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第1章 統一戦争
16話
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1935年12月27日。
第一自動車化大隊を基幹に歩兵3個大隊と支援部隊で構成される第一旅団は海上にあった。
位置はラトビアの北に存在するエストニアの首都沖。
ラトビアから輸送される鋼材船団に偽装したそれは現在、沖で錨泊して参謀本部からの命令を待っていた。
二日前に出された出撃命令に沿い、港から貨物船に乗船したが、未だ宣戦布告は行われていない。
無線でもたらされる情報をもとに考えれば現在外交的最終段階に入ったところだ。
どうにもエストニアが最後通牒を受諾する構えを見せているようで、ラトビア本国としては悩んでいるらしい。
しかし三日後には全面拒否の返答と総動員令をエストニアは発した。
これに対し、ラトビアはシーレーン防衛を名目に海軍出撃させる。
エストニアは陸軍すべてをラトビア国境に張り付け、防衛の構えを見せる。
そして1936年1月1日。
「参謀本部から入電!! 『母国、戦争状態に突入セリ!』」
この電文を期に輸送船団は第二駆逐大隊を伴ってエストニア首都の港を目指した。
また、軽巡洋艦「ラトビア」及び、第一駆逐大隊は先行して沿岸砲撃を行いながら水雷艇を撃滅する。
午後0時15分。貨物船団は先行部隊と合流し、内容物の陸揚げを開始した。
「撃ち続けろ!! 陸軍を支援するのだ!!」
「艦長! 砲身がこれ以上持ちません!!」
「海水でもぶっかけて冷やせ!!」
軽巡洋艦「ラトビア」では怒号が飛び交う。
「閣下!敵森林地帯から重砲射撃!!」
「第二駆逐大隊を前進させたまえ! 近距離から正確に敵砲兵隊を叩き潰すのだ!」
艦隊司令、モレノ・ウィンツは的確に指示を飛ばす。
思ったよりも反撃が激しい。
というより、なぜここに重砲がいるのだろうか。
事前の話ではいたところで警察大隊のみという話ではなかっただろうか。
「艦長、本艦はあと何時間砲撃できるかね?」
モレノは顎髭をいじりながら艦長に尋ねる。
若き軽巡洋艦の艦長はこれに「もって二時間でしょうか」と答える。
「そうか、全力射撃を続けたまえ」
直後、凄まじい爆音が海上に響いた。
艦橋が騒然となる。
「報告! 第一駆逐大隊二番艦マーコニス被弾!」
どよめきが艦内に広がる。
「マーコニスは輸送船団の位置にまで下がらせろ、負傷者を輸送船に載せ替えたのちに戦列に復帰させたまえ」
モレノは悠然と命令を発し続けるが、彼の右手は強く握られていた。
「進め! 橋頭保を確保しろ!!」
旅団長自ら先陣を切り部隊を指揮する。
この戦闘での切り札はまだ上陸していない。
彼らを陸揚げする埠頭をまだ確保できていないのだ。
現在上陸を行っているのはわずか4個中隊にすぎない。
「第223中隊、前進します!」
「第221中隊、20分後に前進!」
「第222中隊、未陸揚げ武器弾薬は残り一割!」
「第224中隊、上陸開始!」
各所から届く報告に耳を傾けながらベルント・シューマイン上級中将は地図を眺める。
敵首都の地図。事前に命令を決めてはいるがうまくいかないものだ。
敵の小型艇部隊の妨害により、第223中隊以外の中隊の上陸は30分遅れた。
本来なら今にでも4個中隊で前進を開始しているはずなのだが……。
「第223中隊には埠頭の確保を優先させろ!」
「了解であります!」
伝令を走らせる。
「第221中隊には第222中隊を待ってから敵警察隊の制圧を命じろ!」
エストーニャの警察は重武装であるといわれている。
彼らは平時、兵力として活動しないが、首都に在籍する警察官の数は大隊規模に及ぶ。
「第224中隊には軽火器の上陸のみを命じ、223中隊の援護を!」
大隊長に代わり命令を出すシューマイン。
「大隊本部、間もなく着岸。上陸開始まで残り5分!」
大隊長含む大隊本部を積載した貨物船は機関故障により着岸が遅れていたのだ。
「了解した。大隊長到着次第、私は海上の旅団本部に戻る」
彼は付近の参謀にそう命じると再度地図を睨む。
そこには四つの駒。
現在223中隊のみが前進を開始しており、半ば孤立しているともいえる。
ここで彼らの側面を突かれたら……。
いや、そのような戦力は残されていないはずだ。
「参謀本部にエストニア陸軍は国境にどの程度いるか確認をとれ!」
「は?」
シューマインが突如出した命令に困惑する副官。
しかし、彼が「早くしろ」と命令を出すと体をすぐさま動かし通信機に飛びついた。
何度かのやり取りをしたのちに彼は参謀本部からの返答をメモにまとめ、彼に渡した。
「国境には8個大隊、2個師団がいると思われます」
「なるほど、ソビエト方面には?」
「確かではありませんが、無線傍受の結果2個大隊かと」
おや、と引っかかった。
「エストーニャは4個大隊で1個師団だな?」
「は? はぁ、そうですが」
「ならば大隊数の合計は4の倍数でならなくてはならない。だが、今確認されているのは……」
「……10個大隊、ですね」
そこで副官がようやく何かに気が付いたようだ。
「残り2個大隊、何処に行った?」
「!! まさか!」
副官が驚きの声を上げる。
「海上部隊にこのことを伝えろ!」
「はっはい!」
臨時の司令部に動揺が広がる。
しかしそれも長くは続かない。
海上から爆音が響いた。
見れば沿岸砲撃を行っていた駆逐艦の一隻が黒煙を吐いているではないか。
「ついに戦死者が出たかもしれんな」
シューマインは一人つぶやいた。
輸送船団に乗り組んでいる陸軍兵士は海上部隊の猛砲撃と先行部隊の上陸をただ指をくわえてみていることしかできなかった。
戦況も全くわからないが、おそらくは自軍有利で進んでいるのだろう。
「報告! 敵二個大隊所在解らず。推定位置、エストニア首都東方!」
私とリマイナに充てられた二人部屋に一人の兵士が駆け込んできた。
「……なんですって?」
私はその兵士に尋ね返していた。
なぜ、敵兵がいる?
予想できるはずないだろう。
首都強襲なんぞ今までに例がなく、思想自体もこの年代にしては早すぎる。
何故敵はそれを予測できたのか?
いや、そもそも予測していたのか?
偶然では?
そう思い返すが、その考えは直後に響いた爆音に打ち消された。
ハッと思い船側の窓から外を見れば赤く燃える駆逐艦。
「……なんてこと」
思わず口を開ける。
リマイナはただ茫然とそれを見守ることしかできない。
私の浅はかな作戦のせいで、負傷者がでたというの?
「リマイナ、出撃よ」
「え?」
気が付けば突飛もないことを口走っていた。
無理だろうと、冷静になれば笑うが、今は冷静じゃなかった。
「LCACでも何でも持ってきなさい! LVTでもいいわ! とにかく今出撃するのよ」
「え?」
まだ間抜けな声を上げるリマイナに私はいら立った。
「ルノーなら渡れるわ、そうよ、そうに違いない。なにせあの傑作戦車だもの」
何を思ったかそんなことを口にしていた。
「できないっていうやつは敢闘精神が足りないわ、売国奴よ。死ねばいいのよ。その場で銃殺刑よ」
「渡れるわけないでしょ!」
リマイナが叫んだ。
彼女の声に私はさらにいら立った。
「なに? まずあなたが死にたいの? あなたは有能だと思っていたのに」
リマイナに拳銃を突きつけるセーフティも外してある。
弾倉も入っている。撃鉄も下ろされている。
引き金に、指もかかっている。
直後、甲高い音が船室に響いた。
呆然とする私。リマイナは目元に涙を浮かべていた。
「……反逆罪かしら?」
私の挑発するような笑みにリマイナは胸ぐらをつかんだ。
初めての行為に少々驚いたが、それでも拳銃をなも突きつける。
「目をそらさないで! 必死に戦っている人たちから! 私たちは私たちの仕事をする! わかった?! 今ここで私たちが出ていったって何も出来ずに海の底に沈むだけ! 私たちは歩兵さんたちか埠頭を確保するのを待ってそれから仕事をすればいいの!」
リマイナは叫んだ。
世迷言をいうリューイを正すために、自分が守ると誓った相手の胸ぐらをつかんででも。
リマイナはここで死んでもいいと思った。
リューイのために動いて死ぬ、リューイに殺されるならいい。
リマイナは覚悟を決めて目をつぶった。
リューイは拳銃を押し付ける。
直後、鈍い音が響いた。
部屋にいる伝令の若い兵は目を覆う。
だが、不思議とリマイナに痛みはなかった。
恐る恐る目を開けると右の頬を赤く腫らしたリューイが。
よく見れば拳銃は床に落ちていた。
右手の拳は体の左側にある。
「……私が間違っていたわ」
リューイは自分を殴ったらしい。
なぜ?
「リマイナ。ごめんなさい。私、おかしかったわ」
リューイがリマイナに顔をうずめる。
どうやら、正気に戻ったらしい。
「君、旅団長に『埠頭の確保を優先していただきたい。さすれば我々が二個大隊程度蹴散らしましょう』と送ってもらえないかしら」
とリューイは未だ茫然とする若い兵に命令した。
すぐに出ていこうとする若い兵をリューイは引き留めた。
「あ、そう。このことは内緒よ?」
軽く微笑んだリューイに若い兵は頬を赤く染め、「了解しました!」というと足早にへやを去っていった。
「やるわよ」
リューイは一人つぶやいた。
シューマインは苦悩していた。
先行させた第223中隊が敵部隊と戦闘を行い、なんとか撃退したものの大きな損害を被ったためだ。
「第221中隊と第222中隊は今どこだ?」
シューマインの問いに一人の参謀が「ここと、ここであります」と指揮棒で地図を指す。
「第224中隊に現在陸揚げが完了している兵力を確認しろ」
「ハッ」と参謀は答えると海岸線に向かって走り始めた。
なおもシューマインの司令は飛び続ける。
「223中隊は一旦後退させろ」
その命令を聞くと通信員は223中隊に後退命令を伝える。
「『我、なお戦えり』だそうです」
「ならん、後退させよ。しなければ抗命罪で処罰すると」
すると悔しがる声で「了解しました」と中隊長の声が聞こえた。
「海上の第13大隊の132中隊と133中隊を上陸させろ!」
シューマインが命じると先ほどとは別の通信員が通信機を操作する。
すると海岸線にはしった参謀が息を切らしながら戻ってきた。
「224中隊! 現在2個小隊が上陸完了しているそうです」
「その2個小隊は現時点をもって旅団本部直轄とする。急ぎ223中隊に合流させ、後退を支援しろ」
「その旨、伝えてまいります!」
参謀はまたも走る。
すると一人の通信員がメモを渡してきた。
「輸送船団からであります」
「ふむ『埠頭の確保を優先されたし。我々が二個大隊程度蹴散らさん』か……送り主は?」
「ハッ第一戦車中隊中隊長リューイ・ルーカス大尉であります」
「なるほど、番犬を信じてみるとしようか。221中隊と222中隊には現在の命令を解除させ、223中隊が交戦した敵部隊の撃滅と埠頭の確保を命じる」
「了解であります!」
戦場とはこうも忙しいものであったかとようやく息をつく。
緩急の差が激しすぎ、どうも合わんなと一人つぶやく彼であった。
第一自動車化大隊を基幹に歩兵3個大隊と支援部隊で構成される第一旅団は海上にあった。
位置はラトビアの北に存在するエストニアの首都沖。
ラトビアから輸送される鋼材船団に偽装したそれは現在、沖で錨泊して参謀本部からの命令を待っていた。
二日前に出された出撃命令に沿い、港から貨物船に乗船したが、未だ宣戦布告は行われていない。
無線でもたらされる情報をもとに考えれば現在外交的最終段階に入ったところだ。
どうにもエストニアが最後通牒を受諾する構えを見せているようで、ラトビア本国としては悩んでいるらしい。
しかし三日後には全面拒否の返答と総動員令をエストニアは発した。
これに対し、ラトビアはシーレーン防衛を名目に海軍出撃させる。
エストニアは陸軍すべてをラトビア国境に張り付け、防衛の構えを見せる。
そして1936年1月1日。
「参謀本部から入電!! 『母国、戦争状態に突入セリ!』」
この電文を期に輸送船団は第二駆逐大隊を伴ってエストニア首都の港を目指した。
また、軽巡洋艦「ラトビア」及び、第一駆逐大隊は先行して沿岸砲撃を行いながら水雷艇を撃滅する。
午後0時15分。貨物船団は先行部隊と合流し、内容物の陸揚げを開始した。
「撃ち続けろ!! 陸軍を支援するのだ!!」
「艦長! 砲身がこれ以上持ちません!!」
「海水でもぶっかけて冷やせ!!」
軽巡洋艦「ラトビア」では怒号が飛び交う。
「閣下!敵森林地帯から重砲射撃!!」
「第二駆逐大隊を前進させたまえ! 近距離から正確に敵砲兵隊を叩き潰すのだ!」
艦隊司令、モレノ・ウィンツは的確に指示を飛ばす。
思ったよりも反撃が激しい。
というより、なぜここに重砲がいるのだろうか。
事前の話ではいたところで警察大隊のみという話ではなかっただろうか。
「艦長、本艦はあと何時間砲撃できるかね?」
モレノは顎髭をいじりながら艦長に尋ねる。
若き軽巡洋艦の艦長はこれに「もって二時間でしょうか」と答える。
「そうか、全力射撃を続けたまえ」
直後、凄まじい爆音が海上に響いた。
艦橋が騒然となる。
「報告! 第一駆逐大隊二番艦マーコニス被弾!」
どよめきが艦内に広がる。
「マーコニスは輸送船団の位置にまで下がらせろ、負傷者を輸送船に載せ替えたのちに戦列に復帰させたまえ」
モレノは悠然と命令を発し続けるが、彼の右手は強く握られていた。
「進め! 橋頭保を確保しろ!!」
旅団長自ら先陣を切り部隊を指揮する。
この戦闘での切り札はまだ上陸していない。
彼らを陸揚げする埠頭をまだ確保できていないのだ。
現在上陸を行っているのはわずか4個中隊にすぎない。
「第223中隊、前進します!」
「第221中隊、20分後に前進!」
「第222中隊、未陸揚げ武器弾薬は残り一割!」
「第224中隊、上陸開始!」
各所から届く報告に耳を傾けながらベルント・シューマイン上級中将は地図を眺める。
敵首都の地図。事前に命令を決めてはいるがうまくいかないものだ。
敵の小型艇部隊の妨害により、第223中隊以外の中隊の上陸は30分遅れた。
本来なら今にでも4個中隊で前進を開始しているはずなのだが……。
「第223中隊には埠頭の確保を優先させろ!」
「了解であります!」
伝令を走らせる。
「第221中隊には第222中隊を待ってから敵警察隊の制圧を命じろ!」
エストーニャの警察は重武装であるといわれている。
彼らは平時、兵力として活動しないが、首都に在籍する警察官の数は大隊規模に及ぶ。
「第224中隊には軽火器の上陸のみを命じ、223中隊の援護を!」
大隊長に代わり命令を出すシューマイン。
「大隊本部、間もなく着岸。上陸開始まで残り5分!」
大隊長含む大隊本部を積載した貨物船は機関故障により着岸が遅れていたのだ。
「了解した。大隊長到着次第、私は海上の旅団本部に戻る」
彼は付近の参謀にそう命じると再度地図を睨む。
そこには四つの駒。
現在223中隊のみが前進を開始しており、半ば孤立しているともいえる。
ここで彼らの側面を突かれたら……。
いや、そのような戦力は残されていないはずだ。
「参謀本部にエストニア陸軍は国境にどの程度いるか確認をとれ!」
「は?」
シューマインが突如出した命令に困惑する副官。
しかし、彼が「早くしろ」と命令を出すと体をすぐさま動かし通信機に飛びついた。
何度かのやり取りをしたのちに彼は参謀本部からの返答をメモにまとめ、彼に渡した。
「国境には8個大隊、2個師団がいると思われます」
「なるほど、ソビエト方面には?」
「確かではありませんが、無線傍受の結果2個大隊かと」
おや、と引っかかった。
「エストーニャは4個大隊で1個師団だな?」
「は? はぁ、そうですが」
「ならば大隊数の合計は4の倍数でならなくてはならない。だが、今確認されているのは……」
「……10個大隊、ですね」
そこで副官がようやく何かに気が付いたようだ。
「残り2個大隊、何処に行った?」
「!! まさか!」
副官が驚きの声を上げる。
「海上部隊にこのことを伝えろ!」
「はっはい!」
臨時の司令部に動揺が広がる。
しかしそれも長くは続かない。
海上から爆音が響いた。
見れば沿岸砲撃を行っていた駆逐艦の一隻が黒煙を吐いているではないか。
「ついに戦死者が出たかもしれんな」
シューマインは一人つぶやいた。
輸送船団に乗り組んでいる陸軍兵士は海上部隊の猛砲撃と先行部隊の上陸をただ指をくわえてみていることしかできなかった。
戦況も全くわからないが、おそらくは自軍有利で進んでいるのだろう。
「報告! 敵二個大隊所在解らず。推定位置、エストニア首都東方!」
私とリマイナに充てられた二人部屋に一人の兵士が駆け込んできた。
「……なんですって?」
私はその兵士に尋ね返していた。
なぜ、敵兵がいる?
予想できるはずないだろう。
首都強襲なんぞ今までに例がなく、思想自体もこの年代にしては早すぎる。
何故敵はそれを予測できたのか?
いや、そもそも予測していたのか?
偶然では?
そう思い返すが、その考えは直後に響いた爆音に打ち消された。
ハッと思い船側の窓から外を見れば赤く燃える駆逐艦。
「……なんてこと」
思わず口を開ける。
リマイナはただ茫然とそれを見守ることしかできない。
私の浅はかな作戦のせいで、負傷者がでたというの?
「リマイナ、出撃よ」
「え?」
気が付けば突飛もないことを口走っていた。
無理だろうと、冷静になれば笑うが、今は冷静じゃなかった。
「LCACでも何でも持ってきなさい! LVTでもいいわ! とにかく今出撃するのよ」
「え?」
まだ間抜けな声を上げるリマイナに私はいら立った。
「ルノーなら渡れるわ、そうよ、そうに違いない。なにせあの傑作戦車だもの」
何を思ったかそんなことを口にしていた。
「できないっていうやつは敢闘精神が足りないわ、売国奴よ。死ねばいいのよ。その場で銃殺刑よ」
「渡れるわけないでしょ!」
リマイナが叫んだ。
彼女の声に私はさらにいら立った。
「なに? まずあなたが死にたいの? あなたは有能だと思っていたのに」
リマイナに拳銃を突きつけるセーフティも外してある。
弾倉も入っている。撃鉄も下ろされている。
引き金に、指もかかっている。
直後、甲高い音が船室に響いた。
呆然とする私。リマイナは目元に涙を浮かべていた。
「……反逆罪かしら?」
私の挑発するような笑みにリマイナは胸ぐらをつかんだ。
初めての行為に少々驚いたが、それでも拳銃をなも突きつける。
「目をそらさないで! 必死に戦っている人たちから! 私たちは私たちの仕事をする! わかった?! 今ここで私たちが出ていったって何も出来ずに海の底に沈むだけ! 私たちは歩兵さんたちか埠頭を確保するのを待ってそれから仕事をすればいいの!」
リマイナは叫んだ。
世迷言をいうリューイを正すために、自分が守ると誓った相手の胸ぐらをつかんででも。
リマイナはここで死んでもいいと思った。
リューイのために動いて死ぬ、リューイに殺されるならいい。
リマイナは覚悟を決めて目をつぶった。
リューイは拳銃を押し付ける。
直後、鈍い音が響いた。
部屋にいる伝令の若い兵は目を覆う。
だが、不思議とリマイナに痛みはなかった。
恐る恐る目を開けると右の頬を赤く腫らしたリューイが。
よく見れば拳銃は床に落ちていた。
右手の拳は体の左側にある。
「……私が間違っていたわ」
リューイは自分を殴ったらしい。
なぜ?
「リマイナ。ごめんなさい。私、おかしかったわ」
リューイがリマイナに顔をうずめる。
どうやら、正気に戻ったらしい。
「君、旅団長に『埠頭の確保を優先していただきたい。さすれば我々が二個大隊程度蹴散らしましょう』と送ってもらえないかしら」
とリューイは未だ茫然とする若い兵に命令した。
すぐに出ていこうとする若い兵をリューイは引き留めた。
「あ、そう。このことは内緒よ?」
軽く微笑んだリューイに若い兵は頬を赤く染め、「了解しました!」というと足早にへやを去っていった。
「やるわよ」
リューイは一人つぶやいた。
シューマインは苦悩していた。
先行させた第223中隊が敵部隊と戦闘を行い、なんとか撃退したものの大きな損害を被ったためだ。
「第221中隊と第222中隊は今どこだ?」
シューマインの問いに一人の参謀が「ここと、ここであります」と指揮棒で地図を指す。
「第224中隊に現在陸揚げが完了している兵力を確認しろ」
「ハッ」と参謀は答えると海岸線に向かって走り始めた。
なおもシューマインの司令は飛び続ける。
「223中隊は一旦後退させろ」
その命令を聞くと通信員は223中隊に後退命令を伝える。
「『我、なお戦えり』だそうです」
「ならん、後退させよ。しなければ抗命罪で処罰すると」
すると悔しがる声で「了解しました」と中隊長の声が聞こえた。
「海上の第13大隊の132中隊と133中隊を上陸させろ!」
シューマインが命じると先ほどとは別の通信員が通信機を操作する。
すると海岸線にはしった参謀が息を切らしながら戻ってきた。
「224中隊! 現在2個小隊が上陸完了しているそうです」
「その2個小隊は現時点をもって旅団本部直轄とする。急ぎ223中隊に合流させ、後退を支援しろ」
「その旨、伝えてまいります!」
参謀はまたも走る。
すると一人の通信員がメモを渡してきた。
「輸送船団からであります」
「ふむ『埠頭の確保を優先されたし。我々が二個大隊程度蹴散らさん』か……送り主は?」
「ハッ第一戦車中隊中隊長リューイ・ルーカス大尉であります」
「なるほど、番犬を信じてみるとしようか。221中隊と222中隊には現在の命令を解除させ、223中隊が交戦した敵部隊の撃滅と埠頭の確保を命じる」
「了解であります!」
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「今」
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さらにはVTuberデビューすることになってしまい……!?
これは幼女VTuberが、言語学的なチート能力で世界を救う物語。
――”キミもVTuberにならないか?”
※【累計600万PV】獲得作!!!!
カクヨム、ハーメルンなど……。
※カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16817330651735205548
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