冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第2章 取り込まれる者

19,取り込まれない者、取り込まれた者

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 ーーー鴉の足に何か結びつけられている。

 メイの部屋の窓から外を見た時、2羽の鴉が並んでこちらの様子を窺っている事に気がついた。
 魔女の鴉か…と思ったが何かいつもと違うと感じ、良く見ると1羽の鴉の足首に白いものが巻かれている。
 こんな事は初めてだった。
 魔女はユウトに会いたい時は夢の中に会いに行くようだが
 俺のところに来た事は一度もない。
 小さい時に世話になり、魔力が安定し始めてから魔女の所へ行く回数は減っていった。
 夜露の儀で会うまで10年はあいていたと思う。
 それでも俺の近くにはいつも鴉がいた。
 城に居ても、街に居ても、戦地に赴いた時も必ず一匹の鴉が遠くから俺を見ていた。
 俺はそれを魔女の使いだと信じていたし、だからこそ魔女に会わなくなっても寂しいとは感じなかった。

 ユウトをメイの部屋に残したまま足早に階下へと降りる。
 庭園へと続く回廊を歩いていると、木の枝に止まっていた鴉が羽ばたき俺の元へと舞い降りてきた。
 咄嗟に左腕を前に出すと鴉は器用に旋回し腕にとまった。

 鴉の左足に結ばれていた白いものは手紙だった。
 俺がそれをゆっくりと外すと鴉は飛び立ち定位置の木の枝に戻った。二羽並んで俺を見下ろしている。
 手紙を開くと中には文字が書かれている。
 魔女だ、これは魔女から俺への手紙だ。


【リオルドヘ

 元気にしとるか?
 こちらも頑張っとるが、中々穢れを消すのは難しい。
 おぬしも無理をせぬよう気を付けてな。

 今日城より魔術師が3人、西の森に入りミシェルの遺体を引き取っていった。有り難う。
 そちらも大変だと思い、いつでも良いと伝言したが…
 ずっと気がかりじゃった。
 ミシェルも親元に帰り少しは報われると信じたい。

 ところで、魔術師の数は減ったが腕の良い魔術師がいるのだな
 これには魔女も驚いたぞ
 ではまた会う日まで     
             西の森の魔女より】


 リオルドが読み終わると手紙は浮かび上がり、散り散りに破けてやがて消えた。

 ミシェルの遺体を今日引き取りに行かせるよう手配したのは俺だ。
 王と王妃からドルナー公爵家には話がしてあり、公爵夫妻は今回の舞踏会には参加していない。
 一人娘の訃報に公爵夫人は倒れ、いつも冷静な公爵もかなり取り乱していたと聞いている。
 愛情深い二人の事だ。泣きながらも娘の遺体を手厚く葬るのだろう。

 ミシェルは俺の従妹だった。
 小さい時からドルナーに行くと俺にいつもくっついてきて好意を抱かれているのは気づいていた。
 だが、俺は王子だしルーツの子と結婚する運命だ。
 それを分かっているのかクリスといる時はミシェルは近づいて来なかった。

 可愛いミシェル、一人娘で甘やかされて自分の我が儘は何でも通ると信じていた。
 両親は可愛がりながらも手をやき、使用人達も振り回されて大変だった。

 俺が行くと嬉しそうに館から飛び出しきた。気を引こうと一生懸命話しかけてきた。
 王子としてじゃなく俺個人に純粋に向けられる好意は居心地の悪いものでは決してなかった。
 ミシェルは俺にとって我が儘で可愛い妹のような存在だった。

 ドルナーがある北東の空を見上げる。

 俺がミシェルに最後にかけた言葉は……とても酷いものだった。
 あの時はユウトが魔犬に襲われたとミシェルから聞き完全に頭に血が上っていた。
 ミシェルはユウトに“出ていけ”と嫌がらせはしたものの魔犬を仕掛けた訳じゃない。
 あれは完全に自分が言い過ぎた。
 こんな事になるとは思いもせずに、謝罪したいというミシェルの伝言も断りドルナー別邸への出入り禁止を言い渡した。
 従妹なのだしその内に何処かで会うだろうと踏んでいたのだ。


 ミシェルは魔族になることを断り殺された。
 恐らく魔族はミシェルに甘言を囁いただろう。
 魔族になればお前が邪魔に思っているユウトを排除してやるぞと。
 ミシェルはそれを断ったのだろう。

 ミシェルはただの我が儘娘じゃない。
 誇り高きドルナー公爵家の令嬢であり、魔族に受け渡す心など持ち合わせていなかったのだ。

 リオルドの瞳から涙がこぼれ落ちた。
 自分の浅慮が許せなかった。
 最後ミシェルはどんな気持ちで死んでいったのだろう。 

 自分からどんどん大事なものを奪おうとする魔族が憎くらしく、そしてとてつもなく怖かった。


 ☆  ☆  ☆

 いつも通りに髪をピシッと後ろに纏め一部の隙もないアンナは、ドアを開けたユウトの顔を確認するとピクリと眉を僅かに動かした。

「ユウト様…。メイの部屋で何をなさっているんです?」
「お見舞いに来たんです」

 アンナは首を左右に振り室内を見渡すと、眉を潜めてユウトに問いかけた。

「お一人でですか?リオルド様やお付きの騎士はどうなさいました?」
「さっきまでリオルドが居たんだけど席を外しました。戻るまでここにいるように言われて…」
「そうですか…」
「アンナさんはどうしたのですか?」
「あぁ…!」

 アンナは自分の横にあるワゴンを引き寄せユウトに見せた。ワゴンの上にはフードカバーの被せられた食器や布をかけれた籠が置かれている。

「私はメイに食事を持ってきたんです」
「そっか。もうそんな時間なんだね」
「ユウト様、私も中に入って宜しいですか?」

 ユウトが頷き入り口から離れると、アンナはワゴンを押しながら中に入ってきた。
 メイはアンナには特に何も言わず、アンナもベッド脇から小さなトレーテーブルを出すとメイに話しかけることなく無言で食器を並べ始めた。

 ーーーこの2人、本当に仲が悪いんだな。にしてもアンナさんの事は疑いたくないけど…大丈夫だよね?

「準備は出来ました。さぁ、食べなさい」

 メイの前に置かれたトレーテーブルの上にはまだ湯気の立つピンク色の粥とりんごが一つ置かれている。
メイは並べられた食事をじっと見ている。

「メイは固形物は食べられないの?」
「そうなんですよ。胃がまだ気持ち悪いのと診療所の医者からも止められてて」
「やっぱり重症じゃないか…」
「ユウト様、そんな事無いんです!メイは元気ですよ」

 メイとユウトが話しているとアンナがワゴンの上に置いてあった小振りのナイフを右手に持ち、左手にりんごを持った。

「さぁ、メイ、粥を食べなさい。私はりんごを剥きますから」
「あ、メイごめんね。僕の事は気にしないで食事をして。食べないと体力もつかないよね」
「あ、えぇ…。あのー、メイド長。りんごは自分で剥きますからもう帰っていいですよ。お忙しいでしょうし」

 アンナは眼鏡の奥からメイを一睨みするとりんごを剥き続ける。

「心配はご無用、私はこの後休憩に入ります。早く粥を食べなさい」
「いや…自分で出来ますし」
「いいから早く粥を食べなさい」

 ーーーどうしたんだろう。メイは一向にお粥を食べようとしないし、アンナも絶対に譲らない。
 まさか、まさかなんだろうか?
 メイもアンナを警戒してる?

「あの、僕もそのお粥を食べてみたいな。メイ一口分けてくれない?」

 助け船を出したつもりだったが、メイが答えるよりも早くアンナが振り返った。

「ユウト様、何を仰るんです?ユウト様にはちゃんと昼食をご準備してあります。」
「あ…うん。分かってるんだけど…そのお粥ピンク色で珍しいよね。食べてみたいなぁ…って」
「これは人参のすり下ろしが入っているんです。毎食粥ですから...飽きないように試行錯誤してます」
「へぇ...。ん?これはアンナさんが作ってきたの?」
「えぇそうです。基本は料理人が作りますが私もこれくららいなら作れますので」
「そ、そうなんだ」


 何故アンナが嫌いなメイの為にわざわざお粥を作って持ってくるんだ?
 メイも相変わらず食べようとしないし…

「あの、メイド長本当に帰ってくれません?後でちゃんと食べますから!」
「いいえ、私はあなたが粥を食べ終わるまでここを離れません!」
「な…!?」
「メイ・ハドナー。いいからさっさと食べなさい!」
「絶対に食べません!」
「まぁ!何と言うこと!食べなさい!」

 二人が言い争いを始めてユウトは困ってしまった。にしてもメイド長は何故ここまで頑ななのか。

「二人とも落ち着いて!アンナさん…どうしたんです?」
「何がですか?」
「らしくないです。いつものアンナさんなら置いてそのまま退席するでしょう?それが自然です。何故そこまでしてメイに無理強いを??まさか…」
「まさかとは…?何ですか…」

 眼鏡の下から冷たい視線がユウトを刺す。
 アンナにこんなに冷たい目で見られたのは初めてだ。
 思わずユウトは言い淀む。

「それは、その…」
「ユウト様、もしかして私がメイを手にかけるとでも思っていらっしゃいますか?」
「…ごめんなさい。思ってないけど…可能性としてはゼロでは無いかと…」

 アンナは目を見開くと眼鏡を押えて深くため息をついた。
 アンナの後ろから今まで沈黙していたメイがひょこっと顔を出す。

「ゆ、ユウト様。それは無いです。メイド長は…私の母ですから」
「えっ」

 ユウトの頭は真っ白になり、アンナに何と詫びればいいのか分からずただ立ち尽くしていた。

 ☆ ☆ ☆

 回廊からメイの部屋に戻ろうと歩くリオルドをクロードが呼び止めた。
 クロードが持ってきた情報は今の城の問題を解決するが、驚くべきものであった。

 ダンケ伯爵家でローゼマリーが亡くなっているのが使用人によって発見された。
 テーブルには遺書が置かれていた。
 遺書には舞踏会で毒を盛ったのは自分だという趣旨の自白が書かれていたのだ。
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