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その知らぬ存ぜぬは許されるものか否か。
しおりを挟む2018. 1. 22
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冷ややかな目で麻衣子を見つめた後、高耶は再びそこへ視線を戻す。
幻影として見えている神楽は覚えることができた。後は音だけだ。神楽は音と踊り。踊りが違うならば、音も違ってくる。もう一度、今度は音を拾おうと集中する。しかし、それは途中で打ち切られた。
「なんなのよ、あんたっ。余所者のくせにっ」
「……」
肩を上下に動かすぐらい大きなため息が出た。
「っ、なんとか言いなさい。何が目的っ」
「神に正しい神楽を奉納する。邪魔をするのならお前は俺の敵だ」
「なっ、敵とか、あんたバカじゃないの!? はっ、ゲームのし過ぎとか、そういうことね。嫌だわ。これだから都会の人間は」
「……」
もう無理だ。ここで引き上げよう。そう判断して、高耶は麻衣子を見ることなく背を向けた。
「ちょっ、逃げるのっ」
「……」
歩みを進める高耶に、麻衣子が追いすがる。しかし、そこで風が阻んだ。
「っ、なに……っ!?」
小さな目に見えないほどの竜巻が、麻衣子の足を止める。なんのことはない。少々風の道を弄っただけの陰陽術ともいえない小細工だ。
「ここだと正面に見えるのか……」
階段を降りようとする時、まっすぐ目を向けた先には山があり、目を凝らすとその山の中に山神の社が見えた。
場所は確認できた。後は充雪が帰ってくるのを待って、神と封印の状況を確認する。神楽については、全て終わってからでも問題はない。
ここの神主と直接やり取りできるように、連盟から働きかけてもらうことにする。
高耶は長い階段へ足を踏み出す。しかし、数段下りたところで、階段を駆け上がってくる女性に気付いた。
「っ……?」
赤と白のコントラスト。その女性は、巫女服を着ている。それなのに、とても身軽に、危うげなく階段を駆けてきた。惹きつけられるように目を向けたその顔は、知り合いにとてもよく似ていた。
「源……っ」
榊源龍にそっくりなのだ。髪の長さは腰まである。美しい黒髪を束ねた女性には表情がなかった。いつも微笑みを絶やさないように見える優しげな表情を見慣れている高耶としては、違和感を覚える。
それが女性であることは確かだ。胸の膨らみも、華奢な体の線も源龍とは違うと思える。何よりも違うのがその気配だった。
「っ……!」
すれ違う時、体の芯から冷たい何かが湧き上がるようにぞくりと震えた。
振り返る事ができなかった。聞こえたのは麻衣子の声だけ。
「あっ、薫さん。どこ行ってたの? うわっ、休憩終わるギリギリ! 急ごう!」
「……」
去っていく気配。高耶はまたゆっくりと階段を下りはじめる。
「……妙だな……」
人ではない気配だと断言することは出来なかった。だからといって妖の気配でもない。一瞬だが直感が告げたのは目の前の山から漏れている気配と同じ。
「鬼の気配だと……?」
そこでようやく振り返る。
確信を持ってその気配を探れば、間違いないと思えてくる。
「あれが鬼渡家ってことか……はっ、笑えねぇ……」
高耶に鬼を相手にした経験はない。けれど、体の底から感じたのは、純粋な畏怖の感情。妖を相手にしてそれを感じたことはなかった。
唯一感じたのは、父を亡くした時。
「……嫌な事を思い出させてくれる……」
とっくに割り切ったと思っていた。自分はもう乗り越えたと。けれど、それを思い出すには十分な感覚を呼び起こした。
「ヤれるか……俺に……」
一歩一歩、階段を踏みしめながら高耶は自問する。
危惧しているのは、相手が人であるということだ。これが鬼であるのならば高耶は躊躇などしないだろう。
湧き出た黒く濁った思いを感じる。それは、忘れたいと思ったもの。過去の過ちの記憶だ。
「……父さん……」
小さく呟いたその声は、幼な子が遠くへ行ってしまった親を求めるように頼りない響きだった。
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冷ややかな目で麻衣子を見つめた後、高耶は再びそこへ視線を戻す。
幻影として見えている神楽は覚えることができた。後は音だけだ。神楽は音と踊り。踊りが違うならば、音も違ってくる。もう一度、今度は音を拾おうと集中する。しかし、それは途中で打ち切られた。
「なんなのよ、あんたっ。余所者のくせにっ」
「……」
肩を上下に動かすぐらい大きなため息が出た。
「っ、なんとか言いなさい。何が目的っ」
「神に正しい神楽を奉納する。邪魔をするのならお前は俺の敵だ」
「なっ、敵とか、あんたバカじゃないの!? はっ、ゲームのし過ぎとか、そういうことね。嫌だわ。これだから都会の人間は」
「……」
もう無理だ。ここで引き上げよう。そう判断して、高耶は麻衣子を見ることなく背を向けた。
「ちょっ、逃げるのっ」
「……」
歩みを進める高耶に、麻衣子が追いすがる。しかし、そこで風が阻んだ。
「っ、なに……っ!?」
小さな目に見えないほどの竜巻が、麻衣子の足を止める。なんのことはない。少々風の道を弄っただけの陰陽術ともいえない小細工だ。
「ここだと正面に見えるのか……」
階段を降りようとする時、まっすぐ目を向けた先には山があり、目を凝らすとその山の中に山神の社が見えた。
場所は確認できた。後は充雪が帰ってくるのを待って、神と封印の状況を確認する。神楽については、全て終わってからでも問題はない。
ここの神主と直接やり取りできるように、連盟から働きかけてもらうことにする。
高耶は長い階段へ足を踏み出す。しかし、数段下りたところで、階段を駆け上がってくる女性に気付いた。
「っ……?」
赤と白のコントラスト。その女性は、巫女服を着ている。それなのに、とても身軽に、危うげなく階段を駆けてきた。惹きつけられるように目を向けたその顔は、知り合いにとてもよく似ていた。
「源……っ」
榊源龍にそっくりなのだ。髪の長さは腰まである。美しい黒髪を束ねた女性には表情がなかった。いつも微笑みを絶やさないように見える優しげな表情を見慣れている高耶としては、違和感を覚える。
それが女性であることは確かだ。胸の膨らみも、華奢な体の線も源龍とは違うと思える。何よりも違うのがその気配だった。
「っ……!」
すれ違う時、体の芯から冷たい何かが湧き上がるようにぞくりと震えた。
振り返る事ができなかった。聞こえたのは麻衣子の声だけ。
「あっ、薫さん。どこ行ってたの? うわっ、休憩終わるギリギリ! 急ごう!」
「……」
去っていく気配。高耶はまたゆっくりと階段を下りはじめる。
「……妙だな……」
人ではない気配だと断言することは出来なかった。だからといって妖の気配でもない。一瞬だが直感が告げたのは目の前の山から漏れている気配と同じ。
「鬼の気配だと……?」
そこでようやく振り返る。
確信を持ってその気配を探れば、間違いないと思えてくる。
「あれが鬼渡家ってことか……はっ、笑えねぇ……」
高耶に鬼を相手にした経験はない。けれど、体の底から感じたのは、純粋な畏怖の感情。妖を相手にしてそれを感じたことはなかった。
唯一感じたのは、父を亡くした時。
「……嫌な事を思い出させてくれる……」
とっくに割り切ったと思っていた。自分はもう乗り越えたと。けれど、それを思い出すには十分な感覚を呼び起こした。
「ヤれるか……俺に……」
一歩一歩、階段を踏みしめながら高耶は自問する。
危惧しているのは、相手が人であるということだ。これが鬼であるのならば高耶は躊躇などしないだろう。
湧き出た黒く濁った思いを感じる。それは、忘れたいと思ったもの。過去の過ちの記憶だ。
「……父さん……」
小さく呟いたその声は、幼な子が遠くへ行ってしまった親を求めるように頼りない響きだった。
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