上 下
4 / 12
『ドラゴンクエスト』編

『ドラゴンクエスト』、どうやって遊ぶ?(2)

しおりを挟む
時は流れ、そんな自分も今ではリクルートスーツに身を包む就活中の女子大生に成長していた。
肩下ぐらいの黒髪に黒ぶち眼鏡。勇者になるはずが、いわゆる腐女子へとなり下がった自分。
幼き頃の"ドラゴンクエスト体験"が講じてゲーム好きな自分はバイトもせずにゲームで遊んでばかり。
正確にはバイトをしてもゲームが気になり、仕事に身が入らずクビになったといえる。

親にも呆れられて仕送りは数ヶ月前にストップ。
お金が無いため家賃や水道、電気といったライフラインも滞納して、来月には追い出される可能性あり。
就活もうまくいかず数十社という企業にエントリーシートを提出し、面接まで進んでも結果はすべて不合格。
もはや、半分自業自得なこんな状況に嫌気がさし、気がつけば私は『遊戯大館(あそびたいかん)』に立ち寄っていた。

街の外れにある少し古びたゲームショップ。
前々から存在は知っていたもののなかなか入りにくい雰囲気で来店したのは今日が初めて。
お客さんは少なく、私の他にはお客さんは数人程度。
奥にはやる気のない感じであくびばかりしている店長らしき人物がいた。
このお店、よく潰れないものである。

「太造―!また来るからなっ」
「おう、学。またゲームしに来いやw」

小学生と思しき男の子が走りながら店を後にする。
それを見送る店長と思われる男。やりとりから常連客なのだろうか?
こういうお店でも常連客は着く者なんだなとふと思う。

そんな私がこのお店に入ることになったきっかけは、今日も面接がうまくいかず不合格確定な状況下において就活活動を投げ出したなくなったことにある。
手ごたえの無い面接を終えてトボトボと帰宅をしていたとき、ふと外から思い出のゲーム『ドラゴンクエスト』が試遊台にセットされているのが見えた。
無意識のうちに店内に入り、試遊台の前に座り込む。
子供の頃にやった『ドラゴンクエストⅠ・Ⅱ』を思い出し、楽しみにドラクエ1のプレイを開始する。

―――何かが違う。

それもそのはず。
試遊台にセットされていたのは、かつてスーファミで発売されていた思い出の『ドラゴンクエストⅠ・Ⅱ』ではない。
今、私の目の前にあるのは、ファミコン版の『ドラゴンクエストⅠ』なのである。

「え、何スか!これ!!」

思わず声に出る。それもそのはず。
自分の名前が矢鱈羽 舞(やたらう まい)であることから下の名前である"まい"を入力。
そして驚く―――なぜなら、次の瞬間にいきなり王様の言葉で唐突にゲームが始まったのだ。

しかも……だ。

「カニ歩きの勇者って滑稽っス」

"勇者まい"はいったい誰と話しているのだろうか?
いや、会話の流れからおそらく王様と話しているに違いない。
しかし、"勇者まい"はずっと正面を向いていて王様に尻を向けている状態なのである。
そんな失礼な勇者の態度に怒ることも無く王様はとっとと竜王を倒して世界を救えと簡単に言い放ち"勇者まい"は王様に尻を向けたまま旅立つことになる。

「ファミコンだから正面のグラフィックしかないんスかね~」

ちょっと苦笑い。
ファミコンだからグラフィックがしょぼいのはある程度覚悟していたが、まさか後姿のグラフィックが無いとは驚いてしまう。
この勇者、どこまでいってもカニ歩きで正面しか向かないのである。この姿は近年のゲームに慣れた者からすれば違和感しかない(笑)

現代のゲームであれば世界観の説明などもう少し詳しい説明があっても良いものだと思う。
だが、このファミコン版ドラゴンクエストはそんな説明はない。
この時代のゲームとは要領の都合からなのか『詳しくは説明書でね』的なノリのものが多かったのだが、"勇者まい"がそれに気が付く術はない。

とにもかくにも旅立つことになった"勇者まい"に壮絶な苦難が続く。
村人全員がカニ歩き。会話をするのに"はなす"コマンドから東西南北を選ぶ。扉を開けるのにいちいち"とびら"コマンドを選択。そのほかに"かいだん"だの"しらべる"などかなり面倒くさい。
お世辞にも新設設計とは言えない仕様なのだ。
私の知っているスーファミ版ドラクエ1ではこんな面倒な仕様ではなかったはずである。

「もう、ツッコミたいとこばっかりじゃないっスかーーー!!!」

面倒な仕様だらけでなかなか進まないファミコン版ドラクエ1に苛立ちを覚え立ち上がる。

ようやく外に出たと思ったら最初のスライムで互角の戦い。
次に出会ったドラキーにフルボッコにされてあっという間にゲームオーバー。
平成生まれの自分にファミコンのRPGは正直辛いかもしれない。

「こんなのやってられないっスよ!」

まさかファミコン版ドラクエ1がこんなにも面倒なものだったとは。
私がやったスーファミ版の思い出が砕け散っていくような気分だった。

「もうかーえろ、こんなクソゲーやってられないッスね!」

今日は散々だった。面接はうまくいかないし、思い出のドラクエはクソゲーだったし。思い出補正とは恐ろしいものである。

クソゲーのドラクエの電源を切って店を出ようとした時だった。

「もう帰るのか?」

ふいに声をかけられる。さきほどの店長らしき人だ。
その姿はもじゃもじゃ頭にバンダナ。無精ひげに眼鏡。チェックのシャツにジーンズ。
遊戯大館のロゴが入ったオレンジのエプロン着用。正直秋葉原で歩いていそうなオタク風のおっさんにしか見えない。

「あ、そうですけど……」
「まあ座れって。ファミコン版ドラゴンクエスト1はクソゲーじゃないってことを教えてあげるからさ」
「いや、帰りますって」
「まあまあ、いいからいいから」

無理やり肩を掴まれ座らされる。
これが、私―――矢鱈羽 舞(やたらう まい)と遊戯大館の店長、遊戯 太造(あそび たいぞう)との出会いだったのである。

この出会いが自分の人生を大きく変えることになるとはこの時の矢鱈羽 舞(やたらう まい)はまだ知らない―――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

猫の喫茶店『ねこみや』

壬黎ハルキ
キャラ文芸
とあるアラサーのキャリアウーマンは、毎日の仕事で疲れ果てていた。 珍しく早く帰れたその日、ある住宅街の喫茶店を発見。 そこは、彼女と同い年くらいの青年が一人で仕切っていた。そしてそこには看板猫が存在していた。 猫の可愛さと青年の心優しさに癒される彼女は、店の常連になるつもりでいた。 やがて彼女は、一匹の白い子猫を保護する。 その子猫との出会いが、彼女の人生を大きく変えていくことになるのだった。 ※4話と5話は12/30に更新します。 ※6話以降は連日1話ずつ(毎朝8:00)更新していきます。 ※第4回キャラ文芸大賞にエントリーしました。よろしくお願いします<(_ _)>

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶
キャラ文芸
山間の町外れ、霧深い丘の上に立つ「狐火郵便局」。夜になると青白い狐火が灯り、あやかしの世界と人間の世界を繋ぐ不思議な郵便局が姿を現す。ここで配達人を務めるのは、17歳の少年・湊(みなと)と彼を助ける九尾の狐・あかり。人間とあやかしの橋渡し役として、彼らは今日も手紙を届ける旅に出る。 湊は命を救われた代償として、あやかし宛の手紙を届ける配達人となった。彼が訪れるのは、座敷童や付喪神が住む不思議な異界。手紙に込められた人々の想いや未練、感謝の気持ちを届けるたび、湊は次第に自分自身の生きる意味を見出していく。

城崎君は枯れている

コトイアオイ
キャラ文芸
異世界で仙人として修行していた永静(ヨンジン)。彼は修行の末、仙人となった。しかし、不慮の事故で意識を失い、目覚めたら…大学生になっていた。枯れきった心で挑むのは、最先端のノリ、開放的な学生達の誘惑。元仙人な男子が送るのんびりキャンパスライフ。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。 ☆☆☆ 三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。 ☆☆☆ あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。 感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。

処理中です...