冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第2章 取り込まれる者

1,舞踏会の下準備

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 舞踏会当日の早朝、ユウトはメイと共に馬車に乗りこみ城への道を急いでいた。
 年に一度城で開催される舞踏会は三日間連続で行われる。
 男爵家や子爵家はその内の一日に参加することが義務付けられており、それ以上の爵位を持つ家は三日連続で出席することが通例となっている。

 リオルドは前準備があるため昨日城に向けて旅立っていったので、ユウトとメイは二人で馬車に乗り、クロードと兵士達は各自馬に乗り同行している。

 ーーーあんなに必要ないのに。

 ユウトはここ数日の出来事を思い出し、ため息をついた。
 ユウト達の乗る馬車の後ろには、大量の荷物を載せた荷馬車が護衛の兵士と共に付いてきている。
 荷馬車の中には、舞踏会の為に準備された数々の高価な品が所狭しと並べられていた。

 最初に別邸に来たのは大量の布を抱えたオーダーメイドのお店のマダムと針子だった。
 ユウトは急に応接室に呼ばれ、体中をメジャーで測られた後、次々と布を体にあてられた。
 マダムはすぐにアイディアが浮かぶようで、布をあてる度にサラサラと紙に筆を走らせ、出来上がったものをリオルドに見せた。
 その度にリオルドが「それもいいな、作ってくれ」というものだから、10着分もの衣装を作ることとなり、ようやく昨日の夜納品が終わり、ギリギリで城へと急いでいるのである。
 服だけでは無い。
 服の次には靴屋、靴屋の次には帽子屋。
 靴を履いたり脱いだり帽子を被ったり。
 ユウトの足には立派な靴擦れが出来たし、整えた髪はボサボサになった。

 ーーー極めつけはあの宝石。一体いくら使ったんだ?

 最後に現れた宝石商はふくよかで柔和な笑みを浮かべた、人の良さそうな男性だった。
 どうやら、リオルドは常連の様で宝石商のことだけは名前で呼んでいたが、“黒い瞳に似合います”と言われると高価な物でも買おうとしてしまう。
 リオルドが席を離れた隙に「もうここらへんで」と宝石商に頼みこんでなんとか打ち止めにして貰うことが出来た。
質実剛健を家訓にしているマグドー公爵家で育ったユウトにしたら、必要以上の贅沢は敵なのだ。


「舞踏会ってあんなに服とか買う必要あったのかな?国のお金でしょう?無駄遣いは良くないと思うんだけど」
「ユウト様、貰っておけばいいんですよ!それにお金はリオルド様の個人資産から出てますから心配いりません」
「個人資産!?尚更あんなに買って貰うわけにいかないよ」
「いいじゃないですか、ユウト様はお妃さまなんですから」
「まぁ、そうだけど…」

 メイは最近、ユウトもリオルドの事を少なからず好きなのではないかと思っている。
 初めはもしかしたらと思う程度だったが、宝石商に会ったことで確信に変わった。

 あの宝石商はリオルドが遊んだ未亡人にお別れの品を渡す際や、クリスへの贈り物を購入する時に愛用していた店だ。
 いわば、リオルドの交際関係を握っている店である。
 二人が婚約してからは初めて呼ばれたこともあり、宝石商は張り切って沢山の装飾品を持参してきた。

☆ ☆ ☆

 宝石商が金や銀のチェーンに青や赤の石のついたネックレスを広げると、リオルドは張り切って選び始めた。
 ユウトはあまり乗り気ではなく、リオルドに“どれがいいんだ?”と聞かれて、銀の細工で作られた猫のブローチを選んだ。
 並べられた装飾品の中でもっとも安価なものだったが、ユウトは可愛らしいそのブローチが一番欲しかった。

「それか…欲しいなら買うが、舞踏会に付けるものも選べ」
「そう言われても、僕にはよくわかりません」
「じゃあ、勝手に選ぶからな」
「あの、少なめで...お願いします」
「はぁ?」

 やり取りを見ていた宝石商が大事に抱えていた鞄を開いた。

「こちらはどうですか?外国から特別に仕入れたものです。値は張りますが、ユウト様の黒髪に映えるかと…」

 宝石商がケースを開け品物をかざすと、リオルドは勿論のことユウトの目も輝いた。

 ーーー初めて見る、なんて綺麗なんだろう!



「この宝石は何と言うのですか?」
というらしいです。決まった貝の中で偶然出来る産物で何年もかけて大きくなるので希少価値が非常に高いんです」
「シンジュ…綺麗だなぁ。初めて見ました!」

白い球体の形をしたその宝石は10粒程度がチェーンに通してある。良く見る大きさも様々で光が当たると一つ一つがキラキラと反射して輝いている。

 リオルドは先程まで全然乗り気ではなかったユウトが目をキラキラさせているのを見ると口元を緩めた。

「よし、それも買おう」
「え!た、高いんだよ?」
「ルーパス、これはいくらだ」
「こちらは金貨が100枚ほどになります。多少お値引きはさせていただきますが、どうなさいますか?」
「ん、買おう」

 ーーー金貨100枚だぞ?他の宝石の10倍はするじゃないか!

「いやいやいや、すごく綺麗だよ。でもね、僕に使いこなせるかどうか」
「これは絶対に買う」

 この状態に陥ったリオルドは絶対に引くことはない。
 困ったぞ、どうすればいいんだ?
 ただでさえ、服やらなんやらと数日で散財しているというのに。

 ーーコンコン
 と、ドアをノックする音がしてジョルジュが顔を出した。
 リオルドが呼ばれ、席を外した隙にユウトは宝石商に頼み込んだ。

「あの、本当にすみません。このシンジュだけにしてくださいませんか?失礼な話だとは分かっていますが、リオルド様が昨日からちょっと…その」

 ルーパスはにっこり笑うと

「えぇ、そういたしましょう。このシンジュとその猫のブローチの二つに致しましょう」

 と快諾してくれた。

「すみません。有り難うございます」

 安心したユウトが頭を下げると、ルーパスは驚いて頭を上げて下さいと言った。

「ユウト様、今日は良いものを見させて頂きました。長年リオルド様とお取引させて頂いてますが、ご本人が同席なさるのは初めての事です。いつも私が予算通りのものをご用意してお相手のご自宅に贈るだけでしたので」

「え、そうなんですか」

 と答えたユウトの顔が僅かに嬉しそうだったのをメイは見逃さなかった。

「で、でもさすがにクリスには違うでしょう?」
「クリス様の時は私が3つ選んだものの中から一つを選んでいらっしゃいました。それが、今日は…ふふっ…とにかく店にあるものを全部持ってこいとおっしゃって、二人で選びたいんだと…ふふっ」
「は、はぁ。そうなんですか…」

 ユウトは更に嬉しそうに顔を赤くしてモジモジしている

 ーーーユウト様、リオルド様を意識してるのね。私ならあんな夫は絶対に嫌だけど、ユウト様が好きならそれはそれでいいのかも。一生一緒にいるんだもの想い合ってる方がいいわ。

 ☆ ☆ ☆

 城へと向かう馬車の中、ユウトは胸元に買って貰った猫のブローチをつけ、リオルドは無駄遣いがすぎる!と怒っている。

 ーーーいつか、ユウト様がメイにも打ち明けてくれると嬉しいと思う。それまでは気づかないふりをしてサポートしてあげよう。
メイは二人の恋を応援しようと決めた。

 プンプンと怒り続けるユウトと、半笑いでなだめるメイを乗せた馬車は、これから舞踏会で起こることを予期させないくらい軽快に、城への道を走っていく。

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