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第2章 取り込まれる者
10 ,舞踏会1日目(2)
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ローゼマリー・ダンケは社交界に咲いた毒花である。
豊かな茶色の髪、猫のようにつり上がった大きな目にツンとした高い鼻。ふっくらとした唇にはいつも濃い紅がひかれていて、彼女の色気を際立たせている。
貧民街に生まれたローゼマリーは、アル中の父母に早々に見切りをつけ、ウェイトレスや踊り子など様々な職を転々とし、ダンテ公爵家のメイドとして家に入り込んだ。
当時のダンテ公爵は齢72、妻を亡くし憔悴しきっていた時に50も年下のローゼマリーに出会い、その色気に魅了され毒牙にかかってしまった。
熱をあげたダンテ公爵は周りの反対を聞こうともせずローゼマリーと再婚したが、その1年後に病でこの世を去った。
とても短い婚姻期間だった。
こうしてローゼマリーは地位と富を手に入れ、未亡人として年下の男を囲ったり、貴族の男と一夜を過ごしたり、もう何年も色欲のままに自由奔放に暮らしている。
「あら、聞いてらっしゃるかしら?」
「あ、はい。聞いています」
「ごめんなさい。あなたのようなお子様にはまだ早かったかしら…?」
ユウトは口を噤んでしまった。
頭も混乱しているし、なんと返せばいいのかも分からない。
ローゼマリーをもう一度じっくりと見てみる。
どこもかしこも柔らかそうな女性の身体、大きな胸だけじゃない。首や腰は驚くほどに華奢で、二の腕は細いのに筋肉などなく柔らかそうだ。
ーーーリオルドはこの女性を抱いたんだ。やっぱり女と男では全然違う…
現実が押し寄せてくる。
女遊びを繰り返していたのは知っていた。
だが、現実にその女性に会ってみるとショックを受けた。
男であり、貧相な体をした自分を惨めにすら感じる。
こんな体を果たしてリオルドは抱けるのだろうか?
ーーーだから、初夜はあんなだったのかな。後ろから貫かれ顔を見ることもなく、身体を見られることも触られることも無かった。身体は傷だらけだったし…
「お久しぶりですね。ローゼマリー・ダンケ公爵未亡人」
耳元で聞きなれたリオルドの声がすると同時に、ユウトの目は塞がれ、もう片方の手で後ろから抱き締められた。
「あら…リオルド。お久しぶりね」
「今日は私の妃に何か?」
「挨拶をしていたのよ。貴方と親しい先輩としてのアドバイスよ」
ローゼマリーとリオルドが対話していることに貴族達は気づき始め、遠巻きに様子を伺ったり聞き耳をたてている。
ユウトは視界が真っ暗になり、リオルドに手を離して欲しいけどそんな事を言える空気でもなく、自力でリオルドの手を剥がすことにした。
「アドバイスするような事は何もないと思うが」
「まぁ!リオルドったら。私達の過ごした熱い夜を忘れましたの?あなたは何度も私の名を呼び、求めたのに…」
ローゼマリーはドレスのスリットから細く長い脚を出し、リオルドに見せつけるように前に出した。
足には高価なアンクレットが付けられている。
「リオルドがプレゼントしてくれたこれ、付けてきたわ」
「…不敬だな。私は第二王子だ。あなたは公爵の位をいわば一時預かりしている身、呼び捨てにされる筋合いは無い」
「リオルド!?あなた…」
「まぁ、お疲れなのでしょう。もう自室に戻られた方が良い」
「私より...こんな…少年みたいな男を選ぶの?」
ユウトは何とか手を外そうと頑張るが、リオルドの力は強く、全然手は外れない。仕方がないので暗闇の中で二人のやり取りを聞いていた。
視覚が無い分、二人の声から感情が伝わってくる。
リオルドからは静かな怒りが、ローゼマリーからは怒りと悲しみが。
「クロード!もう一人騎士とメイドを呼んでこい。ダンケ公爵の未亡人は部屋にお戻りだ」
「リオルド…後悔するわよ!私はあなただけはと思っていたのに…!」
ユウトは両手を使って、やっとの思いでリオルドの手を目元から外す事に成功した。
最初に目に飛び込んできたのは、怒り、憎しみに満ちた目でユウトを睨みつけているローゼマリーの姿だった。
ーーーこの目はどこかで見たことがある…
ユウトは小さく身震いした。
ローゼマリーの瞳は怒りに揺れ、奥には憎しみの色が赤く光っている。
「あなた…」
ローゼマリーがユウトに何か言おうとすると、丁度クロードが騎士を連れて戻ってきて、一緒に部屋へ下がることを求めた。
「帰ればいいんでしょ!一人で帰れます!」
ローゼマリーは怒鳴ると髪を振り乱し、一人でズンズンと出口へ向かって行ってしまった。
クロード達は見失わないように慌てて後を追いかけていった。
☆ ☆ ☆
「疲れたのか?」
「え、いえ、大丈夫です」
貴族ってすごいと思う。
あんな修羅場が繰り広げられたのに何事も無かったように皆楽しそうに過ごしている。
ローゼマリーを部屋に送り戻ってきたクロードも、壁際に立ち警護を再開している。
「でも顔色が悪い。あと2日ありますから無理は良くない」
ジブリールが心配そうに言う。
あの後、ユウトは王とジブリールの元に連れてこられた。
リオルドが戻り3人でまた領土の話を始めたので、ユウトは横で大人しくしていた。
「おぉ、そうだな。今日はもう休むが良い」
「い、いいですか?」
ーーーそれは有難い。正直、一人になりたい気分だ。
「じゃあ、俺も今日はもうあがらせて貰う」
「え!」
ユウトは思わず声をあげ、慌てて両手で口を押さえた。
「何か不都合でもあるのか?」
「いえいえ、ありません…」
リオルドの事を一人になって考えたいのに、本人も一緒に来たら意味がない。
「じゃあ、悪いが俺達はこれで」
リオルドは立ち上がると、座ったままのユウトの腕を引いた。
「あの、すみません。今日は失礼します」
ガタガタと椅子から立ちあがり、リオルドに引っ張られながらユウトは二人に別れの挨拶をした。
1階にある舞踏会の会場を出て回廊を歩いていると横に庭園が見えてきた。
枢機卿は元気だろうか?
そんな事を思いながら月明かりに照らされた薄暗い庭園の脇を通り抜けると、ガサガサっと音がして後ろを振り返る。
ーーーキーン様?
夜中の庭園の中に入っていく人物の姿が見えて、そのシルエットはキーン・ロットラッドだった様に見えた。
ユウトが足を止めた事に気づいたリオルドが後ろを振り返る。
「どうした?」
「……いえ」
ーーーキーン様に似てたけど、今日は来てないよね。舞踏会で姿も見てないし、リオルドの元にも来なかったし。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
ユウト達は回廊を抜け、王族専用居住専門の階段を昇り部屋へ向かった。
☆ ☆ ☆
その夜、城の一室では密談が交わされていた。
「一日目に騒ぎを起こすなんて」
「ちょっと挨拶しようと思っただけよ」
「これからの計画を忘れたわけじゃないよね?」
「あったりまえでしょ!覚えてるわ」
「◯◯◯◯◯◯はどう思う?」
「そうだな…ローゼマリーに一つ聞く。おまえはあの時、リオルドだけは……と言っていた。アイツだけ、どうする気だった?」
「助ける気だったのよ…でも、もういいわ。リオルドもくたばればいい」
「ハハッ派手に振られていたな。まぁ、いい。3人の中で裏切りは無しだ」
「勿論、早くあの子猫ちゃんを傷つけちゃいましょ。私からリオルドを奪ったドロボウ猫をね!」
「殺さない程度に...だよね。◯◯◯◯◯◯」
「あぁ、命までは奪わない。ビビらせて王家から追い出すんだ」
豊かな茶色の髪、猫のようにつり上がった大きな目にツンとした高い鼻。ふっくらとした唇にはいつも濃い紅がひかれていて、彼女の色気を際立たせている。
貧民街に生まれたローゼマリーは、アル中の父母に早々に見切りをつけ、ウェイトレスや踊り子など様々な職を転々とし、ダンテ公爵家のメイドとして家に入り込んだ。
当時のダンテ公爵は齢72、妻を亡くし憔悴しきっていた時に50も年下のローゼマリーに出会い、その色気に魅了され毒牙にかかってしまった。
熱をあげたダンテ公爵は周りの反対を聞こうともせずローゼマリーと再婚したが、その1年後に病でこの世を去った。
とても短い婚姻期間だった。
こうしてローゼマリーは地位と富を手に入れ、未亡人として年下の男を囲ったり、貴族の男と一夜を過ごしたり、もう何年も色欲のままに自由奔放に暮らしている。
「あら、聞いてらっしゃるかしら?」
「あ、はい。聞いています」
「ごめんなさい。あなたのようなお子様にはまだ早かったかしら…?」
ユウトは口を噤んでしまった。
頭も混乱しているし、なんと返せばいいのかも分からない。
ローゼマリーをもう一度じっくりと見てみる。
どこもかしこも柔らかそうな女性の身体、大きな胸だけじゃない。首や腰は驚くほどに華奢で、二の腕は細いのに筋肉などなく柔らかそうだ。
ーーーリオルドはこの女性を抱いたんだ。やっぱり女と男では全然違う…
現実が押し寄せてくる。
女遊びを繰り返していたのは知っていた。
だが、現実にその女性に会ってみるとショックを受けた。
男であり、貧相な体をした自分を惨めにすら感じる。
こんな体を果たしてリオルドは抱けるのだろうか?
ーーーだから、初夜はあんなだったのかな。後ろから貫かれ顔を見ることもなく、身体を見られることも触られることも無かった。身体は傷だらけだったし…
「お久しぶりですね。ローゼマリー・ダンケ公爵未亡人」
耳元で聞きなれたリオルドの声がすると同時に、ユウトの目は塞がれ、もう片方の手で後ろから抱き締められた。
「あら…リオルド。お久しぶりね」
「今日は私の妃に何か?」
「挨拶をしていたのよ。貴方と親しい先輩としてのアドバイスよ」
ローゼマリーとリオルドが対話していることに貴族達は気づき始め、遠巻きに様子を伺ったり聞き耳をたてている。
ユウトは視界が真っ暗になり、リオルドに手を離して欲しいけどそんな事を言える空気でもなく、自力でリオルドの手を剥がすことにした。
「アドバイスするような事は何もないと思うが」
「まぁ!リオルドったら。私達の過ごした熱い夜を忘れましたの?あなたは何度も私の名を呼び、求めたのに…」
ローゼマリーはドレスのスリットから細く長い脚を出し、リオルドに見せつけるように前に出した。
足には高価なアンクレットが付けられている。
「リオルドがプレゼントしてくれたこれ、付けてきたわ」
「…不敬だな。私は第二王子だ。あなたは公爵の位をいわば一時預かりしている身、呼び捨てにされる筋合いは無い」
「リオルド!?あなた…」
「まぁ、お疲れなのでしょう。もう自室に戻られた方が良い」
「私より...こんな…少年みたいな男を選ぶの?」
ユウトは何とか手を外そうと頑張るが、リオルドの力は強く、全然手は外れない。仕方がないので暗闇の中で二人のやり取りを聞いていた。
視覚が無い分、二人の声から感情が伝わってくる。
リオルドからは静かな怒りが、ローゼマリーからは怒りと悲しみが。
「クロード!もう一人騎士とメイドを呼んでこい。ダンケ公爵の未亡人は部屋にお戻りだ」
「リオルド…後悔するわよ!私はあなただけはと思っていたのに…!」
ユウトは両手を使って、やっとの思いでリオルドの手を目元から外す事に成功した。
最初に目に飛び込んできたのは、怒り、憎しみに満ちた目でユウトを睨みつけているローゼマリーの姿だった。
ーーーこの目はどこかで見たことがある…
ユウトは小さく身震いした。
ローゼマリーの瞳は怒りに揺れ、奥には憎しみの色が赤く光っている。
「あなた…」
ローゼマリーがユウトに何か言おうとすると、丁度クロードが騎士を連れて戻ってきて、一緒に部屋へ下がることを求めた。
「帰ればいいんでしょ!一人で帰れます!」
ローゼマリーは怒鳴ると髪を振り乱し、一人でズンズンと出口へ向かって行ってしまった。
クロード達は見失わないように慌てて後を追いかけていった。
☆ ☆ ☆
「疲れたのか?」
「え、いえ、大丈夫です」
貴族ってすごいと思う。
あんな修羅場が繰り広げられたのに何事も無かったように皆楽しそうに過ごしている。
ローゼマリーを部屋に送り戻ってきたクロードも、壁際に立ち警護を再開している。
「でも顔色が悪い。あと2日ありますから無理は良くない」
ジブリールが心配そうに言う。
あの後、ユウトは王とジブリールの元に連れてこられた。
リオルドが戻り3人でまた領土の話を始めたので、ユウトは横で大人しくしていた。
「おぉ、そうだな。今日はもう休むが良い」
「い、いいですか?」
ーーーそれは有難い。正直、一人になりたい気分だ。
「じゃあ、俺も今日はもうあがらせて貰う」
「え!」
ユウトは思わず声をあげ、慌てて両手で口を押さえた。
「何か不都合でもあるのか?」
「いえいえ、ありません…」
リオルドの事を一人になって考えたいのに、本人も一緒に来たら意味がない。
「じゃあ、悪いが俺達はこれで」
リオルドは立ち上がると、座ったままのユウトの腕を引いた。
「あの、すみません。今日は失礼します」
ガタガタと椅子から立ちあがり、リオルドに引っ張られながらユウトは二人に別れの挨拶をした。
1階にある舞踏会の会場を出て回廊を歩いていると横に庭園が見えてきた。
枢機卿は元気だろうか?
そんな事を思いながら月明かりに照らされた薄暗い庭園の脇を通り抜けると、ガサガサっと音がして後ろを振り返る。
ーーーキーン様?
夜中の庭園の中に入っていく人物の姿が見えて、そのシルエットはキーン・ロットラッドだった様に見えた。
ユウトが足を止めた事に気づいたリオルドが後ろを振り返る。
「どうした?」
「……いえ」
ーーーキーン様に似てたけど、今日は来てないよね。舞踏会で姿も見てないし、リオルドの元にも来なかったし。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
ユウト達は回廊を抜け、王族専用居住専門の階段を昇り部屋へ向かった。
☆ ☆ ☆
その夜、城の一室では密談が交わされていた。
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「ちょっと挨拶しようと思っただけよ」
「これからの計画を忘れたわけじゃないよね?」
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「◯◯◯◯◯◯はどう思う?」
「そうだな…ローゼマリーに一つ聞く。おまえはあの時、リオルドだけは……と言っていた。アイツだけ、どうする気だった?」
「助ける気だったのよ…でも、もういいわ。リオルドもくたばればいい」
「ハハッ派手に振られていたな。まぁ、いい。3人の中で裏切りは無しだ」
「勿論、早くあの子猫ちゃんを傷つけちゃいましょ。私からリオルドを奪ったドロボウ猫をね!」
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