冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第1章 魔犬

17.ルーツの子レティ

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「今日は何をなさいますか?」

メイの代わりに紅茶を運んできたイリスに聞かれて、ユウトは窓の外に視線を向けた

イリスはジョルジュの采配によりメイの補佐役としてつけられたベルナー家のメイドである
メイがまだ別邸に来たばかりなこと、休む時間も欲しいだろうということで補佐役をつけたのだが、実際メイも自分の時間が出来て助かっているようだ。
イリスの歳はユウトより少し下の14~15歳に見える。茶色の髪を後ろで一つにまとめ、まだ幼さの残る顔をしているものの、仕事振りは一分の隙もないくらい完璧だ

大きな窓から差し込んでくる暖かな陽の光は、ユウトの体を暖めて考え事をしていると段々ウトウトしてしまう

気を取り直したユウトは窓から目を離し「書庫にでもいこうかな」とイリスに答えた
ーーー今日は日差しが強そうだし、読みかけの本も気になる。書庫でゆっくり続きを読もう、シリーズ物みたいだし関連書物を探すのもいいな

「今日も書庫でごさいますか?かしこまりました」
「うん、紅茶を飲み終わったらいこう」

今のところユウトはベルナー別邸で快適に過ごせている
リオルドは一日の殆どを兵士達のいる別棟で過ごし、鍛練や次の出兵に備えた話し合いをしているため、こちらに戻ってくるのは夜も更けてからだ
兵士達と一杯交わしてから帰る日などは、ユウトが就寝してから戻るため、朝しか顔を会わせない日もある
よって、夜のも大して進んでおらず、今はまだ一つのベッドで寝ているものの60cmの距離を保っている

ーーーそれにしても、裸で寝るのだけは止めてくれないかな。目の毒だよ
リオルドは服を着ていると寝れないらしく、上半身裸にズボンを履いて就寝する
朝起きると、程よく筋肉のついた体がどうしても目に入りユウトには刺激的すぎるのだ

だが、そんな生活もあと僅か。明日はベルナー侯爵夫妻がお茶会に訪れるのを二人で出迎え接待し、明後日にはリオルドは城へと帰る

少し寂しい気もするけど、こんなものなのかもしれない
別邸は城とは違い部屋に魔法で鍵をかけられていない
窓に触れても蔦が伸びてくることはないし、邸内を自由に歩き回ることも許されている
リオルドの許可さえ下りれば、護衛付きにはなるが街に出て散策することも構わないという
身代わり妃に与えられた待遇とすれば高待遇と言えるだろう

ユウトは紅茶を飲み終わると紙とペンを用意して書庫に向かうことにした

書庫へ続く通路の途中にはたくさんの絵画が飾られている一角があり、動物や風景の描かれた絵画の中に歴代ベルナー侯爵の肖像画も飾られている
その中に一際大きく目を引く肖像画があり、ユウトはいつも足を止めてしまう

「レティ様です。サニー様の弟君の」

イリスに言われてやはりそうかと納得し、再び絵画に目を戻した
絵の中の青年は柔らかそうなふわふわとした金髪を揺らし、楽しそうに大きな蒼い目をこちらに向けて笑っている

ーーーアーノルドには似ていないんだな。どちらかと言うとリオルド…いや…

「クリス様によく似ていらっしゃると思われませんか?」
そう、クリスだ。生命力に溢れ太陽のような笑顔はクリスに良く似ている

「私は代々このベルナー侯爵家に仕えてきました。レティ様は周りを明るく照らす天使のような方だったと父や母より聞いております」
「そうなんだ。華のある方だね」
「はい、サニー様がクリス様を初めてこちらに連れてこられた時、父も母もレティ様の生まれ変わりかと息を飲んだそうです」
「そっか」
「元々、この肖像画は別の場所に置かれていたのですがリオルド様がこちらを引き継がれた時に、すぐ目に入る場所が良いとこちらに移されました」

すぐ目に入る場所か、確かにね
この絵画が揃う一角は正面玄関を入ってすぐの二階へ続く階段の踊り場に設置されている

「イリス、そろそろ行こうか」

ユウトは紙とペンを握りしめて書庫への道を急いだ

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「僕はしばらくここにいるから、イリスは戻っていいよ。書庫にいることをメイにも伝えてくれると助かる」

書庫に入ったユウトは机に紙とペンを置き、本棚から読みかけの本を探した

「かしこまりました、では失礼します」

イリスは一礼すると書庫の扉を閉めて帰っていった

ーーーふぅ、疲れたな
イリスに好かれていないことは何となく気付いている
だからといってジョルジュの好意を無駄には出来ないし、余裕が出来て嬉しそうなメイの邪魔もしたくない

ユウトはポケットに手を入れてクシャクシャに丸められた紙を取り出すと、皺を丁寧に手で引き伸ばした

<はやく、ここから出ていけ。お前の居場所ではない>

昨日の夕方、ドアの下から差し込まれた紙だ
調度メイもイリスもいない時間に、小さなノックの音がして扉に近づくとこの紙が差し込まれていた
すぐに開けてみたがすでにその人物は立ち去った後だった

ーーーイリスを疑うのは早計だよね。身代わり妃だし、僕のことを気に入らない人はもっといるだろう
リオルドだってそれが分かっているからあんな芝居を打ったのだろうし…

考え事をしていると、外からワァワァと活気のある声が聞こえてきた。窓から外を見ると、兵士達が剣を使った実践練習をしている
リオルドとクロードは肩を並べて兵士達に指示をだしたり、時には自分で見本を見せたりしている
二人共生き生きとして楽しそうだ

こんな時、自分は何をしているんだろうとふと思う
ユウトは以前、次期侯爵として学びを受けていた
マグドー侯爵と一緒に領地を回ったり、歴史や農作物のことを書物を読んで学んだり。
それが妃教育で全て吹き飛んでしまった

本を読むことは昔から好きだ
別の世界に没頭して一瞬でも現実を忘れることが出来る
ユウトはカーテンを閉めると、読み途中の本をまた探し始めた


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「ユウト様、まだ書庫にいらっしゃったんですか?」

ペンを止めて声の方を見ると部屋がすっかり薄暗くなっていることに気がついた

「あ、メイごめん…」
「今日はリオルド様が一緒にディナーを召し上がるそうです。お荷物は預かりますから食堂へ急ぎましょう」
「あ、そうなんだ」

ユウトはガタガタと椅子から立ち上がると本棚に本を返し、自室から持ってきた紙とペンをメイに渡した

リオルドはもう10分も前から食堂で待っている
ジョルジュやメイは邸内にいるはずのユウトを必死に探していた
イリスが「朝一で書庫に行かれましたけど、さすがにもういないと思います」なんて言うものだから、念のために書庫に顔をだしたらこれだ
ユウトは薄暗い部屋で本を読み、紙にペンを走らせていた

「さぁ、ユウト様こちらです。急がせて申し訳ございません」メイは何とかユウトを食堂に案内すると、預かった荷物を寝室へ持っていった
寝室の中にあるユウトの机に紙とペンを置くと一番下の紙がやたらとゴワゴワしていることに気づいた
見てみると一度丸めたものを改めて伸ばしたもののようだ

<はやく、ここから出ていけ。お前の居場所ではない>

ーーーこれは?ユウト様にきたの?
メイは明らかにユウトの筆記ではないその紙を畳むとスカートの右ポケットに入れた
ユウト様には害は無い筈だったのに、別件?
どちらにせよリオルド様に報告して、しばらくはユウト様から目を離せないわ
メイは今日一日ユウトと離れていたことを後悔し、食堂へと急いだ


「今日は一日何をしていたんだ?」

30人は座れるだろうと思われる食堂のテーブルにリオルドとユウトは向かい合って座り、ディナーが始まった
今日のメニューはラディッシュを使ったサラダにキャベツのブイヨン煮、ラム肉のソテーに焼きたてパン、コーンスープ、とても美味しそうだがその分お腹も苦しくなりそうだ

「今日は書庫で書物を読んで過ごしました」
「書庫?あとは?」
「いえ、ずっと書庫にいました」

リオルドが面白くなさそうな顔をしたのを見て、ユウトはイリスがクリスを絶賛した時のように、何だか肩身が狭く感じた

「まぁ、いい。あすはベルナー侯爵夫妻とその娘が来るから宜しく頼む」
「はい、わかりました」

リオルドはそれまで順調に食べ進めていたがナイフとフォークを置いて、ユウトを正面から見た

「ユウト、妃なのだから話し方はいつもの通りで構わない」

ーーーえ、いつも通りに?それは無理だよ。メイはともかく、ジョルジュやイリスもいるんだ。リオルドを主として慕っている人達の前で、昨日今日現れた身代わり妃がタメ口なんて出来ないよ!

「あの…いつも通りだと思います」
「ほぅ…そうか?じゃあ、この後もその話し方なんだな?」
このあと?なんのことだ…
「は、はい。そうですね」
「今の絶対に忘れるな」
「…?…はい」



「ちょっと…やめて、本当にむり!!」
「言葉使いが違うな。さっき約束しただろう?」
「そんな…ちょ…お止めください」
「んー。でもそれは、無理なんだ。すぐ終わる」
「何で!?嫌なことはしないって言ったじゃん!!」
「言葉使い」
「り、リオルド様。手を離してください…ヒャッ」

ディナーを終えた1時間後、寝室のベッドにはリオルドに両手を掴まれ首筋を舐められながらも必死に抵抗するユウトの姿があった


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