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エンカウント率の高さには自信がありますが、いりません。
しおりを挟むこれは前世での事だ。
レグナスの頭の中にだけある、断片的な前世の記憶。
攻略対象との出会いイベントをこなし、主人公がやっと辿り着いた街ではちょうどお祭りが催されている。
何処へ向かうかによって攻略対象に再会する順番が変わり、会話の内容で好感度が上下して、最後にちょっとしたハプニングが起こる。
再会する順番と会話の選択肢で、その時助けに来るキャラが変わるのだとシナリオ担当に聞いて、レグナスの前世は一つ二つ変わるだけで運命の相手とやらは変わってしまうのかと、制限のあるゲームだと解っていても、運命と銘打っている相手がころころと変わってしまう事を不思議に思ったものだった。
シナリオ担当はそんなレグナスの前世に、「解っていないな、まさかお前素人童貞か?」と言ってきたので、勿論その喧嘩は買った。
シナリオ担当の昼食であるパンを全部平らげて報復した後、自分も鬼じゃないとカリカリッツメイトを渡したレグナスの前世に恨みがましく呪詛を吐きながら、シナリオ担当は語った。
運命の相手がころころと変わる訳ではない。
それぞれ運命の相手が違う世界が存在するのだと。
そしてその運命の相手と最終的にたどり着く数多の結果もまた、別の世界なのだと。
他にも色々と熱くシナリオ担当が語っていた気がするが、レグナスの前世が結論として思った事は童貞全く関係なかったな、だった。
レグナスはもう少しシナリオ担当の話を真面目に聞けばよかったかと、そんな後悔をしながら出店の並ぶ通りを歩いていた。
顏には猫の仮面をかぶり、手には出店で買ったカットフルーツを持っていて、まさに祭りを満喫している様子だったが、驚くことなかれ、実はレグナスは人生二度目の放逐に遭っているところだった。
その証拠にレグナスは現在一人で、ウルスと共に屋敷を出た服は全て着替えさせられ、最初に渡されていた狐のお面は猫に変えられ、そして目立たない様にと上に羽織っていた上質な外套も、くたびれたものに変わっている。
これは見事な連携を見せた騎士達の仕業であった。
祭りに出かけるにあたって、当初危惧していた体調もほどほどに落ち着き、ウルスから離れない様にと硬く約束させられ、出た久しぶりの屋敷の外。
賑やかな祭りの風景に、これがあのイベントが起こる場所かと、普通では思わないだろう感想を持ちながら、ウルスと祭り名物の動物のお面をそれぞれ選びあって数件店を回った時、ウルスを騎士達が呼びに来た。
騎士はレグナスに聞こえないように小さな声で話したが、レグナスにはばっちり聞こえていた。
トラブルがありウルスに大至急来て欲しいらしい。
ウルスが隊長を務める騎士団は祭りで警備を担当していた為、こういったことも起こり得る事だと、事前にウルスが離れなければならない時は、レグナスとのお祭りタイムは速やかに終了し屋敷に戻る事になっていた。
元々、まる一日空けられなかったウルスがレグナスに許した時間は三時間程度。
病み上がりのレグナスは出店を4件ほど回ったところで少し疲れを感じていた為、十分気分転換になったと満足しており文句はなかった。
騎士達の報告を聞き終え、レグナスの選んだ白いオオカミの仮面を取ったウルスはレグナスを屋敷に送り届けてから向かうと言ったが、至急の為と騎士達がその役目を買って出た。
ウルスは渋った。
しばらく無言で黙った。
この時間もったいなくないかとレグナスが思うほど間が空いて、やっとウルスは残していく二人の部下にレグナスをしっかりと送るように言いつけて、何度も振り返りながら去っていった。
レグナスはウルスが何度も振り返るので見えなくなるまで手を振った。
ウルスの姿が見えなくなって、騎士達の持つ空気が変わったのは、それからたっぷり20は数えてからだ。
行かないのだろうかと、訝しげに見ていたレグナスの手を強引に引っ張り、騎士達が連れて行ったのは人気のない袋小路だった。
ウルスにお任せくださいと胸を叩いて笑っていた顔を嫌悪に歪めながら、レグナスに「お前はウルス隊長に相応しくない、これを着ろと」着替えを差し出した。
レグナスは相応しくない自覚があったので素直に着替えた。
着替えている時は背を向ける、こんな時も紳士な騎士達は次に「ウルス隊長の買ったお面はお前にはもったいない、この泥棒猫を着けろ」と猫の仮面を差し出した。
どちらかと言えばこの仮面はお魚咥えたどら猫ではなく、宅急便だなと思いながら、レグナスは猫好きだったので特に文句もなく狐のお面を騎士達に渡してそれを付けた。
さて次は何だと思ったレグナスに、騎士達はリュックを差し出した。
中を見ればお金、冒険者が持つ身分証、ちょっと冒険に出かけても問題ない旅支度が入っていた。
あまりの準備の良さに感動したレグナスは、しかし騎士達は大事な事を忘れているとがっかりもした。
レグナスの首にはまだ、逃亡防止の銀のリングが輝いていたからである。
此処までくれば騎士達が何をしたいのか、レグナスはばっちり理解していた。
これは少し前に執事のセリアンに望んでいた、逃亡の手助けに他ならない。
何故かセリアンには気に入られてしまい、他からの手助けを諦めかけていたが、なにもレグナスにいなくなって欲しいと思っているのはセリアンだけではなかった。
外に出ない所為で忘れていたが、主人公との純愛ならいざ知らず、尊敬するウルスのそばにレグナスのような得体のしれない人間がいて、騎士達が嬉しく思う筈がない。
盗賊団のアジトからこの街までの移動中も、レグナスは騎士達に凄い目で見られている事に気付いていた。
ウルスの手前何も言われなかったが、ずっとどうにか引き離したいと思っていたに違いない。
けれどウルスの屋敷に連れていかれてから、ずっとレグナスは籠の鳥で、騎士達は手が出せなかった。
そんな時にこの祭りで、ウルスが数時間だけとはいえ休みを取り、レグナスを連れ出すという。
騎士達がこの絶好の機会を逃すはずもない。
とんだ伏兵だ、レグナスは何の苦労もなく逃亡計画が進んでいた事に感動した。
しかし銀のリングは一体どうするつもりなのか。
騎士達はこのリングの存在を知っているはずである。
何せ騎士達との移動中に、このリングには何度もお世話になったのだから。
銀のリング以外はすっかり準備万端になったレグナスを騎士達が確認していると、いつの間にか騎士ではない人物が増えていた。
騎士達とその人物は頷きあい、レグナスの着ていた外套を騎士がその人物に渡したため、知り合いだということは解った。
「その首のリングを外したければ、この人についていけ。逃げるんじゃないぞ」
此処まで親切なお膳立てをしておいて、騎士達がレグナスに危害を加える可能性は低かった。
恐らくリングを外したのが騎士達だと、ウルスに知られるのはまずいのだろう。
新たに増えた人物は騎士達に疑いの目を向けない為に用意されたのだと、レグナスはあたりを付けた。
返事を待たずに歩きだしたその案内役らしき人物の後に、レグナスは大人しくついていくことにした。
「これはまた、面倒なものを着けられたもんだね」
後をついてたどり着いたのは、怪しげな店だった。
まじない屋と書かれた看板にレグナスは馴染みがなかったが、ついていけばリングが外れると言うのだから信じようと、案内役に連れられるがまま、店の中に座る老人の前に立った。
レグナスの首のリングを見て老人がまず初めに口に出したのは文句だ。
出来ないと断らないあたり、リングを外す事は可能なのだろう。
面倒だ、できればやりたくないとさんざん言い放って、案内役が差し出した袋の中身を見て黙った。
世の中やっぱり金だなと、レグナスが頷いていると老人は金を払った案内役にリングを外す契約書を書いてから、レグナスに言った。
「本当はこんな面倒な事はごめんだが、これも仕事だ。安心しろ、このリングを取った事でお前さんの身体に悪い事は起こらない。作られた理由は胸糞悪いが、対象者に何よりも優しくできているんだ」
老人はレグナスを安心させようとしたのかもしれないし、レグナスがリラックスしたほうが、事を進めやすかったのかもしれない。
それから変な呪文や踊りや怪しげな光と、もしかしたら寿命が縮んだんじゃないかと思えるほどの老人の頑張りで、やっとリングは取れた。
二つに分かれてカランと落ちたリングは、案内役が回収していた。
「身体を大切にしなさい」
リングを外しただけで酷く疲労した様子の老人は、レグナスにそう言った。
軽くなったものの、まだ体調が悪い事を見抜かれたのかと、レグナスは素直に頷いたが、老人はなんだか心配そうな顔のままだった。
久しぶりに何もつけていない首をさすっていると、案内役はレグナスを町の門まで連れて行き、ご丁寧に手続きまでして外へ連れ出した。
「此処までだ、とっととこの街から去れ」
銀のリングとレグナスが着ていた外套を手に、案内役は町の中へ戻っていった。
ウルスと別れてから此処まで、レグナスは一言も喋ることなく逃亡を成し遂げた。
此処までおんぶに抱っこで逃亡を成し遂げたものは他にいないんじゃないかと思うほどのあっけなさ。
一言お礼ぐらい言っておけばよかったかとも思ったが、レグナスの意思を一切確認しなかった相手には言う必要もないかと、レグナスは思い直した。
「二度目か…」
門の外に出されて放逐される経験を、三年ほど前にレグナスは経験している。
今の状況は手厚さが段違いだったが、された事は同じだ。
三年前はウルスともう一人の騎士に、そして今はその部下である騎士達に。
自分はいらないものなのだなと、そう感じてしょうがないから、出来れば二度経験したい事ではなかったが、納得して大人しくついてきた手前、それは我儘という物だろう。
レグナスは目の前に広がる道を見て、一つ息を吐いた。
そして歩き出した。
―――街の方へ。
すぐ戻ってきたなと言う門番に、忘れ物をしたついでに祭りをもっと楽しんでおこうと思いましてとレグナスは笑って見せた。
あの忌々しいリングもなく、今は顔を隠す事が怪しまれない祭りの最中だ。
外からの客も多く、隠れるのに適しているし、今すぐ旅立たなければいけない理由もなく、更に言えばこの町には主人公と攻略対象全員のイベントが起こる可能性がある。
それはアレギースがこの町にいて、会える可能性もあると言う事だ。
無事な姿を確認できたらしたいし、さらに言えばレグナスはまだアレギースに恩を返しきれていないと思っていたから、もしまた仲間に入れてもらえるのならば、入れて欲しかった。
アジトが襲われていた時に寝こけ、そのうえ今まで騎士に囲われていた事で拒否されても、もう世間知らずな子供ではないレグナスは、一人でも生きて行けるだろう。
レグナスはそう腹をくくって、アレギースを捜す事にした。
そして冒頭の、シナリオ担当の話をよく聞いておけばよかったという話に戻る。
あくまで主人公がその場所に行けば攻略対象に会えるという場所であったが、手掛かりはそれしかない為、レグナスはアレギースと主人公が出会う場所を必死に思い出そうとしていた。
結果、何とか選択肢の場所は思い出す事は出来たが、それがどのキャラに遭う場所なのかが前世の記憶からは抜けていた。
役に立たない記憶だと、レグナスは前世に悪態をつく。
やけになって、騎士にもらった金で思わず衝動買いをしたカットフルーツも食べた。
「…おいしい」
フルーツのおいしさで少し落ち着いたレグナスは、仕方ないと勘で場所を選ぶことにした。
まるでゲームで選択肢を選んでいる気分だと思いながら、レグナスが選んだ場所はお祭りの時にだけ特別に広場に作られるオークション会場だった。
何を出してもいいという触れ込みのオークションにはゴミから掘り出し物までたくさんの品物が出品されている。
匿名での出品も可能な為、アレギースが何か出品していやしないかと、レグナスは期待したのだ。
レグナスはつい、自分がちょっぴり不運である事を失念していた。
レグナスの運で、一発でアレギースを引く事は無理だと解っていなかった。
それを思えば、こうなる事は必然だった。
オークションを見るのに夢中になっていたレグナスは、背後から迫る黒い影に気付かなかった。
突然、背後から受けた衝撃に、地面に倒れ込んで気付くと、レグナスの仮面は外れてしまっていた。
ぶつかってきた相手に慌てた様子で手を引かれ、顔を隠す事が出来なかったレグナスは思い切り、その人物に顔を見られてしまっていた。
さながら、某漫画の冒頭の如き流れ。
「君はまさか…!」
モブに対して在り得ない、再会を示すそんな言葉に、レグナスは無言で首を横に振った。
長いエメラルドグリーンの髪に琥珀色の瞳は垂れ目がちで、モノクルが非常に似合っている。
静かに笑みを浮かべていれば、神に仕える麗しい神父のように見えなくもないが、中身は前世で言えばマッドサイエンティストに近い事を、レグナスは知っていた。
国に認められている天才で、学者だからひ弱かと思えば自分で研究材料を狩りに行く事もあり、細身に見えて服の下はすごいらしいとは人物紹介からの情報だが、レグナスは自分を逃がさない為か抱き締めてくる感触で、それが本当である事を感じていた。
何と言うか、レグナスの身体にはない弾力を、服越しに主張してきていたからだ。
嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば、レグナスは嬉しくなかった。
このまま水に引き込まれるのではないかという恐怖が湧いてしまうのは、レグナスが相手をワニの様に感じているからだろう。
三人目の攻略対象であるクロード=アーリアスは、「お久しぶりです、大きくなりましたね」とレグナスに言うが、レグナスはクロードなど知らない。
引き取られた貴族の家で、三年前まで教えを乞うていた先生が、確か似たような色味の髪でダサいぐるぐる眼鏡をかけていたのはおぼえているが、攻略対象のクロードにおぼえはなかった。
知りません、貴方のような攻略対象を私は存じ上げませんと。
思い出を勝手に語り出したクロードに、レグナスは無言で首を横に振り続けた。
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