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最終章 終わりの刻

14話

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「さて、みんな揃ったわね」
 午後3時を回ったころ。
 私たちの部隊は再集合を完了した。
「御父様の第2旅団も順次集合してるらしいわ」
 私は背後の部隊に向かってそう告げる。
 僅か2個大隊。
 いや、これまでの戦闘で我が部隊は擦り切れている。
「両軍が今は戦闘を辞めて、明日に備えているわ」
 私はそう言ってモスクワを指さした。
 つい先ほどまでは激しく砲火を交わしていた両軍は、態勢を立て直すべく一旦兵を引いた。
「ソ連は起死回生の一手を打つに違いないわ。その前に、私たちで戦争を終わらせる」
 私の言葉に兵がどよめく。
「失礼、それはどのような」
 ロレンス中佐の冷静な問いに私は安堵した。
 こうやって、副官が兵の言葉を代弁してくれるだけで、指揮官と兵達の距離は縮まる。
「簡単よ、チェスのボードをひっくり返すだけ」
「つまり?」
 要領を得ないロレンス中佐の問いに私は笑みを浮かべた。

「モスクワ防衛司令部を破壊する」


「失礼、コーネフ閣下はいらっしゃいますか」
 その頃、エレーナは司令部を訪れていた。
「誰だ、貴様は」
「第1親衛戦車大隊臨時大隊長エレーナ・スターリン大尉です」
 衛兵の誰何にエレーナはそうにこやかに答えた。
 彼女の返答を聞いて驚いたのは衛兵であった。
「これは失礼致しました!」
 衛兵が慌ててそう答えたのをエレーナは微笑んで許した。
 こんな扱い慣れている。
 トゥハチェンスキの名と顔は知れ渡っているが、私はそうではない。
 エレーナは何処か寂しい思いをしながらも、諦めたように笑うと廊下を歩く。
 そして、たどり着いた司令官室からは忙しそうに司令部要員が出入りをしていた。
 一瞬躊躇したエレーナだったが、意を決して司令官室の扉をあけ放った。
「失礼します。第1親衛戦車大隊、エレーナ・スターリン大尉です」
 その言葉にコーネフは微笑んだ。
「ほう、貴官が第1親衛戦車大隊の大隊長か」
 彼はその後に「男だと聞いていたのだが」と続けると、怪訝そうな顔をエレーナに向けた。
「大隊長は戦死致しました」
 エレーナは声音も変えずにそう答えた。
 それを聞いたコーネフは静かに「失礼」と答えた。
「して、精鋭戦車大隊が何の用かな? 見ての通り崩れた陣形を立て直すので精一杯なのだが」
 そう言ってめんどくそうに手をひらひらとさせるコーネフ。
 今、ソ連軍の陣形は乱れきっていた。
 これも全て、あの王女のせいであった。
「敵はこれを機に突っ込んできます」
 エレーナの言葉に彼は「まさか」と答えようとした。
 だが、その言葉はすんでのところで出なかった。
 あまりにも、エレーナの瞳が確信に満ちていたのである。
「野良犬。ご存じでしょう」
「あの、白銀の番犬とやらか?」
 どうやら敵軍のエースの名は上級将校たちにも知れ渡っているようだ。
「はい。その部隊がここぞとばかりに突撃してきます」
「確信は?」
「あの野良犬と5度戦っています」
 エレーナの言葉を聞いてコーネフは顎に手を添えた。
 何やら思案しているようだ。
「で、あるなら目標はここだろうな」
「恐らくは」
 エレーナの返答にコーネフは目をつぶった。
 そして、静かに言葉を絞り出した。
「幕引きには、ちょうどいいな」
 コーネフはそう答えるとエレーナを見つめた。
「死んでくれるか」
「勿論ですとも」
 コーネフの問いにエレーナは即答した。
 それを聞いてコーネフは思わず「怖くないのか」と尋ねた。
「えぇ、閣下と書記長の為に死ねるのなら」
 エレーナの返答にコーネフは額に手を当てた。
「貴官のように、女子供が戦場に立たなくてもいいようにしたいものだ」
「では、閣下がお創りください」
「敗軍の将にできることはそうないだろうさ」
「そこは、うまくやってください」
 彼女はそういうと無邪気な笑みを浮かべた。
「難しいことをいうもんだね」
 コーネフはそう言ってあきれるように笑うと窓の外を見つめた。
 そして、意を決したようにエレーナに告げた。
「まぁ、戦後うまくやってやるさ」
 彼の言葉に笑みを浮かべたエレーナはコーネフに敬礼を捧げた。
「では、行って参ります」
「健闘を祈っている」
 彼女にコーネフもまた、敬礼で応じた。
 背を向けて、司令官室を離れようとするエレーナにコーネフはこう尋ねた。
「時に、書記長はどうされているか?」
 その問いにエレーナは静かに答えた。

「どこか、ウラルより奥に行かれたかと思いますよ」


「クソッタレ……。後少しだったのに」
 その頃、ロンメルは前線で悔しげな表情を浮かべていた。
「何だったんだ、あれは」
 津波の様に押し寄せ、突然後退していったソ連軍にロンメルは混乱していた。
 予想外の攻撃は彼の戦闘序列を破壊するのに十分な威力を持っていた。
「人を何だと思ってるんだ」
 だが、その為に敵は死体の山を築き上げた。
 文字通り山だ。
「死体を避けて行けるか」
「無理ですよ、どこもかしこも死体だらけです」
 ロンメルの問いに副官はそう言って笑った。
 モスクワ市街とロンメル達の間には無数のソ連軍の死体が散乱している。
「死体を乗り越えていけないか?」
 それを聞いた副官はため息を吐いた。
「駆動系に入り込んで戦車が使い物にならなくなりますよ」
「なるほど、難しいものだな」
 そう言ってロンメルは顎に手を当てた。
 思案するロンメルを見て副官は呆れたような顔をした。
「わざとらしいですね。どうせ番犬に丸投げするつもりでしょう?」
「む、丸投げとは聞こえが悪いな。彼女なら何とかしてくれると信頼しているだけだよ」
「それを丸投げって言うんですよ」
 ロンメルと副官はそう言って他愛もない会話を交わすと笑った。
「まぁ。もうすぐ彼女が来るさ」
 ロンメルがそういうと、無線機から少女の声が響いた。

「将軍、お困りですか?」

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