閉鎖病棟より、愛をこめて。

雨季日向

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入院一ヶ月目

⒈ 囚人になりに来た

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 『精神科の閉鎖病棟』と聞いて、どのような場所を思い浮かべるだろうか。

 世間一般のイメージと合っているかは分からないが、入院を決めた当時の私は “社会から切り離され、まともなヒトでない存在としての生活を強いられる” のだと思っていた。
 サイコスリラーの金字塔『羊たちの沈黙』に出てくる収容所さながらの地獄へ向かうつもりでいたのだ。
 いろいろな方々に対してなんとも失礼な思い込みだったと今なら分かる。

 ともかく、に入院してしまった私は罪を犯した囚人のような心持ちで、もう一般社会に戻ることは難しいのだろうと勝手に絶望しており、最初の2~3日はほぼずっと泣いていた。

 それ以外にも、入院直前に行った地元のクリニックで医者に言われた
「死にたいのに精神科に通うって矛盾してませんか?」
がクリティカルヒットした(いま思い返しても自殺未遂をしたばかりの患者に投げかける言葉とは考えられない!)ことや、これから数ヶ月はここに閉じ込められるということ、いろんな絶望が脳内を駆け巡っていた。

 ただ、いちばんの理由は他でもない、“宮古島に行けなくなったから” だった。
 入院したことで宮古島への家族旅行がキャンセルになったのが悔しくてたまらなかったのだ。

「私が元気になれるように企画してくれた両親の優しさを無碍むげにされた」
「現地でやりたいことや着ていく服、水着などたくさん準備していた自分が馬鹿みたいだ」
「旅行を楽しみにする気持ちが生きる支えになっていたのに」

 それで何日も泣いている24歳、見るに耐えない。
 だが当時はそれくらいに視野も狭くなっていた。



 入院初期に最も苦労したのが、スマホを使えないことだった。
 特に私は、元の職種的にインターネットを通して当時をフラッシュバックさせる情報が流れ込んでくることを懸念されており、文明の利器が仇となった。

 家族との連絡は病棟の公衆電話で何とかなるが、問題は友達に入院したことをどう伝えるか、だった。

 今の時代、友人の電話番号なんて知らない人がほとんどではないだろうか。
 私も漏れなく、そんな現代っ子の一人だった。
 うつ病になったことも、自殺未遂をしたことまで知っているのに、そいつが急に音信不通になったら……。

 何としてでも生きていることぐらいは伝えなければと思った。
 四苦八苦しながら家族を介して友人の住所を手に入れ、本当に届くのか疑いながら手紙を出した。

 しばらく経って、看護師から返信を手渡された時には心の底から感動した。
 それからスマホの使用許可が降りるまで、この令和の時代に文通を嗜んだ。
 150年以上の時を経て、かの明治維新での郵便制度導入に感謝した。
 前島密まえじまひそかマジやばい。

 しかし、スマホが使えなければ、ペンも看護師から許可を得なければ使わせてもらえず(理由は「尖っていて危険だから」とだけ書いておく)、手紙でシャバの様子を教えてもらうなんて、本当にただの囚人じゃないか。



 スマホがないことに加え悩まされたのが、感染症対策による行動制限だ。
 入院から1週間はなるべく個室の病室内から出ないように言い渡された。

 病室にはトイレがあり、食事の配膳・下膳は看護師がしてくれるので生活に不便はないが、とにかくやることがない。
 うつ病による興味ややる気の減退と言われても、本当にやることがなくなると何か始めたくなってくる。
 
 そこで私が手をつけたのが、ストレッチと筋トレだった。
 入院中に少しずつメニューを改良しながら、退院した今でも日課になっているが、初めのうちはこれで看護師に少しばかり迷惑をかけていた。

 朝食を食べ終わってから始めると、ちょうど看護師がバイタルを測りに来る直前に終わるため、血圧や脈拍が乱れて何度も午後に測り直しをさせてしまった。

 試行錯誤した結果、朝4時に睡眠導入剤が切れて目が覚めてしまってからすぐに始め、病棟の電気が点く6時までに終わらせるのがルーティンとなったのだが、これはこれで早朝の巡視に来る看護師たちを驚かせた。

 退院する頃にはお決まりとなっており、笑顔で「今日もお早いですね」などと言われていたが……。
 巡視の記録表の私の欄にはよく『ヨガ』や『自主的な筋トレ』と書かれていたらしい。
 
 今でもよく分からないのが、一部の男性看護師がストレッチ中に巡視に来て目が合うと
「すみません……」
と謝られたことだ。

 特に、夜勤は看護師の人数が少ないので連続して同じ看護師が来ることも多い。
 その度に謝られるから、そういうみたいになってくる。

「女性だから?」「ストレッチってなんか邪魔しちゃいけないプライベートな感じのやつなの?」と首を傾げ(いろんな筋肉を伸ばし)ながら私も
「あ、いえ……」
と曖昧に返すしかなかった。



 そして、読書をこよなく愛する私のために、両親が実家から大量の文庫本を届けてくれた。

 家族からの荷物も看護師によるチェックが入るため、最初のうちは物語の内容も精査されるのではないかと心配して当たり障りのないストーリーのものばかり送られてきた。
 私は無類のホラー小説好きなのに。

 実際は、本に関しては内容の確認など一切なく、ノーチェックで手元に届くので、それが分かってからは抑鬱になるような残酷なホラー作品を読みまくっていた。
 一応、ブックカバーでタイトルや表紙は隠して。

 この本の納入と読み終えた本の返却も、退院する頃にはお決まりになっていたのだろう。
 大量に本が入った袋が届くたびに、凄惨なタイトルを看護師が訝しげに覗き込んでいることがよくあった。
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