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縛られるべきは誰?-3
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「否認です。目を瞑りました」
「はぁ?」
「相次ぐ一流企業のデータ改ざん、不祥事、末期には破綻の兆候がありましたが、多くの人の認識は『日本の製品品質は世界一』、『世界が憧れる日本ブランド』などといった能天気なもので、その反面周辺諸国の製品を貶めるメディアを楽しんでいました」
「本当ですか?」
「はい。一時期はテレビをつければ、外国人に日本を褒めてもらう番組ばかりでした」
寛は呆れてしまった。いくら反知性主義だからといって、自分の幸福くらい守れるよう動くべきではないのか。そこまで主義に殉じなくても、と思った。
「そうはいっても、これらの出来事は末期です。それ以前から圧倒的に欠けていたものがありました。
それはやはり話し合いです。それも大衆の中での話し合いです。
階級社会である日本では公共とはみんなで話し合って作るものだという意識が決定的に欠けているように見受けられました。
もしも改憲以前から公共についての話し合いが大衆の中で持たれていて、それが社会を体現するような力を得ていたならこのような社会には現在なっていないでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。『偉い』誰かが作ってくれた社会に居させてもらっているのだ。支配層でもない自分たちが話し合って、みんなの幸福の共通基盤である社会理念や社会正義を決めるなどおこがましいという意識だったのでしょうか。
話し合いを妨げるのは、このようなお上意識だけではありません。
それは本来議論を重ねるべき大衆の中での分断です。
一つ面白い事例があるのでお話しましょう。
『オッサン化』という言葉をご存知ですか?」
オッサン化?寛は初めてその言葉を聞いた。
「普通に年を重ねた、というわけではないですよね?」
「はい。実は私も正しい定義は知らないのですが、昔観たとあるネット討論番組で、運動家の若者が話していたのです。
しかし、討論相手である国会議員と中堅芸人は『まぁ、俺らも昔はペーペーで頑張ってここまで来たんだし、お前も頑張ってここまで登ってこいよ。そうしたら話を聞いてやるよ』といった趣旨のことを言っていました。全く話が噛み合っていないなと思ったものです。
若者はゼロベースで、一個の人間同士として対等に話したいという姿勢でしたが、彼ら階級社会に取り込まれてそれなりに登ってきたと自認している人々はそれを拒むのです。
不思議なことです。階級社会に属してそれに疑問を抱かない人というのは、自分がした苦労を他人がしないということは絶対に許せないことなのです。
おそらく彼らの中で、若者はどんな社会的装飾品をまとっているのか瞬時に分析しての反応だったのでしょう。その上で、自分より下だと無意識下で判定したのです。
つまりオッサンとは年齢ではなく、このように階級社会の中でしかもはや生きられず、人を自分より上か下かでしか判断できず、しかもその判断基準が金持ちとか社会的身分が高いとか俗っぽく、なおかつこの見方を唯一のものとして他人にも強要してくる人々ということなのだと、私はこの番組をみて理解しました」
「なるほど」
「ちなみに国会議員は僧侶で世襲議員というわけのわからない肩書を持っていました」
寛は吹き出してしまった。
「めちゃくちゃ世俗にまみれてますね。僧侶って煩悩から解放されて、本質を見れる
みたいなイメージがありますが」
「私も若い頃はそう思っていましたが、実際にそんな僧侶に会えたことはありませんね。今の所、空想上の生物です。
悟りを開くのは多くの凡人には不可能でしょうが、僧侶を名乗るならせめてオッサンは脱して欲しかったですね。今も僧侶を名乗っているのか、国会議員なのかも知りませんが。
彼は与党の国会議員でしたので、支配層であると自認していたとしてもおかしくないでしょう。だから、そのような傲慢な見方をするのだということもできます。
しかし、大衆の中にあっても、オッサン化は珍しくありません。実のところ、これは反知性主義の一形態です。
自分の属する世界の基準が普遍的なものであり、その社会に属していない他者にも無理矢理適用して値踏みして構わない。そう無意識に考えている人々は社会中にいます。
なぜなら、それこそ階級社会に慣れすぎているからです。自分は目の前の他者よりも上なのか下なのか気になって仕方がないのです。
これはプチオッサン化現象とでも呼べましょう。こういった人々はいずれ社会的地位を得たら、値踏みどころか強要することでオッサンと化すでしょう」
今はそういった人だらけだな、と寛は思った。クラスメイトと言えど、実のところ細かいマウンティングが毎日行われている気がした。唯一、真実違ったと言えたのはツキミとツキミの母だけだ。
「大衆層の中でも格付けしあっているということです。階級は階級の中で再生産されるかのようです。無限の入れ子構造です。
反知性主義のタネはみんなが心の内に持っていると言いましたが、同じくオッサン化は誰もが陥る危険性があるといえます。また、プチオッサンに関して言えば、ほとんどの人がもはやそうなってしまっていると言って過言ではないでしょう。
私達は無意識の内に職場や学校で、常に階級社会そのものを保持、強化しているのです」
寛はそのとおりだと思うと同時に、自分自身もやはり無意識に階級社会に寄与してしまっているのだろうなと思った。恐ろしいメカニズムだ。
「階級社会の中で生きる上で、常に自覚的でいることは困難です。つまり、他者と話す上で社会的、精神的装飾品を全て外してありのままの自分とありのままの他者を見ようとすることはかなりの自覚的努力が必要です。
しかし、運動家の若者の心境を思えば、彼は暗澹たる気持ちだっただろうなと思います」
「そうでしょうね。まるで門前払いですものね」
「はい。せめて討論番組だというのなら、ゼロベースとまでは行かなくても、多様な価値観をお互いに認め、歩み寄れないか試みることが必要であったでしょう。
しかし、この多様な価値観をお互いに認めるという考えも素晴らしいのですが、意外と落とし穴があって、だったら国会議員や中堅芸人のような価値観も尊重しなければならないということになるんですね。
もちろん普段そういった価値観で生きるのは自由です。尊重します。しかし、せめて人と人が直接向かい合って話し合うというのなら、一旦は対等な目線に立って話してみるということが何よりも重要だろうと思うのです」
寛は国会議員と中堅芸人が自ら拵えた泥の塔の高いところに居て、若者が外の広場で話しましょうと下から呼びかけているのに全く一顧だにしない姿を想像した。
寛が言った。
「階級社会で生きるということは、知らず知らずの内にでも自分を高い所に持って行きたがるものなんですねえ」
「はい。自分の居所を得ようとする人間の根源的欲求から考えて、それはある意味自然なことなのかもしれません。
しかし、これでは、大衆の中で公共を育むための話し合いなど行われるわけがありませんね。横と横の連帯の阻害です。
行われたとしても、必ず立場の高い者に有利な不公平なものになってしまい、話し合うことなど馬鹿らしいとなってしまう。
また、子供の頃にいかに理想的なことを教えられても、すぐ目の前には階級社会があり、自分もその中で生きていくしか無いのです。だとしたら、それが本当はどんなに大切なものであろうとも、馬鹿らしいと投げ出してしまうということが大半でしょう。対等に接しようとしたら、いつの間にか相手に上に立たれ、つまらない思いをする。こんなことばかりが続けば、多くの人はやってられないでしょう。結果、他人より一つでも上に立とうとするようになります。
このように階級社会による悪循環が続き、結果として貧相な公共意識となってしまったと言えるでしょう。
現憲法では『国民統合の象徴である天皇を戴く国家』という文言が前文に加えられてしまいました。日本は階級社会であることを現政権が厚顔無恥にも前面に押し出したのです。
その階級社会において何を指標、規律とするかは、先でも触れたようにお金や生産性と呼ばれるものです」
『活力ある経済活動を通じて国を成長させる』とも前文に書かれていることを寛は思い出した。
一方で、寛の頭の中に自動的に浮かび上がってくる考えがあった。
人間が階級社会を形作るというのはとても自然なことなのではないか?自分の位置を知りたい、自分を高めたいと思うことはとても自然なことのように思われた。これはツキミとの会話の中でも出てきた問いだ。人間の業であり、根源的欲求だ。
国会議員と中堅芸人の階級社会観を現実とするならば、若者の公共的な考えはやはり理想的な、もっと言えば虫のいい考えなのではないか?
自動的にそういう考えが寛の頭の中に溢れてきて、口を突いて出た。
「私達が階級社会を作ってしまうのは、自然なことではないでしょうか?むしろ対等な社会というのは不自然ではありませんか?」
「はぁ?」
「相次ぐ一流企業のデータ改ざん、不祥事、末期には破綻の兆候がありましたが、多くの人の認識は『日本の製品品質は世界一』、『世界が憧れる日本ブランド』などといった能天気なもので、その反面周辺諸国の製品を貶めるメディアを楽しんでいました」
「本当ですか?」
「はい。一時期はテレビをつければ、外国人に日本を褒めてもらう番組ばかりでした」
寛は呆れてしまった。いくら反知性主義だからといって、自分の幸福くらい守れるよう動くべきではないのか。そこまで主義に殉じなくても、と思った。
「そうはいっても、これらの出来事は末期です。それ以前から圧倒的に欠けていたものがありました。
それはやはり話し合いです。それも大衆の中での話し合いです。
階級社会である日本では公共とはみんなで話し合って作るものだという意識が決定的に欠けているように見受けられました。
もしも改憲以前から公共についての話し合いが大衆の中で持たれていて、それが社会を体現するような力を得ていたならこのような社会には現在なっていないでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。『偉い』誰かが作ってくれた社会に居させてもらっているのだ。支配層でもない自分たちが話し合って、みんなの幸福の共通基盤である社会理念や社会正義を決めるなどおこがましいという意識だったのでしょうか。
話し合いを妨げるのは、このようなお上意識だけではありません。
それは本来議論を重ねるべき大衆の中での分断です。
一つ面白い事例があるのでお話しましょう。
『オッサン化』という言葉をご存知ですか?」
オッサン化?寛は初めてその言葉を聞いた。
「普通に年を重ねた、というわけではないですよね?」
「はい。実は私も正しい定義は知らないのですが、昔観たとあるネット討論番組で、運動家の若者が話していたのです。
しかし、討論相手である国会議員と中堅芸人は『まぁ、俺らも昔はペーペーで頑張ってここまで来たんだし、お前も頑張ってここまで登ってこいよ。そうしたら話を聞いてやるよ』といった趣旨のことを言っていました。全く話が噛み合っていないなと思ったものです。
若者はゼロベースで、一個の人間同士として対等に話したいという姿勢でしたが、彼ら階級社会に取り込まれてそれなりに登ってきたと自認している人々はそれを拒むのです。
不思議なことです。階級社会に属してそれに疑問を抱かない人というのは、自分がした苦労を他人がしないということは絶対に許せないことなのです。
おそらく彼らの中で、若者はどんな社会的装飾品をまとっているのか瞬時に分析しての反応だったのでしょう。その上で、自分より下だと無意識下で判定したのです。
つまりオッサンとは年齢ではなく、このように階級社会の中でしかもはや生きられず、人を自分より上か下かでしか判断できず、しかもその判断基準が金持ちとか社会的身分が高いとか俗っぽく、なおかつこの見方を唯一のものとして他人にも強要してくる人々ということなのだと、私はこの番組をみて理解しました」
「なるほど」
「ちなみに国会議員は僧侶で世襲議員というわけのわからない肩書を持っていました」
寛は吹き出してしまった。
「めちゃくちゃ世俗にまみれてますね。僧侶って煩悩から解放されて、本質を見れる
みたいなイメージがありますが」
「私も若い頃はそう思っていましたが、実際にそんな僧侶に会えたことはありませんね。今の所、空想上の生物です。
悟りを開くのは多くの凡人には不可能でしょうが、僧侶を名乗るならせめてオッサンは脱して欲しかったですね。今も僧侶を名乗っているのか、国会議員なのかも知りませんが。
彼は与党の国会議員でしたので、支配層であると自認していたとしてもおかしくないでしょう。だから、そのような傲慢な見方をするのだということもできます。
しかし、大衆の中にあっても、オッサン化は珍しくありません。実のところ、これは反知性主義の一形態です。
自分の属する世界の基準が普遍的なものであり、その社会に属していない他者にも無理矢理適用して値踏みして構わない。そう無意識に考えている人々は社会中にいます。
なぜなら、それこそ階級社会に慣れすぎているからです。自分は目の前の他者よりも上なのか下なのか気になって仕方がないのです。
これはプチオッサン化現象とでも呼べましょう。こういった人々はいずれ社会的地位を得たら、値踏みどころか強要することでオッサンと化すでしょう」
今はそういった人だらけだな、と寛は思った。クラスメイトと言えど、実のところ細かいマウンティングが毎日行われている気がした。唯一、真実違ったと言えたのはツキミとツキミの母だけだ。
「大衆層の中でも格付けしあっているということです。階級は階級の中で再生産されるかのようです。無限の入れ子構造です。
反知性主義のタネはみんなが心の内に持っていると言いましたが、同じくオッサン化は誰もが陥る危険性があるといえます。また、プチオッサンに関して言えば、ほとんどの人がもはやそうなってしまっていると言って過言ではないでしょう。
私達は無意識の内に職場や学校で、常に階級社会そのものを保持、強化しているのです」
寛はそのとおりだと思うと同時に、自分自身もやはり無意識に階級社会に寄与してしまっているのだろうなと思った。恐ろしいメカニズムだ。
「階級社会の中で生きる上で、常に自覚的でいることは困難です。つまり、他者と話す上で社会的、精神的装飾品を全て外してありのままの自分とありのままの他者を見ようとすることはかなりの自覚的努力が必要です。
しかし、運動家の若者の心境を思えば、彼は暗澹たる気持ちだっただろうなと思います」
「そうでしょうね。まるで門前払いですものね」
「はい。せめて討論番組だというのなら、ゼロベースとまでは行かなくても、多様な価値観をお互いに認め、歩み寄れないか試みることが必要であったでしょう。
しかし、この多様な価値観をお互いに認めるという考えも素晴らしいのですが、意外と落とし穴があって、だったら国会議員や中堅芸人のような価値観も尊重しなければならないということになるんですね。
もちろん普段そういった価値観で生きるのは自由です。尊重します。しかし、せめて人と人が直接向かい合って話し合うというのなら、一旦は対等な目線に立って話してみるということが何よりも重要だろうと思うのです」
寛は国会議員と中堅芸人が自ら拵えた泥の塔の高いところに居て、若者が外の広場で話しましょうと下から呼びかけているのに全く一顧だにしない姿を想像した。
寛が言った。
「階級社会で生きるということは、知らず知らずの内にでも自分を高い所に持って行きたがるものなんですねえ」
「はい。自分の居所を得ようとする人間の根源的欲求から考えて、それはある意味自然なことなのかもしれません。
しかし、これでは、大衆の中で公共を育むための話し合いなど行われるわけがありませんね。横と横の連帯の阻害です。
行われたとしても、必ず立場の高い者に有利な不公平なものになってしまい、話し合うことなど馬鹿らしいとなってしまう。
また、子供の頃にいかに理想的なことを教えられても、すぐ目の前には階級社会があり、自分もその中で生きていくしか無いのです。だとしたら、それが本当はどんなに大切なものであろうとも、馬鹿らしいと投げ出してしまうということが大半でしょう。対等に接しようとしたら、いつの間にか相手に上に立たれ、つまらない思いをする。こんなことばかりが続けば、多くの人はやってられないでしょう。結果、他人より一つでも上に立とうとするようになります。
このように階級社会による悪循環が続き、結果として貧相な公共意識となってしまったと言えるでしょう。
現憲法では『国民統合の象徴である天皇を戴く国家』という文言が前文に加えられてしまいました。日本は階級社会であることを現政権が厚顔無恥にも前面に押し出したのです。
その階級社会において何を指標、規律とするかは、先でも触れたようにお金や生産性と呼ばれるものです」
『活力ある経済活動を通じて国を成長させる』とも前文に書かれていることを寛は思い出した。
一方で、寛の頭の中に自動的に浮かび上がってくる考えがあった。
人間が階級社会を形作るというのはとても自然なことなのではないか?自分の位置を知りたい、自分を高めたいと思うことはとても自然なことのように思われた。これはツキミとの会話の中でも出てきた問いだ。人間の業であり、根源的欲求だ。
国会議員と中堅芸人の階級社会観を現実とするならば、若者の公共的な考えはやはり理想的な、もっと言えば虫のいい考えなのではないか?
自動的にそういう考えが寛の頭の中に溢れてきて、口を突いて出た。
「私達が階級社会を作ってしまうのは、自然なことではないでしょうか?むしろ対等な社会というのは不自然ではありませんか?」
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