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第1章 魔犬
24.兄は太陽のように
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その日、ドルナー別邸は朝から騒がしかった。
昼前には到着するという王妃達の為、ジョルジュの監督の下、使用人達は世話しなく働いていた。
コック達は朝から下準備を済ませた食材を調理し、給仕係は特別な時用の食器をもう一度チェックし、更に磨いた。
メイド達は庭園を隅々まで掃除し終わると邸内に花を飾り、兵士達はドルナー領の入り口まで王妃達を迎えに行った。
ユウトも服を着替え、専用の衣装部屋でメイに髪を梳かして貰っていた。
「もうすぐいらっしゃいますね」
「うん、そうだね。僕はランチには参加出来ないから、お茶会だけ出るよ」
ユウトはまだ肩が完治していないので、フォークやナイフを上手く使うことが出来ない。
今は予め切り分けたものを出してもらい、フォークやスプーンを使って食べている状態なので食事会は辞退した。
ーーーどうせ出てもリオルドとクリスがいちゃいちゃするのを見るだけだし…出れなくて良かったかも。
ユウトは今日も二人はいちゃつくのだろうと想像し深く息を吐いた。
「食事会は残念でしたね、お茶会まではメイと過ごしましょう!」
ーーーユウト様、大丈夫かしら。王妃様達は別として、クリス様に私達を助ける口添えをして欲しいって手紙を出したのよね。
それまでは何通来ても返事も書かなかったのに。本当はあまり会いたく無いのかも。
「そうだね、あと…今日疲れていて…お茶会もあまり長く居たくないんだ。でも、王妃様もいるし最後までいなきゃ駄目だよね…」
「本来はそうかもしれませんけど、今回はいいと思いますよ?御見舞いに来られるんですし…」
「そうかな?じゃあ、悪いけど途中で抜けさせて貰おうかな」
「えぇ、そうしましょう」
メイとしてもあまり長くクリス達といない方がいいと思った。
最近のユウトはどこか刹那的でリオルドにされるがままだ。
あの状態を王妃に見られたまた揉めそうだし、リオルドとクリスの甘言の交わしあいをユウトに見せたくない気持ちもある。
途中で抜けてもいいと知って、少し元気が出たユウトがメイの選んでくれたブラウスを褒めていると、ジョルジュがやってきて「もうすぐ王妃様ご一行がお着きになります」と憂鬱な時間の始まりを告げた。
玄関ホールに行き、リオルドと一緒に王妃達の到着を待った。ユウトはまだ体力が戻らないことと、長時間立っていると肩が痛むため椅子に座ってのお出迎えとなった。
仰々しくて申し訳ないけど、お茶会を抜けやすくはなりそうである。
最近のリオルドはこういう時、自分が連れていくとユウトをすぐ横抱きして連れていってしまうのだが、今日はクリスが来るからか、椅子に座ったユウトを見ても何も言わなかった。
門が開き、カナーディルの王家の紋章が付いた豪華な馬車がゴトゴトと音を立て中に入ってる。
庭園の脇を抜け、ようやく玄関に着くとジョルジュが馬車の扉を開けた。
「ユウト!大丈夫なの?」
一ヶ月振りに会う王妃とレイルは馬車を降りると心配そうに駆け寄ってきた。
「椅子に座って…歩けない?傷はどうなの?無理してない?」
「大丈夫なんです。でも、まだ少し辛くて…すみません」
矢継ぎ早に質問を繰り出す王妃に答えながら横目で馬車を見ると、降りようとしているクリスにリオルドがわざわざ手を貸していた。
ユウトは胸がチクリとして“もう始まったのか”と早くも逃げたい心境に陥っていた。
「ユウト!大丈夫?」
馬車から降り立ったクリスはいつも通りに太陽のように笑う。
ユウトはクリスに会いたいのか正直良く分からなかったが、メイ達を助けて貰ったお礼だけはちゃんと言おうと決めていた。
こんな気持ちをクリスに抱いたことは今まで無かったと思う。
クリスはいつも優しくて弟想いで、ユウトは兄を慕う弟で、二人はいつも仲良しだった。
ニコニコしながらユウトの方へ向かって来たクリスはふと目線を上に向けると足を止めた。
「わぁ、ここに移したんだ!久しぶりに見たけど怖いくらい僕に似てるなぁ」
クリスは階段の踊り場に設置されている、カナーディル国王の前妃であり、サニー王妃の弟でもあるレティの肖像画に気づいて声をあげた。
ユウトの隣に立っていた王妃は眉を潜めた。
何故別室に飾られていたレティの肖像画がこんなに目立つ場所に移されているのかと困惑している。
「あぁ、ここが一番映えていいだろう。母の肖像画は本当にクリスに良く似ている」
「ねぇ、子供の時はそうかなぁ?くらいだったけど、今見ると僕そっくりだ」
リオルドは嬉しそうに雄弁を振るい、困惑する王妃の姿も、目の前の椅子に座る自分の妃が表情を曇らせたことも目には入っていないようだった。
「あぁ、ごめん。ユウト、会いたかったよ!」
「クリス、久しぶり。今日は来てくれて有り難う」
肖像画から目線を外したクリスはユウトの元へ来た。
今日のクリスは全身白のコーディネートで、クリスの柔らかい金の髪とスカイブルーの大きな瞳の美しさを際立たせている。
「食事会にユウトが出れないのは残念だな。お茶会の時、少し二人だけで話そう?貰った手紙の話しもしたいし」
「うん。そうだね」
「じゃあ、決まりだ」
クリスは微笑んで小さな時と同じようにユウトの頭を撫でた。
レイルが「僕、もうお腹が減ったよ」といい、ジョルジュの案内で皆は食堂へと消えていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「メイ、なにか怒ってる?」
食事会の間、ユウトは自室のバルコニーで食事を取っていた。
メニューはゴボウのスープ、季節野菜のサラダ、白身魚のポワレ、ラム肉の香草焼き、焼き立てパン。
メニュー自体は皆と一緒だが、肩を痛めたユウトの為に食材が小さめに切りわけてある。
「メイは…ユウト様には怒っておりません!」
ーーーさっきのリオルドとクリスのやり取り…だよなぁ。
王妃様も困惑していたし。
皆を食堂に送ってから、リオルドと共に過ごす主寝室のバルコニーに出て、椅子に腰をかけた。
メイが料理を運んでくる間一人で待っていると、吹き抜けてくる風が顔にあたって清々しく気持ちが良い。
ふと、庭園の木に目をやると一匹のカラスと目があった。
カラスは身繕いをしながらも、ユウトをチラチラと確認していて、もしかしたら魔女のカラスなのかもしれないと思うと胸が弾む。
「失礼しまーす」
メイがワゴンを押しながら扉から入ってきたのを見ようと腰を捻ると、窓に自分の姿が反射して映し出された。
黒い髪、黒い瞳、細く貧相な体。
レティ様の肖像画とは似ても似つかない姿だ。
クリスとは顔の造形は似ているというのに、こうも違うなんて。
ーーーもし、自分がクリスのように金髪碧眼で見た目が似ていたら、リオルドの態度も少しは違ったのだろうか?
「ふふ」思わず笑ってしまう。
考えるだけ無駄なことだとユウトは思い直した。
そんな自分はどこにも実在などしないのだから。
食事を初めてすぐにメイが不機嫌な事には気が付いた。いつものように会話が弾まないし、どこかイライラしている。
「ユウト様には怒ってません…。でも、あんまりじゃないですか?」
「リオルドとクリスのこと?」
「そうです。身分がありますから...メイはあまり言えません。でも、自分の主人であるユウト様があのような扱いを受けるのは…面白く無いです」
「そうだね…。メイは間違っていないと思うよ。実際、酷い扱いだと思う…」
ユウトが弱々しく言うので、メイは怒っていたことを忘れて悲しくなってしまった。ユウトは今までずっと王家に振り回されて来た。
こんな怪我を負っても、夫は妻の前で想い人を褒め、ユウトには妃としての立場も無い。
使用人達の目前で恥をかかされたも同然だ。
「でもね、仕方がないんだ。僕は身代わり妃だし…自分の立場をわきまえなきゃ…ね」
ユウトは言い終わると外を見てしまった。
悲しそうな顔で遠くを見ている姿を見ると、ユウトがいつか消えてしまいそうでメイは胸がザワザワした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お茶会はつつがなく行われた。
ユウトは王妃やレイルと久々に話せて楽しかったし、リオルドとクリスも楽しそうに話していた。
途中でレイルが馬を見たいと言い出し、リオルドと王妃はレイルを連れて厩舎に行ってしまった。
ユウトはやっとクリスと二人きりになり、この前イリス達を助けてくれたお礼を述べることが出来た。
「うん。でも僕は何もしていないよ?ユウトから手紙が来て、リオルドにユウトを困らすなって手紙を書いただけ」
クリスは紅茶を飲みあっけらかんと答えた。
「それだけで充分だったんだ。有り難う」
「ならいいけど。困った事があったらこれからも僕に言うんだよ?」
リオルドに熱い想いを向けられているクリスを避けてはいたものの、こうして会ってみるとクリスはやはり弟想いの良き兄だ。
「でもね。今回はいいけど…あまり夫の言うことに妃が異議を申し立てるのは良くないことだよ。立場とか…あるからさ」
ーーー立場、そうだよね。クリスはやっぱりすごいな。
僕はまだまだ未熟で目の前の事でいっぱいだ。
「あっ、ユウトを怒ってるわけじゃないんだ。表だって反対しなくても色々方法はあるんだし…まぁ、つまり相談してよってこと」
ユウトが元気を無くしたことに気付くと、クリスは自分のアップルパイを前に出して「これも食べな」と微笑んだ。
ユウトが頷き、アップルパイにフォークを差し、少しずつ食べ進めると、クリスが椅子をガタガタと動かしユウトの脇にピッタリとくっついた。
「ところで、あのレティ様の肖像画よく見た?」
「え、うん。クリスにそっくりだね」
「まぁ、そうだけど。そこじゃなくて、レティ様の首筋にあっただろう?王家だけの絶対魔法防御の印」
「なに、それ?」
クリスはまたポカンとして「え、知らないの?」と驚いていた。
「この国には魔法を使える者がいるけど、年々数も減ってるだろう?その中でも強い魔力を引き継いでいるのが王族、そこまではユウトも知ってるよね?」
「うん」
カナーディルには昔100人を超える魔術師がいたと書物に記されているが、現在は数が減り城には14人しかいない。魔術師は貴重な存在であり、滅多に会うことも出来ず、戦闘にも全員は出さないという。
「王族には王族だけが使える特別な魔法があるんだ。それが絶対魔法防御だよ」
「絶対魔法防御…?」
「そう、でも人生で一回しか使えないんだ。自分の守りたい人にかけて、何かあったら防御魔法が働くように出来る。魔力は相当消費するみたいだけどね」
「ふぅん…」
ーーー絶対魔法防御?妃教育でもそんな話は聞かなかった気がするけど…。
「レティ様の絵の首筋にうっすらあったでしょ。薄い青で六角形みたいな印だったね。あれが、現カナーディル王のかけた絶対魔法防御の印だよ。紋様として浮き上がるんだ!大抵は妃にかけるんだけど、愛されてるって感じでいいよね!」
「…気付かなかった、後で見てみる。そうなるとサニー王妃にはどうするの?」
「絶対魔法防御は人生で一度しか使えない。だから、サニー王妃には無いんだ。でも、王は王妃を大切にしていると思うよ」
人生で一人だけ、自分の魔力をかけてでも守りたい人にかける、なんてロマンチックで素敵な魔法なんだろう。
僕には関わりの無さそうな話だけれど。
「ユウト、僕はね、紋様は無いんだ。」
「え、アーノルドは?」
「内緒だよ?ユウトだから言う。と言ってもリオルド達は知ってるんだけど…アーノルドは魔力が殆ど無いんだ」
そんな予感はしていた。
リオルドが膨大な魔力持ちなのは有名な話だが、アーノルドの話は聞いたことがない。
戦闘にも出向かないし、いつも城で書類を眺めている。
「まっ、こればっかりは仕方がないよね!だから、ユウトに浮かび上がる紋様を一目見てみたかったんだ。リオルドほどの魔力だろう?相当綺麗なんだろうなって…なのに大怪我をしたから…」
クリスは話しながら目を伏せた。
ーーーあぁ、そうか。その絶対魔法防御とやらがあれば僕は怪我をしなかったのか。
「クリス、僕はその絶対魔法防御ってやつかけられてないよ」
「えぇ?」
クリスはユウトにぐいっと顔を近づけて、顔や首、腕など次々に見て確認する
「確かに…無い…か。これからつけるの?」
「ううん、そんな話は無いよ。あっ、でもこの指輪が魔道具になってて、魔犬から何度か守ってくれたんだ。もう魔力切れで使えなくなったけど…」
クリスは指輪に目を落とすと気まずそうな顔をして、ユウトの手を優しく握った。
「まぁ、急ぐことじゃないしね。リオルドもタイミングを考えているのかも…。でも、その指輪があって良かった!魔力切れしてるなら早く直して貰いなよ?」
「うん…」
タイミングというなら今だろう。
実際に魔犬に襲われたのだから。
だが、リオルドからそんな話は一切ないし、自分から求める話でもない。
生涯で一回しか使えない魔法…クリスの為にとっておいているのかもしれない。
元気を出させようと今度はクッキーを進めるクリスを見ながら、ユウトの胸はまたチクリと痛んだ。
昼前には到着するという王妃達の為、ジョルジュの監督の下、使用人達は世話しなく働いていた。
コック達は朝から下準備を済ませた食材を調理し、給仕係は特別な時用の食器をもう一度チェックし、更に磨いた。
メイド達は庭園を隅々まで掃除し終わると邸内に花を飾り、兵士達はドルナー領の入り口まで王妃達を迎えに行った。
ユウトも服を着替え、専用の衣装部屋でメイに髪を梳かして貰っていた。
「もうすぐいらっしゃいますね」
「うん、そうだね。僕はランチには参加出来ないから、お茶会だけ出るよ」
ユウトはまだ肩が完治していないので、フォークやナイフを上手く使うことが出来ない。
今は予め切り分けたものを出してもらい、フォークやスプーンを使って食べている状態なので食事会は辞退した。
ーーーどうせ出てもリオルドとクリスがいちゃいちゃするのを見るだけだし…出れなくて良かったかも。
ユウトは今日も二人はいちゃつくのだろうと想像し深く息を吐いた。
「食事会は残念でしたね、お茶会まではメイと過ごしましょう!」
ーーーユウト様、大丈夫かしら。王妃様達は別として、クリス様に私達を助ける口添えをして欲しいって手紙を出したのよね。
それまでは何通来ても返事も書かなかったのに。本当はあまり会いたく無いのかも。
「そうだね、あと…今日疲れていて…お茶会もあまり長く居たくないんだ。でも、王妃様もいるし最後までいなきゃ駄目だよね…」
「本来はそうかもしれませんけど、今回はいいと思いますよ?御見舞いに来られるんですし…」
「そうかな?じゃあ、悪いけど途中で抜けさせて貰おうかな」
「えぇ、そうしましょう」
メイとしてもあまり長くクリス達といない方がいいと思った。
最近のユウトはどこか刹那的でリオルドにされるがままだ。
あの状態を王妃に見られたまた揉めそうだし、リオルドとクリスの甘言の交わしあいをユウトに見せたくない気持ちもある。
途中で抜けてもいいと知って、少し元気が出たユウトがメイの選んでくれたブラウスを褒めていると、ジョルジュがやってきて「もうすぐ王妃様ご一行がお着きになります」と憂鬱な時間の始まりを告げた。
玄関ホールに行き、リオルドと一緒に王妃達の到着を待った。ユウトはまだ体力が戻らないことと、長時間立っていると肩が痛むため椅子に座ってのお出迎えとなった。
仰々しくて申し訳ないけど、お茶会を抜けやすくはなりそうである。
最近のリオルドはこういう時、自分が連れていくとユウトをすぐ横抱きして連れていってしまうのだが、今日はクリスが来るからか、椅子に座ったユウトを見ても何も言わなかった。
門が開き、カナーディルの王家の紋章が付いた豪華な馬車がゴトゴトと音を立て中に入ってる。
庭園の脇を抜け、ようやく玄関に着くとジョルジュが馬車の扉を開けた。
「ユウト!大丈夫なの?」
一ヶ月振りに会う王妃とレイルは馬車を降りると心配そうに駆け寄ってきた。
「椅子に座って…歩けない?傷はどうなの?無理してない?」
「大丈夫なんです。でも、まだ少し辛くて…すみません」
矢継ぎ早に質問を繰り出す王妃に答えながら横目で馬車を見ると、降りようとしているクリスにリオルドがわざわざ手を貸していた。
ユウトは胸がチクリとして“もう始まったのか”と早くも逃げたい心境に陥っていた。
「ユウト!大丈夫?」
馬車から降り立ったクリスはいつも通りに太陽のように笑う。
ユウトはクリスに会いたいのか正直良く分からなかったが、メイ達を助けて貰ったお礼だけはちゃんと言おうと決めていた。
こんな気持ちをクリスに抱いたことは今まで無かったと思う。
クリスはいつも優しくて弟想いで、ユウトは兄を慕う弟で、二人はいつも仲良しだった。
ニコニコしながらユウトの方へ向かって来たクリスはふと目線を上に向けると足を止めた。
「わぁ、ここに移したんだ!久しぶりに見たけど怖いくらい僕に似てるなぁ」
クリスは階段の踊り場に設置されている、カナーディル国王の前妃であり、サニー王妃の弟でもあるレティの肖像画に気づいて声をあげた。
ユウトの隣に立っていた王妃は眉を潜めた。
何故別室に飾られていたレティの肖像画がこんなに目立つ場所に移されているのかと困惑している。
「あぁ、ここが一番映えていいだろう。母の肖像画は本当にクリスに良く似ている」
「ねぇ、子供の時はそうかなぁ?くらいだったけど、今見ると僕そっくりだ」
リオルドは嬉しそうに雄弁を振るい、困惑する王妃の姿も、目の前の椅子に座る自分の妃が表情を曇らせたことも目には入っていないようだった。
「あぁ、ごめん。ユウト、会いたかったよ!」
「クリス、久しぶり。今日は来てくれて有り難う」
肖像画から目線を外したクリスはユウトの元へ来た。
今日のクリスは全身白のコーディネートで、クリスの柔らかい金の髪とスカイブルーの大きな瞳の美しさを際立たせている。
「食事会にユウトが出れないのは残念だな。お茶会の時、少し二人だけで話そう?貰った手紙の話しもしたいし」
「うん。そうだね」
「じゃあ、決まりだ」
クリスは微笑んで小さな時と同じようにユウトの頭を撫でた。
レイルが「僕、もうお腹が減ったよ」といい、ジョルジュの案内で皆は食堂へと消えていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「メイ、なにか怒ってる?」
食事会の間、ユウトは自室のバルコニーで食事を取っていた。
メニューはゴボウのスープ、季節野菜のサラダ、白身魚のポワレ、ラム肉の香草焼き、焼き立てパン。
メニュー自体は皆と一緒だが、肩を痛めたユウトの為に食材が小さめに切りわけてある。
「メイは…ユウト様には怒っておりません!」
ーーーさっきのリオルドとクリスのやり取り…だよなぁ。
王妃様も困惑していたし。
皆を食堂に送ってから、リオルドと共に過ごす主寝室のバルコニーに出て、椅子に腰をかけた。
メイが料理を運んでくる間一人で待っていると、吹き抜けてくる風が顔にあたって清々しく気持ちが良い。
ふと、庭園の木に目をやると一匹のカラスと目があった。
カラスは身繕いをしながらも、ユウトをチラチラと確認していて、もしかしたら魔女のカラスなのかもしれないと思うと胸が弾む。
「失礼しまーす」
メイがワゴンを押しながら扉から入ってきたのを見ようと腰を捻ると、窓に自分の姿が反射して映し出された。
黒い髪、黒い瞳、細く貧相な体。
レティ様の肖像画とは似ても似つかない姿だ。
クリスとは顔の造形は似ているというのに、こうも違うなんて。
ーーーもし、自分がクリスのように金髪碧眼で見た目が似ていたら、リオルドの態度も少しは違ったのだろうか?
「ふふ」思わず笑ってしまう。
考えるだけ無駄なことだとユウトは思い直した。
そんな自分はどこにも実在などしないのだから。
食事を初めてすぐにメイが不機嫌な事には気が付いた。いつものように会話が弾まないし、どこかイライラしている。
「ユウト様には怒ってません…。でも、あんまりじゃないですか?」
「リオルドとクリスのこと?」
「そうです。身分がありますから...メイはあまり言えません。でも、自分の主人であるユウト様があのような扱いを受けるのは…面白く無いです」
「そうだね…。メイは間違っていないと思うよ。実際、酷い扱いだと思う…」
ユウトが弱々しく言うので、メイは怒っていたことを忘れて悲しくなってしまった。ユウトは今までずっと王家に振り回されて来た。
こんな怪我を負っても、夫は妻の前で想い人を褒め、ユウトには妃としての立場も無い。
使用人達の目前で恥をかかされたも同然だ。
「でもね、仕方がないんだ。僕は身代わり妃だし…自分の立場をわきまえなきゃ…ね」
ユウトは言い終わると外を見てしまった。
悲しそうな顔で遠くを見ている姿を見ると、ユウトがいつか消えてしまいそうでメイは胸がザワザワした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お茶会はつつがなく行われた。
ユウトは王妃やレイルと久々に話せて楽しかったし、リオルドとクリスも楽しそうに話していた。
途中でレイルが馬を見たいと言い出し、リオルドと王妃はレイルを連れて厩舎に行ってしまった。
ユウトはやっとクリスと二人きりになり、この前イリス達を助けてくれたお礼を述べることが出来た。
「うん。でも僕は何もしていないよ?ユウトから手紙が来て、リオルドにユウトを困らすなって手紙を書いただけ」
クリスは紅茶を飲みあっけらかんと答えた。
「それだけで充分だったんだ。有り難う」
「ならいいけど。困った事があったらこれからも僕に言うんだよ?」
リオルドに熱い想いを向けられているクリスを避けてはいたものの、こうして会ってみるとクリスはやはり弟想いの良き兄だ。
「でもね。今回はいいけど…あまり夫の言うことに妃が異議を申し立てるのは良くないことだよ。立場とか…あるからさ」
ーーー立場、そうだよね。クリスはやっぱりすごいな。
僕はまだまだ未熟で目の前の事でいっぱいだ。
「あっ、ユウトを怒ってるわけじゃないんだ。表だって反対しなくても色々方法はあるんだし…まぁ、つまり相談してよってこと」
ユウトが元気を無くしたことに気付くと、クリスは自分のアップルパイを前に出して「これも食べな」と微笑んだ。
ユウトが頷き、アップルパイにフォークを差し、少しずつ食べ進めると、クリスが椅子をガタガタと動かしユウトの脇にピッタリとくっついた。
「ところで、あのレティ様の肖像画よく見た?」
「え、うん。クリスにそっくりだね」
「まぁ、そうだけど。そこじゃなくて、レティ様の首筋にあっただろう?王家だけの絶対魔法防御の印」
「なに、それ?」
クリスはまたポカンとして「え、知らないの?」と驚いていた。
「この国には魔法を使える者がいるけど、年々数も減ってるだろう?その中でも強い魔力を引き継いでいるのが王族、そこまではユウトも知ってるよね?」
「うん」
カナーディルには昔100人を超える魔術師がいたと書物に記されているが、現在は数が減り城には14人しかいない。魔術師は貴重な存在であり、滅多に会うことも出来ず、戦闘にも全員は出さないという。
「王族には王族だけが使える特別な魔法があるんだ。それが絶対魔法防御だよ」
「絶対魔法防御…?」
「そう、でも人生で一回しか使えないんだ。自分の守りたい人にかけて、何かあったら防御魔法が働くように出来る。魔力は相当消費するみたいだけどね」
「ふぅん…」
ーーー絶対魔法防御?妃教育でもそんな話は聞かなかった気がするけど…。
「レティ様の絵の首筋にうっすらあったでしょ。薄い青で六角形みたいな印だったね。あれが、現カナーディル王のかけた絶対魔法防御の印だよ。紋様として浮き上がるんだ!大抵は妃にかけるんだけど、愛されてるって感じでいいよね!」
「…気付かなかった、後で見てみる。そうなるとサニー王妃にはどうするの?」
「絶対魔法防御は人生で一度しか使えない。だから、サニー王妃には無いんだ。でも、王は王妃を大切にしていると思うよ」
人生で一人だけ、自分の魔力をかけてでも守りたい人にかける、なんてロマンチックで素敵な魔法なんだろう。
僕には関わりの無さそうな話だけれど。
「ユウト、僕はね、紋様は無いんだ。」
「え、アーノルドは?」
「内緒だよ?ユウトだから言う。と言ってもリオルド達は知ってるんだけど…アーノルドは魔力が殆ど無いんだ」
そんな予感はしていた。
リオルドが膨大な魔力持ちなのは有名な話だが、アーノルドの話は聞いたことがない。
戦闘にも出向かないし、いつも城で書類を眺めている。
「まっ、こればっかりは仕方がないよね!だから、ユウトに浮かび上がる紋様を一目見てみたかったんだ。リオルドほどの魔力だろう?相当綺麗なんだろうなって…なのに大怪我をしたから…」
クリスは話しながら目を伏せた。
ーーーあぁ、そうか。その絶対魔法防御とやらがあれば僕は怪我をしなかったのか。
「クリス、僕はその絶対魔法防御ってやつかけられてないよ」
「えぇ?」
クリスはユウトにぐいっと顔を近づけて、顔や首、腕など次々に見て確認する
「確かに…無い…か。これからつけるの?」
「ううん、そんな話は無いよ。あっ、でもこの指輪が魔道具になってて、魔犬から何度か守ってくれたんだ。もう魔力切れで使えなくなったけど…」
クリスは指輪に目を落とすと気まずそうな顔をして、ユウトの手を優しく握った。
「まぁ、急ぐことじゃないしね。リオルドもタイミングを考えているのかも…。でも、その指輪があって良かった!魔力切れしてるなら早く直して貰いなよ?」
「うん…」
タイミングというなら今だろう。
実際に魔犬に襲われたのだから。
だが、リオルドからそんな話は一切ないし、自分から求める話でもない。
生涯で一回しか使えない魔法…クリスの為にとっておいているのかもしれない。
元気を出させようと今度はクッキーを進めるクリスを見ながら、ユウトの胸はまたチクリと痛んだ。
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