閉鎖病棟より、愛をこめて。

雨季日向

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入院一ヶ月目

——看護師のあだ名と『紗々もたれ事件』

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 同年代の女性患者数人と「看護師さんを覚えるため」という名目で(雑に)付けまくったあだ名とその由来を紹介する。

・ポイズン
——朝のバイタルチェックで「困ったことや言いたいこと言えてますか?」と聞いてくれるから。本人は至って真剣に気にかけてくれているし嬉しいけれど、その決めゼリフで背後に反町がチラついちゃう。

・シンキング
——考える時に顎に手を当てたり腕を組んだり、いかにも「考えてます!」というポーズをとるから。モテ男のオーラが体の節々から漏れ出ている。

・ハンター
——女性ながら、病室に虫が入ってきた時に颯爽と駆除してくれる頼もしさから。ちなみに虫はその9割がカメムシ。
 
・P
——患者の友人が「暇すぎる」と相談したら「作曲すれば?」という雑な提案をしてきたから。病棟で働きながら個人事業主として会社を運営するとんでもない御方。

・女神
——優しいし美人だし頼りになる完璧な存在だから。よく通る声で病棟のどこにいるかすぐ分かるからありがたい。私の担当はこの方だった。好きな食べ物はモンブラン。

・クリップ
——いつもナース服のポケットに付けているクリップの数が異常に多いから。本人に伝えたら「あだ名になってない」と怒られた。

・ノースフェイス
——出退勤時に背負っているノースフェイスのリュックサックが入院患者の目には眩しすぎたから。あだ名としていちばん雑だったと反省している。

・マッサージャー
——ある日突然、私の病室にやって来て、「雨季さんって食いしばりグセで悩んでらっしゃるんですよね?」と食いしばりや肩こりに効くいろんなマッサージのやり方を教えてくれたから(それが初対面)。怖かった。

・メッシュ
——(看護師のくせに)髪がメッシュだから。大柄な体格も相まってLDH感がすごい。実際脳ミソも筋肉のような方らしい。

・ノーネーム/メッシュⅡ
——名前を覚えたいのにいつも名札を付けていないから。後に髪をメッシュにして来て「メッシュ増えちゃったじゃん!」となって2つ目のあだ名が付いた。

・申します
——朝のバイタルチェックの際に必ず「今日担当します、〇〇と申します」とご丁寧に挨拶してくださるから。さすがにもう覚えたから大丈夫ですよ、と思うし恐縮しちゃう。



 おふざけで始めたもののこれがなかなか便利で、看護師を覚えられるだけでなく噂話の隠語として大いに役立った。
 
「今日ポイズンが朝のバイタル担当で、言ってもらえた!」
「えー!よかったじゃん!」
「いいなー、私も言われてみたーい」



 あだ名付けと同時にやっていた遊びで、看護師の好きな食べ物を予想し本人に聞いてみた返答と照らし合わせて一喜一憂する、というものがあった。
 
 例えば、男性看護師のTさんはとても優しくて穏やかな印象なので、「大学芋とか好きそう!」と勝手に決めつける。
 そして本人に
「大学芋お好きですか?」
と尋ねると
「そんなに好きじゃない」
と返ってきて、「えー違うのー!」と勝手にショックを受ける。

 そして、答えあわせのために
「甘いものだと何がいちばんお好きですか?」
と聞くとTさんは
「チョコレート」
 私たちは「和菓子好きそうなのに!」と勝手に盛り上がる。

 このように、ほぼこちらの勝手で楽しむ遊びが同年代女子たちの中でブームになり、隙あらば看護師に好きな食べ物を聞いて回っていた。
 
 事件が起きたのは、『シンキング』とあだ名を付けた若い男性看護師を相手にこの遊びを仕掛けたときだった。

 シンキングはいつも『オシャなモテ男』のオーラが滲み出ており、女性患者の間でもトップの人気を誇る(私のテキトー調べによる)の看護師さんだった。
 だから私たちは、彼の好きなスイーツもきっとオシャレでいけ好かないものに違いないと決めつけ、『ガトーショコラ』と予想して本人に確認しに行った。
 
「(シンキング)さんってガトーショコラお好きですか?」
「好きですよ! でも一番好きなのは『紗々《さしゃ》』です!」
 
 私たちは思わず「ゔっ…」と声が漏れてしまうほどの解釈一致ボディブローをまともに食らい、オーバーキルされた。

 『紗々』が好きなんてそんな……しかも聞く前に自分から言ってきたぞ……キラッキラの笑顔で……

 この日の夕食、私は彼の回答で胃がもたれてしまい、あまり食が進まなかった。

 これが『紗々もたれ事件』の全貌だ。
 
 ちなみに、彼は「『紗々』が好き」と答えて私たちが悶え苦しんでいることなんて全くお構いなしに(当たり前だが)、間髪入れず
「あと『神戸ショコラ』!」
と言ってきやがった。

 もちろん眩しいくらいの笑顔で。

 後に彼のあだ名に『紗々』と『神戸ショコラ』が追加されたのは言うまでもない。
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