やがて始まるリベリオン

塚上

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第三章 悪魔の剣

第二十五話

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 ディアバレト王国の王都であるスピリト。大陸有数の規模を誇るその都市には多くの住民が生活をしている。
 王族が住む王室特別区から平民が住む平民街。居住権を持たない違法難民が住むスラム街など住み分けがなされていた。

「これはいいお茶だね」

 優雅に紅茶を楽しむこの男性、アーロン・イゾサール。イゾサール侯爵家の三男として生まれた彼は貴族街に位置する侯爵家の邸で家族と面会していた。

「アーロン。そのふざけた態度はやめろ。俺達は真面目な話をしている」

 アーロンを諌めた男性の名はクロテッド・イゾサール。イゾサール侯爵家の長男である。

「兄さん。この変人には何を言っても無駄だ。イゾサール家の血が薄いんだ」

 ツァイティ・イゾサール。選民思想が強く、貴族第一主義という偏った考えを持つイゾサール侯爵家の次男である。
 二人の兄達は昔から事あるごとにアーロンを排斥してきた。ツァイティが言うように血の繋がりが薄いということはなく、父も母も同じ正真正銘の兄弟である。
 彼らの関係に深い溝ができているのはアーロンの素質によるものが大きかった。

「兄上達、私は至って真面目だよ。ただ真面目にこのお茶を楽しんでいる」

 幼い頃に学んでいた宮廷剣術は大人顔負けの実力。得意の雷魔法は本職の魔術師を凌駕していた。
 これらを組み合わせて多彩に戦う姿からイゾサール侯爵家の神童と呼ばれるようになる。アーロンは兄二人の追従を許さない程の天才だったのだ。

「……お前。いい加減に」

「やめないか。我が家の今後に関わる話をしている」

 ツァイティを諌めたのは目つきの鋭い長身の男性。イゾサール侯爵家の当主であり三人の父親であるウィシュカ・イゾサールであった。

「アーロン。近衛師団での立ち位置に変わりはないか?」

「特に何も。私は今まで通りさ」

 ウ~ンと唸りながら紅茶の香りを堪能しているアーロン。相手が父親であり当主であったとしても、紅茶を楽しむというスタンスを変えるつもりはないようである。――その様子を見て兄達は青筋を立てていた。

「それでいい。そのまま続けろ。……アステーラ公爵家との関係はどうだ」

「何のことだか……私にはさっぱりですね」

 傍から見ればふざけたような、はぐらかす態度に憤りを感じても仕方がないが、ウィシュカにその様子は見られない。言葉にしなくともアーロンの立場を理解しているのだ。
 
 アステーラ公爵家の次期当主であり、ディアバレト王国を裏から支えてきた諜報機関のトップでもあるアクトル・アステーラ。そしてアクトルと共に行動する機会が多いアーロン。
 近衛師団の立場を考えれば二人の関係性に違和感はない。だが、一定以上の権力を持つ上位貴族達は国の成り立ち、即ち影の部分を理解している。自ずとアクトルと諜報機関との関わりを予測出来るという訳だ。――無論、下手に口に出せば消されることも理解しているが。

「まぁいい、だが忘れるな。イゾサール侯爵家の為にお前は存在していることを」

「もちろんですとも父上」

 昔から変わらない。アーロンはイゾサール侯爵家の為に行動している。――表面上は。

「……父上。そろそろ例の時期が近付いていますが」

 一連の会話に区切りがついたと判断したクロテッドが割り込むようにウィシュカに確認する。

「そうだったな。……アーロン、お前の予定は?」

「「⁉︎」」

 驚愕するクロテッドとツァイティ。そんな二人を一瞥することなくアーロンは答える。

「私は近衛師団の一員として参加する予定です」

「そうか。……今年も例年通りだ。各々準備しておけ」

「……では私はこれで。呼ばれているので」

 席を立ち部屋を出て行くアーロン。その後ろ姿をクロテッドとツァイティは睨むように見つめていた。

「父上! 何故あのような変人を」

「そうです。兄と俺がいればそれだけで十分のはずです」

「……まだまだ青いな。いいか、侯爵家だから今後も安泰だとは思うな。あいつはこれまでにない手法で有力者達とのパイプを築いた」

 アーロンが座っていたイスに目を向けるウィシュカ。

「それがラギアスだとでも仰るのですか父上⁉︎ イゾサール侯爵家とラギアスに関係があると思われればそれこそ足枷となります!」

「だから青いと言っている。リスクを嫌う公爵家がラギアスを抱え込んでいる。その意味が分かるか?」
 
 鋭く睨まれ二人は返答に窮する。

「これまで王家は何故ラギアスを処分しなかったか考えたことはあるか? それを理解出来ないのなら……イゾサールには不要だ」

 席を立つウィシュカ。

「いいな。ジーク・ラギアスには手出しをするな。どのような思惑があろうが奴は功績を上げている。――王家や公爵家から目を付けられれば侯爵家ですら居場所を無くす。それを忘れるな」

 釘を刺すように言い放ちウィシュカも部屋を後にする。余計なことをするなと言わんばかりに。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「クソッ! 父上は何を考えているんだ⁉︎」

 ウィシュカが部屋から去り、残されたクロテッドとツァイティ。二人は怒りを露わにしていた。

「分からない。だが父上はあろうことかあのアーロンを連れて行こうとしていた」

 鬱憤を晴らすようにテーブルを力強く叩くクロテッド。カップが倒れ残っていた紅茶が溢れてしまう。

「あいつは三男だぞッ⁉︎ 長男であるこの俺を差し置いて、そんなこと認められるか!」

「……どちらにせよ近衛師団として参加はするだろう。おそらく公爵家の護衛として」

 苦々しい表情を浮かべるツァイティ。表面上ではクロテッドに比べ落ち着いているが内心では怒り狂っていた。

 幼い頃は優秀なアーロンを陥れる為に裏で画策をしていた二人。だが今のアーロンの立場を考えれば下手な妨害工作は出来ない。父であるウィシュカに制止されたことも理由ではあるが、何よりアーロン・イゾサールという人間そのものが厄介な存在である。
 近衛師団の中心的な立ち位置であり、アステーラ公爵家の次期当主、アクトルの後ろ盾もある。そして何かと話題になることが多いジークが近くにいる。
 地位と戦力。どちらを見ても二人では対抗することが出来ない。

「兄さん。このままだと……」

「分かってる! 何でもいい。金を積んでアーロンを排除する。お前も協力しろ!」

 必死に策を練るクロテッドとツァイティ。憎き弟を、邪魔な存在を消し去ることしか頭になかった。

「やっぱりねぇ……こうなっちゃうよね!」

「⁉︎」

「な、何者だッ⁉︎」

 何処からか聞こえてくる謎の声。子供のような笑い声が辺りに響く。

「ねえ? 騙されたと思って僕の話を聞いてみない? 上手くいけば憎い三男坊を葬り去れるかもしれないよ?」

 平常なら姿を見せない怪しげな声に耳を傾けることはない。だが、今の二人にその発言は余りにも魅惑的に聞こえていた。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「――という訳なのさ。父や兄達には困ったものだよ。お茶を優雅に楽しむ。それは人が人である為の義務だというのに……。私は悲しいッ!」

「……そうですね。貴方のご家族には同情しますよ」

 アステーラ公爵家の地下室。厳重に警戒された邸の地下に集められていた彼ら。
 公爵家での密談はこれまで何度も行われている。当初は人目につかないよう秘密裏に行動していたのだが、今では余程の理由がなければ堂々としている。

「胸を張って歩こうではないかッ!」

 アーロンの一言がきっかけとなった。
 隠密が基本の諜報機関ではあるが、アーロンの悪目立ちは今に始まった事ではない。隠そうとしたところで先天性の天才肌?は光を放ち続ける。ならばもう好きにさせておこうと半ば諦めの気持ちでアクトルは自由にさせていた。

「おい、地下で騒ぐな。頭に響くだろうが」

 そして問題児はもう一人。
 知名度で言えばアーロン以上。ディアバレト王国内に知らぬ者はいない悪逆非道の名を冠する悪徳貴族。今では国外からもその圧倒的な力が警戒されるラギアスの悪魔。ジークの存在もまたアクトルの頭を悩ませていた。

「悲しいね。私達のような人間は世間から見れば歪に映るのだろう」

「バカなのか貴様は? イカれているのは貴様だけだ」

 同類のように扱うアーロンにそれを真っ向から否定するジーク。毎度のやり取りをよくもまあ続けられるなと感心するアクトルであった。

「コホン、話を戻しますよ」

「うん? まだ本題には入ってないと思うが?」

「速やかに要件を話せ。俺の時間を浪費する気か?」

「……くっ! まるで私が変人のような扱いを」

 アクトルが動かせる単体最強戦力が目の前の二人だと考えると頭が痛くなる。どちらも一癖も二癖もあり、取り巻く環境は特殊である。だが、どれだけ扱い辛くとも結果を出してきたからこそ今も共にあると考えれば不思議な縁だと常々思う。

「コホン! ……アーロン、例の物はありますね?」

「イエス! 当然じゃないかミスターアクトル殿。これを見たまえッ!」

 片足を高く上げ、胸から何かを取り出すアーロン。
 金色に輝く正六面体、『スペアライズ』を掲げていた。

「⁉︎ 何を不用心に取り出しているのですかッ⁉︎ 今すぐしまいなさい!」

「ふん、最低限の役目は果たしているようだな」

 アーロンの手の平で浮く『スペアライズ』はゆっくりと回転していた。
 ラギアスダンジョンでジークが確保した古代の遺物はアーロンに託されていたのだ。

「いいですか? 何度も説明していますが、それは『鍵の設計図』となる代物です。『鍵』の奪取が出来ないと敵が判断すれば次に狙われるのはそれです」

 一ヶ月前に起きた地方都市ウェステンとオーステンの襲撃。居合わせた騎士達の証言によれば、敵は不要な人間を始末すると言っていたらしい。そして言葉通りに不可思議な術式で魔物を呼び出し街を襲わせた。――その結果、オーステンは甚大な被害を被った。

「……ショッキングな出来事だった。だが救われた命もあった」

 そうですねとジークを一瞥するアクトル。

「『鍵』の所有者はシエルとルーク・ハルトマン。これで決まりです。残す一人は……」

「シエル嬢には凄腕の護衛が付いているが、金色の騎士君は大丈夫なのかな?」

「彼は今オーステンで復興作業に加わっています。連隊長クラスもいますし、諜報機関こちら側の人間にも監視させています」

 国からの復興部隊に隣街のウェステンからも支援を受けているオーステン。多くの死傷者が出たがアーロンが言うように救われた命もあったのだ。

「……ここにきて敵の動きは活発になっています。貴方達二人には動いてもらいますよ」

「となると、予定通り……」

 当初から計画されていた作戦を告げるアクトル。それを聞き顔を顰めるジーク。

「露骨な表情をしないでください。貴方からしても悪い話ではないでしょう?」

「ハッ、媚び諂うゴミ屑共の集いに何の価値がある? 俺に道化を演じろと貴様は言うのか?」

「……私が誤っていました。貴方は有事の際に力を発揮して頂ければそれでいいです」

 げんなりするアクトル。公爵家であるアクトルにすら遠慮なく罵詈雑言の嵐を巻き起こすジーク。下手をすれば王族にすら噛み付く恐れがある。

「? うんうん、そうだとも。我々は真実の探求者なのさ」

 アクトルとジークを見て頷くアーロン。
 相変わらず何を言っているのか分からないが、アーロンは何かを納得していた。

「とにかく、二人共準備をしておいてください。――見せしめが必要でしょうから」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 王室特別区から離れたジーク。アクトルとの密談が終わりこの後の予定も特に無い。
 日が傾く時間となり夜をどうするか考えながら歩いていた。といっても適当に何かを買い、ホテルで食べる以外に選択肢はないのだが。ジークが飲食店に現れればそれだけで店の雰囲気が最悪になるからだ。

「う~ん、そろそろディナーの時間だね」

「そうか、なら速やかに消えろ」

 無表情で歩くジークの隣をハイテンションで歩くアーロン。対照的な二人を行き交う王都の人々は見つめていた。

 以前からジークが悪意を帯びた視線を浴びることは多々あったが、最近は少し色が異なっていた。その違和感を気色悪く感じていた。

「マイフレンド……どうしたんだい? 最近元気がないじゃないか」

「…………ハッ、貴様に気遣われるようなら俺はお終いだな」

 思わぬ発言に一瞬反応が遅れた。独特な世界観を持つアーロンから真面目な話が出るとは想定していなかったからだ。

「そうか……ならば! この私が! 君を特別な場所へ! 案内しようじゃないかッ!」

 道の真ん中で大声を出してスピンするアーロン。ジークは無視して早足でその場を移動する。そのジークを回転しながら追いかけるアーロン。周囲の人々はドン引きしていた。

「ノンノン、そちらではないよ? マイフレンド」

「……分かったから静かにしろ」

 不本意ながらもアーロンの提案に乗ることにしたジーク。これ以上目立てば騎士団に通報される恐れがあるからだ。
 アーロンを前に行かせて少し後を歩くジークであった。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 分からなかった。何故あのような行動をしたのか。選択をしたのか。
 
 優先するべきことは決まっていたはずなのに、気付けば真逆のことをしていた。
 
 何を犠牲にしても構わないと割り切っていた。自分とは何もかも違う、見てくれだけの存在がどうなろうが関係なかった。

 ――本当に欲しかったものは何だったのだろうか。
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