落ちぶれたヒーロー

ますおか航

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懐かしのモンスタートリオ

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 その頃、再び旅館の前に一台のタクシーが止まった。

中から現われたのは、黒いハットに黒いコート、そしてステッキ持った長身の男で、鼻筋がとおり、遠くからも、西洋人と判る顔つきだった。
若く小柄な女を一人連れている。

世紀の色男、ドラキュラ伯爵だった。
 
「コンッ、コンッ」
伯爵のステッキの打つ音が廊下に響く。
その前を歩き、黒い鞄を持っている小柄な女は、伯爵のマネージャーで、今年からの付き合いだ。
 
マネージャーが控え室のドアを開けると、中では、フランケンとコングが鼾をかいてソファーで寝ていた。
「相変わらず、暢気な奴らだな」
伯爵はそう言うと、彼らとは少し離れたテーブルに腰をかけた。
ソファーの前に置かれた弁当から、すでに大蒜の匂いが溢れていたからだった。
「僕の分は、君が食べたらいいよ」
と伯爵が言い、マネージャーは「じゃあ」と言って、
弁当を取り上げ、大きな声で、
「これ、いただきますねっー!」
とソファーの二人に声をかけた。
体がビクンとして、フランケンもコングも目が覚めた。
「やあ、お目覚めかね?」
と伯爵が黒ハットを取りながら低く渋い声で言った。
 
 久しぶりの再会だったので、コングは伯爵のもとまで歩みより、ハグをした。
それから、マネージャーとも挨拶をして、軽くハグをした。
「わー、暖かい、ふわふわですね」
と、若いマネージャーは、コングの体毛を触りながら感嘆の声を上げた。
「ウホッ、ウホッ」
久しぶりに若い女とハグが出来て、しかも褒められてコングは嬉しかった。
「俺は、ちょっと足が痛いから、ここですまんな」
と言ってフランケンは座ったまま伯爵の方を見ずに軽く手を挙げた。
「いいさ、それより、足をどうしたんだ?」
伯爵も気遣う言葉をかけるが、顔は明後日の方を向いている。
「ちょっと、膝をひねっただけだ」
「膝なら、いいものがあるぜ」
そう言って、マネージャーにカバンを持って来させ、中から大小の様々なプラスチックのボトルをテーブルに並べていった。
その中から一つ取り上げると「これだ、これだ」とつぶやき、それをフランケンの所まで、マネージャーに持って行かせた。
訝しげに見つめるフランケンに
「ヒアルロン酸だよ。飲むと違うぜ」
と伯爵は少し自慢げに言った。
 
 何だか、敵から塩を送られた気分で、フランケンは解せなかった。
 そのやりとりを見ていたコングは気が気ではなかった。
コングにとって、大先輩のふたりは、昔から仲が悪い。
 性格も容姿もライフスタイルも全てが正反対のふたりは、どうしてもソリが合わない。
 最も違うのが、女性との付き合いで、基本的にやさしいが、今も女性の扱いが判らずモテないフランケンと、美女を手玉にとっては、殆どヒモのような生活をしている伯爵だった。
 
 今度のマネージャーも、若い頃に比べると随分レベルが落ちているが、それでもフランケンからするとうらやましい限りで、面白くないのだった。
 仕事だけの関係であれば、納得もするが、マネージャーの首筋に赤い斑点があるのをさっきフランケンは見逃さなかった。
 ともに映画スターとして絶頂の頃、二人に共演の話が持ち上がった。
タイトルを「ドラキュラvsフランケンシュタイン」にするか
「フランケンシュタインvsドラキュラ」にするかで揉めた。
結局、その共演の話はなくなり、二人の仲の悪さは決定的となったのだった。
 
 伯爵が、取り出したボトルは全てサプリメントだった。
ビタミンCから始まって、グルコサミンやプラセンタといったものまであった。
十種類近くのサプリメントを2、3粒ずつ取り出しておいて、それとは別にプラスチックのシェーカーに赤いパウダー状のものを入れた。
そこへ、水を投入して、「シャカシャカシャカ」と、バーテンダーのように振り始めた。そして、最後に大量のサプリメントを口に放り込んでから、その赤く色めくドリンクを一気に飲み干した。
 
ー異様な光景をフランケンとコングはただじっと見つめるしかなかったー

「今は、血なんか飲まなくたって、全然問題ないのさ、いい世の中だよ」
と、伯爵は言い訳をするようにそう言った。
「ウホッ、ウホッ」
コングは赤いのが一体何なのか、気になった。
「これは、トマトさ。トマトのフリーズドライさ」
と、伯爵はそう答えて、赤く染まった唇を拭った。
 確かに鉄分は足りているだろうな、とフランケンは思った。

 その時、控え室のドアが「ドンッ」と勢いよく開けられ、小柄で、若いが多少おでこの広い男が入ってくるなり、
「おい、芸人、揃ったか?えっ!」
と、どなり声で言った。
 誰も、自分のことを芸人だとは、思っていなかったので、返事をしなかった。
「なんや、おまえら、元気がないのう。そんなんじゃ、いつまでたっても売れんで。・・まあ、ええわ。ほんで今日は、なんか、あるんか?えっ!」
と、チビで、おでこの広い男はまくしたてた。
何を言っているのか、誰もよく判らなかった。男の言葉は、少し、ネイティブすぎた。
「ないんか?ないんなら、これ着て踊れっ!えっ!」
そう言うと、チビでこの男は、もっていた服をそれぞれに三人に向かって、投げつけた。
 それから、昭和の時代の古いカセットデッキとテープをどこからか持って来て、
「よう、練習しとけ。えっ!」
それだけ言うと、アッという間に居なくなってしまった。
質問も何も聞く暇もなかった。  
 三人は立ち上がり、投げつけられた服をそれぞれ手に持って広げてみせた。
セーラー服だった。
こっちこそが「えっ!」だと、みんな思った。
言葉をうしなって呆然としていると、
「ウフフッ、」
と、マネージャーが一人笑った。

 舞台裏は、寒くて埃くさかった。ガラクタが散らばり、その隙間に立って、三人は出番を待っていた。始めて着るセーラー服は、似合う訳がない。リハーサルは3回しが出来なかった。
 舞台の幕の向こうでは、宴が盛り上がっていた。
畳の大広間の宴会場に、浴衣を来た百人近い人たちが卓を囲み、食べたり飲んだりしている様子が幕の隙間から見える。タバコの煙なのか、湯気のせいなのか、白く漂って見える。老若男女、小さな子供達もいた。あちらこちらで、笑い声や嬌声が響き渡り、みんな楽しそうだった。
 
 三人は、少しずつ、口数が少なくなっていた。

フランケンは手に汗をかいていた。心臓が高鳴って、苦しい。
いつも舞台の前は、緊張する。それは、若い頃と変らない。セーラー服のスカートからでた膝の包帯をほどいて、軽く屈伸をした。痛みはますが、包帯姿などプロとしての矜持が許さなかった。
それを横目で見ていた伯爵が、
「今度、コンドロイチンを送ってやるよ」
と、フランケンに言った。
余計なお世話だ、とフランケンは思ったが、「助かるよ」と、答えた。
それから伯爵は、マネージャーの方を向き、
じっと目を閉じて、入念に化粧をしてもらい始めた。
もともと色は白いが、今は、シミを隠すのに懸命だ。幕の隙間から光が差し込み伯爵の頭髪を照らした。全体は黒いが根元は白くて、染めているのが判り、フランケンは少し同情した。

コングは、こきざみに体をゆすり始めた。ドラミングをして体温を上げていく。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
呼吸がリズミカルになり、気合を入れていく。
コングは興奮していた。もともとダンスは得意だ。
それに、昔から憧れの二人と今から一緒に舞台に立てる。

ー三人揃って踊れるなんてホントに最高だー

今夜は、自分が二人を引っ張る。センターでおどる。

舞台の上から、「ピーィッ」と耳をつんざく機械のノイズともに、
「レディース、アンド、ジェントルマン」
というマイクの声が響き渡った。さっきのチビでこ男の声だった。
ヘタクソな司会でしばらく、しゃべった後、
「では、みなさん、今夜のスペシャルゲストの登場です。今、蘇る伝説のスターの三人です。」
と言った。宴会場がざわついた。
「出番よ、頑張って」
マネージャーがみんなに言った。
その時、コングは両脇にいるフランケンと伯爵の手を握った。
コングの手は温かくて柔らかかった。
二人は、コングを見た。その横顔は、少し微笑んでみえた。
「では、みなさま拍手でお迎えください。

『懐かしのモンスタートリオ』だーっ。」
 
大音響で、イントロが始まった。
昭和の名曲、キャンディーズの「春一番」だった。
なにもこの年の瀬に「春一番」は、無いだろう。
しかもセーラー服を着る意味が判らない。
おニャン子クラブじゃないぞ、と三人とも思ったが、もうとやかく言ってはいられない。
ーやるしかないー
「ウホッ、ウホッ」
もう、一度強く握った。そして、強く握り返された。
三人で揃って、出よう!
 
ー幕が開いた。ライトが眩しかったー

舞台に飛び出すと、歓声とも悲鳴ともつかないどよめきが広がった。
セーラー服を着たって、何も変らない。恥かしくなんかない。
どこで、踊っても一緒だ。客が居れば、ベストを尽くす。最後まで、踊りきってみせる。その思いは、三人とも同じだった。

ー負けるもんか、だって、俺たちはヒーローだからだー
 
スタンドマイクの前に立った3人は、軽やかにステップを踏み始めた。
足並みは、信じられない程、揃っていた。     

                   (完)

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