冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第1章 魔犬

19.魔犬

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リオルドが城へと帰り早十日、ユウトは別邸で穏やかな日々を過ごしていた

相変わらず“出ていけ”という手紙は来るし、イリスにチクチク言われたりするけれど、直接何か被害があるわけでもないし、身代わりの妃なので批判されるのも想定内だった

一旦腹を決めてしまえば案外楽で、妃らしさは無いけれど、兵士達の訓練を見学したり、厨房にいって料理長とお菓子作りをしたり、メイと日向ぼっこをしてそのまま寝てみたり、興味のあることには首を突っ込み、毎日楽しく過ごしていた

また、ユウトは自分のルーツ探しにも日々精を出していた
ルーツといっても妖精の方じゃなく自分の父親のことである
母からは遥か遠い東の国から来た人だと聞いただけで、他に情報は何もない
自分と同じ黒髪・黒目だった父のルーツを知りたくて、書庫の中で調べて見たものの、文献が足りず途中で止まったままだ

「ねぇ、メイ。この街に本屋はあるのかな?」

食後のコーヒーを飲みながら前から聞きたかった話をメイに振ってみる

「ありましたよ…確か。イリス、あるわよね?」
「2件あります。1件は新書の店ですね、もう1件は…古本屋です。魔法の本やら雑学の本、とても高額な本もあって一日いても飽きないです」
「へぇ、イリスって読書が好きなのね」
「まぁ、はい好きです」

ーーーその古本屋の方に行ってみたら色々な国の話の本があるかもしれない

「僕もその本屋行ってみたいな、だめかな?」

メイは明らかに困った顔をした

「今度リオルド様が戻られたら聞いてみましょう」
「今度って…いつ?もう十日も帰ってきてないし…もう帰らない可能性もあるよね?」

ーーー城にはクリスがいる。僕が城にいるのは邪魔だったから別邸に連れてきたのかも知れない

「ユウト様、そんなことは絶対に無いです!」
「そうかな?でも僕はそれでもいいんだ。ただどうしても本屋に行きたくて…」

メイが、イリスでさえも驚いた顔をしてユウトを見ている

「あ、ごめん。何でも無い、忘れて」

二人に余計な心配をかけてしまったな
でも本当にいいんだ
リオルドはクリスを好きなんだから仕方がない
ただ僕にも少しの自由を与えてほしい

「ユウト様、外出の件はメイから確認しますから…ね?」
「うん、ありがとう。でも気にしないで」

メイが部屋から出ていくと珍しくイリスから話しかけてきた

「ユウト様、私が代わりに買ってきましょうか?」
「えっ本当に?」

流石のイリスも僕を惨めに感じたんだろうか?
買ってきて貰えれば嬉しいけど…

「イリス、ありがとう。でも、実際に手に取ってみないとどれが必要な本なのかわからないんだ。価格も謎だし」
「そうですか…何でそんなに欲しいんです?」

ーーー別にイリスに話しても構わないか
「僕の父親のルーツを探しているんだ。ほら、僕は黒髪に黒目でしょ?クリスとは本当は従姉妹なんだ。結婚したら自分のルーツが気になり出して…不安なのかな?わかんないけど」
「そうなんですか…。あの、こっそり行きますか?」
「えっ」
「古本屋はここから近いんです。メイさんは今日これから出かけますし、裏口から出れば行けると思います」
「いいの?イリスが叱られない?」
「バレないと思います…本は急いで選んで貰うことになりますけど」

ーーーイリスを信じていいのかな?でもどうしても行きたい。それにイリスは今まで小さな嫌みを言ってきただけだ。大それたことはしないだろう。

「行く!いざとなってバレたらイリスをちゃんと庇うから!」

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「ユウト様、フードしっかり被って下さいね」

別邸の裏口から脱出したユウトとイリスはフードを深々と被り、目の色を隠すためにユウトは色つきの眼鏡までかけていた

「すごいね、世界がオレンジ色だよ」
「すみません、その色しか無くて」
「ううん。楽しい」

オレンジの眼鏡を通して見るドルナーの街は想像より栄えていた。煉瓦作りの街並みに噴水、洋服店にお菓子屋さん
ユウトは久しぶりの外出に心が弾みウキウキしていた

「あの店です」

イリスが指差した店に目をやると、そこそこ大きな店だというのに本棚には本が入りきらず、外にまで平積みしてあり、あの店なら探している書籍もあるかもしれないとユウトは期待に胸を膨らませた

イリスと店に向かおうとした時、ザァッと日が陰った

「ユウト様、今日は帰りましょう。危ないです」

見ると、住民達も慌てて帰り始めどの店舗も店じまいを始めている

ーーーなんだ?なにが起きている?

「イリス、帰ろう」

そう、ユウトが踵を返しながら言うとキャアァァァ!という女性の叫び声が広場一面に響いた。
振り返ると空は渦を巻き暗くなり、闇の向こう側から黒い瘴気を纏った犬のような大きな動物が2匹、3匹とこちらをめがけて走ってくる
「魔物だ!逃げろ!!」
誰かが大声で叫んだのを合図に人々は散り散りになって逃げる
ユウトもイリスの手を掴み必死に走った

「ユウト様、魔物は私達を狙っています。私はもうダメです、置いて逃げてください」

イリスはそう言うと、限界だったのか足が縺れて転んでしまった
ユウトの目の前で赤い目をした黒い魔犬が大きな口を開けた。犬歯から涎をダラダラと滴し、今にもイリスに噛み付こうとしている
ユウトは魔犬とイリスの間に体を滑り込ませ目を閉じた

ーーーみんな、ごめんなさい

魔犬がユウトに噛み付こうとした瞬間、カチッと音がして白い魔法陣が目の前に出現した
魔法陣から白い光が飛び出し魔犬にあたると、魔犬は跳ね返されゴロゴロと後ろに転がりグウゥゥと声を上げている

「ユウト様…?」
「なにこれ?とにかく逃げよう!」

ユウトは歩けなくなったイリスを抱え一生懸命走る
魔犬は次々後ろから襲いかかって来ているのだろう、その度にカチッ、カチッと音がして、倒された魔犬が唸る声が聞こえてくる

ーーー指輪かな?鍵代わりの指輪に何か魔法で細工がされてる?

イリスを抱え必死に走っていると別邸の門が見えてきた
詰所の兵士達が気付き、慌てて剣を持って飛び出してくる

ーーーもう大丈夫だ
しかし、ユウトは気づいていた。カチッと鳴る音が段々小さくなっていくことに

兵士達が剣を振りかざし魔犬に切りかかるその前に、魔犬はその鋭利な牙をユウトの肩に深々と突き刺していた


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「ユウト様…」

メイは魔犬に肩を抉られ包帯でぐるぐる巻きになったユウトの側に付き添っていた
診療所の医者からは「命に別状は無いだろう、ただ暫くは絶対に安静。数日は高熱が出るだろうし、傷も相当痛むだろう。また明日にくるから」と言われた

一緒にいたイリスは泣いてばかりで要領を得ない

クロードとジョルジュは目を合わせた

「どうする…?」

ユウトは魔犬に噛まれてもイリスを離そうとはしなかった
兵士達が魔犬を倒し安心すると、駆けつけたクロードにイリスを手渡してその場に倒れ込んだ
この時すでにユウトの肩からはおびただしい量の血が流れ、一部肉が露出している状態だった

倒れたユウトを兵士達が運ぶとユウトはうわ言のように繰り返した

「リオルドには絶対に言わないで、お願い」
「イリスを叱らないで、僕が巻き込んだんだ」

診療所の医者が来て、治療を始めても言い続けた
相当な痛みだろうに、叫ぶことなく耐え、ただただ

「ジョルジュさん、クロード、リオルドにいわないで。お願いだから…」
「メイ、イリスを叱らないで…」

と繰り返していた

ジョルジュが最初に口を開いた
「立場的にはリオルド様に報告せねばならんでしょうな」
クロードが続ける
「妃が負傷した訳だし…な」

メイはハッキリと言った

「私は言わないわ。ユウト様があんなになっても何度も懇願して私達に頼んだんだもの、命懸けで頼んだのよ」

三人の間には静寂が走り、ベッドに寝かされたユウトの苦しそうな寝息だけが室内に響き渡る

ジョルジュは天井を見上げた
「ワシはいっても老いぼれ執事ですから、他の者が報告したと勘違いすることも…あるでしょうな」

クロードはそれを聞いて、大きく息を吐いた
「俺は一応あいつの親友だからな。いざとなったら殴られて勲章をもう一つ取られれば…まぁ、なんとかなるだろう」

「二人とも、ありがとう」
メイは涙を流しながら二人にお礼を言った

「そうと決まれば看病だ!イリスも今日は休んでいいけど明日からは入って貰うぜ!」
「そうね、交代でつくようにするわ」
「包帯や口当たりの良い飲み物ももっと準備しましょう」

三人はリオルドを怒らせることがどれだけ恐ろしいことか誰よりも知っていた。しかし身を挺して使用人を守った身代り妃の切なる願いを一番に叶えてあげたかったのだ


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