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人を保つ

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 廃工場の中は端的に言って、最悪だった。

 薄々感づいてはいたが、女性達をさらってきては、商売の道具としてむりやり働かせているようだった。

 自分たちは特別であると信じて疑わない類の連中が運営しているのだろう。

 キャロラインがここを見たら、即座に爆破するのではないかと思われた。

 クルスもそうしたい気持ちに駆られそうになったが、それでは女性達を救えない。

 案内役の男に聞いた話によると、常時十人くらいが女性達を監視しているらしい。

 そのうちの半数以上は警官であり、拳銃を持っている。

 この点がもっとも厄介な点だろう。

 誰も殺す気はなかったので、装備が不十分だ。騙し討ちしかあるまい。

 だが、同時に有利な点もあった。

 奴らは油断しきっていた。

 てっきり敷地内に入るのに、検問くらいあるのかと思ったが何もなかった。

 客の出入りも建物の出入口までは自由らしい。見張りも外には立っていなかったし、監視カメラの一つもなかった。

 咎める者もなく、暴力装置である自分たちが絶対強者であり、だからこそ正しいと信じて疑わない。

 腐った世の中にあぐらをかくその姿勢が、致命的な油断を産んでいた。

 だから、そう難しいことではなかった。

 案内役の男には眠ってもらい、彼女には一芝居付き合ってもらった。

「オレの女を売りたいんだけど」

 そう言って、門戸を叩いた。

 あっさりと中に招き入れられる。

 人相の悪い男二人が対応に出てくる。見せびらかすように拳銃の入ったホルスターを身体に巻き付けていた。

「トイレ貸してくれないか?朝から下痢で、もう漏れそうなんだ」

 開口一番にそう言った。

 男達は微妙な顔をしていたが、漏れる、漏れると腹をおさえて連呼するとしぶしぶ男の内の一人が案内してくれた。

 角を折れ曲がり、二人きりになる。周りに他の人もいない。

「うっ」

 腹をおさえてしゃがみこんだ。

「おいおい、何してんだ」

 男がめんどくさそうに覗き込んでくるので、思い切り体を跳ね上げて頭突きをする。

「あっ、ごめんなさい」

 わざとじゃないんです、という体で近づき、転がっている男に裸締めした。

 男は何が起こっているのかもわからず、十秒もしないで失神した。鼻血が出ている。苦しかったことだろう。

 拳銃を奪い、背中に差す。

 出入り口に戻り、残った男が下卑た笑いを浮かべて彼女に言い寄っているところへ、後ろから金的を当て、崩れたところで首を絞めて失神させた。

 ズルズルと引きずっていき、さっきの鼻血の男の近くに置いた。着ていた服を脱がし、口に噛ませて巻き付けた。肘と膝を銃床で破壊して無力化しておく。ホルスターで二人を後ろ手に結びつけた。拳銃は二挺目をゲットした。

 この調子で一人一人片付けていった。

 あくまで内側から女性達が逃げないように監視していただけで、外側からの破壊など微塵も想定していなかったようだ。

 まったくもって、だらけ切っていた。

 こんなに不審な男が客として近づいていっても、受付の人の調子が悪そうなんですけどなどと言っておびき寄せても、ぼんやりとした顔で付いてきては失神させられて、膝と肘を破壊されて、後ろ手に結ばれるルーチンを繰り返した。

 オーナーらしき男は酒と薬で耽溺していた。意味不明な言葉を宣う。

「女ってのは、チャリンコみてえなもんなんだよ。乗り捨てられたら、いつの間にか安くリサイクルされてんだ。これはエコだ。資源の有効活用だ。社会にとって有益なことをやってんだ」

 クルスは銃床で男の顔を凹ませた。

 手に男の血がつく。

 汚い。

 だから、何度も何度も男の顔を殴った。

 殺してしまってもいいと思った。

「やめて!」

 彼女がクルスを後ろから抱きしめて止めた。

「なんで?こんな奴死んだほうが世の中のためじゃないですか?」

 彼女は涙ながらに、だけど、まっすぐに見つめて訴えた。

「そうかもしれません。けど、あなたのために、殺さないで下さい」

 クルスはまたも衝撃を受けた。

 彼女はどこまでも人間を、人間扱い出来るのだ。

 それは迷いのうちにあることも、当然あるだろう。非力かも知れない。

 しかし、彼女はどこまでも他人を自分と対等な存在として見ることを保とうとしている。

 見上げたり、見下したりすればその人自身もそういう存在になってしまうことを知っている。

 ゴミクズだと断じ、殺してしまえば、本質的なところで二度と人を対等な存在だとは思えなくなる。

 それどころか、自身のこともゴミクズだと断じることになる。

 だから、ただ、まっすぐに人を人として見つめようとしている。

 それはキャロラインとは違った釣り合いの取り方だ。

 こんな無茶苦茶な世の中で、それはなんて強いことだろう。

 そして、なんて優しいことだろう。

 だから、俺はあの時から、、、。
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