冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第1章 魔犬

21.氷の暴走

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玄関ホールに立ちメイド達に指示を出していると、兵士が一人入り口から駆け込んできた
余程慌てているようで、足を絡ませ転びそうになりながらも、ジョルジュに向かって声をあげた

「ジョルジュさん、リオルド様がお帰りに…!」

ーーーとうとうこの時が来てしまったか
ジョルジュは波立つ心を何とか落ち着かせ、姿勢を正し別館の主が現れるのを静かに待った

「ジョルジュ、私に言うべきことは無いか」

玄関ホールに現れたリオルドは白と蒼の軍服を着用し、いつもの護身用とは違う戦地用の大剣を腰に差していた
胸まである美しい金髪を結びもせずにそのまま下ろし、サファイヤブルーの瞳は怒りに歪み、今にもジョルジュに飛びかかってきそうな勢いだ

「申し訳ございません。3日前ユウト様が魔犬に噛まれ、深い傷を負いました。」

ジョルジュはリオルドから目を離さずに言った
リオルドの強い視線に一瞬怯んだが、目を反らしてはならないと自分の中の何かが訴えかける

「ユウトはどこにいる?部屋に連れていけ。クロード、メイ、イリスも呼べ」
「かしこまりました」

ユウトは二階の寝室では無く、看病しやすいように一階の客間を使い治療していた
ジョルジュはリオルドより先に廊下を歩き、ユウトのいる客室へと主を導く

「こちらです」

ノックしてドアを開けると、8畳ほどの部屋の中に丁度交代の時間だったメイとイリスがいて、ジョルジュに続いて入ってきたリオルドの姿に気付くと、表情を固くした

「リオルド様」
「メイ、お前にまで裏切られるとはな」
「…申し訳ございません」 

メイは申し開きもせず覚悟を決めたように下を向いた
横にいるイリスも頭を垂れ、震えている

「リオルド様申し訳ございません。罪は私だけにあります...」

「お前がイリスか…」

リオルドはイリスを一瞥すると、そのまま眠っているユウトの元へ歩いて行った
リオルドが歩く度に軍服の肩章に付いた飾り紐が揺れ、剣を収めた鞘がギシギシと小さく鳴る
静まり返った部屋はそれだけで空気が張りつめる

ユウトは包帯を肩にぐるぐるに巻かれたまま青白い顔で息苦しそうに眠っていた
三日目にしてまだこの状態なのかと、より一層リオルドの怒りは増幅していく

「リオルド!」

入り口には走ってきたのだろう、息を切らしたクロードが立っていた
リオルドはベッドから離れると入り口の方に向き直した

「クロード、お前まで俺を謀ったな」
「リオルド、落ち着いてくれ」
「俺は落ち着いている」
「黙っていたのは悪かった、でもユウト様に頼まれたんだ」
「だから何だ?それでも俺に報告するのがお前達の仕事だろう」
「それは…すまなかった」

クロードから視線を外したリオルドは、頭を垂れ怯えている少女に焦点をあてた

「イリス、特にお前は許さん」

イリスは震えながらも覚悟を決めたように目を瞑り、手を胸の前で組んでいる
リオルドは左手で鞘を握り、右手で剣を抜いた
大剣は剣身の部分は磨きこまれていたが、一体どのくらいの戦場で戦ってきた剣なのか、鍔とグリップ部分が赤黒く汚れていた

「リオルド!剣を収めろ!」
「クロード、お前も分かっていただろう。わざわざ大盾を持ってきたのだから」

怒りに燃えたリオルドがニヤリと笑った
その微笑みは狂喜にまみれたリオルドを更に美しく飾った
ジョルジュもメイもその笑顔に寒気がして氷の情炎の恐ろしさに体を動かすことが出来ない

クロードは体の前に盾を出し、膝を曲げ低い体勢を保ちながら、ジリジリとリオルドとイリスの間に入り込んだ

「クロード、まさかお前と戦う日がくるとはな」
「待て、ここでやる気か?ユウト様がいるんだぞ」
リオルドは躊躇した
「…そうだな。この部屋は良くない、外に出ろ。お前が勝てばイリスも許してやろう。俺が勝てばイリスの命はない」

リオルドに勝てるわけがない
いくらクロードが軍の中で覚えがめでたかろうが、リオルドの右腕と呼ばれようが二人の力の差は甚大だ
リオルドには一人で一部隊を倒すほどの実力があり、しかもそれは全力を出している訳では無いのだ

「よし、じゃあ外に行こうぜ」

クロードは立ち上がると外に出るようにリオルドに促した

何故こんなことになったんだろう
親友だった二人がいがみい合い
メイ、メイと明るく呼んでくれたユウト様は、大怪我を負い意識もなく眠り続けている
メイの胸は虚無感と悲しみで張り裂けそうだった

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

クロードはベルガー子爵家の三男としてこの世に生を受けた
ベルガー子爵夫妻には五人の子供がおり、長男は爵位を継ぎ、次男は勉学の為に出向いた国で学者になった
二人いる妹は幼い頃より良家に嫁ぐことが決まっており、ベルガー夫妻にとってクロードは持て余された子供だった

ある夜、クロードは部屋に呼ばれて、父から軍人になるように告げられた時“あぁ、やはり俺はいらない子なのだ”と思うと同時に“この家を出るチャンスだ”とも思った
クロードにとって生家であるベルガー子爵家は、堅苦しい貴族達の集まりというだけで安らげる場所では無かった

少年兵となり軍に入ってからの生活は思い描いていたより楽しいものだった
兵士には平民の子が多く、騎士は貴族階級が多い
貴族といっても男爵家や子爵家の次男坊や三男坊で、貧しい暮らしから子を逃す為に軍にいれられた者達ばかり、充分な資産家でありながら軍に入隊したのはクロードただ一人だった
同じ年頃の男子が集まり勉強したり訓練することは楽しく、最初は長期休暇にベルガー子爵家に帰っていたクロードも、そのうち理由をつけ帰ることを先延ばしにするようになり最終的には帰ることを辞めた
ベルガー子爵家から届いていた帰宅を促す手紙も一年もすると届かなくなり、クロードの家は実質的にカナーディルの城に併設された宿舎になったのだ

クロードとリオルドが仲良くなるのは必然だった
長期休暇にはどんな貧乏男爵家の子も平民の子も皆家に帰ってしまう
当時力を持て余していたリオルドは結果的にクロードと鍛練する時間が増え、長く同じ時を過ごし親友になった

ーーー俺なら止められるかもしれない。なんて思い上がりだったな

兵士からリオルドが戻ってきて、ジョルジュを連れてユウト様の部屋に行ったと聞いた
腰には普段の剣じゃなく、戦地用のものを下げていると。
まずいと思った
このままではリオルドは本当にイリスを殺してしまう
もしかしたら俺たちも危ないのかもしれない
俺は武器庫から大盾を取り出すと急いで一階の客間に向かって走った

「クロード、まさかおまえと戦う日がくるとはな」
そう言われて、クロードは悲しくなった

ーーーリオルド、俺も同じ気持ちだ。俺はずっとおまえの下でおまえの盾になるつもりだった

俺は読み違えていた
親友である俺が止めれば、リオルドは剣を鞘に収めてくれると信じていた
イリスの罪は変わらないが、牢屋か国外追放に変えてくれると。
親友だなんて息巻いていたのは自分だけだったんだ


流石に場所が良くないとリオルドを外に誘うことに成功すると、リオルドとイリスの間から腰を上げ立ちあがった

万が一こうなったら、外でリオルドを引き付けている間に裏口からイリスを逃がすようジョルジュに頼んである
まさか本当にそうなるとは思わなかったが。

イリスを逃がしたことがリオルドにばれたら、俺もジョルジュも只では済まないだろう

恐らくユウト様に嫌がらせの文書を出していたのはイリスだろう
妃に嫌がらせをするなど許されることではない
だが、ユウト様はイリスと二人で出かけ、魔犬からも身を挺してイリスを守った
ユウト様の意見も聞かずに罰してはならないと思うのだ
まして命を取るなどと。

ーーーお会いできるのは最後になるかもしれない
最後にユウト様の顔を見ておこう

クロードはベッドの横を通る時、ユウトの姿を横目に見た
肩に巻かれた包帯にはまだ血が滲み傷の深さが伺える
少年のように小さなユウトは、青い顔をしてベッドに横たわっていた
その目はうっすらと開き、探るように周りを…

「ユウト様!?!?」

クロードは思わず大声を出した

「あ…クロード…いてっ、僕…間に合った?」

青い顔をしたユウトは起き上がろうとしたものの、痛みで起き上がれず、また横になり小さく微笑んだ

「あぁ……!!ユウト様!」
メイも急いで駆けつけてきた

イリスは動けないようでその場にいたが両手で顔を覆い、声を出してないた

ジョルジュは少し遠くで涙ぐんでいた

「リオルド!早くこい!」

クロードが呼ぶと呆然としていたリオルドは剣を収めてユウトの元へ近づきベッド横に立った

クロードとメイはベッドから離れて二人の邪魔をしないようにした

「リ…オルド、勝手にでて…ごめん…なさい」
話すと肩の傷に響くのか途切れ途切れにユウトは話す

リオルドは手を伸ばすと、寝ているユウトの頬を手のひらで撫でた
「もうそれはいい。気にするな」

ジョルジュはほっとしていた
リオルドからは殺気も消え、穏やかにユウト様に接している

「みんな…おこらない…で…ぼくのせい…」
「あまり話すな、傷に触る」
「おねがい…ゆるし…てあげて...」
「………」
「うん…っていって…いいよって…」
「……ユウト、それは出来ない」

ーーーうそだろう??
クロードは優しく妃を撫でるリオルドの言葉を聞き、自分はこの男を何一つ理解できていないのだと愕然とした
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