくるレグナスの悲痛な声に気が急いて、クロードは地上ばかりを捜していただろう。
本来ナリカケの存在は忌むべきものだが、今回に限ってはナリカケであるアレギースがいてよかったとクロードは思う。
腹の子は間に合わなかったが、レグナスを助ける事が出来た。

「…レグナスは無事か?」

怪我人に対して何の手段も持たない三人に残りの始末を任せ、レグナスについていたクロードがこの部屋に来た事で処置が終わったかもしれないと思ったのだろう。
そう聞いてきたアレギースに、クロードは他二人にも解るように、レアの治癒魔法をかけている途中だが、レグナスの命に別条はないと答えた。
子が流れたことは既に全員が知っていて、恐らく神の罰の事も心配しているだろうが、クロードの知る限りたった一回の堕胎で罰が下された前例は無い。
それに罰が下ればそれと解るように身体のある場所に印が刻まれる。
一応と確認したがレグナスの身体に印は無かった。
今は珍しくなったがクロードはその目で神の罰を受けた人間を見た事がある。
詐欺師であったその男は態と子を作っては婚姻を結び、夫となった男を殺していた。
夫を殺せば子もいらないと流していたという。
まさしく鬼畜の所業だ。
そんなものが4回も許されて、あれほど嘆いてみせたレグナスに罰が下るはずもない。
神の罰はクロードから見れば一定の基準が設定されている、善悪も状況も環境も関係の無い機械的なものだ。
神の罰と呼ばれていても、神の意志はそこには無い。
歴史の中で「古の奇跡」と「神の罰」以外に神の存在が確認された事はなく、天災も人災も、これまで多くの事があったが奇跡が起こった事がない事でお察しだ。
信仰する必要があるのか疑問に思うほど、神はこの世界に無関心であらせられるのだ。
教会の人間に聞かせれば即座に破門を言いわたされるだろう思想だが、そうなってもクロードは別段困りはしない。
クロードの神様は別にいる。
古の昔に男性同士の妊娠を可能にした代わりに、能力者などという怪物をこの世に生み出した神よりも尊く、救いを与えてくれる神様だ。
神様を想いながら、クロードは神の罰の心配もないと続けた。
レグナスの無事を確認して気が抜けでもしたのか、元から荒かった息を更に荒げ、アレギースはその場に膝をついた。
掻きむしるように掴んだ喉元に傷ができるが、それどころではないのだろう、クロードは理性を失いつつあるアレギースを見た。
アレギースにとってレグナスの存在が大きいのは間違いない。
ナリカケから一時的に理性を取り戻したがその証拠だ。
だが顔を合わせただけでは取り戻せる理性も少ない。
限界だろうと、クロードは理性のまだ残るアレギースに聞いた。
レグナスが目覚めるまで眠るかと。
呻りそうになる口を噛み締めて、アレギースは頷いた。
クロードはこれまで出会ったどのナリカケよりもアレギースは理性的だと感心しながら、予想していた答えに手を翳した。

「手慣れていますね」

眠ったアレギースを端に寄せていると、様子をずっと見ていたらしいセルベルがそう言った。
クロードはその言葉に薄く口元に笑みを浮かべただけで答える事はなかった。
クロードの薬物生成の能力はナリカケを無傷で捕らえる事にとても有効なものだ。
麻痺も眠りも思いのまま、能力範囲内であればナリカケの周りにだけ霧状に発生させる事も出来る。
その能力のおかげで、自身の生命が脅かされればナリカケの生死を問わない筈が、なまじ安全に捕獲できてしまう為にクロードに適応される事がない。
ナリカケが見つかれば送り込まれる事が多く、感謝も褒章も有難いものだが能力を酷使して自分自身がナリカケに近づいていく恐怖と釣り合うかと言えば答えは簡単「否」である。
クロードは他の能力者は救えても、己を救えない事を解っていた。
お前がもしナリカケになったなら、きっと殺すしかないだろうと言い切った忌々しい金色が、クロードの脳裏に浮かんだ。
その金色を、クロードはこの世で最も厭うていたはずなのに、人生とは解らないものだ。
今日この日、クロードにとって最も忌むべき人間は、金色ではなくなった。

「うるせぇなっ、化け物が人間様に偉そうな口きくんじゃねーよ、なぁ隊長様、俺はずっと前から気づいてたんだぜ?あんたが化け物だって」

突然上がった大声に、自然と視線が向いた。
クロードはまさにこの声だと、耳から這い上がって脳に直接不快感を流しこまれるような感触に、抑えているはずの憤怒が漏れ出そうになるのを必死に止めた。
向けた視線の先、ウルスを睨みつけている破落戸が暴言を吐いた声の主だろう。
仲間は制圧されて残るは自分ともう一人だけ。
現行犯でもはや言い逃れもできないと言うのに自分の置かれている状況が理解できていないのか、随分と強気なものの言い方だ。
吐いた内容もさることながら、秘めていた事を此処で暴露して何になるのか。
逆に命など要らないと思っているのなら納得もするが、相手の愚かさを考えればその可能性はない。
クロードは先ほどから疑問に思っていた、後始末が遅れている訳を破落戸の言葉で察した。

「元騎士だったあの男、先ほどからウルス様を化け物と呼んで五月蠅いのです」

途中で合流したセルベルとはレグナスに関係していること以外は、とりあえずと名前だけを交換した仲だった。
だが名前だけで有名なウルスの素性は解ったのだろう。
騎士団長と言う立場から元騎士である破落戸の事を知っているのかと、セルベルは聞いたらしい。
クロードも名前や元騎士である事はレグナスとあの男の会話で知ったが、ウルスも同期で嗜虐趣味からの行き過ぎた行いで騎士団をクビなった後の事は知らず、化け物と呼ばれる覚えもないと言う。
いよいよ何処から「化け物」と言う言葉が出てきたのか。
殺したい気持ちでいっぱいのクロードでも、さすがにこれでは殺せない。
盗聴器をレグナスにつけてからそれほど時間は経っていないというのに、奴隷に妊娠、誘拐と堕胎でこれ以上は何も出てくる事は無いだろうと、そう思っていたのにこの有様だ。
この部屋の正常な空気は、絶え間ないクロードの自制によって保たれている。
ともすれば、猛毒の塊になって壁諸共溶かしてやりたいのを、自分で自分に薬剤投与する事によって平静を装っているクロードは、心底己の能力が自身に効くもので良かったと、そう思う。
少しでも垂れ流せば、この場にいる者は味方ともどもあの世行きだ。
頼むからこれ以上刺激してくれるなと、頭を抱えるクロードの願いは破落戸には届かない。
皆が黙っているのをいいことに、元騎士で、破落戸で、犯罪者である――フレイグの言葉は続いた。

「他の誰も気づいてなかったけど、俺は気づいた。それを上にチクられても、騎士団をクビになっても黙っていてやったのに、この仕打ちはなんだよ、なぁ?」

やたらと声が大きいのは、他の人間にも聞かせるためだろう。
どうやら化け物という言葉は、今の所ウルスのみに向けられているものらしい。
こうも恩着せがましく言うのなら、何かしら確信があるのだろうがどうにも言い方が曖昧だ。
化け物が能力者の事であるならば、もれなくこの場にいる四人はフレイグの言う化け物だが、それに気付いた様子もない。
それに仕打ちとは、元騎士であったなら、犯罪者が騎士にどういった扱いをされるのか知っているだろうに、まさか自分は大丈夫だとでも思っているのか。
面白い事に、フレイグの一風変わった命乞いは一時的な延命と言う意味でなら成功している。
クロード達は化け物と、そう呼ぶ理由を知るまでフレイグを殺せない。
クロードは今まで床を覆いつくすように広がっていたセルベルの影が、カンテラが照らす部屋の中で怪しく揺らぐのを視界の端に捕らえながら、自身もまた片手を握りしめた。
クロードはナリカケを捕獲する事も得意だが、尋問も得意だ。
ゆっくりと歩み寄ってフレイグの前に立ったクロードは膝をつく。
視線を合わせてくるクロードに、自分の話に興味を持ったのかと聞いてくる様は足の痛みを感じさせないものだった。
壁を背に座るフレイグの投げ出された足の向きはおかしな方向を向いていて、関節も増えている。
こんな折り方が出来るのは恐らくアレギースだろう。
もう一人の名も知らぬ破落戸は、横で腕を切り落とされても痛みを感じない事に恐怖して震えているというのに、そんな足を前にしても動じた様子もないフレイグは、さすがいかれた馬鹿だ。
痛みで碌に喋れなくなってもよろしくないと、クロードが痛みをわざわざ遮断したのに、痛みを感じなければ気にしないらしいフレイグには全く意味がなかった。
前に出たクロードと入れ替わるようにウルスは数歩下がった。
それを確認して、握りしめた手をクロードはそっと開いた。
無味無臭、そこに何があるのかはクロードにしか解らない。
フレイグの胸が何度か上下した後で、クロードは努めて穏やかな表情を心がけながら聞いた。
「化け物とはどういう意味ですか?」と。
フレイグの、元から淀んでいた黒い目が、さらに沼の様にどろどろとしたものになる。
その沼が、底なしの沼であったとしてどうと言う事もない。
腹部の違和感に気付いたレグナスに、態々妊娠の事実を知らせ、執拗な暴力で流れる様にと仕向けたその悪辣さの前には、クロードのしようとしている事など可愛いものだ。
戦う力を持たないレグナスの必死の抵抗を笑い、赤く染まった下半身を開かせて何をしようとしていたのか、引き離した時にしつこくレグナスに伸ばしていた腕こそ、もう一人の破落戸の様に切り落とされるべきものだった。
さあ、今お前は喋りたくて、吐き出したくてたまらないだろうとクロードは微笑んだ。
その秘密が自分の命を繋いで切る事を知らないまま、さっさと吐き出して死にましょうと誘った。
吐いて、死んで、生まれ変わりで赤子になったらなら。

―――今度はお前が流れてしまえと。

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感想 9

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みんなの感想(9件)

tono.s
2024.09.28 tono.s

楽しく読ませて貰いました。ありがとうございます。まだまだこれからが興味深く続きを待ちたいと思っちゃいました。宜しくお願いします。

解除
あ。
2024.07.19 あ。
ネタバレ含む
解除
まずいチキン

全員集合で良かった。対象者皆んな素敵だから、全員で幸せになって欲しいです。と、いうか、全員で見張ってないと、すぐにトラブルに巻き込まれそうですね。

解除

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