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第1章 魔犬
12.夜露の儀
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「出発だ」
頭からズッポリと黒いマントを被った一行は静まりかえった城の中で歩調を合わせて歩く
壁から発せられる夜光貝の欠片と青白い月明かりに照らされながら、誰にも気付かれないように静かに静かに歩みを進める
城の門まで辿り着くと、1人残った同じように黒いマントを被った門番が門の鍵を開けて頭を下げ、黒いマントの集団を外に通す
一行は城を出てひたすら歩く
街の人々はもうとっくに寝静まったのか、窓を見ても真っ暗で灯り一つ点いていない
一番前を歩いていた男が耐えきれずランプに火を灯した
先ほどよりは明るくなったが、やはり足元は暗く見えづらい
しかし、人に見つかる訳には行かないので一行はその僅かなランプの光を頼りに歩みを進める
30分も歩くと街はずれの方まできた
民家が消えた代わりに田畑が広がり、小川が流れている
道の先にある目的の場所は燦々と電気をつけ一行の到着をまだかまだかと待ちわびていた
ーーーーレノディア精霊教会であるーーーー
一行が扉を開け中に入ると枢機卿が教壇で待ち受けていた
「お疲れ様でした。皆さんマントを取って大丈夫ですよ」
一行は次々にマントを脱ぐ
全員がマントを脱ぎ終わるとカナーディル王、サニー王妃、レオルド第二王子、ユウト、メイの5人が姿を現した
「ちょっと待ってくださいね」
今日は黒い衣装に身を包んだ枢機卿が教卓に置かれた小さな水晶玉を覗き込む
「う…ん。一人に見られていますが…まぁ、この方は問題ないでしょう。後は誰にも見られていません」
王が「それは良かった」と疲れたように言った
「では、第二段階に入ります。レオルド王子と妃ユウトはマントを来てこちらへ来てください」
二人は一度脱いだマントを再び手に取った
「ここからは二人だけの試練になります。みなさんはここで待っていてあげてください」
「二人とも気をつけていってくるのだぞ」王と王妃は疲れたように寄り添っていた。「はい、必ず成功させてきます」リオルドは迷うことなく勇敢に答えた
「ユウト様、大丈夫です。頑張って!メイはここで待ってますから」メイは冷たくなったユウトの両手を握りしめてエールを送る。「うん。やれるだけやってみるよ」
二人の間に多少の温度差はあったものの、マントを羽織ると一緒に枢機卿のいる教壇へ向かった
教壇に着くと枢機卿が「では、参りましょう」と言った
それを合図に、空気から集められた粒子によって構成された白い竜巻が三人の体を包み込んだ
竜巻はしばらく教壇の上で発光しながら回転し、最後は上昇してちりぢりに消えた、三人の姿は忽然と消えていた
「どうか無事に終わりますように」王妃は祈るように手を合わせて目をゆっくりと閉じた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ユウトは真っ暗な暗闇の中を歩いていた
人一人しか歩けないほどの狭い道は乳白色に光っていた。その光る道を枢機卿、リオルド、ユウトの順に一列に並んでひたすら歩く
一番前にいる枢機卿だけしかランプを持っていないが、道自体が光っているので特に問題は無い
ただ、城の中から歩きっぱなしで少し疲れたし、暗闇から聞こえるふくろうのホーホーという声や木々がガサガサと鳴る音が少し怖かった
「ん」
前からリオルドの左手が後ろに差し出された
何だろう?としばらく放置して歩き続けると、前から
「いいから繋げよ」
とリオルドの声がした
いつもなら遠慮するところだが、疲れたし怖い
ーーー今日はリオルドに甘えさせて貰うことにしよう
ユウトは右手を出すとリオルドの手をぎゅうっと握った
リオルドの手は温かく冷えきったユウトの手には心地良かった
光る道は果てしなく長く、右へ左へとクネクネと曲がる
二人は手を繋ぎながら枢機卿の後に続いて静かに歩いていた
騎士であるリオルドはまだまだ余裕だが、ユウトはさすがに疲れて息が上がってきた
もう限界かと思われた時、光る道の先に梔子色に光るドアを見つけた
「ドアだ!」ユウトは思わず声をあげてしまった
「もう少しです。あそこまで頑張りましょう」前を歩く枢機卿に励まされて、ユウトは何とかドアの前に辿り着いた
梔子色に光るドアの前に着くと、今まで道案内をしていた道は一斉に光を消した
ーーーこれでは帰れない。ユウトは恐怖に駆られて繋いだ手をぎゅっと握った
「大丈夫だ」
リオルドは繋いだ手とは反対の手でユウトの肩を抱きよせた
「私が案内出来るのはここまでです。最後の試練はお二人で中へ」
枢機卿は二人に告げると、不安そうなユウトにウィンクした
ーーー良かった。やっぱり庭園であった枢機卿と一緒だ
他人行儀な態度が寂しかったけど、ホッとしたユウトは冗談でウィンクを返してみせた
「わぉ、両想い。ワハハ」
枢機卿が笑うと、ユウトはリオルドにすごい力で掴まれ光るドアの中に放り込まれた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「イテテテ…」
意外にも部屋の中はそんなに広くなかった
木材で作られた沢山の本棚は天井まで続いていて、ぎっしりと本が詰め込まれている
沢山の本と、木のテーブル。
テーブルの上には何やら書きなぐった紙やら、鉛筆、食べ残したパン、マグカップが数個並べられていてお世辞にも綺麗な部屋とは言えない
振り返ってみると、光るドアもただの木製のドアに変わっていた
「おい、来たぞ」
尻もちをついているユウトの横に立ったリオルドが、奥の部屋に向けて言った
ーーー奥にも部屋があるのか。ここは一体どこなんだ?
「おお、着いたか」
ユウトがキョロキョロしていると奥の部屋から家主が現れた
透明のジョッキに灰色…いや鈍色…違う憲房色の液体をたっぷり入れて木のスプーンでグルグル回している
背はユウトの半分くらい、紫のガウンを頭から被り、白髪交じりの長髪。顔には幾重にも皺が刻まれている
ーーー魔女だ
ユウトの目はこの突然現れた家主に釘付けになった
「魔女、珍しいじゃろ。ワシしかいないからな」
魔女は皺皺の口を開けしゃがれた声で話す
「あ...ジロジロ見てごめんなさい」
「あまり見られるとあれだが…なぁに、構わんよ」
リオルドは座ったままのユウトを立たせて黙って魔女を見ている
「早くしろといわんばかりじゃな。まぁまぁ、時間はたっぷりある。ユウトに説明してあげるとするか」
「え…はい」
「驚いただろう」
ーーーはい、何もかも
「精霊レノディアを崇めてはいるが、実際にルーツを持つ男子が子を成せるように手を下すのは、この西の魔女の役割じゃ。二人ともマントを取れ」
ーーーあの衣装に…
二人は同じ衣装を着ていた
白い絹でできた布を上半身で交差させ、腰で結ぶ
その上から同じ生地で作られた布を横に巻き縛っていた
「この衣装にも意味があるんですか…?」
「え、あぁ…ちょっと古い文献を見ていいなと思ってな」
「そうですか…」
ーーー僕は邪馬台国みたいで嫌だったけど。違う文献かな
「早くしてくれ」
リオルドは腕を組み、イライラしているようだ
「はいはい、まぁ、つまりユウトがこれを飲むんだ」
「え!!!!」
ーーー飲む?そのジョッキになみなみと注がれた怪しい色の液体を!?僕が?
「ま、魔女さん。ちなみにそれ何が入っているんです?」
魔女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに嬉しそうにニヤリとした
「まずベースは椎の木に落ちた夜露さ、それに産まれて一年経ってない小竜の鱗、深い海の中にいるカブトボラの粉末、擬態化して葉っぱになったまま干からびたカメレオン、777匹の虫を食べた食中植物の花、砂漠の飛びネズミ…まだ聞くかい?」
「いえ、もう大丈夫です」
ーーーどうしよう。聞かなきゃ良かった、飲める気がしない
「そこに夫となる王族の血を混ぜて完成さ」
「え!血を?」
後ろで魔女とユウトのやり取りを黙って聞いていたリオルドは、懐から短剣を取り出すと自分の手のひらに刃を向けた
「ひっ…」
手からダラダラと血を滴らせながら歩いてきたリオルドは、魔女の持つジョッキの中に己の血を流し入れた
入れ終わると服の一部を破り自分で器用に片手に巻いて止血をしている
魔女は嬉しそうにスプーンをかき混ぜる
「ふーん♪ふーん♪よし、完成だ」
ご機嫌になった魔女は憲房色の液体がなみなみ入ったジョッキをユウトの前にグイッと差し出しきた
「さぁ、飲むがよい」
ーーームリムリ、無理だよ!
後ろからリオルドが肩に手を置く
「早く飲め」
「全部?僕、全部は無理だよ」
涙目で訴えると魔女が「まぁ、これくらいでもよかろう」と横にあるコップの中に憲房色の液体を移した
「さぁ」
ユウトはコップを持ってみた
200ccくらい?なんか変な匂いがする
そりゃそうだよ
竜の鱗にカメレオン?ネズミがどうの…生き血まで
「おい、まだか」
「飲みます、飲みますよ!」
息を止めれば…いける?
ちょっと試してみよう
ユウトは鼻をつまんでコップを口に近づけてみる
おぇぇぇぇ、だめだ
吐きそうになった。飲む前に吐きそうだ
なんなら今、吐きたい
「おい、まだなのか?一気にいけ!」
リオルドのイライラが増してきた
ーーーおまえは飲まないから、そんな事が言える!
同じ立場に立って見ろ、バカやろぉ
ユウトは段々ささくれだってきた
「まぁまぁ、リオルドよ。急かすな。ユウト、この半分でもいいぞ。ほら水も用意した、これを飲んだら水で流し込めばいい」
「半分でもいい…?水?」
「そうじゃ、そうじゃ、飲んでしまえば一瞬じゃ、な?」
「うん」
ユウトは片手に憲房色のコップ、片手に水を持って挑んだ
ーーー半分、半分なら。…カメレオン
グズ…ズ…グスン…
「ユウト泣いとるのか」
「泣いて…ましぇん…ちゃんと…飲みます」
「あ、あのな。ちょっと盛ったけど代替品も結構使ってるから。竜の鱗なんて今手に入らんから…川魚の鱗だしな」
「そうなの?…カメレオンは?」
「それは手に入っちゃったんだ、すまんのぅ」
「でも…僕も男だし…グス…覚悟…飲みます」
ーーーそうだ、飲むんだ。飲めば一瞬、一瞬だ
僕、頑張れ!うん、いける
口元まで頑張ってコップを持っていったものの手が震えて口まで到達出来ない
腕を組んでいたリオルドが「よこせっ」といってユウトの手からコップを奪い取ると憲房色の液体を一気に口に含んだ
「あー!」
「リオルド!おまえが飲んでも意味がない!」
リオルドはそのまま、ユウトの顎を引き上げてキスをしてきた
「……?んーーーーーーー!!!」
とてつもなく不味い液体がリオルドの口からユウトの口、そして喉へと流れ込んでくる
味も変だし、鼻からも変な匂いが抜けて耐えられない
リオルドから流れ込んできた液体をやっとの思いで全部飲み込み終わると、ビリビリビリッと舌に激しい痛みが走った
「いた…いたーい!…」
ーーー舌を噛まれた?なんで?のろのろして飲まなかったから?
「あ、リオルド、おぬし…まぁ、いいか。ユウト、ほら水を飲んで」
魔女が慌てて渡してきた水を飲むが、噛まれた舌が猛烈に痛む
奥の部屋で口をゆすいできたリオルドをユウトは涙目でキッと睨み付けた
「これで、儀式は終わりだ。ユウトよくぞ頑張った」
「うん、魔女さん。ありがとう」
魔女はもうユウトのおばあちゃんのようだった
「頑張ったのは俺だろ」
「リオルド!そんなことをいっちゃイカン!」
「魔女さんとリオルドは知り合いなの?」
最初からずっと気になっていたことを聞いてみる
「リオルドは子供の時から魔力が強いからな。よくここに遊びに来ておったんだ」
ーーーなるほど、だから間取りとか知ってるのか
「ユウト、魔女のことは他言してはならん。まぁ、言おうとしてもその部分だけ声が出なくなるんだがな」
「わかった、僕、守ります」
魔女は嬉しそうに頷いた
「じゃあ、お別れだ。そうそう、カラス達にリオルドが身代わりの妃を貰ったと聞いてたんじゃ。いやいや中々、面白いものを見せて貰ったぞリオルド。また来るがいい」
「うるさいよ」リオルドが不機嫌そうに返す
「ははは、じゃあな」
パチンッと魔女が指を鳴らすとユウト達は教会の教壇に尻もちをついていた
「早くどけ」よりにもよってユウトはリオルドの上に乗っかっていた。おずおずと腰の上から降りる
「いたたたた…あの方はいつも乱暴なんだから」
枢機卿もちゃんといる。
朝日が差し込む教会の中で、反対側から王と王妃とメイが嬉しそうに駆け寄って来るのが見えた
頭からズッポリと黒いマントを被った一行は静まりかえった城の中で歩調を合わせて歩く
壁から発せられる夜光貝の欠片と青白い月明かりに照らされながら、誰にも気付かれないように静かに静かに歩みを進める
城の門まで辿り着くと、1人残った同じように黒いマントを被った門番が門の鍵を開けて頭を下げ、黒いマントの集団を外に通す
一行は城を出てひたすら歩く
街の人々はもうとっくに寝静まったのか、窓を見ても真っ暗で灯り一つ点いていない
一番前を歩いていた男が耐えきれずランプに火を灯した
先ほどよりは明るくなったが、やはり足元は暗く見えづらい
しかし、人に見つかる訳には行かないので一行はその僅かなランプの光を頼りに歩みを進める
30分も歩くと街はずれの方まできた
民家が消えた代わりに田畑が広がり、小川が流れている
道の先にある目的の場所は燦々と電気をつけ一行の到着をまだかまだかと待ちわびていた
ーーーーレノディア精霊教会であるーーーー
一行が扉を開け中に入ると枢機卿が教壇で待ち受けていた
「お疲れ様でした。皆さんマントを取って大丈夫ですよ」
一行は次々にマントを脱ぐ
全員がマントを脱ぎ終わるとカナーディル王、サニー王妃、レオルド第二王子、ユウト、メイの5人が姿を現した
「ちょっと待ってくださいね」
今日は黒い衣装に身を包んだ枢機卿が教卓に置かれた小さな水晶玉を覗き込む
「う…ん。一人に見られていますが…まぁ、この方は問題ないでしょう。後は誰にも見られていません」
王が「それは良かった」と疲れたように言った
「では、第二段階に入ります。レオルド王子と妃ユウトはマントを来てこちらへ来てください」
二人は一度脱いだマントを再び手に取った
「ここからは二人だけの試練になります。みなさんはここで待っていてあげてください」
「二人とも気をつけていってくるのだぞ」王と王妃は疲れたように寄り添っていた。「はい、必ず成功させてきます」リオルドは迷うことなく勇敢に答えた
「ユウト様、大丈夫です。頑張って!メイはここで待ってますから」メイは冷たくなったユウトの両手を握りしめてエールを送る。「うん。やれるだけやってみるよ」
二人の間に多少の温度差はあったものの、マントを羽織ると一緒に枢機卿のいる教壇へ向かった
教壇に着くと枢機卿が「では、参りましょう」と言った
それを合図に、空気から集められた粒子によって構成された白い竜巻が三人の体を包み込んだ
竜巻はしばらく教壇の上で発光しながら回転し、最後は上昇してちりぢりに消えた、三人の姿は忽然と消えていた
「どうか無事に終わりますように」王妃は祈るように手を合わせて目をゆっくりと閉じた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ユウトは真っ暗な暗闇の中を歩いていた
人一人しか歩けないほどの狭い道は乳白色に光っていた。その光る道を枢機卿、リオルド、ユウトの順に一列に並んでひたすら歩く
一番前にいる枢機卿だけしかランプを持っていないが、道自体が光っているので特に問題は無い
ただ、城の中から歩きっぱなしで少し疲れたし、暗闇から聞こえるふくろうのホーホーという声や木々がガサガサと鳴る音が少し怖かった
「ん」
前からリオルドの左手が後ろに差し出された
何だろう?としばらく放置して歩き続けると、前から
「いいから繋げよ」
とリオルドの声がした
いつもなら遠慮するところだが、疲れたし怖い
ーーー今日はリオルドに甘えさせて貰うことにしよう
ユウトは右手を出すとリオルドの手をぎゅうっと握った
リオルドの手は温かく冷えきったユウトの手には心地良かった
光る道は果てしなく長く、右へ左へとクネクネと曲がる
二人は手を繋ぎながら枢機卿の後に続いて静かに歩いていた
騎士であるリオルドはまだまだ余裕だが、ユウトはさすがに疲れて息が上がってきた
もう限界かと思われた時、光る道の先に梔子色に光るドアを見つけた
「ドアだ!」ユウトは思わず声をあげてしまった
「もう少しです。あそこまで頑張りましょう」前を歩く枢機卿に励まされて、ユウトは何とかドアの前に辿り着いた
梔子色に光るドアの前に着くと、今まで道案内をしていた道は一斉に光を消した
ーーーこれでは帰れない。ユウトは恐怖に駆られて繋いだ手をぎゅっと握った
「大丈夫だ」
リオルドは繋いだ手とは反対の手でユウトの肩を抱きよせた
「私が案内出来るのはここまでです。最後の試練はお二人で中へ」
枢機卿は二人に告げると、不安そうなユウトにウィンクした
ーーー良かった。やっぱり庭園であった枢機卿と一緒だ
他人行儀な態度が寂しかったけど、ホッとしたユウトは冗談でウィンクを返してみせた
「わぉ、両想い。ワハハ」
枢機卿が笑うと、ユウトはリオルドにすごい力で掴まれ光るドアの中に放り込まれた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「イテテテ…」
意外にも部屋の中はそんなに広くなかった
木材で作られた沢山の本棚は天井まで続いていて、ぎっしりと本が詰め込まれている
沢山の本と、木のテーブル。
テーブルの上には何やら書きなぐった紙やら、鉛筆、食べ残したパン、マグカップが数個並べられていてお世辞にも綺麗な部屋とは言えない
振り返ってみると、光るドアもただの木製のドアに変わっていた
「おい、来たぞ」
尻もちをついているユウトの横に立ったリオルドが、奥の部屋に向けて言った
ーーー奥にも部屋があるのか。ここは一体どこなんだ?
「おお、着いたか」
ユウトがキョロキョロしていると奥の部屋から家主が現れた
透明のジョッキに灰色…いや鈍色…違う憲房色の液体をたっぷり入れて木のスプーンでグルグル回している
背はユウトの半分くらい、紫のガウンを頭から被り、白髪交じりの長髪。顔には幾重にも皺が刻まれている
ーーー魔女だ
ユウトの目はこの突然現れた家主に釘付けになった
「魔女、珍しいじゃろ。ワシしかいないからな」
魔女は皺皺の口を開けしゃがれた声で話す
「あ...ジロジロ見てごめんなさい」
「あまり見られるとあれだが…なぁに、構わんよ」
リオルドは座ったままのユウトを立たせて黙って魔女を見ている
「早くしろといわんばかりじゃな。まぁまぁ、時間はたっぷりある。ユウトに説明してあげるとするか」
「え…はい」
「驚いただろう」
ーーーはい、何もかも
「精霊レノディアを崇めてはいるが、実際にルーツを持つ男子が子を成せるように手を下すのは、この西の魔女の役割じゃ。二人ともマントを取れ」
ーーーあの衣装に…
二人は同じ衣装を着ていた
白い絹でできた布を上半身で交差させ、腰で結ぶ
その上から同じ生地で作られた布を横に巻き縛っていた
「この衣装にも意味があるんですか…?」
「え、あぁ…ちょっと古い文献を見ていいなと思ってな」
「そうですか…」
ーーー僕は邪馬台国みたいで嫌だったけど。違う文献かな
「早くしてくれ」
リオルドは腕を組み、イライラしているようだ
「はいはい、まぁ、つまりユウトがこれを飲むんだ」
「え!!!!」
ーーー飲む?そのジョッキになみなみと注がれた怪しい色の液体を!?僕が?
「ま、魔女さん。ちなみにそれ何が入っているんです?」
魔女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに嬉しそうにニヤリとした
「まずベースは椎の木に落ちた夜露さ、それに産まれて一年経ってない小竜の鱗、深い海の中にいるカブトボラの粉末、擬態化して葉っぱになったまま干からびたカメレオン、777匹の虫を食べた食中植物の花、砂漠の飛びネズミ…まだ聞くかい?」
「いえ、もう大丈夫です」
ーーーどうしよう。聞かなきゃ良かった、飲める気がしない
「そこに夫となる王族の血を混ぜて完成さ」
「え!血を?」
後ろで魔女とユウトのやり取りを黙って聞いていたリオルドは、懐から短剣を取り出すと自分の手のひらに刃を向けた
「ひっ…」
手からダラダラと血を滴らせながら歩いてきたリオルドは、魔女の持つジョッキの中に己の血を流し入れた
入れ終わると服の一部を破り自分で器用に片手に巻いて止血をしている
魔女は嬉しそうにスプーンをかき混ぜる
「ふーん♪ふーん♪よし、完成だ」
ご機嫌になった魔女は憲房色の液体がなみなみ入ったジョッキをユウトの前にグイッと差し出しきた
「さぁ、飲むがよい」
ーーームリムリ、無理だよ!
後ろからリオルドが肩に手を置く
「早く飲め」
「全部?僕、全部は無理だよ」
涙目で訴えると魔女が「まぁ、これくらいでもよかろう」と横にあるコップの中に憲房色の液体を移した
「さぁ」
ユウトはコップを持ってみた
200ccくらい?なんか変な匂いがする
そりゃそうだよ
竜の鱗にカメレオン?ネズミがどうの…生き血まで
「おい、まだか」
「飲みます、飲みますよ!」
息を止めれば…いける?
ちょっと試してみよう
ユウトは鼻をつまんでコップを口に近づけてみる
おぇぇぇぇ、だめだ
吐きそうになった。飲む前に吐きそうだ
なんなら今、吐きたい
「おい、まだなのか?一気にいけ!」
リオルドのイライラが増してきた
ーーーおまえは飲まないから、そんな事が言える!
同じ立場に立って見ろ、バカやろぉ
ユウトは段々ささくれだってきた
「まぁまぁ、リオルドよ。急かすな。ユウト、この半分でもいいぞ。ほら水も用意した、これを飲んだら水で流し込めばいい」
「半分でもいい…?水?」
「そうじゃ、そうじゃ、飲んでしまえば一瞬じゃ、な?」
「うん」
ユウトは片手に憲房色のコップ、片手に水を持って挑んだ
ーーー半分、半分なら。…カメレオン
グズ…ズ…グスン…
「ユウト泣いとるのか」
「泣いて…ましぇん…ちゃんと…飲みます」
「あ、あのな。ちょっと盛ったけど代替品も結構使ってるから。竜の鱗なんて今手に入らんから…川魚の鱗だしな」
「そうなの?…カメレオンは?」
「それは手に入っちゃったんだ、すまんのぅ」
「でも…僕も男だし…グス…覚悟…飲みます」
ーーーそうだ、飲むんだ。飲めば一瞬、一瞬だ
僕、頑張れ!うん、いける
口元まで頑張ってコップを持っていったものの手が震えて口まで到達出来ない
腕を組んでいたリオルドが「よこせっ」といってユウトの手からコップを奪い取ると憲房色の液体を一気に口に含んだ
「あー!」
「リオルド!おまえが飲んでも意味がない!」
リオルドはそのまま、ユウトの顎を引き上げてキスをしてきた
「……?んーーーーーーー!!!」
とてつもなく不味い液体がリオルドの口からユウトの口、そして喉へと流れ込んでくる
味も変だし、鼻からも変な匂いが抜けて耐えられない
リオルドから流れ込んできた液体をやっとの思いで全部飲み込み終わると、ビリビリビリッと舌に激しい痛みが走った
「いた…いたーい!…」
ーーー舌を噛まれた?なんで?のろのろして飲まなかったから?
「あ、リオルド、おぬし…まぁ、いいか。ユウト、ほら水を飲んで」
魔女が慌てて渡してきた水を飲むが、噛まれた舌が猛烈に痛む
奥の部屋で口をゆすいできたリオルドをユウトは涙目でキッと睨み付けた
「これで、儀式は終わりだ。ユウトよくぞ頑張った」
「うん、魔女さん。ありがとう」
魔女はもうユウトのおばあちゃんのようだった
「頑張ったのは俺だろ」
「リオルド!そんなことをいっちゃイカン!」
「魔女さんとリオルドは知り合いなの?」
最初からずっと気になっていたことを聞いてみる
「リオルドは子供の時から魔力が強いからな。よくここに遊びに来ておったんだ」
ーーーなるほど、だから間取りとか知ってるのか
「ユウト、魔女のことは他言してはならん。まぁ、言おうとしてもその部分だけ声が出なくなるんだがな」
「わかった、僕、守ります」
魔女は嬉しそうに頷いた
「じゃあ、お別れだ。そうそう、カラス達にリオルドが身代わりの妃を貰ったと聞いてたんじゃ。いやいや中々、面白いものを見せて貰ったぞリオルド。また来るがいい」
「うるさいよ」リオルドが不機嫌そうに返す
「ははは、じゃあな」
パチンッと魔女が指を鳴らすとユウト達は教会の教壇に尻もちをついていた
「早くどけ」よりにもよってユウトはリオルドの上に乗っかっていた。おずおずと腰の上から降りる
「いたたたた…あの方はいつも乱暴なんだから」
枢機卿もちゃんといる。
朝日が差し込む教会の中で、反対側から王と王妃とメイが嬉しそうに駆け寄って来るのが見えた
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好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
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